すぴんあうと。未羽と九条と黒瀬ひな。
―――いつから気づいてた、って最初から。
ちなみに連絡先交換したのも、初めてあの人に会ったその日のうち、だったんだけどね。
《Side.黒瀬ひな》
「ちょっとひなっ」
「なぁに〜」
「なぁに、じゃないっ。またあんたって奴は九条さんにあることないこと吹きこんでっ…!」
「うふふー。全部あることでしょお?」
「なお悪いわ!」
季節は初秋。十月。昼休み。あたしは、今日も自分の情報網を駆使して未羽で遊んでいた。
「あっれぇ、そんなこと言っていいのかなぁ、未羽。キューピッドさまにしつれーだよぉ?」
「ぅぐっ…」
「うふ♪さぁてまた色々聞き出したいこともあるしぃ…屋上行こうかっ?」
にっこり笑って言うと、未羽は苦ァい顔をしながらも大人しく後ろをついてきた。うーん、素直でいいねっ。
「でぇ?何か進展はあったわけ」
クラスメートに情報が漏れないように場所を屋上に変えたのち、あたしは早速未羽に詰め寄った。
「し、進展て」
あたしの見解ではぁ、未羽は奥手だけど思い詰めれば突っ走るし、九条さんなんて確かに紳士だけどあぁ見えて結構押し強いと思うのね?だから割と早くいいとこまで進んでんじゃないかと思うわけだけどぉ。そこんとこどーなのっ?
そう一息に言うと、未羽は唖然としていた。
「な、なんでそのこと」
「んー?九条さんが実は押し強いって話ぃ?」
「…とかそこらへん」
「まだまだだねぇ。あーゆぅ表面ニコニコしてるのが、一番腹黒かったりするんだよぉ」
言ってやると、単純な未羽は黙り込む。
「でぇ?九条さんって激しいのっ」
「はっ?」
顔真っ赤にして。ほんと、未羽っていじり甲斐ある。
「うふっ、これはただの好奇心で聞いてるだけだから。九条さんって、激しいの?どーなの?」
「待て待て待て待て待て何の話よっ」
「何って…もちろん、セ」
「待て言うな!羞恥心ないわけ!?」
「あるにはあるけどぉ…今は発揮されてないかな。で、答えは?」
「〜〜っ、したことないから分かりません!」
「してないのぉ?」
「そのつまらんみたいな反応やめて」
「じゃキスんときは?」
矢継ぎ早に質問する。こーゆぅのは考える隙を与えちゃだめなのよねー。
「かっ…関係ないでしょお!」
「大有りだもんっ!さ、どーなの」
にじり寄ると未羽は顔を真っ赤にして黙り込んだ。もしかしてキスされてるときのこと思い出してるな。
「し…」
「し?」
「死にそうに、なる」
蚊の鳴くような声で耳に届いたのは、そんな言葉だった。
「つ…っ、つまり息もできないくらい激しいんだっ」
「違うわ!や、確かに息できなくて苦しいときもあるけどっ!そうなったら休ませてくれるし!そうじゃなくて精神的な問題なの」
…あたし的には「休ませてくれる」っていうのが気になって仕方ないところだけど、突っ込まないでいてあげよう。
「ドキドキしすぎて…ってやつ?」
「そうそう」
「……のろけだねぇ」
「あんたが喋らせたんじゃないっ」
「うるさいっ。このっ、健気に毎日もらったワイシャツ着やがって〜!成敗してくれるっ」
隣に座っていた未羽のワイシャツの襟を掴むと、未羽は「やめて〜」と笑う。ひとしきりじゃれ合い、笑って。ふと、未羽が真面目な顔になった。
「未羽?」
「ひな…あたし、本当に良かったんだよね?」
「え?」
本当に良かった?なんのこと?
「あの時ひなはああやって背中押してくれたけど…本当に、九条さんを好きなわけじゃなかったの」
一瞬なんことか考えて―――すぐに理解した。
「…ばっかだねぇ〜。まだそれ気にしてたのぉ?だからぁ、そんなんじゃないって」
「でも、あたしと九条さんが会ったって知った時ひなすごい渋面作ってたし」
…あぁ、未羽たちが初めて一緒に海でかけたときのことかな、これは。
「あれはね、未羽の様子おかしかったから、九条さんが我慢できなくなって転勤のこと言っちゃったんじゃないかと思ってさ。そーなればあたしの『未羽に告らせよう作戦』もパァになるわけでしょお?だからだよ」
まぁったく、このムスメは本当疑り深いってゆーか、なんてゆーか。つまるところ、優しいんだよねぇ。
あたしはにやっと笑って未羽の額を小突いた。
「心配ご無用。あたしは、未羽が幸せになってくれて本当に嬉しいんだから。一生ラブラブしててよ」
「ひな…」
「それにねぇ、あたしにはもっといい男がこれから先現れる予定なの!九条さんなんかメじゃないよ」
言うと、未羽が、やっと晴れ晴れと笑ってくれた。やっぱり未羽はこの笑顔でなきゃ。
「うん。だよね。あたしもそう思う」
「でっしょお?さ、戻ってご飯食べよー」
あたしはポン、と未羽の背中を叩く。
季節は初秋。十月。昼休み。今日もあたしは大好きな友達が傍にいて、元気で、幸せ者だ。
―――君はそんなことない、って言うけれど。
僕はいつだって君に関することには、余裕なんてないんだよ。
《Side.九条透真》
「そういえば九条さん。前まで九条さんがいた仕事場って、幽霊出ます?」
それは、二度目の海からの帰り道、僕の車の中でのことだった。
ついさっき彼女から告白をされて、僕も気持ちを伝えて。
それでどうして車の中でそんな方向の話題になるのか、全く分からなかった。
「ええと…どうして?」
「あの、だって。…さっき初めて会ったときの話、したじゃないですか?」
「海で『水かけたのはわざとだ』ってバラしたときのこと?」
「…、はい。それで思い出したんですけど、あの後更衣室でシャツ着替えてるとき、扉がドンッて鳴ったんですよね。だからポルターガイスト!?とか思って…」
すると未羽ちゃんは答えない僕を見て、「そ、そんなわけないですよね。あはは、忘れて下さい」と慌てて訂正をした。
…いや違う。答えなかったんじゃない。
答えられなかったんだ。
だって―――
「あ、あの、九条さん?」
「…未羽ちゃん」
「は、はいっ」
「…僕はあそこに五年いたけどね、そんな話一度も聞いたことも見たこともないよ?」
笑って言うと、未羽ちゃんは赤くなって固まった。
僕のこの笑顔に未羽ちゃんが弱いってこと、薄々気付きながらやってるんだから僕も結構人が悪いと思う。
「そんなことより、さっき呼び捨てで僕の名前呼んだでしょ?もう一回呼んでよ」
「えぇっ、無理です!」
「どうして?」
さっきは平然と呼んだじゃない、と言うと未羽ちゃんはたじろいだ。
「その、さっきは勢いで…」
「今も呼べるって。ほら」
ん?と優しく促すけれど、依然彼女は赤くなって縮こまるばかりだ。
耳とかやばいくらい赤い。
ああどーしよ、可愛い。
クスクス笑うと、未羽ちゃんが「なんで笑ってるんですか!」と運転する僕の左腕を叩いた。
本当はたいして痛くないくせに痛いよ、と言いながら僕は形容しがたい幸福感に頬をゆるませる。
―――本当、あの時水をかけに動いた僕の右腕に感謝だ。
それから僕は、頬を膨らます彼女の横顔を盗み見た。
―――ねぇ未羽ちゃん?今僕は君からの話を逸らしたけれど―――あの時扉が鳴ったのは、本当に心霊現象でもなんでもないんだ。
…だって。ただ君と初めてまともに会話して、おまけに自分のワイシャツまで貸してあげることになって。
そのやり場のない気持ちをつい扉にぶつけちゃっただけなんだから。
「未ー羽ちゃん」
「…なんですか、もう」
―――ほらね。余裕なんて、ないだろ?
―――片思いだったはずが、両思いで、しかも恋人同士になれて。
それでもまだまだ近づきたいって思うのは、わがままでしょうか?
《Side.櫻未羽》
「あ、意外と広いんですね」
「その分家賃はかかるんだけどねー」
残暑もそろそろ消えそうな九月下旬。あたしは、もう少しで付き合って一ヶ月になる九条さん宅に遊びに来ていた。
だいぶ渋られたけど、どうしてもと頼むと了承してくれたのだ。
「部屋、綺麗じゃないですか。どうしてあんなに渋ってたんですか?」
ソファー、ベッド、テレビ、ローテーブル、フローリングの床。全体的にすっきりとしていて、でもどこか温かみを感じる、そんな家だった。
片付いてるし、割と新しいし、来られるのを嫌がった理由が分からない。
「…うん。べつに、そういうんじゃなくて…理由は、他にあるから」
珍しく歯切れ悪い九条さんが、ばつが悪そうに呟く。
あんまり言いたくなさそうだな、と思ったから、あたしもそれ以上の追及はやめた。
「でも、来れて良かった」
心からそう言うと、自然に笑みがこぼれる。今日あたしが九条さんの家で遊びたかったのは、その…ある目的があるからだった。
それはズバリ、いちゃいちゃすること。ぶっちゃけ、付き合い始めたはいーけど…九条さんが足りない。欠乏症だと思う。
デートは3回行った。そのうち2回はだいぶいい雰囲気だったはずなのに―――九条さんは、まだ手をつなぐ以上のことをしてくれてないのだ。
あたしってそんな女としてだめ?とか、やっぱりまだ子どもだから?とか、正直思うところはいっぱいある。でも、うじうじしてるだけじゃ駄目だから、こうして人目を気にしなくていい家に来たわけだけど。
…さっきからことあるごとにあたしと距離を取る九条さんは、何なのだろう。今は二人でソファーに座っているけど、やっぱり間には微妙な距離が空いていた。
「九条さん」
さりげなく近寄ると、席を立たれた。
「お茶のおかわりとってくるよ」
…なんで?どうして?そんなにあたしといるのが嫌?
もっともっと近づきたいって思うのは―――あたしだけなの?
俯いて膝の上で拳を握ると、手の甲に雫が落ちた。…涙だ。
だめ、ここで泣いちゃ狡いと思う。だけど、止まらない。
「〜〜〜うーっ…」
堪えきれなかった嗚咽が漏れる。耳聡く聞き取った九条さんが、慌ててキッチンからリビングに戻って来た。
「未羽ちゃん!?なんで泣いてんのっ?」
ソファーに座るあたしの正面にしゃがんで、頬に手を伸ばす。だけどそれが触れる前に、あたしは手を振り払った。
「さっ、わらないで下さい!」
彼が目を見開く。
「嫌なんでしょう?あたしに触れるのが、触れられるのが、嫌なんでしょう?だから…避けるんですよね?キスもしてくんないんですよね!?子どもだから!?だから駄目なの!?」
あぁ駄目だ。もう止まらない。
「あたしは九条さんにもっと近づきたかった。だから家に来たかった。でもこれじゃあ、全然意味がない。…騒いですみませんでした。帰ります」
九条さんの反応を見もしないで、あたしは足元に置いていた鞄をふんだくると、玄関に向かって駆け出した―――はずだった。
「っ、きゃあ!?」
右手に痛みを感じて、視界が反転。気がつけば、ソファーの上に転がされていた。
「えっあれ…」
「―――分かんない?」
あたしの足の方に腰掛けて、上半身だけ半分多いかぶさるような格好の九条さんが、苦しそうな顔で言う。右手は背もたれにつき、左手はあたしの右手を握ったままで。
「二人きりになる僕の家なんかに来て、一度手を出したら止まらなくなるかもしれないってことが、分かんない?」
「―――っ」
「僕はそんなに余裕なければ、君だって子どもには見えない。だけど未成年なのは事実だ。僕はどこまで許されてる?君にどこまで近づいていいの?」
「…九条さん」
「手をつなぐだけで真っ赤になる君にこれ以上なにかしたら、壊れそうで、触れられない」
…胸がしめつけられた。…そんなこと、考えてくれてたんだ…。
愛しさでいっぱいになる。
知らず知らずのうちに、九条さんの首に両腕を回していた。彼を引き寄せて、耳元で囁く。
「何しても、いいんですよ。九条さんにはもう、そうする権利があります」
笑って言うと、九条さんが一瞬固まるのが分かった。
そして、その後―――。
こうして、あたしはこの家に来た当初の目的を果たすことができた。
後日、学校でひなにあんた見てたの?ってくらいことの経緯を言い当てられるのだけど―――それはまた、別の話。
「く、く、く、九条さんっ?い今、舌っ…」
「んー?いやだって、未羽ちゃんが誘うから」
「誘っ!?してません!」
「未羽ちゃんの泣き顔は、完全に誘ってると思う」
「なんですかそれぇ〜」
「だから、絶対他の男の前で泣いちゃ駄目だ。分かった?」
「―――っ、はい…」
Fin.
お待たせしましてすいませんでしたm(__)m番外も載せ、これにてこのお話は完全に終了となります。一応分かるようには書いたつもりですが、時系列的には本編→九条さんサイド→未羽サイド→ひなサイドになりますね。九条さん視点書きやすかった(´∀`)ひなは半端なく苦労しました…orz何考えてるか分かんない奴なんで。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!次回作もよろしくお願いいたします(*^∀^*)