対決! 「ジュエリー」四天王 その2
あたしは生徒会室を目指しました。
うちの学校の生徒会室は、他に類をみない巨大なもの。鉄筋コンクリート製3階建ての別館の1階が、ワンフロアぶち抜きで生徒会室となっています。
この別館は2年前、理事長が代わってすぐに着工され、去年の夏に完成したものだそうです。新しい理事長は、うちの学校を個人で買収してしまったほどのお金持ちで、当然のことながら、学校内の権力の一切を握っています。すなわち、オーナー社長ならぬ、オーナー理事長です。
この理事長、以前にも述べた通り、生徒の自主的活動を非常に重視してて、それで、生徒会に一階全部をくれたみたい。まあ、2、3階は理事長自身のための部屋になってて、職員や生徒の出入りが禁止されてることを考えると、そんなに気前のいい人とは思えないんですけどね。
おっと、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
生徒会室の入り口のドアにノックをします。返事がなかったので、勝手に入っていきました。誰もいません。まあ、そういうこともあるんでしょう。中に入る口実を色々考えてたんですが、無駄になりました。
さて、部屋の一角に、多くの書類棚が立ち並んでいます。用があったのはまさしくそこ。あたしは、急いで書類棚に並んでいるファイルの背表紙を見て回りました。部活動関連の資料を探したんです。32の部の中から、あと3人いるはずの「エリ」を見つけるために。「ジュエリー」の四天王ですからきっと部長に違いありません。
あたし、この学校の有名人なら、顏を見ればだいたい名前までスムーズに浮かんでくるんですけど、「エリ」という名前を聞いただけじゃ、さっぱり顏が思い浮かばないんですよね。多分、この学校の生徒に、「エリ」とか「マリ」とか「ユリ」とか「ロリ」とか似たような名前の人が多過ぎるからです。あ、「ロリ」はいなかったか。
さてさて、ありましたよ、ジャーン! 今年度部活動関連ファイル! あたしは、すぐさまファイルを手に取り、開けようとしました。──その時です。
「そこで何をしてるの!」
入口から、上級生らしい女の人が、つかつかと入ってきました。──誰でしょう? マスクをしていて、顏がよくわかりません。目を見た限りはちょっと怒っている感じ。ひょっとして、生徒会の人かしら。だったら、どう言いわけしましょうかね。
「帰りなさい!」
その人はあたしを叱りつけるように、そう言いました。
「えっ?」
「下校時刻を過ぎてのいかなる部活動も生徒会活動も、この私が一切許しません! たとえあなたにどのような理由があろうとも、直ちに家に帰るよう命令します。──さもなくば……」
えっ、これってひょっとして……?
「あのう、もしかして、あなた、帰宅部の人ですか?」
「その通り」
普通、帰宅部というのは、部活動をやってなくて、授業が終わったあと、さっさと家へ帰ってしまう人のことをいいます。でも、うちの高校は違うんです。れっきとした32の部の一つとして、帰宅部は存在しています。
んで、どんな部かというと、放課後、用もなく学校に残っている生徒を、家に帰るよう注意するのが本来の活動内容なんですけど、近頃は、だいぶ変質しちゃってるみたい。最近の帰宅部員たら、自分より弱いと判断した生徒に対しては、どんな正当な理由があろうとも、有無を言わさず強引に帰宅させようとするらしいんです。あたしは、今までは授業が終わったらすぐ帰ってたんで(途中でいつも邪魔が入るけど)、帰宅部員なんて見るの、今日が初めてでした。
「さあ、帰りなさい」
「はい。用事を済ませたらすぐ帰ります」
関わり合いになりたくなかったんで、あたしは素直にそう返事しました。──ところがその人ったら、冷たくこう言うんです。
「それじゃ駄目。今すぐ帰りなさい」
まあ、なんて石頭なんでしょ。
「ちょっとぐらい待ってくださいよ」
「無理ね。──相手にたとえどのような理由があろうと、絶対に猶予を認めないのが我が部の決まり。部長のあたしが決まりを破っては、他の部員にしめしがつかないでしょ」
「えっ、部長?」
「そう。あたしは帰宅部部長、岡枝理」
「岡……枝理?」
なんか、不吉なドンピシャ感があるんですけど。おそるおそるこう尋ねてみました。
「あのぉ、『ジュエリー』の人ですよね?」
「え! どうしてあなたが、『ジュエリー』のことを? ──あーっ! あなた、神懸美子ね!」
「ああ、やっぱり『ジュエリー』だったか」
あたしはガックリと膝をつきました。確かに自分から打って出るつもりは満々だったんですがね、今日はもう疲れたし、部活動関連ファイルの閲覧だけにしとこうと思ってたんですよ。なのにまだお代わりが来ますか。ああ、「お代わり」といっても「岡枝理」に引っ掛けたわけじゃないですよ。そんなクオリティの低い語呂合わせをわざわざやるほど、この神懸美子は落ちぶれちゃいません。
岡さんがマスクを外して素顔を見せます。確かに見覚えがありました。はっきりした特徴のない顏なんですが、帰宅部部長の知名度が高いせいで記憶に残ってたようです。
「『ジュエリー四天王』の一人。そして、『ジュエリー』のナンバースリー。人呼んで『放課後の女帝』──それがあたしよ。どうやら先陣を切った中賀さんはあなたに負けてしまったみたいね。だったらここで会ったが100年目。今度はあたしの番よ。このまま帰すわけにはいかないわ」
偉そうに岡さんが言います。峰田さん達のことはなんにも知らない感じですね。
「さっきまで、帰れって言ってたくせに。あんたそれでも、帰宅部の部長?」
「うん。それでも帰宅部の部長なのよ。人はあたしのことを、『キタック・ナンバーワン』と呼ぶわ」
「『放課後の女帝』じゃなかったの?」
「細かい詮索しないで」
なんか、岡さんてホントは親しみやすい性格なのかもしれない、と思えてきました。
「──で、あたしをどうするつもり?」
「あら、急に話がとんだわね」
「そうでもしなきゃ、話、進まないもん」
「話……か。──話はなし」
「それ、さっき中賀さんから、聞いた。二番煎じ」
「えーっ、中賀のやつ、ひどい! 自分にこれっぽっちもギャグセンスがないからといって……他人の持ちネタをパクるなんて!」
岡さんは本気で憤慨しているようです。たった4文字のネタに所有権を主張するなんて、バカとしか思えません。あたしは冷やかにこう言ってやりました。
「そのオヤジギャグに、オリジナリティなんて全然ないと思うけど。それに面白くもなんともないし。つまらないことハゲね」
「『ハゲ』ってどういう意味よ?」
「この上なし、ってこと。『この上』なし→『こ』の上なし→『け』なし→ハゲ」
「なるほど」
岡さんがマジで感心しています。アホです。
「──『ハゲ』と言ってあたしを『けなし』たわけね」
前言撤回。こやつなかなかできる。最初に実力を低く見せて油断させる作戦だったのか。ナンバースリーの序列は伊達じゃないってことですかね。強さだって、もしかしたら峰田さんより上なのかも。──あたしは思わず身構えました。
「な『けなし』のギャグを中賀に奪われた憂さ晴らし、あなたをやっつけることで果たすとするわ。こう見えても、あたし負『けなし』なのよ」
断言しましょう。最強の敵です。ヤバいオーラが岡さんから立ちのぼります。こうなりゃ先手必勝だわ。来たれ、岡枝理の魂。自分で自分を倒しやがれ。──と思って降霊しようとしたら、岡さんがしゃがんで何やらごそごそやり始めました。
「何してるの?」
「あなたは、あたしが始末するつもりだけど、万一のことを考えて、一応、ジュエリーのメンバーに非常招集を掛けとこうと思ったわけよ。今、合図の狼煙を上げるからちょっと待ってて」
「今どき、なんでまた狼煙なんか……」
あまりの時代錯誤ぶりに、降霊するのも忘れて呆然としてしまいます。
「スマホとか電子機器全般、苦手なのよね」
「あんた、ホントに現代人?」
「ごめん。我ながら情『けなし』」
やられた。まさかあたしが振ったネタを、ここまでねちっこく返してくるとは。
「早くしてよね」
つい負け惜しみっぽい口調になってしまいます。
「『のろし』だけに時間は掛かるわよ。──あ、窓、開けて。煙、外に出さなきゃ、意味がないわ」
「はいはい。けど、援軍は期待しないでね。峰田さんより格下の『ジュエリー』は全員返り討ちにしたから」
「え、そうなの? あの峰田さんまで?」
「さっき中賀さんに呼び寄せられて、全員であたしに向かってきたのよ。あんたは呼ばれなかったの?」
「あたしはスマホ、持ってないから」
「あ、そういうことか」
「じゃ、この狼煙も無駄かなあ」
といった緊張感も何もない会話の末、ようやく狼煙が上がりました。でも、室内で火を焚いたので、部屋中が煙だらけです。それどころか、すぐにも火事になりそうな案配ではありませんか。
「きゃあっ! 早く消してよっ!」
「大丈夫」
「何が大丈夫よっ。これじゃ、岡さん、『放火魔の女帝』になっちゃうわ!」
「すぐに消せるから問題ないわよ。今からあたしの特技を見せてあげるわね」
と、言うが早いか、岡さんは口から、大量の透明な液体を吹き出しました。その液体が掛かるやいなや、火は瞬く間に消えていきます。見事なもんです。水道からホースで水を引っ張ってきても、こう鮮やかには消せないでしょう。
「消火完了」
岡さんが胸を張ります。
「これは、いったい?」
「あたしの胃液は消火液なの」
「あららら」
消化液と消火液を引っ掛けたオヤジギャグが、あたしをコケさせました。
「さあ、ずっこけてないで、勝負よ!」
「いいわ」
「その勝負、待った!」
突然、誰かが、生徒会室に乱入してきました。よくよく乱入が続く日です。
「学校に残っていてよかった。その娘、神懸美子ね。──岡、助太刀するわよ」
「グッドタイミング! 助かるわ」
やっかいなことに、敵が一人増えてしまったようですね。筋肉ムキムキでアスリート体型のなかなかの美人。パッと見、強そうです。こうなると岡さんか新手か、どちらか強い方を見極めて降霊する必要が出てきました。西園州さんを降霊してもいいんですが、不戦敗狙いが空振りしたらどうしようもありません。あれは本当に一か八かの時だけにしておきたいものです。
「あなたは?」
あたしは乱入してきた人に問い掛けました。特徴的な人なのに、あまり学校で見た記憶がありません。地味な部の部長なんでしょうか。
「わたしは深夜労働部部長」
「深夜労働部ぅー?」
地味な部どころか、とんでもない部でした。なるほど、学校で部活をしてないから、校内では見かけないのか。そういえばこの部もあたしを勧誘に来てたんですよね。問答無用で追っ払ってたから、詳しい話は聞いてないけど。
「妙な目で見ないでよ。いかがわしいことはしてないんだから。大学生のふりをして健全な夜間アルバイトに夜通しいそしんでるだけ。この肉体を使ってね。おわかり? 工事現場があたし達の戦場」
「そんなのやってて、いつ、寝てるのよ?」
「授業中」
「あ、そう……」
呆れて二の句が継げません。
「──さて、あたしは、『ジュエリー』ナンバーツーにして、『ジュエリー四天王』の一人。その名も高き浅香恵利よ。いざ尋常に勝負!」
「2人がかりで、尋常な勝負も何もないんじゃない?」
言っても仕方がないことはわかってるんですが、つい口を衝いて出てしまいます。
「それもそうね。岡、あんた、格下なんだから、わたしに譲りなさい」
あれ? 浅香さんがあたしの言葉に乗っかってきましたよ。
「何言ってんの。後から来たくせに」
「一人で勝てる自信がないから、狼煙を上げたんでしょ。弱虫は引っ込んでた方が身のためじゃない?」
「念には念を入れただけ。それに別にあなた個人を呼んだわけじゃないわ」
「さっきは嬉しそうな顏してたくせに」
「使える手駒が増えたと思ったからね。手柄を横取りしようっていうんなら、話は別よ」
「横取りなんてセコい真似、わたしがするように見えるの?」
「見えるから、言ってるのよ」
「なんだとコノヤロ!」
「何よ、筋肉バカ」
いつの間にやらあたしが蚊帳の外です。『ジュエリー四天王』の二人の間に何やら剣呑な空気が漂い始めました。
「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて。このままじゃ埒があかないから、まず、2人が戦って、勝った方があたしと戦うっていうのはどうかな?」
仲裁すると見せかけて、2人を焚きつけてみます。
「それはいいわね。岡、勝負よ」
「勝ったら、ナンバーツーの称号をもらうからね。それなら勝負を受けるわ」
「いいわよ。どうせわたしが勝つんだから」
あれ、あたしの提案、すんなり受け入れられちゃいました。ラッキー!
と、思ってたら、2人の背後の空間に銀河系やら巨大な不死鳥やらのイメージが浮かび始めました。何これ? アニメの必殺技シーンみたい。マジこれ、この2人が作り出してんの?
「岡よ。我がフェニックスの牙、受けてみるか」
浅香さんがやけにクールぶった表情で言いました。でも、いかに伝説の鳥フェニックスとはいえ、鳥に牙はないでしょ、牙は。それに口調が時代がかってて、ちょっと変。
「食らえ、『放課後の女帝』最大の奥義! ──『フェニックス鳳凰拳』!」
「なんの。今こそ究極にまで燃え上がれ、あたしの『大銀河』よ!」
おお、岡さんの背後の銀河系が膨れ上がってビカビカ光り出したっ。今、岡さんはモーレツに熱血してるっ! ──それにしても、『ギャラクシー』っていったい何?
「我が守護神ヘパイストスよ、わたしに力を!──『銀河コスモ流星パンチ』!」
2人ともなんてひどいネーミングセンス。
あ、今やっとパンチを放ちましたよ。2人とも技名を言うのと、大技を繰り出す際の儀式のようなアクションに夢中で、無駄な時間を費やしたようです。
おや、突然、フェニックスの羽根がちぎれ、銀河系が爆散するイメージが空間に浮かびましたよ。
「不死鳥が哭いた!」「銀河が砕けた!」
な、な、何、これ。今度は空間に漫画のアオリ文句みたいな活字が。
ドッカ──ン!
激しい衝撃を受け、あたしはとっさに頭を抱えてしゃがみ込みました。想像を絶する二人の必殺技の威力。気付くと、生徒会室の窓ガラスが全部吹っ飛んでいます。人間業じゃありません。2人とも化け物です。これが『ジュエリー四天王』の本来の実力なのか。
あれ、そういえば岡さんも浅香さんも床に倒れてますよ。どうやら相討ちみたい。あっけないもんですね。
しめしめ。あたしの頭脳の勝利だわ。これで『ジュエリー』も残るは一人。ナンバーワンだけです。ちょうど生徒会室にもいることだし、この際、面倒臭がらずにファイルを調べて特定してしまいましょう。
そう思ったのも束の間。
「ドン!」
いきなり空間にそんな巨大な書き文字が現れました。そして驚く間もなく出現した派手派手しい活字の群れに、あたしは唖然とする他なかったのです。
第3話 完