5話 恋バナ
また慌ただしい一日が終わった。
最終下校時刻直前の顧問の号令を聞き、着替えて駅へと走る。
しかし残念今日は普段よりちょっと遅かった。
「発車しまーす。」
校門を出たところで列車のドアが閉まったのが見えた。
「あーあ。逃しちまったなあ。」
颯太が横で呟く。
二〇分待ち確定だ。
俺の憂鬱な気分をよそに、颯太は同学年のやつらと話し始めた。
俺はその横でただ聞いていた。話題は野球から部活、学校へと変わっている。
俺は適当に相槌をうちながら考え事をしていた。
「…でさ、お前はいないの?」
唐突に話題が降られる。
何事かと話している方を見ると、颯太がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「あれお前聞いてなかった?だからさ、好きな人いないの?って。」
…思考がフリーズした。
こいつは何を聞いているんだ。
生まれてこの方自分から動いた恋愛経験がない俺に対して、マジで何を聞いているんだ。
「え?何の話?」
「だから好きな人いないのかって聞いてんだよ。なんか思い当たることはないんか?」
颯太がいう。
思い当たること、か…。
とりあえず関わったことのある女子を思い浮かべる。
座席が前の佐々木だろ?
いやでも挨拶しかしたことない。
じゃあ山登りで同じ半だった西村か?
いやあいつに至っては話してすらいないぞ。
なら野球部のマネージャーの宮下か?
いや話すけど違うな…。
「えマジでないんか?お前…。」
颯太が笑いながらこちらを見てくる。
考えるのを続ける。
残ってるのは学級委員の高橋か?
いやない。
ほぼ話さんし。
考えていると、ふと黄色いタンポポが視界に入った。
黄色…。
…思い出した。
月川がいた。
ただそんな話もしないし…。
ただこの前ジョグしてたら話しかけてきたな…。
いやでもどうなんだ…?
「はは、顔が真っ赤だぜ尚。やっぱ思い当たる節があったんだな?」
颯太がニヤつきながらこちらを見てくる。
「…いや、別に。」
「んなわけないだろ。顔に出てんだよお前はさ。」
颯太は鋭い。
しかし俺にもわからない。
なぜなら自分が恋をしたことがないから。
「いやまじまじ。いないから。」
へー、と颯太は気の抜けた返しをして、またほかのやつらと話し始めた。
「好きな人、か…。」
俺の頭の中には、研修で見た黄色い服と走ってくる人影、そして転びまくった時にかけられた心配する言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。
向こうから列車が来た。
「おー野球部の子たちか。今日は珍しく遅いな。」
「いやー部活が長引いちゃって…。」
「そうか。それは大変だったな。ほら乗って。発車するぞ。」
広野さんと軽く会話を交わす。
ドアが閉まる。
街灯の明かりだけが、窓の外を流れていき、そして夜の闇に消えていった。
「好きな人、か…。」
もう一度さっきの言葉を反復する。
これまで感じたことのない響きだった。
「ただいまー。」
「お帰り。遅かったね。どっかで道草でも食ってきたんかい?」
「んなもん食えるわけねーだろ。」
ドアを閉めて靴を脱ぎ、自分の部屋に向かう。
制服を脱ぎながらまた、さっきの言葉を反芻してみる。
「好きな人、か…。」
家の温かい部屋にいると、またさっきとは違った感じがある。
「ったく颯太のやつ。余計なこと考えさせやがって…。」
口に出していってみた。
そうすれば今のこの悩ましい状況から抜け出せると思ったからだ。
しかし逆効果だった。
「本当はあいつに気付かされたんじゃないか?」
俺の中のよくわからない感情が囁く。
「認めちまえよ。お前、本当は月川が…。」
「なわけないだろ!」
思わず口に出た。
そんなはずはない。
そんな世間で言われる恋だのなんだの、俺には関係がないことだ。
しかし頭の中には、あの時視界に入ったタンポポと、初めて見た時のあの黄色い服がいつまでも重なっている。
「おーい、ごはん冷めちゃうよー。早くきなさーい。」
リビングで母親が呼んでいる声がする。
「はーい。今行きまーす。」
一度考えるのをやめよう。
とりあえず今は飯を食って忘れよう。
俺は着替えを済ませ、食卓へと歩いて行った。
「いただきまーす。」
俺は夕食を食べ始めた。
北海道の豊かな自然を活かした食材で作られた料理はどれもおいしい。
今日は母親の得意料理の春巻きだ。
揚げたてのサクサク感がたまらない。
中に入っている筍の食感もいい味を出している。
しかし、普段ならただおいしいと思って食べることができるのに、今日に関してはどこか心に引っかかるものがあった。
「どうした、尚。調子でも悪いのか?」
父親が聞いてくる。
いや、大丈夫。
軽く返事をしてまた箸を進める。
「ごちそうさまでした。」
食器を下げて、自分の部屋に戻る。
ベッドの上に横になってさっきの続きを考える。
本当は考えたくなかった。
が、この心のざわめきがどうもおさまらない。
「…はー、いったい何なんだよ…。」
また反芻する。
「好きな人、か…。」
もう何度目だろう。
今日だけで五回ぐらい言った気がする。
この感情は果たして何なのか。
残念ながら俺には、それを綺麗に言語化してまとめる能力はなかったようだ。
「マジで颯太のやつ、余計なこと言いやがって…。」
天井に向かってキレてみる。
もちろん何も返ってこない。
あの颯太のにやけた顔。
ふざけた笑い声。
そして一輪のタンポポ。
いろんなものが頭の中をグルグル回る。
「本当に、なんなんだこれ…。」
また遠くから呼ばれている気がする。
お風呂が沸いたみたいだ。
「もう考えるのはやめだ。もう風呂に入って寝るぞ。」
そう自分に向けて宣言した。
そして着替えをもって、俺は自分の部屋を出た。




