プロローグ
どの物語にも答えがある。
だが、誰に聞いても答えない。
神様にも、天使にも、悪魔にも。
それを私は理解した。
「ねえ、お姐さん」
「なあに、ミカ?」
「今日、なんか機嫌よくない?いつもより楽しそう」
「ふふっ。ミカと一緒に歩いているんだもの。当然でしょう?」
「……そういうこと、よく恥ずかしげもなく言えるよね」
「あら、褒めているの?」
「褒めてないよ!」
ミカが少し早足になる。私はその隣を、歩調を合わせて歩いた。
夕暮れの街並み。行き交う人々。学校帰りの子供たちの声。
どこにでもある、ありふれた日常。
私とミカは家族ではない。血のつながりもない。それでも、周りから見れば姉弟と間違われるくらいには仲がよかった。
ミカが10で。私が22。たった12歳の差。
それでも、ミカは私をお姐さんと頼ってくれる。私もミカのこととなると、つい世話を焼きすぎてしまう。つまりとっても仲良しってこと。
「ねえ、ミカ。そういえば学校の帰り道で何かあった?」
「うーん……あ、そうだ! 今日ね、帰り道で知らないおじさんに声をかけられたんだ。でもなんで《《それ》》を知ってるの?」
「……へえ?」
思わず、笑顔が固まりかけた。
「それでその人はなんて?」
「道を聞かれたんだけど、よくわからない場所だったから、わかりませんって言ったよ」
「そう。偉いわね。知らない人には簡単についていっちゃ駄目よ?」
「わかってるよ、こんな時にも先生しないで!」
頭を撫でるとミカは少し不満そうに頬を膨らませた。
うんうん。よくできました。
心の中で、私は胸をなで下ろす。
ああ、よかった。本当に、よかった。
――その男、《《あと》》で覚えてろ。
笑顔を崩さないまま、私は心の中でそう決めた。
ミカに危害を加えるつもりなら、放っておくわけにはいかなかった。
「お姐さん?」
「なあに?」
「なんか怖いよ?」
慌てて頬を緩める。
「気のせいよ。ミカが今日も元気で、私は嬉しいの」
「ふーん?」
怪訝そうな顔をするミカ。
危ない危ない。
この子は、妙なところで鋭い。
もっとも、私が何を考えているのか、その本当の意味までは知る由もない。
知る必要もない。
知らないまま、笑っていてくれればいい。
知らないまま、育ってくれればいい。
私はこの子の日常を見守る。
ただ、それだけ。……それだけのはずなのに。
どうして。どうして、私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。
<><><>
その日の夜。
ミカの周囲で起きている不穏な動きについて調べていた。
手がかりを探して街を歩き回り、ようやくたどり着いたのは、人気のない古い倉庫だった。建物の陰に身を隠す。窓の隙間から、中の様子をうかがう。
そこにいたのは、男一人。自分の足元に落ちた影を見下ろしていた。
その影は、男の動きとは関係なく揺らめいていた。
床に張りついていたかと思えば、何かに引っ張られるように形を歪め、ゆっくりと伸び縮みする。まるで、影そのものが生きているかのようだった。
『あの子供を殺せ』
低い声が、倉庫の中に響く。
「……承知しました」
男は、影に向かって答えた。
『失敗は許されぬ』
「必ず、始末いたします」
……なるほど。やっぱり、ミカが目的だったのね。
私は窓から一旦、目を離し、倉庫の裏手へと回った。
正面から入るつもりはない。相手が何者なのか、わからない以上、迂闊に姿を晒す気はなかった。けれど、見逃すという選択肢はない。
倉庫の裏手には、荷物の搬入口らしい扉があった。
扉の隙間から中を確認する。男はまだ、こちらに気づいていない。
音を立てずに扉を開き、足を踏み入れた。
懐からハンカチを取り出す。
生地の一部には、知人が仕込んでくれた合金ファイバーが縫い込まれている。宇宙素材として優れた強度を誇る。縫い目をほどいて繊維を引き出し、手首に巻きつける。
「……ありがたく使わせてもらうわね」
古い倉庫の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。積み上げられた木箱の向こうに、男の背中が見えた。私は一歩、また一歩と距離を詰める。
そして背後から一気に踏み込み、――――男の首へ繊維を回した。
「ふんっ!!!」
「がはっ……! だっ……誰だ!?」
「奴らの操り人形に答える名などない!」
男が息を呑む。
その首に繊維を食い込ませ、背後から強く引き絞った。
「大人しくしててちょうだい」
男の手が私の腕をつかむ。力任せに引き剥がそうとしているが、簡単にはいかない。男が肘を私の鳩尾へと叩き込もうとする。私は身をひねってかわし、繊維を握る手に力を込めた。さらに男が身をよじり、私の髪をつかもうと腕を伸ばす。私は体勢を崩されないように足を踏ん張り、繊維をさらに引いた。
「ぐっ……! お、お前……!」
「大丈夫。恨み言なら、あとで死体からたっぷり聞いてあげる」
抵抗が次第に弱まっていく。やがて、その手から力が抜けた。
私はすぐには手を離さなかった。確実に相手が動かなくなったことを確認するまで。首に回した繊維を強く保ったまま、男の持ち物を探ってみる。
こいつの正体はいったい何者なのか、確認するために。
「つれないなぁ」
突然、倉庫の奥から、声が響いた。
動きを止め、声のした方向へ視線を向ける。
そこには、一人の男が立っていた。
いつからそこにいたのだろう。積み上げられた木箱の上から、こちらを眺めている。
ただ、面白いものを見つけたとでもいうような、軽薄な笑みが浮かんでいた。
「まさか、いきなり首を絞めにくるとは思わなかったよ」
「……そう。それは悪かったわね。あなたもお仲間と一緒に連れて行ってあげる」
私は声の調子を変えずに答えた。
「でも、あなたたちが何を企んでいるのか、死ぬ前に聞かせてもらう必要があるの。死体も抵抗しなければ、もう少し穏便に済ませてあげたのだけれど」
「へえ。穏便にねぇ。それはそれはおっかない」
男はくすくすと笑う。その態度がどうも気に入らない。
私は首を絞めていた相手を見下ろした。そこで、ようやく違和感に気づいた。
さっきまで、確かに人間の身体だったはずだ。
背中の感触も、腕をつかまれたときの力も、抵抗の仕方も。
だが、私の手の中にあるのは、人間の身体を模した人形だった。
肌に見えていた部分には、近くで確認しなければわからないほど薄く継ぎ目が走っていた。襟元から覗く首筋も、よく見れば異なる質感の皮膚が継ぎ合わされている。
顔も、腕も、胴体も。一人の人間から作られたものではない。
複数の人間の身体を素材にし、組み合わせて作られた、精巧な人形。
私は目を細めた。
「……なるほど。あなたは、操り人形じゃなさそうね。いったい何者?」
「おや。気づいてくれたんだ。しかも僕らのことを知ってる様子」
「質問に答えなさい。あなたに許されるのは私の問いに答えることのみよ」
「せっかちだなぁ。もう少し、交流を楽しんでもいいじゃないか」
「……次は、あなたの首を絞めるわよ」
「怖い怖い」
そう言いながらも、男はまるで怯えていなかった。
むしろ、私の反応を楽しんでいるように見える。
私は手首に巻いた繊維を握り直し、いつでも動けるように構える。
男は、そんな私を眺めながら、芝居がかった仕草で片手を胸に当てた。
当てた片手をよく見ると、薬指が根元から存在していなかった。
「暴食が一指――薬指の人形劇」
「……長い名前ね」
「肩書きも含めてしっかりと名乗るのが我らの流儀でね」
「あなたも受肉体ってやつかしら?」
男の笑みが、ほんの少しだけ深くなった。
「おお、良くぞご存じで」
「そうなのね。じゃあ、追加で二つ聞くわ」
私は一歩、前へ出た。
手首に巻いた繊維を握り直す。
「一つ。何故、ミカを狙うの」
男は、わざとらしく首を傾げた。
「僕の主人の命だよ。優れた器が存在していることが、気に食わないらしい」
「……器?」
思わず眉をひそめた。
「食えないお方だよ、まったく」
男は肩をすくめる。
まるで、面倒な仕事を押しつけられたとでも言いたげに。
「だから、あの子を殺すよう命じられた。実に単純な話さ」
「……そう。あなたの主人は、随分と身勝手なのね」
「否定はしない。あの聖戦がよっぽど堪えたらしい。おかげで敵味方構わずさ」
「なら、伝えておきなさい」
私は繊維を構えたまま、男をまっすぐ見据えた。
「殺りたきゃ直接来なさい。叩き潰してやるから」
男は一瞬だけ黙り、それから愉快そうに笑った。
「いいね。そういう人間は嫌いじゃない」
「残念、私はあなた達が嫌いよ。簡単に人の命をもてあそぶから」
「それは残念」
男の影が、不自然に揺れる。
私は身構えた。やはり、人間ではない。
「それでもう一つは?」
男は楽しげに呟いた。
「……カルバンの名前に聞き覚えはあるか」
「カルバンだって!?」
男の笑みが消え、驚いたように目を見開いた。
「まさか、あいつが復活していたのか。そいつは誰にも従わない暴れん坊さ。自らの意思で悪逆を重ね、大天使を殴殺した。戦場にいた者たちは、その姿に憧れずにはいられなかった。もっとも、奴の軍門に下った者も同じように殴殺されたがな」
男は私をじっと見つめた。
「……よく奴の名を知っているな。見知った者が殺されでもしたか?」
「奴は! 今! どこにいる!!」
「さぁね。知っているかもしれないし、知らないかもしれない。殺せばわかるかもね」
「……後悔するわよ」
「それは、君が?」
次の瞬間、男の影が大きく揺らいだ。
影から人形が次々と湧いて出てくる。
繊維を振るい、迫り来る手を弾き飛ばす。
甲高い音が倉庫に響いた。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
<><><>
翌朝。
「お姐さん、おはよう!」
「おはよう、ミカ。よく眠れた?」
「うん! ねえ、今日学校帰りに寄り道しない?」
「いいわよ。どこに行きたいの?」
「駅前に新しいお店ができたんだって!」
「それじゃあ、放課後にそこへ行きましょうか」
「やったぁ!」
ミカは嬉しそうに笑った。
私はその顔を見て、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
……まあ、ひとまず安心ね。
「お姐さん?」
「なあに?」
「今日、絶対に何か隠してるでしょ」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなく!」
「ふふっ。女の秘密を探ろうとするなんて、感心しないわよ?」
「僕、まだ内容も聞いてないんだけど!?」
「疑いを持った時点で同罪よ」
通学路を歩きながら、いつもと同じく会話を交わす。
けれど、未来はいつも思いどおりにならない。
その日の放課後。
まだ仕事が終わっていなかった。
本当なら、ミカと一緒に駅前のお店へ寄り道する約束をしていたのに。
「ごめんね、ミカ。もう少しだけ待っていてくれる?」
「うん、いいよ! 僕、校門で待ってるね」
「ありがとう。でも危ないから一人で行っちゃ絶対駄目よ?」
「わかってるって!」
ミカは満開の笑顔で手を振った。
私は後ろ髪を引かれる思いで、職員室に向かう。
すぐに終わるはずだった。
ほんの少し、仕事を片づけるだけ。
それが終われば、いつもどおりミカと一緒に帰れる。
けれど、校門の近くで、予想していなかった事件が起きた。
「きゃあっ!」
「な、何するんだよ!」
突然、悲鳴が上がる。
校門付近に停まった黒い車から、複数の男たちが飛び出してきた。
学校を出たばかりの生徒。
帰宅途中で通りかかった生徒。
校門の近くを歩いていた子供たち。
男たちは、目についた生徒たちを次々と捕まえていった。
逃げようとした生徒が腕をつかまれ、無理やり車へ押し込まれる。突然の出来事に、周囲の大人たちも咄嗟に動くが、男たちは集団で抵抗を押さえ込み、対処させなかった。
そして、その中にはミカも含まれた。
「え……?」
何が起きたのか理解する間もなかったのだろう。
男の一人がミカの腕をつかむ。
「いやっ……! 離して!」
ミカは抵抗した。
けれど、十歳の子供に大人の男を振りほどくことなどできなかった。
「お姐さん、助け――!」
「黙れクソガキ!」
助けを求める声は、騒然とした校門の周囲にかき消された。
男たちはミカも車内へ押し込み、扉を閉めた。
複数の車が、次々とその場を走り去っていった。
その頃の私は、まだ知らなかった。
仕事を終えて校門へ戻ったとき、そこにはいつもの放課後の風景はなかった。
警察車両が何台も停まり、校門の周囲には規制線が張られていた。教師たちが不安げに集まり、保護者が我が子の名前を呼びながら、警察官に必死に何かを尋ねている。
私は教師たちや警察官に事情を尋ね、現場にいた人々の証言を集めた。複数の車が校門付近に乗りつけられ、下校中の生徒や、たまたま近くを通りかかった子供たちまで連れ去られたらしい。
犯人たちは、あらかじめ用意していたかのように手際よく子供たちを車へ押し込み、そのまま走り去ったという。
目撃者の証言は錯綜し、車の特徴も、犯人の人数も、確かな情報はなかなか集まらなかった。警察は周辺の防犯カメラを調べ、逃走車両の行方を追った。学校関係者や保護者への聞き取りも始まり、事件は瞬く間に大きな騒ぎとなった。
そして、その日の夜。
事件は全国のニュースでも報じられた。
学校付近で複数の児童・生徒が一斉に連れ去られたこと。犯人は複数人、逃走には複数の車両が使われたこと。警察が誘拐事件として捜査を進めていること。
画面の中では、現場の映像とともに、行方不明となった子供たちの情報が繰り返し伝えられていた。
その中に、ミカの名前もあった。
やがて、事件に新たな動きがあった。
犯人側から警察へ、一方的な連絡が入ったのだ。
犯人たちは、連れ去った子供たちを返してほしければ身代金を用意するよう要求した。警察は連絡の内容をもとに捜査を進める一方、子供たちの所在を追い続けていた。
金銭を目的とした誘拐。
それが、今回の事件の動機だった。
けれど、さらに一方的な連絡が届いたことで、事態は変わった。
誘拐された少年のうち、一人が死亡したという。
警察から公表された情報は限られていた。
茶髪。身長はおよそ百三十センチ。持ち物などから、年齢は十歳前後とみられる少年。その特徴を聞いた瞬間、私は理解した。
「……ああ」
「そっか……また、なのね」
「……もう、嫌」
この現実から逃げるように。
結末を確認するように、私はその場に横になった。
<><><>
「お姐さん、おはよう!」
「……おはよう、ミカ。よく眠れた?」
「うん! ねえ、今日帰りに寄り道しない?」
「いいわよ。どこに行きたいの?」
「駅前に新しいお店ができたんだって!」
「それじゃあ、放課後にそこへ行きましょうか」
「やったぁ!」
ミカは嬉しそうに笑った。
「ただし、私の仕事が終わるまで学校で宿題を終わらせちゃいなさい」
「ええ~」
「じゃないとお母さんとお父さんに叱られちゃうわよ? もしかしたら遊ばせてくれないかも?」
「それは嫌だ。お姐さんと遊べないのは僕嫌だもん」
「私もそれは嫌よ。だから放課後、教室で宿題をやって待っててちょうだい」
「わかったよ」
ミカは再び嬉しそうに笑った。
けれど、すぐに何かを考え込むように、ふと黙り込んでしまった。
「どうしたの? ぼーっとして」
私が声をかけると、ミカははっと顔を上げた。
「……お姐さん、大丈夫?」
ミカが心配そうに私の顔を覗き込む。
私はゆっくりと息を吐いた。
「ええ。大丈夫よ」
そう。大丈夫。まだ間に合う。
私は、匿名で一本の連絡を入れていた。
<><><>
放課後。
私は教壇に立ち、教室を見渡した。
「それじゃあ、今日の連絡事項は以上よ。……と言いたいところだけれど、もう少しだけ時間をもらえるかしら?」
帰り支度を始めていた児童たちが、一斉にこちらを向いた。
「えー、先生、まだあるの?」
「ごめんなさいね。大事な話だから、もう少しだけ付き合ってちょうだい」
私は、普段どおりの笑顔を浮かべた。
「最近、学校の周辺で見慣れない人や不審な車が増えてきています。見かけたら、先生や家族に知らせるようにしてね。知らない人についていかないこと。これはいつも言っていることだけれど、改めて気をつけてちょうだい」
「はーい!」
元気な返事が教室に響く。
私は時計に目を向けた。
同じ頃。
校門の近くに、見慣れない車が停まっていた。
一台だけではない。
少し離れた場所にも、別の車が停まっている。
車内にいる男たちは、周囲の様子を窺っていた。
やがて、数人の男が車から降りた。
顔を隠すように覆面を身につけ、周囲を気にする素振りを見せながら、学校の敷地へと足を踏み入れる。
その瞬間だった。
「警察だ! 動くな!」
周囲に潜んでいた警察官たちが、一斉に男たちを取り囲んだ。
「なっ……!」
男たちが驚いて足を止める。
逃げようとした者もいたが、警察官たちは素早く距離を詰め、次々と取り押さえていった。
「確保しました!」
男たちは、覆面を着用したまま無断で学校へ侵入していた。
警察は事前に寄せられた情報をもとに警戒していたものの、この時点では、彼らが何を目的としていたのかまでは明らかになっていなかった。
その日の夜。
テレビから、全国ニュースが流れていた。
『続いてのニュースです。本日午後、東京都内の小学校に覆面姿の複数の男が無断で侵入し、警察に身柄を確保されました』
『警察によりますと、男たちは複数の車に分乗して学校周辺に集まり、覆面を着用した状態で敷地内へ侵入したということです。事前に寄せられた情報をもとに警戒していた警察官が、現場で男たちを取り押さえました』
画面には、規制線の張られた学校の校門と、警察官に連れられていく男たちの姿が映し出されていた。
『男たちは、建造物侵入などの疑いで調べを受けています。警察は押収した所持品や関係者への取り調べなどから、男たちが児童を連れ去る計画を立てていた可能性があるとみて、詳しい経緯を調べています』
『なお、当時、学校では放課後のホームルームが延長されており、児童たちは教室に残っていました。学校関係者によりますと、担任の教師が周辺の状況を不審に思い、児童たちを教室に留めていたということです』
画面が切り替わり、校門付近の映像が映し出される。
『学校側は、児童の安全を最優先に行動した結果、児童が校外へ出る前に警察が対応できたとしています。警察は、事前に寄せられた情報の提供者についても確認を進めるとともに、男たちの計画の全容解明を急いでいます』
ニュースキャスターは、次の話題へと移っていった。
<><><>
数日後。
ミカは、何事もなかったかのように私の隣を歩いていた。
誘拐事件は起きなかった。
「ねえ、お姐さん。今日、帰りにアイス食べていかない?」
「いいわね。何味にするの?」
「チョコ!」
「ふふっ。やっぱりそれなのね」
「……ねえ、お姐さん」
「なあに?」
ミカが、ふと私を見上げた。
いつもと変わらない、無邪気な顔。
何気ない声で、彼は尋ねた。
「お姐さんの目的って、何? なんで僕と一緒にいてくれるの?」
――――。
息が止まった。
心臓が、嫌な音を立てた。
頭の中が真っ白になる。
ああ。やめて。
お願いだから。
その質問だけは。
「……お姐さん?」
ミカが不思議そうに首を傾げる。
私は、何も答えられなかった。
答えようとすれば、すべてが壊れる。
どうしてそうなるのか、理由を説明することはできない。
ただ、私は知っていた。これまでにも、何度も同じことがあった。
あと一言。あと少し。もう一息。
誰かが真実に触れようとするたび、積み重ねてきた時間が失われていく。
だから、言えない。言ってはいけない。
「……あ、いや! ごめん、冗談だよ!」
ミカは慌てて手を振った。
「そんな真剣に考えなくてもいいから!」
「…………」
私は笑おうとした。
いつもどおりに。
大丈夫だと伝えるために。
けれど、頬がうまく動かなかった。
どうして。
どうして、なのだろう。
「……ふふ」
ようやく、笑みを作る。
「突然変なことを聞くのね、ミカ」
「だよね!」
ミカは、何も知らずに笑った。
その笑顔を見ながら、私は思う。
――お願い。
どうか、何も知らないままでいて。
何のために、あなたのそばにいるのか。
どうして、何度もあなたを守ろうとするのか。
その答えを、あなたが知ることのないように。
……だって、私は。
あなたを失うことは許されないのだから。




