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天国の嘘  作者: やまざかたかす
第九章 世界を終わらせる者、未来を創る者

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第三十三話 反撃開始

 朗がクリーンルームの重い防護扉を蹴破るようにして飛び出し、施設管理室へと続く長い廊下を駆け出そうとした、その時だった。


「――止まりなさい、長泉院長」


 廊下の向こう側、冷たいLEDの光に照らされた通路を塞ぐように、数人の影が現れた。先頭に立つのは、ここの施設所長。その後ろには、威圧的な制服に身を包んだ自衛隊の幹部たち、そして白衣を着た兵器研究員たちがずらりと並んでいる。


 朗は反射的に足を止め、託次達を守るように背後の扉を背負って身構えた。


「所長。邪魔をするなら、力ずくでも通らせてもらう。この国を、いや世界を救うための資材が必要なんだ!」


 朗の鋭い声が響く。タケルも室内のモニター越しに、手に汗を握ってその光景を見守っていた。自衛隊が動けば、自分たちの計画は一瞬で瓦解する。

 しかし、施設所長は動かなかった。彼は静かに眼鏡を上げ、手元のタブレットに表示された『世界へのリーク映像』と、タケルが発信した『プロジェクト:新世界』の全容を見つめていた。


「分かっている。これを見ろ」


 朗が叫ぶのを遮り、所長が震える指でモニターを指し示した。そこには、国民を救う『天国』だと思われていたヘブンが、実は笹山一族が世界の富を独占するために構築した『臓器の搾取工場』であったという証拠が、次々と暴露されていた。


 それは、かつての救世主、あるいは神とも崇められた男——初代所長・柿枝悠一からの、血を吐くような告白だった。


『笹山に利用されていた弟は消され、私は二十年間、暗い檻に閉じ込められていた。今、ここにヘブン構想の真実を世界各国に向けて発信する。日本サイバトロニクス初代所長・柿枝悠一』


 所長はゆっくりと顔を上げ、朗、そしてクリーンルームの中から注視しているタケルへと視線を向けた。


「我々自衛隊や研究員は、これまで、誇りを持ってこの国の防衛と発展に尽くしてきたつもりだった。だが……今のリークを見て、すべてを悟ったよ。我々が心血を注いで作り上げてきたこの高度な技術、そしてこの強固な組織は、国民を守るためではなく……笹山という一族が私欲のために弟を利用し、兄を幽閉してまで作り上げた私兵に過ぎなかったのだ」


 所長の声には、これまで従順な歯車として生きてきた男の、煮えくり返るような怒りと、耐え難いほどの自責の念が滲んでいた。


「自衛隊員に、死を覚悟してまで守るべきものがあるとすれば、それは特定の一族の金庫ではない。……今まさに、デジタルの闇に葬られようとしている数億人の国民だ!」


 所長の背後で、自衛隊幹部が静かに、しかし力強く敬礼した。その瞳には、欺瞞の命令に従い続けてきたことへの悔恨と、今この瞬間に真の任務を見出した男の誇りが宿っていた。


「上層部(笹山)からの命令系統は、先ほどすべて無視することに決めた。我々はもはや、あの一族の道具ではない。長泉院長、タケル君。君たちがやろうとしていることは、本来、我々がなすべきだった国民の保護だ」


 所長が通路を大きく開ける。その後ろに控えていた研究員たちが、脱兎のごとく各々のステーションへと走り出した。


「柿枝悠一……あの男の二十年の孤独と、殺された弟の無念。それを晴らす方法が、兵器を救命艇に変えることだというのなら、我々は喜んで反逆者になろう。……タケル君、ドローンの制御権を解放した。君のプログラムを、我々の全システムに上書きしろ! 国民の意識を、そのコアカプセルへ回収するんだ!」


 タケルはモニター越しに、大粒の涙をこぼした。

 大人たちの背負ってきた重責と、その裏で踏みにじられてきた誇り。それが今、柿枝という亡霊が放った一筋の真実によって、巨大な救済の力へと転換された。


「所長、ありがとう! アンタたちのその意地、俺のプログラムで絶対に無駄にはしない! 一人残らず、俺がこの箱舟に引きずり上げてやる!」

「ああ。諸君、かかれ! これは国防ではない、人類の回収作戦だ! タイムリミットまで、一人の魂も見捨てるな!」


 所長の号令が響き渡る。

 兵器を作るための冷たい工場が、一瞬にして、数億人の命を乗せるための熱い『造船所』へと変貌した。


「資材なら、地下倉庫にペロブスカイト太陽パネルが三万セット、全固体電池は十万ユニットが即納状態で備蓄されている。研究員諸君!」


 それまで黙って控えていた兵器研究員たちが、一斉に動き出した。


「第1ラインのドローン製造プログラムを停止! すべてを『魂の退避カプセル』の組み立てに転換しろ!」

「通信班、自衛隊の専用衛星回線を開放しろ! タケル君のパッチを全国の拠点に最優先でブロードキャストする!」

「資材搬送ドローン、全機起動! 倉庫から資材をクリーンルーム前へ集積せよ!」


 廊下に、それまでの重苦しい静寂とは打って変わった、熱狂的な救済への足音が響き渡った。


 兵器を作るために集められた最高の頭脳と、国を守るために鍛えられた最強の組織。 彼らが今、一人のハッカーの少年と、命を懸けた一人の父親が繋いだ希望のために、その力のすべてを注ぎ込み始めた。


「タケル君、聞こえるか」


 所長がクリーンルームのインターホン越しに、モニターの中のタケルに語りかける。


「ここにあるのは、人を殺すための道具ばかりだと思っていた。だが、今日この時だけは……この場所を、世界で一番温かい『箱舟の造船所』にしてやろうじゃないか。指示をくれ。エンジニアとして、君に従う」


 タケルは、モニター越しに広がるその光景に、胸が熱くなって声が出なかった。大人たちは、敵ではなかった。彼らもまた、戦いたかったのだ。自分たちを縛る見えない鎖を断ち切り、本当の正義のために。


「ありがとうございます! 所長、皆さん! 第3ラインの溶接ロボットの座標を送ります。チップの換装作業、お願いします!」

「了解した。……作業開始!」


 裾野の闇の中。かつては死を司るドローンを産み出していた冷たい工場が、今、全国の工場と繋がり、数億人の命を救い出すための巨大な心臓となって、激しく鼓動を始めた。絶望のカウントダウンを撥ね退ける、泥臭くも圧倒的な、人類の反撃が始まったのだ。


お読み頂きありがとうございました。評価、ご感想を頂けましたら幸いです。


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