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「ジュエリー」からの刺客 その3

 さあ、残ったのは中賀さんのみ。それまでステージ上で寝ころんでいた彼女が、いよいよ立ち上がります。


「まさか、あたしに出番が回ってこようとはね。でもあたしは、あのふがいない2人とは違うわ。『ジュエリー』の正規メンバーであるこのあたしが自ら相手になる以上、あなたは今日以降の日々を、死ぬまでベッドの上で過ごすことになるのよ。──とおっ!」


 おおっ。あれは、伸身3回宙返り! ──中賀さん、カッコつけて、ステージからなんと物凄い宙返りで降りてきました。見事です。着地もぴたっと決まってます。けど、のんびりと見とれていられる状況じゃありません。何しろ言ってることが物騒過ぎます。とんでもない武闘派です。


 あの自信から察するに、中賀さんは体操の技を応用した格闘技をマスターしてるのかも。とすれば、空中回転からのキックなんかが得意技でしょう。きっとライダーキックばりの、恐ろしい威力を秘めているんでしょうね。


「あんたが、『ジュエリー』のメンバー? じゃあ、あの2人は違うの?」

「当然。あの人達は『ジュエリー』の使い走りのようなもの。誇り高き『ジュエリー』のメンバーは、たった10名しかいないわ。中でもあたしはナンバーファイブ。『ジュエリー四天王』を除いた中では最上位ランクよ」


 いやいや、勝手に四天王を除いちゃいかんでしょ。むしろ四天王から落ちこぼれた感がありありと……。──おっと、今はそんなことはどうでもよかった。


「やっぱりあたしとやろうっていうの? あんたも相当自信はあるんだろうけど、あたしには勝てないわよ。さっきの戦い、見てなかったの?」


 すみません。言ってる本人は全く見ていません。


「ふふふ。横目で見ていたわ。強いわね、あなた。だけど、あたしが負けるとは思えない」

「そう。なら、思い知らせてあげるわ。──そういえば、あたしを狙う『ジュエリー』のこと、あなたに聞けば手っ取り早いわね。あなたに勝ったら、教えてくれる?」

「勝てたら、ね」


 ようし、先手を取って降霊術です。もう一度橘風太君にさんにお願いしますね。続けざまの降霊ですが、3人全部をやっつけるのが元々のノルマ。別に構わないでしょう。


「ウェルカムウエルカム・ライライライ、来たれ我が心のしもべよ。──降霊!」



 例によって霊界です。今回は映画のウソ予告でも考えてみましょうか。



 ミコちゃん劇場・4 『高校生 麻衣』


 麻衣は元気な女子高生。でも、ちょっとぽっちゃり。スタイルが気になる年頃。


「いけない! 遅刻しちゃう!」


 朝寝坊して慌てて学校に向かう麻衣は、ためらわず近道を行くことに。

 けれども、麻衣の行く手には数々の危険と困難が待ち受けていたのです。


「動物園を脱走した全長4メートルのニシキヘビ!」


「105歳老人が運転する暴走軽トラック!」


「電波障害で一斉に墜落する『ドローン』」


「何だかよくわからない物凄いスペクタクルシーン!」


「杖が折れ、眼鏡が割れて、道を忘れて困っているくせに命令口調のわがままなおばあさん!」


 幾多の障害を辛うじて乗り越え、麻衣はとうとう学校への最後の関門に辿り着きました。



 「最後の関門」──それはビルとビルとの隙間。



 果たしてぽっちゃりの麻衣に、その僅かな隙間を通り抜けることができるのでしょうか。


 麻衣は意を決して、そそり立つ二つの壁の間へと自分の身を押し込んでいきました。


 しかし……。


 元気いっぱいの彼女が、遂に弱音を漏らします。


「ここ、狭い……」

「高校生 麻衣」 Coming Soon!




 あれ、今回はやけに短い。


 唐突な降霊術の解除でした。目の前では中賀さんがぴんぴんしてます。あたしはといえば、これも無傷。だけど、変ですね。なんか涙目になっちゃってます。気分が妙にブルーなんですよ。げんなりという言葉がピッタリ。思いっきり滅入ってて、憂鬱この上なし。──これってどういうこと?


 中賀さんが勝ち誇ったような笑みを浮かべました。


「相当堪えてるみたいね。──さあ、もう一度あたしのオヤジギャグ攻撃、受けてみな!」

「へ?」


 オヤジギャグ? ウケない冗談しか言えないと、自他ともに認める中賀さんが、なぜ今こんな時にオヤジギャグを?


 確かに下手くそな冗談を言うのも、中賀さんのキャラクターには違いありません。ですが身の程もわきまえず、このあたしと、洒落で勝負しようだなんて無謀です。かくいうあたしだって、ウケ狙いに徹した洒落というのは苦手な方ですが、さすがに中賀さんに負ける気はしません。──もしかして、中賀さん、何か他に魂胆が……?


「銀座で、ビギン・ザ・ビギン……。ソウルで、味噌売る……。甲府の豆腐。シカゴの虫籠! 明治の有名人! 娼婦が破傷風。胃潰瘍が痛いよう! 球審が急死! 傷心の余り小心者が焼身自殺! 三時に大惨事! 二時に虹! 九時に籤引き! 十時から仕事に従事! 熊の目の下に隈! 北に来た! 正直な掃除機! 靴を履くのは苦痛! 猫が寝ころんだ! 車で来るまでもない! 引っ越しは運送屋任せかい? ──うん、そうや!」

「うわああああああっ!や、やめて。頭が、頭が痛いっ!」


 余りにくだらないオヤジギャグを、唐突にマシンガンみたいに連発されたあたしは、物凄い頭痛に苛まれました。だいたいあたしは、ただでさえ下手くそな歌と笑えない洒落を聞かされるのが、大の苦手なんです。あたしは歌も洒落も好きですが、聞くに耐えないものだってあります。そんなののオンパレードとなると、もはや拷問を受けているのと変わりありません。


 いや、それにしたってこの破壊力は異常です。もしやこれは超能力に属するのでは? つまりオヤジギャグを媒介とした精神攻撃。きっとそうです。橘君といえども逃げ出したくなって当然です。


 あたしは、遂に耐えきれなくなって、頭を押さえてうずくまりました。──おそるべし中賀絵里!


 とはいえ、中賀さんにわざとつまらないオヤジギャグを言うだけの余裕があるとは思えませんね。結局、どこか割り切れない思いをしながら、真剣に本人基準でのみ面白いオヤジギャグを絞り出しているに違いありません。


「どう? あたしのオヤジギャグは、単に連発するだけで最強の必殺技になるのよ。あたしの美しい声を聞きながら、廃人となっていくがいいわ」

「くっ」

「じわじわと痛めつけてあげるわね。──奇怪な機械……。あしたのあたし……。君は不気味……。ほうら、じんわり効いてきたでしょ」

「言ってて虚しくない? あんたのオヤジギャグ、元々は人を笑わせるためのものでしょ。ま、絶対に無理だけど。それにしたって、人に苦痛を与えてどうすんのよ」

「ああ! よくも気にしてることを。もう、全開でいくわよ。どうなっても知らないから。──そこにいるのは、蚤のみ! 蠅は速ええ! 虻は危ない! うじうじした蛆! バッタがばったり! 蜘蛛が苦悶! 虫は無視……」

「あ、あああ!やめて、やめてよ!」


 なんか、頭がおかしくなっちゃいそう。脳味噌をすりこぎで磨り潰されてるような苦痛があたしを襲います。──あたしは、頭を抱えて転げ回りました。


 そんな時です。パンク寸前のあたしの頭の中に、天啓にも似た、ある一つの考えが浮かびました。こうなりゃ、即、実行です。松尾芭蕉、もとい、小林一茶、じゃなくて、そうそう『廃人』にはなりたかないですもんね。


「!」


 中賀さんの目がぎょっと見開かれます。何か言ってるようですが、あたしには聞こえません。両方の耳を指で完全に塞いでしまったからです。ふふふふふ。もっと早くこうすりゃよかったわ。


 遂に、中賀さんが、暴力に訴えてきました。三回ひねりキックです。──危ない!


 もう一度。橘風太君を降霊しなきゃ!



 ミコちゃん劇場・5 『洞穴の7地蔵』


 途中までのあらすじ


 今日は、市の芸術祭。この日を楽しみにしていた主人公『俺』は市の文化会館へ向かうが、途中で考え事をしているうちに、自分が今、どこへ何をしにいくつもりだったのか、ど忘れしてしまった。


 記憶喪失に御利益があるという「ほら穴の7地蔵」の話を、街角の占い師に教えられた『俺』は、記憶喪失もど忘れも似たようなもんだろうと考え、一路、7地蔵のあるほら穴へと向かう。


 だが、7体の地蔵は、ど忘れ程度で頼られては困ると言い、どうしても願いをかなえてほしければ、7問のクイズに全て正答してみろとの難題を吹っ掛けてきた。


 これには『俺』も戸惑った。しかし、その条件に応じないわけにはいかない。『俺』は必死の思いでクイズを解いた。そして、4体の地蔵の出すクイズに、立て続けに正解したのである。


 果たして、『俺』は、7問のクイズを全部解けるであろうか。──記憶回復まであと3問!

  

 これより本編。


 腐敗した生ガキによる食中毒でさえ一瞬で治りそうな、とことん「下らない」クイズのせいで、今や俺の頭はパンク寸前だった。俺はそれなりに智恵は回るものの、なぞなぞ的なクイズはあまり解き慣れていないのだ。


 だが頑張るしかない。


 5体目の地蔵が言った。


「農家のおやじと、八百屋の主人がジャンケンを百回やりました。さて、どちらが何回勝ったでしょう?」

「むむむむ」


 俺は唸った。──果たして俺にこの難問が解けるのか?


「降参ですか?」


 いや、絶対に解いてみせる。──待てよ。そうか。


 閃いた。ヒラメいてくれてよかった。カレイはいてくれなくてもいい。


「わかったぞ。農家のおやじが全勝したんだ」


 5体目の地蔵が尋ねる。


「その理由は?」


 俺は自信タップリに答えた。


「そりゃもう農家なんだから、百勝(百姓)するに決まってる。それに、サービスのいい八百屋ならまけてくれるのが当然だ」


 5体目の地蔵が言った。


「わしの負けじゃ」

 


 6体目の地蔵が言った。


「いつまでも続けていたい仕事は?」


 ピンと来た。ここに来てやっと経験不足を克服できた気がする。


 俺は堂々と言ってやった。


「これは簡単。『商売』だね」


 6体目の地蔵が言った。


「なぜじゃ?」


 俺が答える。


「商売は、『飽きない』っていうし、商人てのは、『飽きんど』っていうからね」


 6体目の地蔵が言った。


「わしの負けじゃ」



 7体目の地蔵が言った。


「旅行に出る人を見送る時に言う言葉は?」


 なんとなく目星はついた。さすがは俺だ。ど忘れはしても、頭は回る。


「どうせ、ひねった問題だよな」


 そう確認すると、7体目の地蔵が答えた。


「最後の問題じゃ。ありきたりの答えでは通用せんぞ」


「それを聞いて安心した『行ってらっしゃい』なんかじゃ芸がないもんな」


 俺は確信を持ってこう言った。


「では、旅行に出る人を見送って一言。──じゃあにぃーっ!」


 すると、7体目の地蔵がニコリと微笑んだ。


「わしの負けじゃ。約束通り、お主の願い、かなえてやろう」


 その時、俺が行こうとしていたイベントに関する記憶が鮮やかに蘇った。



「あ! お、おお。何もかもすっかり思い出したぞ。と忘れとはいえ、なぜこんな簡単なことを忘れてたんだ? ──あ、お地蔵様! 今、何時だい?」


 俺が慌てて尋ねると、7体目の地蔵はすっかりくだけた調子で答えた。


「あー、午後6時じゃな」


 俺は愕然とした。


「なんてこった! もう芸術祭終わってるじゃないか」


 後悔が一気に押し寄せてきた。


 畜生! 芸術祭のことぐらい、自力で頑張って思い出そうとすれば、絶対に思い出せたはず。占い師に乗せられてうかうかとこんな山奥のほら穴に来たばっかりに、時間が……!


「畜生! 畜生!」


 自分を責める俺に、7体目の地蔵がこう優しく語りかけた。


「まあ、そう悔やむな。悔やんだところで過ぎ去った時間は帰りはせぬぞ。いうなれば、芸術祭だけに『アートの祭り』ってことじゃな」


                               END




 元の世界に帰ってきました。


 おや、橘君、やり過ぎちゃったみたい。さっきやられた鬱憤を晴らしたってところですか。中賀さん、床にベチャッとノビてますよ。息はしてますが、この様子じゃ、当分は立ち直れそうにないですね。──あれ? じゃあ、「ジュエリー」のことも聞き出せないってことじゃありませんか。


 仕方がありません。今回は、「ジュエリー」のメンバーが10人だってわかっただけでも、良しとしましょう。残りは、また次に襲ってきた人に聞くということで。


 さあて、帰るとしますか。


「──待ちな!」

「キャッ!」


 体育館を出ようとしたあたしは、ドアの外からやってきた謎の集団にいきなり弾き飛ばされました。


「だ、誰?」


 あたしの前に6人の女子が立ちはだかりました。誰かと思って顏を見ると、皆、学校の中ではそれなりに有名な人ばかりです。


「ふふふ、神懸美子……」


 気絶状態から僅かに回復した中賀さんが、弱々しいながらも勝ち誇った声で話し掛けてきます。


「使いっ走りの2人があなたに負けてしまった時点で、念のために手の空いてる『ジュエリー』の仲間を呼び寄せておいたの……。── 『ジュエリー』の正規メンバーが六人。中には四天王も一人いる。あなたに勝ち目はないわよ……」

「な、なんてこと……」


 あたしは激しい衝撃を覚えました。


 別に中賀さんの言葉は関係ありません。目の前の6人の顔ぶれを見て、物凄いことに気付いたのです。


 「ジュエリー」の正体がわかりました。これは推測ではありません。確定です。あたしは思わずうんざりした顏で中賀さんを見たのでした。

                                     第2話 完


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