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21.婚活終わりました! 

遅くなりました。

 学芸会一週間前の土曜日。


 相変わらず休日出勤の和也さんと一緒に彼の家を出てカギを預かります。


 はい、昨日の夜からお泊りしてました。


 今日は、これから一旦家に戻って、そしてゼロネットの退会手続きに行くのです。


 もちろん、WEBから申請するだけでも大丈夫なのだけど、アドバイザーさんから、良かったら最後に話をしたいと言われて行くことにしました。


 ゼロネットの良かった点、改善してほしい点など、ざっくばらんに聞きたいということだったので。


「綾、帰り、何時ごろになるかわかったら連絡して」


「うん。メールするね」


 カギを預かる関係上、私が早い分には問題ないけど、遅い場合はどこかで待ち合わせをすることになっているのです。


 ええそうです。

 今日もお泊りですけど、何か?


「ね、夕飯、なにがいい?」


 駅まで歩きながら聞いてみる。

 あんまり難しくないのがいいなあ。


「………カレー」


「え?」


 そんなのでいいの?


「カレーがいい。学校で出る甘口のじゃなくて、辛口の」


「あ、なるほど」


 確かに給食は子供向けだものね、味覚が。


「チキンカレー? ビーフカレー?」


「豚肉がゴロっと入ってるのがいい」


「ん、わかった」


 豚バラのブロックでいいか。


「デザートも欲しいな」


「リクエストは?」


 ふいに、ぐっと腕が引かれたかと思うと


「………綾が欲しい」


 耳元で囁かれた。


「…………ッ! バカッ!」


 叩こうとしたら避けられた。むぅ。


 アイスのAyaでも買ってこようかな、もう……。






「では、入会が無駄だったというわけではないのですね?」


 一通り話を聞き終えたアドバイザーさんの問いに、私は、ハイ、と頷いた。


「自分自身の価値というか、客観的にみてどうなのか、が、少しは分かったように思います」


「と同時に、本当の『条件』にも気が付いた?」


「あは……。そうですね。教員はだめ、苗字が一文字も避けたい、なんて言ってたのに、結局……ですもんね」


「つまりそれは、本当の『条件』じゃなかったって言うことですよ」


「………ええ。そうだと思います。だって、この条件って、「表面だけ」」


 後半のセリフがアドバイザーさんとかぶり、二人、顔を見合わせて笑う。


「こういう仕事してますとね、最初は皆さん、色々言うんですよ。収入とか、容姿とか、職業とか」


「私も色々言いましたね………」


「でもね、結局、趣味が合う、金銭感覚が合う、話題が合う、性格が優しい、気遣いができる、などの条件があえば、どうでもよくなるんですよ、そういうこと」


「つまり、中身が大事……って、ありふれた結論ですけど」


「でも、そのありふれた結論を実感するまでが大切で、大変なんだと思います」


「………ええ、そうですね。頭で理解した気になっているのと、いわゆる『腑に落ちる』というのは、まるで違いますね………」


 そう言うとアドバイザーさんは、ふふっと微笑み、ここだけの話だけど、と声をひそめた。


「会社としては、会員同士て決まってくれるのが一番うれしいのですけど、私個人としては、婚活を通して、みんなが本当の自分に、本当の望みに気が付いて、入る前に比べてイキイキと輝いていく過程を見るのがすごく楽しいの。だから、佐々木さんが、今、すっごく輝いてるのがとっても嬉しいわ」


「え………?」


 輝いて、いる?


「ええ。とってもキラキラしてる。自分ではわからないかもしれないけど」


 そう、なのかな………。

 なんか、恥ずかしい。


「良かったですね、本当の条件を満たす人と巡り合えて」


「…………はい。ありがとうございます」


 アドバイザーさんに御礼を言いながら、きっと私はものすごく運が良かったんだと感じていた。担当してくれたアドバイザーさんがこの人で。入会してからずっと親身になってくれて、退会も笑顔で済ませることができて。


 玄関先まで見送ってくれたアドバイザーさんに、改めて深く一礼すると、私は結婚相談所を後にした。






 途中、軽くお昼を食べて、自宅の最寄り駅に着いたのは14時少し前だった。


 もちろん、その前に和也さんにメールし、駅の到着時間と、買い物をしてから帰る旨は連絡済みだ。


 18時頃には帰れる。明日は出勤しなくて済みそうだと返信があり、ちょっと嬉しくなる。ゆっくり休んでもらおう。


 明日の分もあわせて買い物をすませ、和也さんの部屋に戻ったところでスマホが鳴った。


「あ」


 長谷川さんからだった。


「もしもし」


 冷蔵庫へ入れるべきものを入れながら、通話に出る。


『……佐々木さん?』


「はい、そうです」


『今、少しいいですか?』


「ええ、どうぞ」


 冷蔵庫のドアを閉めながら、私はスマホを持ちなおした。


『改めて、色々連絡ありがとうございました』


「いえ。おせっかいかとも思ったのですが………」


『とんでもない。知らせていただいて、助かりました』


「……本当ですか?」


『本当です。知らないままだったら思うと、ぞっとします』


「なら………良かったです」


『実は………あの後、(くだん)の小学校に連絡しました』


「え」


『女性の副校長とお話させていただきました』


「そうですか」


『佐々木さん』


「はい」


『その………写真を、ご覧になったそうですね』


「…………はい」


『面影があると、そうおっしゃったと』


「ええ、言いました」


『…………本当に?』


「はい」


『私に………似ていましたか?』


「似ていると、思いました」


『……………………』


「長谷川さん?」


 重い沈黙。

 深いため息が聞こえた。


『…………佐々木さん』


「はい」


『私は………どうすればいいんでしょう』


「どう、すればって…………」


『許すべき、なんでしょうか』


 辛そうな声に、一瞬、息を呑む。


 不意に。


 うちの副校長の言葉が脳裏をかすめた。


 事情はどうあれ、女性の方が浮気したことには変わりない。


 それは確かにその通りで。


「………許せないなら許さなくていいと思います」


 思わず。

 言葉が口をついて出た。


『………え?』


「彼女に、会いました。長谷川さんのことを聞きたいと言われて。でも、彼女の口から、長谷川さんを気遣うような言葉は全く出ませんでした。自分がいかに騙されたか、傷ついたか。そんなことだけで、長谷川さんも傷ついている、なんて、全く考えていない感じでした」


『………ええ。そういう子、です。自分のことばかりで、そのクセ何をしていいのか自分一人じゃ決められない』


「正直、流され続けたその結果、と、感じました。ごめんなさい」


『いや。無理もない。それでも、そんなところが、私に頼り切っているところが可愛いと、思っていた時もあるんですけどね……』


「世間一般的に、裏切られたのは長谷川さんの方です。許せなくても仕方ないと思います。でも」


『でも?』


「………お願いです。子供だけは助けてあげてください」


 瞬間、電話の向こうで長谷川さんが息を呑んだ。


『……まいったな』


「え?」


『あなたも、向こうの副校長も同じことを言う』


「え……そうなんですか?」


『母親は許せなくても、子供を救ってほしい。そう言われましたよ』


「あ………」


『本当に、あなたたちは………。他人の子供に、どうしてそう親身になれるんですか?』


「それは………」


『副校長は、まだわかる。教育職ですから。でも佐々木さん。あなたは事務職でしょう?』


「ええ。事務職です。でも教育機関で働いていることに違いはありません」


『ですが』


「そして子供にとって、学校にいる大人はみんな『先生』なんです」


 そう。


 子供にとって、学校にいる大人はみんな『先生』。


 だから子供に、自分は事務職だからという言葉は使うな。


 それは、最初に学校に赴任した時の上司に言われた言葉(おしえ)


「関係ないんです。正規も非常勤も、教員も事務職も。あそこで働いていると、どうしても、みんな思考が『子供のために』ってなっちゃうんですよ」


 ふぅっと、ため息が聞こえた。


『まいったな………。完敗です』


「完敗?」


『他人のあなたたちにこれだけ言われて、おそらく親である私が、ただ知らなかったからというだけで、何もしないでいるなんてできやしない』


「ありがとうございます!」


 良かった。

 これで少し安心できる。

 でも、


「でも、長谷川さん。完敗って、おかしいです。勝ちとか負けの話じゃないですよ?」


『え』


「長谷川さんが、子供のために動いてくれれば私たちはすごく嬉しいです。子供のためを考えてくれる大人が一人、増えるんですから。それもものすごく近い立場の人が」


『もし』


「はい?」


『もし、私が知らんふりを続けたら?』


「大変残念ですが、長谷川さん抜きで、子供の将来を考えていくしかありませんね」


『それだけ、ですか?』


「それだけです。それしかできません。訴えるとか罪に問うとか、そういうことはできないんです、私たち。ただ、お願いするだけなんです」


『………………なるほど』


「学校は聖域じゃないし、教員は聖職じゃありません。そんなことを言われていた時代はとっくの昔に過ぎ去ってます。ただ私たちは、出来得る限りの力で子供たちを守ろうとしているだけなんです」


『全部が全部そうとは思えませんけどね』


「……そうですね。残念ながら、中には保身しか知らない人もいます。本当に残念ながら、逆に害を与える人がいることも否定しません。でも、全体の割合から見れば、ほんの少しです。ほとんどの教職員は、みんな子供を守ろうとしているんです」


『まあ……そうでしょうね。全国の学校と教職員の数を考えれば』


「ただ……能力が中々伴わないのも事実なんです。学校や教員だけではどうにもできないことがあるのが、現実なんです」


 学校は警察じゃない。

 福祉事務所でもない。

 児童相談所でもない。

 弁護士でもない。

 ましてや裁判所でもない。


 私たちに出来るのは、せいぜい、それらの機関と家庭をつなぐきっかけになるだけ。


「だから私たちは、お願いするしかありません。協力してください。子供のことを考えてくださいと」


『…………』


「強いて言えば、子供が救えれば、『勝ち』です。救えなければ『負け』です。だから、断られても、『勝ち』になる別の手段を講じるだけです」


『学校というのは、勉強を教えるだけのところだと、そう思っていましたよ』


「いえ、それが基本なんですけどね。っていうか、正直それだけでいいなら、ものすごい楽なんですけど」


 電話の向こうとこっちで同時に失笑した。


「長谷川さん、彼女も……今、子供のために変わろうとしているそうですよ」


『え?』


「副校長から聞いていませんか?」


『いえ、特に………』


「そうですか……じゃあ、言わない方が良いかな」


『いえ、教えてください』


 数瞬迷って、結局口を開く。


「………副校長が言っていました。彼女も『母親』になって、ようやくこのままではダメだと気が付いたのだと。彼女なりに、変わろうとしている。今まで避けてきたことと向きあおうとしているって」


『避けて、きたことと………』


「DV夫から逃げてきたこともその一歩だと思います」


『あ………ッ!』


「……長谷川さん?」


『そうか……そうだよ。あいつなら、流され続けてただ耐えるだけなのに……逃げた、んだよな………。自分で考えて、行動、したんだ………』


「子供のために、頑張ったんですよ、お母さん」


『…………あいつが………自分ではなく、誰かのために…………』


「彼女が長谷川さんにした過去は、許せなくて良いと思います。でも、今、替わろうとしていることは理解してあげてください」


『………まいったな』


 はぁっとため息が聞こえたが、それはさほど重くはなく、苦笑気味に聞こえた。


『とにかく、向き合ってみることにしますよ。現実に』


「はい」


『それから、今後は自分で動きます。佐々木さんの手を煩わせることはしませんから』


「そうしていただけると助かります」


『でも、時々連絡しても良いですか?』


「え、私に?」


『ええ。この話をできるのは佐々木さんしかいませんし。愚痴りたくなったら聞いてください』


「ああ……。確かにそうですね。わかりました。私でお役に立てるなら」


『できれば、愚痴以外でも連絡していいですか?』


「はい?」


『あなたと本の話をするのは楽しいですから』


「ふふ……。それは、私も楽しいです」


『では、今後は読書仲間ということで』


 最後は、ふっきったような明るい声だった。

 最初の重い感じはみじんもない。


「……みんなが幸せになる方法が、見つかるといいんだけど」


 通話を終えたスマホを見ながら、私は小さく呟いた。

 虫が良い話だということは、重々承知の上で。

あと1話で終わる予定です。

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