ご。魔法使い誕生?
「って言っても、昼食べてないから少しお腹空かない?」
九月にも入り、あまり人気のない海を散策しながら九条さんが言った。
昼ご飯、その単語にあたしはびくっと過剰反応をした。
なぜなら―――。
「あの…あたし、軽く食べられるもの作ってきたんです。食べますか?」
そう、サンドイッチを作ってきていたのだ。失敗のない、安全パイのごくごくふつうのサンドイッチ。
そのまま流れに任せて、ずっと鞄の中に隠していたサンドイッチ用の穴が空いてる弁当箱を取り出して、突き付けた。
むしろ流れに任せなきゃ渡せないでしょ、これ?
「……………」
続くのは沈黙ばかりで、やばいおしつけがましかったか?と不安になる。
はらはらして半分涙目になった時、やっと九条さんが動いた。
背を少し曲げて、あたしの耳に口元を寄せる。
…え、何―――。
熱い吐息を首筋で感じた。
「―――ありがとう、すっごく嬉しい」
「ひゃあ!?」
そのまま、なめらかな白い手が、弁当箱を持ったあたしの手ごと優しく包み込んだ。
はっとして思わず取り落とす―――瞬間に、九条さんがキャッチ。
「ちょっと、未羽ちゃん。手離しちゃ駄目でしょう、いくらなんでも」
「すすすすいません!でもその、びっくりしてっ…」
「そう。首弱いんだね」
「なっ…!」
そういうことを言ってるんではなくね!?
「どっか座って食べようか、どこ座る?」
話聞いてないし!こっ、この人…意外に、てゆうか絶対、Sなのかもしれないっ!
「あ?普通にうまい」
九条さんが少なからず驚いたようにそう感想を述べた。
手にはレタスとハム、それにチーズをはさんだサンドイッチを持っている。これがあたしの一番のおすすめメニュー。
あの後、砂浜から道路へ続く階段の一番下に腰を降ろしたあたしたちは、海を正面に食事をとっていた。
「なんですか、その意外そうな声。ちょっと失礼ですっ」
「いや、ねぇ?だって未羽ちゃんってあんまりこういうことできそうに見えないから」
笑ってしれっとまた失礼。
「そんなむくれないでよ、あはは。ごめんね?たださ、前も思ったけど未羽ちゃんって見た目に似合わずまめなことするんだよね、結構」
「それ、初めて会った朝も言ってましたよね?何なんですか一体ぃ〜」
あたしってそんな見た目悪いだろうか。
「悪い意味で言ってるんじゃないよ?未羽ちゃん、見た目はまさに今どきの子だからさ。もっと結構はじけてるのかな?って思っちゃってたんだよね」
確かに…あたしは見た目、明らかに清楚系じゃない。
どちらかっていうとギャル系だ。地顔が派手だから、着る服やメイクもどうしてもそっち系になってしまうのだ。
あたし個人としては、清楚系だって好きだし着たい。でも実際問題、好きと似合うはべつなのだ。
「ギャル系女子は嫌いですか」
ふてくされた感抜群で、俯きながら投げた問い。
「ううん。未羽ちゃんなら構わない」
それは、九条さんのあけすけな物言いに圧倒されて終わったのだった。
それ―――言っちゃいますか、本人の前でっ!
何事もなかったかのようにまたサンドイッチを食べ始めた九条さんを横目に、あたしは、赤い顔を見られまいと懸命に下を向くことしかできなかった。
あぁあたし…負けてる。
―――ご飯の後は、何がどうしてそうなったんだか、あたし達は棒倒しをやっていた。その辺で拾った適当な棒きれを砂浜に突き立て、そこを中心に砂を盛る。
「九条さん、準備でき」
言いながら顔を上げたあたしは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
九条さんが驚くほど真面目な表情で、ただひたすらにあたしをじっと見つめていたからだ。
思い出したように心臓が脈を打ちはじめる。
もしかして―――ずっと?
はしゃぎながら砂もりもりやってんのずっと見られてた?
確かに手伝い少ないなぁとは思ってたけど、それってあたしのことずっと見てたから!?
顔に全身の血液が集まったみたいだ。
どのくらいそうしていたのだろう、不意に九条さんが僕さ―――と口を開いた。
続きを聞こうと耳をそばだてた。
でも結局、続きは聞けなかった。
「きゃー、あはは!」
「えり、そんなに走ると怪我するわよ」
近くを通った親子連れの声にかき消されたからだった。
「ごめん。なんでもない。やろっか、棒倒し」
にっこりと微笑まれれば、これ以上追及するのは憚られる。
あたしも何事も無かったように装って、初めに自分側の砂を思い切り手前に引き寄せた。
量にして大体三分の一ってとこかな?
「次、九条さん」
「よーし。言っとくけど僕、棒倒し得意だよ?」
「え!で、でも、あたしだって得意ですから」
「そうなの?負けないけどねー」
「あ、たしだって負けませんっ」
生来の負けん気がたたって咄嗟にそう答えるけど、あたし、とことん可愛くない!
「じゃ、そこまで言うなら賭けしよっか」
ちょっとだけ自己嫌悪に陥っていたことなんて露知らず、九条さんはフラットにそんなことを言った。
「か、賭け?」
「負けた方が勝った方の言うこと、何でもひとつ聞く。これでどう」
賭けをもちかける九条さん、ほんと楽しそう…。
キラキラしてて後光がさすかのようなあのキラースマイルじゃなくて、ただほんとに面白いことを発見した時のような、わくわくした笑顔であたしの返事を待っている。
ちょっと誰か、教えてよ。
こんな顔されて断れる人、いるっ!?
それにそれに―――。
あたしはよこしまな妄想をした。
あたしの言うことを二つ返事で聞く九条さん。
―――いい。なんか、すごく禁断の香りがして興奮する…。
うわぁ、思考、痴女。
「やる?やらない?」
そこにまた九条さんの追随。
「やります!やらせて下さい」
あたしはあっさり煩悩に負けた。
その答えを受けて、九条さんが周り一周分の砂をかき寄せる。
それを確認して―――うん、まだいける。
両横に残っていた砂を一気にとった。棒の周りに小さい山があるだけになる。
「こっからだよね、棒倒しは?」
言って九条さんは、また周り一周分結構思い切り砂を取った。
え、いきなりそれだけ取っちゃうの!?大丈夫なわけ?ていうか次あたしで倒れんじゃないのコレ!!
心理的揺さぶり…?
ちら、と相手を伺うと意地の悪い笑顔でニコニコしている。
何が狙い!?
自分が混乱のどつぼにはまっていくのが分かった。
うぅ…、と頭を抱えてそのあと意を決して砂に手を伸ばす。えーい!
ザクッ。
「…………………」
「…………………」
…あ、れ?うそ、なんで?なんでこれで倒れないの…?
―――そこには、砂がなくなっても直立不動の木の棒が一本。
おっかしいでしょどう考えてもぉ!
「えー…と」
九条さんが恐る恐るといった感じで、もはや山ではなくなった砂をさらに深く掘り下げた。
―――パタン。
…倒れた。
一瞬の沈黙のあと、九条さんと目が合う。
そして―――、
「ふっ…」
「あはっ…」
どちらからともなく、笑い合った。あははは、と開けた空間に笑い声がこだまする。
「おかしいおかしい!未羽ちゃん砂浜に刺す力強すぎだよ〜」
「あたしのせいですかぁ!?九条さんこそ何か仕掛けたんじゃないのー!?」
「しっつれーだなぁ。してないってそんなことー」
万が一してたとしたら自分が勝てるように細工するって。九条さんはそう言ってけらけらと笑った。
こういう風に笑ってる九条さんも、好きだなと思った。
―――あとでわかったんだけど。
あたしはどうやら、棒倒しのセッティング方法から間違っていたらしい。
ふつう、山を盛ってからその上に棒を立てるのに、あたしは地面の砂浜に直接立てていた。初めから、倒れるわけがなかったのだ。
ともあれ、軍配はあたしに上がった。セッティングを間違っていたとはいえ、棒を倒したのは九条さんだ。何でも言うことひとつ聞くという約束を果たしてもらわなければ。
「何を致しましょうか、お嬢様?」
キラースマイルでかしずかれる。
わぁ、鼻血もん。
「えーとえーとその」
どうしよう、決めらんない!このシチュエーションおいしすぎるっ!
「か、帰るまでに考えときます!」
苦し紛れに出した答えに、
「そうですか。承知致しました」
九条さんはまたもキラースマイルでそう言うのだった。
その時、沸騰するあたしの頭にふと微かに子どもの泣き声が聞こえた気がした。
んん?気のせい?
訝しんで向かいの九条さんを見上げると、やっぱり気のせいじゃなかったようで、同じく不思議そうな顔をして辺りを見回している。
「…聞こえるよね?」
「はい、聞こえます」
「どこから………、あ」
あ、と声を洩らして見やった方向。あたしも目を向けると、泣きながらふらふらとこっちに向かって歩いて来る五歳くらいの女の子の姿が見受けられた。
―――て、いうかあの子、
「さっきの子!」
「え?」
「あの女の子、さっきあたし達の横通り過ぎてった親子連れの、子どもの方ですよ。ほら、九条さんが何か言おうとして、やめたときの―――」
そこまで言ってから、あっと口を抑えた。
…しまった。これは、ふれてほしくなさそうな話題だったのに。
「…なんでそこでそんな顔するかな」
悔しそうに唇を噛んだあたしの表情を読んで、九条さんが困ったように笑った。
「だって…」
九条さん、あの話にふれてほしくなさそうだったじゃん。あからさまに、空気変えたじゃん。そうでしょ?
…あたしに、聞いてほしくなかったんでしょ?
心のなかだけで問いかけた。
口に出せるほどあたしは九条さんと親しくない。
勇気もない―――。
「……………」
沈黙が訪れて、絶え間なく耳に届くのは女の子の声。
あたしは無言のまま体の向きを変えると、砂を蹴って女の子のそばにかけ寄った。
「どうしたの、お母さんは?」
「ふぇ〜ん゛!あ゛ぁ゛〜ん」
う、駄目だ。全く聞いてない。
助けを求めて無意識に後ろを振り返れば、九条さんもすぐそばに来てくれていた。
「無理そ?」
眉尻を下げてこくんとうなずくと、九条さんが女の子の目の前にしゃがみこんだ。目の高さを同じにして、視線を合わせポンポン、ととてもやさしく頭をたたく。
女の子は予想していなかった刺激に、ひくっと喉をならしてきょとんとしていた。
うわ、泣き止んだ!
「お母さんどした?」
目元をやさしくゆるませて、九条さんが問い掛ける。
あ、あたしもそれやられたい!…なんて思ったことは秘密にしといて、
「もしかしてえりちゃん、はぐれちゃった?」
自分も九条さんの隣にしゃがんで、聞いてみる。
「……っ、な、なんで?」
帰ってきたのは疑問符。
「うん?」
「なんで、えりの名前、知ってるの」
いまだにおさまらないしゃっくりで肩を上下させながら、えりちゃんが不思議そうに尋ねる。
「へへ、なんでかなー?」
お姉ちゃん、魔法が使えるのかもねー?と笑ってやると、えりちゃんが一瞬きょとんとして、今度は「うそ!」と目を輝かせた。
か…可愛い…。
ふと見れば、隣の九条さんもちょっと驚いてるみたい。へらっと笑ってさっきちょっと、とだけ言っておく。
「お母さん、一緒に探そうか。お姉ちゃんの魔法で」
「いいのっ?…うん、探すっ」
完全に泣き止んだえりちゃんの小さな手を取って、あたしは立ち上がる。
九条さんもそれに続いた。そうして、えりちゃんの空いてる左手をやさしく握ってやる。
「なんか完全に役どころ取られちゃったなぁ」
頭上から聞こえる九条さんの声は苦笑まじりだ。
「九条さんが泣き止ませてくれたからですよ」
じゃなきゃあたし、話せなかったし。
―――海にきてから2時間半。
今日の残りのあたしは、どうやら魔法使いにならなければいけないようだった。
やっと時間ができました!隔週とか言っときながらそれもできずにごめんなさいm(__)mとにかく1月は、最重要事項な死活問題があったのです。でも、これからはまた週一更新していきますね(^-^)曜日は水曜でお願いいたします♪




