アーロンとシルヴィア
金髪の少年アーロン・ダークは最近、首をひねってばかりいた。
(冷徹でワガママ、人嫌いのエマリーがなんで……)
ホウキに乗ったまま、もう一度首をひねった。やはり皆目見当がつかない。
彼の前方には、魔法陣のじゅうたんに乗り飛行するエマリーとリリーベル。
―――今日のリリーベルは男の子である。
遠目でもふたりが何やら楽しげに談笑しているのが見てとれる。
(ちっ、あのエマリーが笑ってやがる、不気味だぜ……)
「……大体あれは庭師の息子なんだろ」
頭の中で考えていたことがいつの間にか漏れ出ていたらしい。ホウキの後ろに横座りしていたシルヴィアが「リリーベルのこと?」と訊ねてきた。
「エマリーとリリーベルはすっかり仲良しね」
青い小鳥のムーバードを指であやしながらシルヴィアが言った。
「気になってるの?」
「ハッ、誰が!」
「リリーベルはとってもいい子よ。私も仲良くできたらいいなって思ってる」
「なっ……!?」
アーロンの動揺を表わすようにホウキが左右に大きく揺れた。シルヴィアが「きゃあ」と小さく叫びホウキの柄に両手で掴まったため、ムーバードは慌てて彼女の指から飼い主であるアーロンの肩へと避難した。
「危ないわ、アーロン! ふざけるのはやめて!」
「ふ、ふ、ふざけてるのは君の方だろう!?」
「え?」
「だってアイツは男じゃないか! 僕以外の男と仲良くしたいだって!?」
「………。はああ~~」
シルヴィアは深くため息をついた。
「アーロン……私、あなたのそういうところ嫌いになりそう」
「!? シルヴィア!?」
「飛行中はちゃんと前を向いて!」
「………」
アーロンは渋々、顔の向きを前に直した。
朝の通学は、シルヴィアと一緒にいられる数少ない貴重な時間だというのに、彼女はふくれっ面。なんだこのムードは。……朝からサイアクだ。
そもそもエマリーが悪い。ヤツがすべての元凶だ。
まず、あの魔法陣のじゅうたんからしてふざけてる。
ホウキ以外の用具を浮遊に使用するのはままあることだが、ヤツは魔法陣そのものを尻にしいてやがる。傍目には青白い光を放つカーペットの上に乗っているみたいで容易く見えるが、真似しようとして嫌という程痛い目にあったアーロンは、あれが、ずば抜けた魔力を持つエマリーだからこそ叶う術だと、その身を以て知っている。
よって、ますます面白くない。
エマリーは授業もろくに受けない不良生徒だが、教科書に載っている応用以上の術を、いきなり何食わぬ顔でやってのけるので、誰も彼女に意見できない。
教師陣は自信をなくし萎縮しまくっている。
エマリーはそれを良いことに、最近ではランチの時間のみならず、授業中も普通科のクラスに入り浸っている。あの庭師の息子と共に過ごすために。
(呆れたヤツだ。僕だってそんなことはしない……したらシルヴィアが怒るからな)
シルヴィアから訊いた話では、庭師の息子とふたり仲良く机を横に並べ、エマリーのヤツはやたら熱心に黒板の文字を書き写したりしているらしい。魔法学科ではノートをひろげたことすらなかったのに。
授業を妨害するわけでなく勉強熱心とあれば、教師たちも文句は言えぬ。
それどころかエマリーの早退癖が落ち着いたので、ホッと肩をなで下ろしていた。
(エマリーをそこまで変えるほど、魅力的な男なのか…? アイツは……)
何の変哲もない、どこにでもいる少年に見えるが。
「……とにかく僕以外に男に近づくのは許さないからな」
念押しにもう一度言った。後ろのシルヴィアは黙ったままだ。
「…………」
「…………」
静かな怒りの気配を背中にビシバシ感じ、アーロンは振り返ることが出来なくなった。
「エマリーお嬢様」
一方、魔法陣の上のリリーベルが呼んだ。
「後ろを飛んでいるのは、シルヴィアとアーロン様じゃないですか?」
エマリーは後ろを一瞥すると、「そうね」と興味なさそうに答えた。
他にもホウキに乗った生徒の姿がチラホラあったが、あえてエマリーたちとは距離をおいて飛んでいた。触らぬ神に祟りなし。最近ではリリーベルがエマリーのお気に入りであることは知れ渡っていたので、好奇の目を向けてくる者はいなくなっていた。
「それよりいつになったら、その『お嬢様』を取ってくれるの? 敬語もやめてって言ってるじゃない」
「気をつけているんですが、じゃなくて、いるんだけど……」
申し訳なさそうに肩をすくませた。
「それにしてもシルヴィアとアーロン様は毎朝一緒ですね。ふたりは幼馴染みだそうですね」
注意した早々さっそく敬語に戻るのだから、エマリーも気が抜けてしまう。だがリリーベルのそんなところが好もしくもあった。
「…そうよ。あのふたりはずっと一緒。アーロンの母親とシルヴィアの母親は従姉同士でね。それこそ赤ちゃんの頃から知り合いなの」
「へえ~、だからあんなに仲がいいんですね!」
「ま、それもあるけど……」
「?」
「シルヴィアは、アーロンの母親と雰囲気がよく似ているのよ」
つまり、とエマリーは続けた。
「アーロンはマザコンってこと」
マザコン呼ばわりされたアーロンは、その後シルヴィアとろくに会話も出来なかったことに苛立ちながら教室に入ろうとしたところを、兄キュメリオに呼び止められた。
西の館に住んでいて、アーロンやエマリーより二つ年上の腹違いの兄だ。
『麗しのキュメリオ様』などと女生徒に囁かれる秀麗な顔が曇っていた。
「エマリーは一体いつまで普通科の優等生をやっているつもりなんだ?」
生徒会長でもある彼は、近頃のエマリーの奇行に苦言を呈した。
「さあ、僕が知るかよ。つーかエマリーのことを僕に訊くな!」
「朝から何をカリカリしている」
「うるさい。文句があるならアイツに直接言えばいいだろ」
「エマリーが素直に従うと思うか?」
キュメリオは軽く嘆息した。
「まったく困ったものだ。ダーク家の人間として周囲の目があることぐらい分かっているだろうに。あまりコモンに入れ込みすぎると―――」
ここまで言うと、アーロンの煮えたぎる琥珀色の瞳とぶつかった。
「誤解するな。お前やソフィア様のことを言ったわけじゃない」
ソフィアとはアーロンの母の名前である。
「そうかな。そうは聞こえなかったけど」
「……アーロン、毛を逆立てた猫みたいだぞ。誤解をさせたなら悪かった。私はお前とは友好的な兄弟でありたいと思っているんだ。エマリーが手に負えない分なおさらだ」
頭ひとつ上の高さから、弟のアーロンを慈しむように見下ろした。
アーロンは、この腹違いの兄が嫌いではなかった。華やか過ぎる見た目やキザな立ち振る舞いなど、性に合わない所もあったが、基本、常識的で善良な人物に感じられた。
ダーク家の長兄という堅苦しい立場を彼がそつなくこなしているからこそ、自分たち弟妹が気ままな学生生活を送っていられるのだ、と、アーロンはよく理解していた。
「キュメリオ、コモンを好きになるのは、そんなに悪いことかな……」
アーロンは、愛しい幼馴染みの少女を思い描いて、呟いた。
「そんなはずはない。ただ、それだけではダメなんだ」
兄の言葉の意味を考えた。―――好きなだけではダメ。
「それにしてもお前とエマリーは実によく似てるな」
「は、『コモン好き』だってことがか?」
またムッとなり皮肉っぽく口元を歪めた。
「いや…やはり顔がよく似ている。同じ母親から生まれた双子のようだ」
「それって最高の嫌味だな。コモンの母親と最強の魔女じゃ―――」
能力が桁違いだ、そう言かけたアーロンの唇をそっと指で制した。
「自分で言って後で後悔する言い方はやめろ。私は羨ましかっただけだ。……それだけお前たちは父の血を濃く受け継いでいるということだからな」
キュメリオは、艶やかな紅玉色の瞳を恥じ入るように伏せた。
父・アルディオン・ダークの瞳は琥珀色だったのだ。
その日の午後、アーロンははじめて学校をサボった。といっても最後の一時限だけだったが。
通常、土曜日と金曜日以外は、魔法学科は普通科より一、二時限分、授業が多い。
一緒に帰るためにシルヴィアにはいつも教室や図書室等で時間を潰してもらっているのだが、朝の一件があったため、彼女がおとなしく待っていてくれる自信がなかった。
案の定、普通科の教室には既に彼女の姿はなかった。
「あの~…アーロン様? シルヴィアなら、さっきもう帰りましたよ?」
よりにもよって例の庭師の息子が声をかけてきた。
「すごく慌てて走っていったから、何か急ぎの用があったんでしょうね」
(……絶対違う。僕が迎えに来るのを察して先に逃げたんだ。コイツ、シルヴィアに逃げられた僕を面白がってやがるな。さすがエマリーと気が合うだけあって性悪だ)
そんな忌々しい庭師の息子が、アーロンの肩にとまっていたムーバードに目を細めてきたので、
「触るな!」
とまだ触れてもなかったが、きつく怒鳴りつけてやった。
「え……あ…ごめんなさい……。綺麗な鳥だなぁと思って……」
叱られた仔犬みたいになった。きゅ~ん…と垂れ下がった耳まで見える。
(……ははーん、なるほど。コイツ、こういう手を使うのか……)
こうやって女の母性本能ってやつを刺激してエマリーを骨抜きにしたんだな。クズ野郎が。
「……何リリーベルに絡んでるのよ」
聞き覚えがあるドスのきいた声。
「リリーベルも、アーロンなんかに構ってやることないのよ。本当に優しいんだから」
声の主エマリーがゴミ箱を片手に教室に入ってきた。
「あ、お嬢様。ゴミ捨て当番お疲れさまです、はやかったですね」
(―――ゴミ捨て……だと!? 今、ゴミ捨て当番とか言ったか!? あのエマリーが当番をやった!? 冗談だろう!?)
絶句しているアーロンに、リリーベルがにこやかに続ける。
「えらいんですよ、お嬢様は。ここの教室は三階だから焼却炉まで行くのが大変だって、みんな当番をやりたがらないんです。なのにお嬢様は自らゴミ捨て当番に立候補して。僕も手伝いますって言っても、全部ひとりでやるからいい、なんて言うんですから」
「だってたいしたことじゃないもの」
エマリーが照れ隠しにプラチナの髪をかき上げたのを見て、アーロンはぞっと身震いした。
(……褒められて嬉しそうにしている……あのエマリーが……)
実際エマリーにとっては全然たいしたことではなかった。わざわざ焼却炉まで行く必要もない。リリーベルには黙っているが、ゴミはすぐ近くの廊下の窓から投げ捨てて、そこに炎の魔法弾を放って一瞬で消し去ってしまっている。焼却処分は空中でスピーディーに済ませるにかぎる。
「さ、アーロンなんて放っておいて、はやく帰りましょ」
エマリーは魔法陣のじゅうたんを出現させ、いそいそとリリーベルを誘った。
「……あの、アーロン様はどうしたんでしょうか?」
乗り込みながら、先程からピクリとも動かないアーロンを横目に訪ねた。
「知らない。シルヴィアとケンカでもしたんじゃない? 興味ないわ」
そして、ふたりでさっさと飛び去って行ってしまった。
…………くっ…………!!
教室に取り残されたアーロンは、奥歯をギリッとかみしめた。
(アイツ! とんでもない女たらし野郎だ! 絶対にシルヴィアを近づけるもんか!)
―――そう固く誓った。……だが、その誓いは虚しくも、割とすぐ破られることになるのだった。




