プロローグ 『サブライターの悲哀』
「これ、どうやってもヒロイン救えねえ……」
深夜三時。エナジードリンクと弁当容器が散乱するオフィスに、俺の声だけが虚しく響いた。
「なんでこうなるんだよ。てか、あいつらから渡されたフラグ管理シートもまったくあってねぇし、誰もルート分岐を把握してないってどういうことだよ」
本来なら、ヒロインの好感度フラグが立って、いくつかのハッピーエンドに分岐していくはず。どのルートを通っても、ヒロインは幸せな結末を迎える。当初の企画会議でのコンセプト自体は軽いもので、好きな属性を、皆で盛り込んだ自由な開発だった。
「それなのに透華! なんでお前はいつも思い詰めて、屋上から飛び降りてしまうんだよ!」
今もメインヒロイン・姫咲透華が、屋上から飛び降りるエンディングが繰り返し再生されている。俺はこの惨劇のループに、流石にまいっていた。
「プログラマーは仕様書通りだって言うし、確かにメインライターは途中で飛んだけど、何とかマスターアップまでには形にしたはずなのに」
俺は充血した目を擦りながら、飛び降りる前に思い詰めた顔で、こちらを見つめる透華のイベントCGを思い出していた。
「仕様だ、仕様。話題性があって良いだろ」
仮眠室から戻ってきたプロデューサーが、モンブルエナジーを流し込みながら、俺に現実を告げる。
「なんでイベントが組み変わってるんですか。鬱エンドなんて、皆見たくないですよ」
「知らねぇよ。まったく飛びやがって、あのクソライター。今から直してる時間なんてねえからな。来週にはVtuberコラボとフィギュアの予約が始まるんだぞ! さっさとマスターアップだ、こんなもん動けばいいんだよ、動けば!」
(舐めやがって……)
俺は奥歯を噛み締めていた。
「ごめんね、西谷くん」
「透華! もうやめてくれ!」
俺の叫びは画面の向こうには届かない。
このプロジェクト『エターナル・ヴィーナス ~君と紡ぐ永遠の約束~』は、本当に地獄だった。
度重なるリテイクと、納期の変更。
資金繰りの悪化による、契約金の未払いにブチ切れた売れっ子メインライターは、三回目のリテイク対応後にバックれた。
「あ、そうだ。クレジットのメインシナリオ担当、お前にしておいたから」
「……は?」
「御大が逃げたなんて、バレたら信用に関わるだろ。お前、レビューサイトでも『ハピエン信者』とか『ご都合主義ライター』って馬鹿にされてんだろ? 今回で一皮剥けるだろうし、ちょうどいい役回りなんじゃないか」
「だったら、最初から俺に全部書かせてくださいよ。この子たちを皆、幸せにして……」
初耳だった。確かに俺には才能が無いかもしれない。それでもキャラクターたちの魅力を伝えるために、一生懸命この仕事に向き合ってきた。
「調子に乗んなよ。お前は使い捨てのクソライターなんだから。こんなにレビューで酷評されてるシナリオライターのゲームを誰が買うんだよ、誰が」
心底バカにしたように、プロデューサーが俺に吐き捨てやがった。
そして、発売日。
予想通り。いや予想以上の大炎上が起きていた。
あまりに不憫なヒロインたちへの扱いに、ネット掲示板やSNSは阿鼻叫喚。バグで進行不能になる仕様もあったようで、ゲームは『伝説のクソゲー』として祭り上げられていた。
『姫咲透華とかいう精神汚染物質』
『これ書いたライター、人の心ないのか?』
『ハピエン厨の成れの果てがこれかよ、サイコパスすぎるwww』
SNSの厳しい意見と、掲示板に書かれた罵倒の数々に、俺は心を痛めていた。
自分が中傷されるのはまだ良い。キャラクターたちが悪く言われてることが、やるせなくて、許せなかったのだ。
「俺は誰かを不幸にするために、ライターを目指したわけじゃなかったのに……」
違う、俺じゃない。本当に俺じゃない。俺が書きたかったのは、こんな悲しい話じゃない。
俺はただ、皆が楽しそうに笑い合っている、当たり前の幸せを書きたかっただけなんだよ。
「どうすれば良かったんだ……」
自宅のアパート。モニターに映る『精神崩壊する透華』のシーンを無気力に見ながら、俺は安酒を呷った。
心臓が痛い。連日の徹夜とストレスが限界を超えているのがわかる。短時間でも眠るために、薬に頼っていたのも良くなかった。
「ふざけんじゃねぇ……」
薄れゆく意識の中で、俺はキーボードに手を伸ばした。
会社には提出できなかった、俺だけのテキストデータ。
このシナリオだったら、皆が救われるんだ。ご都合主義だけど、最高にハッピーなストーリー。
(せめて、俺の中だけでは……お前らは幸せだ……)
エンターキーを押した瞬間、プツン、と視界が暗転した。




