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ろく。終息、そして暗転 。

危ない!木曜日5分前(´∀`)汗

魔法使い(とその弟子だとえりちゃんに認識されているらしい)九条さんとともに、三人連れ立って、あたしたちは海から道路に上がった位置にあるみやげもの屋さんにきていた。


なぜここに来ることになったのかというと…話はつい五分ほど前に(さかのぼ)る。


「えりちゃんさ、お母さんとはぐれちゃうまえ、お母さんなんか言ってなかった?」


と、九条さんが尋ねた。するとえりちゃんはこれ以上ないくらいに、快活に笑って言ったものだった。


「言ってた!」


えぇ!?


もちろんあたしたちは驚いた。


「本当?なんて?」


「トイレ!」


「………ん?」


「トイレ!」


「ト…?」


「うん、トイレ!」


なおも笑顔のえりちゃん。


「お母さんね、えりと離れちゃう前、トイレ行くって言ってたー」


えぇと…それって迷子って言わないんじゃ(魔法使い一味一同)


「う、うん…えぇと、ね?待ってろって言われなかった?」


「言われたー」


「…なんで離れたかな?」


「分かんない」


…うん。どうしよう。どう手ぇつけていいんだ、コレ。


「つまり…えりちゃん自分からお母さんのそば離れたってこと?」


九条さんが噛み砕いて、再度えりちゃんに聞く。


「違うよ、えり自分で来たんじゃないよ、えり後つけてきただけだもん」


だけどえりちゃんはそう言うのだ。


困り果てた表情で、あたしたちはアイコンタクトをとった。


えりちゃんが言うトイレは、ここから先500メートルの地点にある。砂浜から上がった道路沿いだ。


「後つけてきただけだもん」というえりちゃんの言葉からすると、行きはお母さんと一緒に、帰りは違う誰かと一緒にこの砂浜へ戻ってきたことになる。


でも一体、誰と?


この500メートルの距離。来年小学校、っていう女の子が一人で歩くには結構「飽きる」距離じゃないだろうか。


そうは思うのだけれど、誰と一緒だったかなんて見当もつかない。それにここで聞いちゃ、魔法使いの名が廃る…!!


なんてありもしないプライドをごうごうと燃やしていたとき―――あたしの目の前を、あるものが横切った。


目を(みは)る。それは、ふよふよといまだ空を泳ぎ続けているのだ。


「…………あ」


隣の九条さんも、同時に気づいたようで。


…そっか。もしかして。


「えりちゃん…あたしたちね、えりちゃんがなんの後つけてきたか知ってるよ?」


九条さんに目配せする。おいしいところは年上に、ってね。


九条さんはふっと笑って、ひとつ頷いた。


「とんぼ」


「!!」


「とんぼの後、追っかけてここまで来たんだろ?」


そう。えりちゃんが後ついてきたのは、人じゃない。「とんぼ」だ。季節も九月上旬、気の早いとんぼならいくらでも出てくる頃だろう。


「そうだよ、なんで知ってるの、ほんとに魔法使いなんだね、すごい」


案の定そうだったみたいで、目をキラキラさせちゃってほんと、可愛い。


でもえりちゃん、将来きっとマシンガントーク…。


想像して笑えた。


「それでね、えりね、おみやげなの」


…ん?今またなんか突拍子もない単語が。


「おみやげ?」


苦笑して聞く九条さん。


うわ、対処早くてすごいなぁ。


あたしなんかまんま振り回されてるよ。


「そうなのおみやげなの、トイレ終わったらね帰る前買うって」



だからお店に行くって言ってた。そう続けて―――その直後、えりちゃんは唐突に黙った。


「…おかあさん」


今の会話から思い出したのだろう。ジリジリと顔は歪んで、だんだんと「…う」という呻き声も漏れてきた。


あっ、やばい、泣っ―――、


「う゛ぁ゛ぁああ゛ー、おかあさん、おかーさん」


いちゃったよやっぱりぃいぃ…。


あたし、どこ、魔法使いよ馬鹿…。


くっそぅ、不甲斐ない。


けれど、直ぐにえりちゃんの泣き声は止んだ。


「っ、あ―――」


…九条さんが、抱っこしたのだ。


しゃくりあげる小さな背中を、ポンポンと優しい手つきで叩く。


「僕、えりちゃんがおみやげ買うって言ってるお店、分かるよ。連れていってあげる」


「っ、ほんと?おかあさんいる?えりおかあさんに会える?おかーさん怒ってない?」


矢継ぎ早に尋ねるえりちゃん、マシンガントークは健在だ!


「くっ…、分かんないけど、きっと待ってればお母さんもそこに来ると思う、よっ?」


どうやら九条さんもそれがおかしい様子、笑いを噛み殺しながらそれでも優しい声で答えている。


「じゃあ、行く。お店、行く」


えりちゃんのちっちゃな手が、九条さんの首にまわされ、ぎゅうっとしがみついた。


「!!」


うらやましい!代わりたい!


―――と、まぁ、こんな感じで今に至るわけなのだけど。


みやげもの屋さんには、とりあえず着いたその時はお母さんがいなかった。


また泣きだすかと思いきや。えりちゃんはすっかり忘れてしまった様子で、店内にある数々の品物に心奪われているようだった。


ガラスものやきらびやかなキーホルダー。はたまた変な置物だったり。


中でもえりちゃんはキラキラしたものが好きなようで、ガラス製品に興味津々だった。


棚に手をかけて、あーとかうーとか言葉にならない言葉をだだもらしている。


あぁもぅ、可愛いっ。


一方九条さんは腕時計を見ていて、一人手持ちぶさたなあたしだ。


何とはなしに「メッセージコーナー」なる一角で足を止めてみる。


なるほど、メッセージコーナーだけあって、いろんなハガキやメッセージカードがディスプレイされていた。


どれも海をモチーフにしたものばかりで、見てるだけで心が和んだ。


やっぱりあたし、海好きだわ…。


しみじみと再確認。


あとなんか面白いもの、あるかな。


最上部の棚を見ると、


「うっわぁ」


―――な、なんてあたし好み!これ、欲しい!!


見つけたのはガラスの小瓶。市販薬のガラスビンくらいの大きで、コルクで栓がされているものだ。


中には、丸められた真っ白な紙きれが一枚。


そう、映画とかでよく見るあれだ。


海な向かって「そーれウフフ」ってな感じのあれだ。


欲しい!これまじ欲しい!


いつ使うのかとか聞かれても分からないけれども!


何を書くんだとか言われても思い浮かばないんだけれども!


でも、憧れってあるじゃない!ロマンってあるじゃない!


つまりは、そういうことなのよ!


―――あぁ、でもこういうのって意外と高いんだよな。


…いくら?げっ、600円!


ううぅ…バイトもしてない女子高生には痛い…。


あぁ、でもコレすっごく欲し、


「これ、欲しいの?」


「うっひゃあぁ!?」


な、な、な、な!!びっくりしたぁ!一人の世界に入ってたのに、いきなり話しかけるからっ。


「く、九条さんっ?いいいきなり後ろから話し掛けないでください、しかも耳のそばでっ!」


まっかになりながら後ろを振り返った。


なんのこと?とでもいいたげな九条さんの笑顔が、そこにある。


うぅっ、やっぱりSっ?


「買いましょうか、お嬢様」


はっとした。そうだ、あたしにはこの手があったんだ!


棒倒しの勝者に与えられた、特権。


「…でも、あの、命令とかで買ってもらうのは違うっていうか」


あたしなんの分際で何言ってんの!?とは一瞬思ったけれど、本音だ。


こーゆーのは、気持ちがあるからこそ、きっと嬉しいもののはずなんだ。


だから、勝ったから買ってもらう、とか。負けたから買ってあげる、とか。


…そういうのは、どうしても嫌だったの。


九条さんはあたしの言いたいところを瞬時に掴んだらしい。


うんそうだよね。僕もそう思う。


そう、静かに笑った。


「でもね未羽ちゃん、だからだよ」


「へ?」


「そうやって考えられる未羽ちゃんだから。だから『僕が』、『僕の意志』で、あげたいんだ」


だからこれは、僕のわがまま。


ふんわりと笑って言われれば、返す言葉もない。


ぽーっとした思考のまま、思わず「はい…」と答えそうになれば、同時に、この店のドアベルがけたたましく鳴った。


「えり!」


えっ?


慌ただしい様子で店にかけこんできたのは、緩やかに波打つ黒髪で、上は白のカーディガン、下は水色のフレアスカートをはいた、まぎれもないえりちゃんのお母さんだった。


「おかーさん!」


ぱっと嬉しそうな声が背後からあがって、今の今までガラス細工を見ていただろうえりちゃんが、あたしたちの横を通り抜けていく。

「もう、動くなって言ったのにあんたは…っ!ケガとかないの!?大丈夫なの!?」


「うん!あのねあのお姉ちゃんとお兄ちゃんが魔法使いなの、だからえり大丈夫なの」


「え?魔法つか…」


困惑ぎみのお母さんの声が聞こえる。


ふっ、そりゃそうだ。なんのことか分かんないよね。


だけど、さすがはお母さん。えりちゃんの一言で事情を察したらしく、狭い店内のなかあたしたちの姿を見つけると、ぺこっと会釈をし「すいません、ありがとうございます」と言葉までくれたのだ。


呆気にとられながらも、あたしも笑って「いいえー」と返せば、九条さんは「えりちゃん、すっごくいい子でしたよ」と大人の対応をしている。


そのあと、えりちゃん親子は約束のおみやげの品を購入して、何度もおじぎしなから帰っていった。


帰りぎわ、えりちゃんから「ありがとう!魔法使いとその弟子!」と言われたことは、きっと、一生忘れない。


「やー、騒がしい子だったね」


「はい。でも、楽しかったです」


それに、子煩悩な九条さんが見れて、ぶっちゃけ得した感いっぱい。


「それで?どうするの、買う?」


「あっ、と…その」


まだ決められないあたしに、九条さんはぽんと頭に手を置いた。


「僕、ちょっとトイレ行ってくるから。それまでに決めといてくれればいーよ」


あーぁ…気ぃ使わせちゃったな。


心のなかではそう思うのに、現実のあたしはただこくりと頷くだけ。


九条さんはそれを見届けると、「落とすと駄目だから」とあたしに携帯を預け、店内から出ていったのだった―――。


「はぁ…」


で、そのあとのあたし。


正直、めちゃめちゃあのガラスビン、欲しい。九条さんもああ言ってくれてるし…ちょっとくらい、甘えちゃってもいいかな?


なんて、考えてる。


今日の記念になるものも欲しいし。いいよね?


うん、よしっ。買ってもらっちゃおう!


考えがまとまったところで、気になるものがあった。


あたしはおずおずと手のなかに納まっている黒い携帯を見下ろす。さっきからめちゃめちゃ存在感出しまくりの、く、く、九条さんのけーたいっ!


妙に緊張しちゃうこの気持ち、分かるかなぁ!?分かるよねぇ!?


あ、開けたい!パカッ、て開けちゃいたい!


いいえ、だめ、だめよ未羽っ。それは人としてやっちゃいけないこっ―――、


ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。


「うっはぁあぁぁッ!!」


あたしは思い切りびっくりした。


メ、メールきた!いや、電話!?


どっちだか分かんない!!


いいの?いいの、コレ!?


この静かな店ん中に、超響いちゃってるんだけど!


こ、心なしか店員の視線が痛い。さっき奇声もあげたし、何より、マナーモードにしてても意外にバイブレーションってうるさい。


仕方なく、あたしはバイブレーションを止めるべく携帯を開くことにした。メールだった。


―――でも………やめておけばよかったんだ。


あたしは死ぬほど後悔する。人のプライベートなんて、覗くもんじゃない―――。


軽い気持ちで押した、決定ボタン。


受信したメールの送り主の名前は。


“黒瀬ひな”


…そう。


ひなのもの、だったんだ―――。


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