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23.★番外編★ 【森和也】 やり直し

 学芸会の翌日。

 目が覚めたら、部屋にみそ汁の匂いが満ちていた。


 ずいぶん早いな、と思ったが、時計を見て苦笑する。通常なら、もう2時間目が始まる時間だ。


 ベッドに起き上がり、伸びをする。

 久しぶりにゆっくり朝寝をしたおかげで、大分疲れが取れたようだ。身体が軽い。


 ベッドから降りてキッチンに続くドアを開ける。


「あ、おはよう」


 綾が振り返るが、料理の途中だったらしく、すぐに手元へ視線を戻した。

 近づいて、後ろから軽くハグする。


「おはよう、綾」


「危ないよ。もう少しで出来るから、ね?」


「うん……。顔、洗ってくる」


 渋々離れて洗面所へ向かった。

 洗面所には、歯ブラシが二つ並んでいる。

 少しずつ、彼女の物が増えていくのが嬉しい。


 それにしても昨日は。


 思わずため息をつく。


 あんな風に成り行きみたいなプロポーズをするつもりじゃなかった。


 せっかく段取りしたのに。


 女性が喜ぶような、ロマンチックなシチュエーションでと、色々調べて下準備も全部済ませてたのに。


 勇太のせいだ。全く。


 お礼を言いたいというから綾を呼んだのに。


 あんなことをするつもりだと、知っていたら絶対呼ばなかった。


 おかげで子供の前で、恥ずかしい真似をしてしまった。


 誤魔化す方法はいくらでもあったのに。

 何も考えられなくなって。


 気付いたら口にしてた。


 ほんと、綾のことになると余裕なくすよな、俺………。


 しばらく学校中で話題になるな………。

 俺はいいけど、綾には本当、悪いことをした。




 洗面を済ませ、キッチンへ戻ると、既にテーブルに朝食がならんでいた。


 きゅうりの浅漬け。

 三つ葉入りだし巻き卵。

 焼いたししゃも。

 ワカメと豆腐の味噌汁。

 そして湯気の立つ白いご飯。

 湯のみに緑茶も注いである。


「簡単でごめんね」


「どこが。充分だよ」


 一人の時は食べずに済ますか、せいぜい買い置きのバランス栄養食だ。

 ごくたまに、下のコンビニで買っておいたパンをかじる時もあるけど。


「「いただきます」」


 二人そろって食前の挨拶をしてから箸を取る。

 うん。

 温かい食事はそれだけでホッとする。




「綾、今日の映画だけどさ」


「うん?」


「その後で、ディナー予約してるから」


「え!?」


 よほどびっくりしたのか、箸を持ったまま固まっている。


「うそ、いつの間に?」


「通勤電車で暇だったから」


 ここ最近は一人で通勤だったから。


「今はスマホからほとんど何でもできるな」


「それはそうだけど………」


「ずっと、放っておいたから、さ。その、埋め合わせにはならないかもしれないけど」


「あ………」


 得心がいったのか、綾はニッコリ笑った。


「うん、わかった。美味しいもの食べようね」


「ああ」


「ね、どこ予約したの?」


 問われて少し迷ったが、正直に答える。


「え、それって、映画館の近くにある五つ星ホテルのスカイレストランじゃない!」


「へえ、良く知ってるね」


「一度は行きたいレストランって、有名だもの」


「行ったことあるの?」


「ないないないないない!」


「なら、良かった」


「わ、どうしよう。凄い楽しみ」


 嬉しそうな綾を見て、俺も嬉しくなる。

 実はそれ以外にも『仕込み』はあるが、後はサプライズでいいだろう。


「何時に出ようか」


「あ……それなんだけど、私、一旦自分のアパートに戻っていいかな?」


「……え?」


「その、ちょっと片付けもしたいし、そこのレストランだったらそれなりの格好をしていきたいし………」


 あ~。

 これは予想外だった。

 とはいえ、ダメとは言えない。


「……わかった。じゃあ、時間になったら」


「駅前で待ち合わせない?」


 迎えに行くからというセリフが宙に消えた。


「駅前で? なんで?」


「えっと……。なんか、さ、そういう待ち合わせしてからデートって、したことなくない?」


 …………そう言えばそうだ。


「してみたい?」


「うん。……だめ?」


 上目づかいで少し首を傾げながら、そんな可愛いわがまま言われて、ダメなんて言えるわけがない。


「わかった。じゃあ、11時でどうかな。お昼は映画館近くに移動してから、その近くで簡単に済ませるってことで」


「うん、それでいい。じゃあ、11時にね」






 というわけで。

 俺は今、駅前で綾を待っている。


 時刻は10:50。

 少し早いが、綾を1人で待たせるわけにはいかないからな。


「お待たせ」


 待ち焦がれた声がしたのは5分後だった。


「いや、俺が早く………」


 来てたから、という言葉がノドで消えた。


 え。

 何コレ。


 綾が綺麗だ。

 いや、元々可愛いけど。


 今日は可愛いというより、綺麗だ。


 髪型も違うし、化粧もしてる。

 服もいつもとちがう。


 ワンピースと共布のボレロがよく似合ってる。

 ストッキングに包まれた足が艶かしくて、思わず触りたくなる。


「えっと…………、和也さん?」


 不安げな声にハッとする。


「ご、ごめん。見惚れた」


 素直に答えたら、たちまち真っ赤になった。


 ヤバい。

 恋人が可愛すぎて萌え死にしそうです。


 映画やめてお持ち帰りしたい。


「あ、あのね、前にその、この服可愛いって言ってくれたから着てみたんだけど」


 え?

 前に着てた?


 ………あ。

 よく見たらあの時の服だ。


 あの、博物館の時の。

 綾が初めて、俺の部屋に来た時の。


 あの時はワンピースだけだったけど、今日はその上にボレロを着ていたからすぐにはわからなかった。


「その、変じゃない?」


「いや。逆。綺麗すぎて、びっくりした」


「うそ」


「本当。前よりずっと綺麗だ」


「本当? 嬉しい。美容師さんにね、お願いしたの。前より綺麗にしてって。素材が変わらないんだから無茶だなあって、自分でも思ったけど」


 美容院に行ったのか。

 わざわざ。


 うわ………。

 嬉しい。


「綺麗だよ、本当に」


 照れたように下を向く綾をそっと抱き寄せ、耳元で囁いた。


「まいったな……。ドキドキして映画に集中できそうにない」


「……え? 和也さんが私に? ドキドキ、してくれるの?」


 いや待てよ、そこ驚くポイントか?


「いつもしてるよ。気づいてない?」


「うん。いつも私ばっかりドキドキしてると思ってた」


 え? 綾も?

 俺にドキドキしてくれてるのか?


 うわ。

 ヤバい。嬉しくて顔がニヤける。


「………映画、行こうか」


 俺はダラシない顔のまま、綾の手を取って、一緒に改札を通り抜けた。






 プレミアムペアシート最高。

 多分、これ、大人2人と子供1人でも十分座れるんじゃないかな。


 ゆったりできるし、周りの目も気にならない。

 子供が産まれたらまた利用してもいいな、などと妄想したり。


 正直、映画の内容はよく覚えてない。

 隣に座る綾を堪能するのに夢中だった。


 いつもとちがう香りは化粧品だろうか。


 腰に手を回して引き寄せたり、柔らかな手を握ったり。

 胸元からチラリと見える白い肌に妄想が止まらない。


 とうとう堪らなくなって、映画が終わって会場が明るくなるまでの一瞬の暗闇で、素早くキスした。

 一瞬、固まる綾が可愛い。


 明るくなってそのまま行こうとしたら、綾に引き留められた。

 口紅がついてると、真っ赤になって教えてくれたので慌てて拭き取る。


 感触が消えるのが勿体なかったけど、後でまたじっくり味あわせてもらおう。




 ディナーは予想以上だった。

 実は田中さんのオススメだ。


 あの人は本当に、良い店をよく知っている。

 まさか『一度は行きたいレストラン』として有名だとは思わなかったけど。


 綾も嬉しそうだ。

 楽しんでくれて何よりだ。


「綾」


 食事を終え、レストランを出たところで、最初のサプライズを披露する。


「実はここのスイート、予約してるんだ」


「…………ええっ!!」


 案の定、盛大に驚いてくれた。


「うそ、泊まるの? ここに?」


「そのつもりだけど、嫌か?」


「嫌じゃない! 嫌じゃないけど、その、着替えとか全然」


「用意してあるよ」


「………え?」


「綾の服のサイズ調べて、同じサイズの着替え一式買っておいた」


「い……いつのまに!」


 だから今は、スマホでほとんど何でもできるんだって。


「期日指定でホテルに届くようにしたんだけど、さっきフロントで確認したら、ちゃんと届いてた。部屋に運んでくれてるって」


「………」


 なんか呆然としてるな。

 やりすぎたか?


「綾? 嫌なら別に帰っても」


「い、嫌じゃないって! ただ、その、驚いちゃって…………」


「なら、行こうか。カギはもう預かってるから」


 俺はポケットに入れていたカギを取り出すと、綾の手を取ってエレベーターへ歩き出した。






「うわ………」


 部屋に入って数歩で、綾が見事に固まった。


「すごい………。私、スイートなんて初めて………」


 うん、俺も初めてだ。

 とにかく広い。


 おまけに夜景がキレイだ。

 高い筈だ。


 俺は、ポケットに入れておいたもう一つのサプライズを取り出すと、固まったままの綾に近づき、そっと後ろから抱きしめた。


「本当は、ここでプロポーズするつもりだったんだ」


「え?」


「やり直し、させて?」


 言いながらサプライズのプレゼント――小さなダイヤが一つだけついたネックレスを彼女の胸元に着ける。


「……え?!」


 驚く彼女をもう一度抱きしめる。


「指輪は、サイズも趣味も分からないから買えなかったんだ。だからこれ」


「和也さん………」


 腕の中で、綾が振り向く。


「綾」


 ひざまずいて彼女の顔を覗き込む。


 緊張する。

 昨日、勢いで申し込んだ時よりずっと。


「俺と結婚してください」


「……はい、喜んで」


 綾が、頬を赤らめながら答えてくれた。


 嬉しい。

 昨日も答えてくれてるから、感動は薄いかと思ったけど、やっぱり嬉しい。


 立ち上がり、今度は正面からギュッと、抱きしめた。

 彼女の耳に最後のサプライズを注ぎ込む。


「明日、ティファニーのサロンを予約してる」


「……ええっ!」


「一緒に指輪を見に行こう」


 あれ。

 反応がない。


「………もしかしてカルティエの方が良かった?」


「ち、違うの! そうじゃなくて、驚きすぎて、その…………」


 どうやら、事態を飲み込むのに時間がかかっただけらしい。


「ティ、ティファニーって…………。そんな高くなくていいのに…………」


「だめかな?」


「だ、ダメじゃない!」


「じゃあ、いいな」


 駄目押しで耳元で囁くと、綾は真っ赤になって頷いた。


「………どうしよう」


 腕の中で綾が呟く。


「なんだか信じられない。こんなに幸せでいいのかな」


「何言ってるんだ。これからもっと、ずっと幸せになるんだよ。二人で」


「うん……。そうね。幸せになりましょう、二人一緒に」


「ああ」


 恥ずかしそうに微笑む綾の唇にそっと口付ける。


 神に誓う前に君に誓おう。

 二人で一緒に幸せになることを。


 病める時も健やかな時も。

 君と共にあることを。



<番外編:完>

この章は、最終話として綾視点で書くか、番外編として和也視点で書くか悩みましたが、結局後者としました。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よろしければ感想など書いていただけると嬉しいです。

何も特典はありませんが、もれなく作者が狂喜乱舞いたします。ヽ(^。^)ノ♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもとても良いお話でした。 恋愛だけでなく、婚活や職場(教育現場や事務)の描き方も丁寧で、主人公の堅実な考え方やサッパリした性格も相まって、読んでいて心温まるとても魅力的な作品でした。
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