よん。行っちゃいます、海に
土曜日の朝。待ち合わせ三時間前に起きたあたしは少しでも見目を良くしようと奮闘した。
三時間後、できあがったあたしは結局いつも通りだった。
もーいいや、これで。
だってこれが無理してないあたしだもん、だなんて開き直りもいいとこだけど、事実なのだから仕方がない。
白いワンピースにサンダルといういかにもな出で立ちで外に出てみると、ここから100メートルは先の、昨日降ろしてもらった場所にもう九条さんが待っていた。
ふんぎゃあ!また心臓がうるさくなってます大佐!!
誰に言ってんだかとにかくあたしは緊張度最高潮。
車に近づいてゆくにつれ、はっきりと九条さんの表情が読み取れるようになる。
キラースマイルだった。
あたしはしっかりやられた。
ああもう…先行き不安。
今日一日、あたしこの人の魅力に耐えられるんでしょうか…。
「未羽ちゃん、今日ありがとうね。いきなりだったのに」
車が走りだしてすぐ、九条さんがそんなことを申し訳なさそうに言った。
「な、なに言ってるんですか!?あたしが九条さんの誘い断るわけなっ…」
そこまで言って、あっと口をおさえた。
こんな恥ずかしい本音を叫ぶやつが一体どこにいるのよ、馬鹿ー!
羞恥に顔を染めて、うつむく。
驚いて瞬いていた九条さんの表情が、頭から離れない。
―――すると。
「未羽ちゃん。みーうちゃん」
横からぽんぽん、と頭をとても優しく叩かれた。
どきん、と胸が鳴って顔をあげると、これまたすんごく優しく微笑んでいる九条さんがいた。
「ありがと。嬉しいよ?」
「―――、」
ああ、もう!もう!もう!いちいち反則なんですあなた!!
あたしを殺す気なんですか!?
キュン死にという名の殺人です。
死なないように頑張ったあたしを盛大に誉めたいよ…。
九条さんからは見えないように顔を背けて、そっとため息をついたのだった。
―――そろそろ、走り始めて二十分。窓から見える風景からは段々と建物が消え、自然が多くなってきていた。
「あれ。そういえば、海ってどこの海行くんですか」
あたしはいまさらながらの疑問を感じて、ぶつけてみる。
「言ってなかったっけ。って言っても名前なんて知らないんだけどね、三十分かからないごく近場の海だよー?」
しょぼくてごめんね、と言って九条さんは視線をあたしからフロントガラスに戻した。
しょぼいだなんてそんな!あなたと出かけられるなら例え農場だってパラダイスです!!
と、心のなかでは猛反論したのだけれど、あいにく口に出せるほどあたしは素直でもないし、あけっぴろげでもない。そんなことないです、嬉しいです。とだけ言っておくことにした。
九条さんは、そう?良かったと言って笑った。
車がまた静かになって、あたしの視線は自然に九条さんへ移る。
また脈が早まった。
もう、身体の反応だけは素直なんだから。
…運転してる姿も格好いい。さまになってる。
そんなことを真面目に思う。
窓のさんに右肘かけて頭乗せて左手一本でハンドル操作してる姿だとか、そのおかげでよく見える首筋だとか、力入れるたびに筋の浮く意外に筋肉質な腕だとか。
それらのひとつひとつに視線が吸い寄せられて、あたしは夢中で見入っていた。
沈黙も、なんだか心地よくて。
あたしは、時が止まっているような感覚に酔いしれていた―――。
「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「えっ」
ひくっ、と息を呑んだ。
やましいことなんて何もしてないのに、やましいことをしていたのが見つかった気分!
いや、これってむしろ『やましいこと』!?
「き、気づいてたんですかっ?」
「そりゃあね。こんな狭い車の中でじっと見つめられちゃ、さすがにいやでも気づくよ」
「お、教えてくださいよぉ」
「ごめん。なんかトリップしてるみたいだったから」
うう…。トリップしてたのかあたしは…。
「ほやーっとしてる顔も可愛かったよ?」
「ふぇっ!?か、かわ…っ」
可愛いって、言った、今?
幻聴!?
「うん、可愛い」
ぎゃあーーーー!!!!幻聴じゃない!!!!
真っ赤になってあたふたする。
どどどどうしよう!嬉しい!しかも、さっき、ほやーっとしてる顔『も』可愛いって言ってたよねぇ!?
あたし、聞き逃さなかったよ!?
『も』ってことはさ、その他も…。
ドキドキ鳴ってる心臓を意識しながら九条さんを見た。
って、もうふつーに運転に戻ってる!
がくっとうなだれる。
―――……うん?待てよ?
『ほやーっとしてる顔も可愛かったよ』って、あたしの顔も見てなきゃ分からないよね?それって、つまり…。
「み、見てたんですか!?」
「え?」
「あたしの『ほやーっとしてる顔』。ほやーっとしてる間、ずっと見てたんですか!?」
責めるように言い寄った。ほやーっとしてるって、つまり、ぼーっとしててアホ面だったってことでしょ?ずっとそれ、見られてたなら、最悪!
どうか違ってますように、と祈りを込めて九条さんの答えを待った。
彼は数秒、黙り込んだ末―――。
「……うん?さぁ、あはは。どうだろう」
なんて、なんとも曖昧な答えをくれたのだった。
「海だーっ」
あれからすぐ、あたし達は目的の海に着いた。
結局例の答えは教えてもらえず、今に至っている。
もう気にしないからいいもん!
そんなことより、目の前には青い青い海!
快晴とまではいかないけど、真っ白な雲と、その合間から顔をのぞかせる空。
それに、砂。
あたしはサンダルを脱いで、足元に広がる砂を裸足でぎゅっと踏んだ。
それから、指で握ったり開いたりしてみる。
この感触、だーいすき!
「えっへへへへ〜」
しかも隣にいるのが九条さんときた。
これが、にやけられないでいるものかっ!
「未羽ちゃん…そうとうテンションあがってるね」
「そーですかっ?」
「だってずっと笑ってる。海、来て良かった?」
「うんっ、嬉しい!」
喜色満面の笑みで言った。
その後で、はっと気づく。
あたし、嬉しさのあまり今ふつーにタメ口使っちゃった…。
隣に立ってさっきまでのあたしと同じように風景を眺めている九条さんの横顔を、盗み見た。
…全然気にしてないどころか、九条さんこそがとても嬉しそうに笑っている。
「………?」
「―――良かったよ」
そう、前を向いたまま彼は唐突に呟いた。
「な、にがですか…?」
聞き返すと、横にいるあたしを振り返って、九条さんは微笑んだ。
いつものきらきら輝くキラースマイルじゃなくて…ただただ、やさしく、やわらかく微笑んだ笑顔。
「未羽ちゃんが、嬉しそうで」
「え?」
あたし―――?
「未羽ちゃんが笑ってると、僕も嬉しい」
だから、来て良かった。
九条さんは、穏やかな声音でそう続けたのだ。
あたしはなんだか、また胸がぎゅうっと絞めつけられる感覚がした。そして、その後、泣きたくなった。
理由なんか分からない。
ただ、どうしようもなく、切なくなったのだ―――。
「今日はきっと楽しくなるね」
九条さんが言う。少しはにかんだ笑顔で。
「っ、はい!」
あたしは答える。精一杯の笑顔で。
…今日一日で、分かるかな。
九条さんといると、こんなにも胸が絞めつけられる理由。
―――土曜の午前十一時。
こうして、あたしの人生初のデートは幕を開けたのだった―――。
ごめんなさいm(__)mひたすらごめんなさいm(__)m思っていたより忙しくて更新日を隔週で日曜日にします↓読んでてくださる方申し訳ありません(T_T)