12.世の中は意外と狭い?
ちょっと長くなりました。
「佐々木さん、先週の夕会出てなかったよね?」
「はい、出張が入ってましたので」
月曜日。
出勤早々、副校長に声をかけられた。
夕会、というのは、毎週金曜日の夕方に行う簡単な報告会のことだ。
来週の予定の確認なども行うが、メインは生活指導上の情報交換。
例えば――
本校の生徒と思われる児童が、下校中、○○さんの家の壁に石を投げつけていたと連絡がありました。その周辺に住む児童に確認したところ、○年○組の○○と判明。本人も認めたため、厳重注意の上、保護者へ連絡しました。明日、、○○さんの家へ本人を連れて謝罪に行ってくださるとのことです。
○年○組の○○が、○○公園の滑り台から落ちて右足首を痛めました。骨折はしていませんが、固定しているので、しばらく保護者が車で送迎します。
下校中の本校の生徒と思われる児童が、道一杯に広がって歩いたり、横を向いて歩いたり、後ろ向きに歩いたりと、大変危ない行為を行っていると苦情の電話がありました。当該生徒の特定はできておりませんが、先生方、今一度各クラスで下校時の指導をお願いします。
――と言った具合だ。
正直、事務職員にはあまり関係ない事例も多いが、車の送迎などは把握しておかないとならないし、再度同じ人が同じ苦情をしてくる可能性もある。その時、先日お電話いただいた方でしょうか? すぐに指導させていただき、見回りも行っているのですが、行き届かなくて申し訳ありません、くらいは言えないと、前にも言っただろう! 何もしてないのか! と、ヒートアップしてしまう可能性もあるので気が抜けない。
がしかし。
普通は、事務職員に、夕会の内容を改めて連絡しに来るということはない。
だから
「何があったんですか?」
何か、ではない。
確実に何かがあったのだ。
「あったというか、あるかも、という話なんだけどね………。隣の小学校に、DV被害の子が転入してきた」
「ああ………」
たまにある話だ。残念ながら、
稀有、でないあたりが世知辛い。
そして、転入先が『隣の小学校』なのに、わざわざ連絡が入るということは
「つまり、母子そろって、父親から逃げてる最中なんですね?」
「その通り。父親が探しに来る可能性があるから、電話での応対に気をつけて」
「いることはもちろん、いない、ということも回答しない。了解してます」
「ま、生徒情報はお教えできません、といういつもの答え方でいいんだけどね」
「ちなみに何年生ですか?」
「1年生だ」
「了解です。1年生の保護者からの電話に注意します」
たまに、保護者のふりをして電話してくる人もいるらしい。実際に応対したことはないけど。
「向こうの副校長の話によると、その父親という男、結構悪知恵が働くみたいだからよく注意してね」
「悪知恵?」
「なんでも、他の男性と同棲中の女性を、男性が長期出張でいない隙をついて強引に口説いて攫ってきたらしい」
「…………はあ?! それって、普通に犯罪じゃないですか?!」
「まあ、そうなんだけどね。その女性の方も、長引く同棲にちょっと疲れてて、結婚してくれるという男に付いていってしまったっていう話だ」
「はあ…………」
「それで結婚して、幸せになりました、ならよかったんだが、どうも産まれた子供が……時期が微妙らしくてね」
「あ、もしかして、どちらの子供でもおかしくない時期、ですか?」
「のようだね」
「検査すればすぐわかると思いますが」
「母親が拒絶している」
「え?」
「もし、前の同棲相手の子供だった場合、今の夫に殺されると思っているようだ」
「ああ………」
「で、夫の方は、あまりに拒むものだから、やっぱり俺の子ではないんじゃないかと」
「DV、ですか」
「まあ、自分の子供の可能性もあるから、ぎりぎり殺さずにいる、みたいなところらしいね」
「ヤな話ですね………」
「全くだ。まあ、そんなわけだから、パートさんにも話しておいてくれる?」
「はい、わかりました」
う~~、朝からヤな話きいた。
「佐々木さんも気を付けてね」
「………はい?」
「結婚してくれるっていう男にホイホイ付いていくと、痛い目見るかもよ?」
「大きなお世話です! っていうか副校長、それ、相手によってはセクハラですよ?」
「え、まじ? ヤバイ!」
「相手によってはですけどね~」
「佐々木さんなら?」
「しょーがないから見逃してあげます」
「よし、今度何か奢ろう!」
「やった! ってあれ、これってもしかして、逆パワハラですか?」
「おお、そうかも!」
「ヤバイ~~~」
ヤな話の反動で、無理やりテンションをあげた会話をしていたら
「こら、莫迦なこと言ってないで、さっさと朝礼行け」
校長に怒られてしまいました。
見ると、子供たちが校庭で整列を始めています。
「すみません、すぐ行きます!」
慌てて校庭へ向かう副校長。
その後ろに苦笑しながら校長が続きます。
「佐々木さん、朝礼の間、電話番よろしく」
「はい」
これも恒例。
朝礼中にかかってくる電話は毎回それなりにある。
でも、保護者の皆さま。
お願いだから、欠席の連絡は朝礼が始まる前にしてくださいね~。
ちなみに。
9時までに連絡のない家庭には、空いている先生が片っ端から電話をかける。
家族そろって寝坊しちゃいました!
なんてのは笑い話になるだけなので、こちらとしては一向にかまわない。(保護者はどうか知らんけど)
怖いのは、連絡が取れない家庭。
一家そろって夜逃げ、なんてシャレにならない事態もたまにある。
そうなると、追いかけようがない。
警察じゃないからね。
さてさて。
そうこうしているうちに、あっという間に一週間が終わりました。
あ、今週の金曜日は、定例の食事会はナシです。なにせ修学旅行最終日ですから。
当然、6年生の先生や指導員さんたちは打ち上げです。
なので、家でコンビニ弁当食べながら、撮りだめたテレビ番組を見てました。
うん、これもまたよし。
そして土曜日。
長谷川さんと博物館へ行く日です。
「フルメイクなんて久しぶり………」
ゼロネットのプロフィール写真を撮った時以来だ。
勿論、自分じゃできない。
自慢じゃないが不器用だ。
「流石プロですね!」
「ありがとうございます」
メイクしてくれた顔なじみの美容師さんが、鏡の中でニッコリ笑う。
「佐々木さんの肌、綺麗だからやりがいがありますよ」
「またまた~」
美容師さんの社交辞令をまともに受けるほど純粋じゃありません。
「この髪型も可愛いですね」
「気にいっていただけて良かったです。今日の服、可愛いから頑張っちゃいました!」
「ありがとう。友人の見立てです」
帰省した数日後、茂から、10月に式を挙げるという話を聞いて、急きょ用意したものだ。
美的センスに全く自身のない私は、某百貨店勤めの友人に泣きついて、トータルコーディネートしてもらった。
友人は、コサージュをつけてボレロやショールを羽織れば結婚式でもOK、全て外せばちょっとしたお洒落着として普段使いもOK、という一品を選択してくれた。
しかも、体形が隠れるデザイン!
これなら多少太っても大丈夫よ、と笑顔で勧めてくれた友人、グッジョブ!
「今日はずいぶん気合いが入ってますね」
レジ担当の人にも言われた。
「うーん、このくらいしないと、失礼なのかなって。今更ですけど」
「そうですねえ……。付き合いが長い方ならともかく、最初は………そういうものかな、かっちゃん?」
問われた『かっちゃん』は、この美容師室でただ一人の男性美容師だ。
「そうですねえ。俺なんかは、すっぴんも可愛いと思うし、むしろ似合わない化粧してきたら直させろ! とか思っちゃいますけど」
「それって職業病!」
「あはは~。でも、普通の男は、ノーメイクで来られたら、あ、本気じゃないのか、と思うかもしれませんね」
「あ~そういうものなんだ」
もしかして、今まで断られた理由の一つがそれなのかも………。
ま、いっか。今更だ!
私は上機嫌で美容院を後にした。
フルメイクで、髪を整えて、お洒落して歩く。
それだけで、なんかウキウキする。
我ながら単純だなあ。
今日の待ち合わせは12時ちょうど。
お昼を食べてからゆっくり展示を見ようということになっている。
「佐々木さん!」
待ち合わせ場所の改札を出たところできょろきょろ辺りを見回していたら、向こうの方から声をかけてくれた。
「長谷川さん、お待たせしました」
「いえいえ、約束の時間3分前です」
ニコニコ笑う彼の顔が、近づくにつれ、おや? という表情になった。
「……なんだか、いつもと違いますね? 服の所為だけじゃなくて」
「あ、わかりますか? ちょっと美容師さんにメイクしてもらっちゃいました」
「ああ、それで………」
長谷川さんが私の顔を覗き込む。
………って、ちょっと近いです!
あわてて距離を取ると、長谷川さんは、ふにゃっと笑った。あ、なんか可愛い。年上の人に失礼だけど。
「嬉しいです。私のためにお洒落してきてくれたんですね?」
「え? え、ええ、まあ、そういうことに、なるかな?」
新しい服を着てみたいっていうのもあったけど。
「では、行きましょうか。お店はここから5分くらいのところですよ」
そう言うと長谷川さんは、歩き出した。
………あれ?
え、いつの間にか手を取られてる!?
うそ………。
自然すぎてわからなかった………。
意外とスキル高いな、この人!
お昼は和食系の創作料理でした。
美味しかったです。
そしてのんびりと博物館に行ったら……。
ものすごく混んでました!
長谷川さんが前売り券を買っておいてくれたからよかったものの、そうでなかったら、券を買うまでに30分はかかったと思います。
「すごいですね………」
「そういえば、刀剣がテーマのゲームがありましたね」
「あ! ありましたありました。そういえばあれ、今度アニメになるそうですよ」
「なるほど、コラボ企画」
「ですね。『古今東西を集めた刀剣の展示』って、今までなかったですから」
「確かに。そう考えると、このくらいの混雑は我慢すべきですね」
こういう企画ならウェルカム!
もっとどんどんやって欲しい。
どんなゲームなのか知らないけど。
「………あれ?」
混んでいる中、できるだけたっぷりゆっくり展示を見て回り、ロビーに出たところで、見知った顔に遭遇した。
「森せ……森さん?」
向こうもこちらに気が付いたらしく、人ごみを縫って近づいてくる。
「知り合いですか?」
長谷川さんが聞いてくる。
「はい、同じ職場の人です」
「ああ……先生?」
「はい」
小声で会話するうちに、森先生が目の前に到着した。
「びっくりした。なんでここに?」
「佐々木さんがここに来るって言ってたから」
「森さんも刀剣に興味があるんですか?」
「………ちがう」
「え?」
「俺の興味は」
「森さん、でしたっけ? 少し空気を読んでもらえませんか?」
ふいに、長谷川さんに腕を取られた。
引き寄せられて、軽くたたらを踏む。
「今、彼女とデートをしているのは私です」
え。デート?
デートって………。
ああ、そうか。
私、今、デートしてるんだ。
途端に頬が熱くなる。
「だから、です」
森先生が、長谷川さんを睨み付ける。
えーと。
なんか怖いんですけど……?
「俺の興味は、今日、佐々木さんとデートしているあなたです」
「…………はい?」
なんで?
訳が分からず、私は目をぱちくりさせた。
「ふうん………なるほど。そういうこと」
けれど。
長谷川さんは、何やら納得の顔で、口元に軽く笑みを浮かべている。
「では、場所を変えましょうか」
「え?」
「ここではゆっくり話もできませんからね」
「そうですね」
「え、え、え?」
私は、よくわからないまま、歩き出した二人の後に付いていった。
博物館近くのカフェ。
ちょっとした個室になっていて、他のお客さんの声が聞こえないスペースに腰を下ろす。
それぞれオーダーを済ました後は、3人とも無言だった。
…………なんか、すごく居たたまれない。
「さて」
ようやく注文の品が来ると長谷川さんは、おもむろに話し始めた。
「昔話を聞いてもらえますか?」
「どうぞ」
「あまり良い話ではありませんが」
「構いません」
なんだか私を無視して二人で話が進んでいます。
ま、いっか。
しばし傍観者になりましょう。
「私はね、一度失敗してるんです」
長谷川さんは、ゆっくりと語りだした。
失敗? あれ? 離婚歴はなかったハズ……。
「言葉が足らなくて、結婚すると思っていた相手に去られてしまった。もう待てない、そういう書置きを残して」
「書置き………」
「同棲、してたんですよ。当時」
「え!」
思わず声をあげ、慌てて口を塞ぐ。
「……結婚、するつもりでした。でも、ちょうど仕事が忙しくて。結果的に、彼女のことをほったらかしにしてしまった。同棲していることで、安心してしまったんです」
長谷川さんは、コーヒーを一口飲むと、ふっと軽く息を吐いた。
「彼女の書置きを見て、初めて気が付いたんですよ。自分の気持ちを、覚悟を、全然伝えていなかったって。今、忙しいから、もう少しだけ待ってほしい。せめてそれだけでも伝えていれば……」
「追いかけなかったんですか?」
「追いかけさせて、くれなかったんです。ケータイもメールもつながらない。共通の友人は口を濁す。とにかく話をしたいから連絡を取ってくれと懇願しても皆、首を横に振る」
「そんな……。じゃあ、彼女さん、とは、その後、一度も………?」
「会ってません。ただ、一度だけ、ハガキが、来ました。子供が生まれましたというハガキが。裏には、子供を抱いた彼女の写真が」
「…………え」
「差し出し人の住所は空白でした。そして隅に、小さな字でごめんなさい。とだけ」
「どのくらい前の、ことなんですか?」
「彼女が出て行ったのは6年ほど前です。ハガキが来たのはその8か月後」
「え、それって………」
「ええ。つまり、彼女がいなくなった時は、既に身ごもってたことになりますね」
「そ、それじゃあ!」
「私じゃない男の子供を」
「え………」
そう、なの?
言い切れるの?
「後から彼女の友人に聞きました。私が1ヶ月の長期出張に行っている間のことだったと。なんでも、その、相手は、ずっと彼女が好きだったようです」
「……それって」
「彼女が寂しがっているところに付け込んだ。そして『結婚』を餌に強引に攫っていった。まあ、そういうことでしょうね」
ちょっとまて。
最近聞いたぞ、似たような話。
産まれたのが5年と8か月前ってことは、今1年生だよね?
まさかまさかまさか………。
「……長谷川さんは悪くないと思いますが」
「いえ、私が、悪いんです。彼女に寂しい思いをさせてのは自分だ。せめて一言。一言伝えておけば…………」
彼女の名前は何ですか?
喉元まで出掛けた言葉をムリヤリ飲み込んだ。
順序が違う。
最初は、隣の小学校のDVから逃げているお母さんに尋ねるべきだ。
長谷川誠という人を知っていますかと。
そのうえで、連絡を取るつもりはありますかと。
「長谷川さん。話してくださって、ありがとうございます」
森先生が、居住まいを正して軽く頭を下げた。
「……森さん」
「はい」
「だから私は、言葉を惜しみません。惜しまないことにしました。二度と失敗したくありませんから」
「…………はい」
「おや、もうこんな時間ですか………。今日はここまでにしましょうか」
「え、あ、は、はい」
混乱したまま頷いていると、森先生が、スッと伝票を手にとった。
「辛いことをお話しさせてしまって申し訳ありません。せめてここの支払いくらいはさせてください」
あ。
いつもの森先生だ。
ちょっとホッとしてると
「佐々木さん」
「ひゃ、ひゃい!」
急に声をかけられて変な返事になってしまった。
「私は、あなたのことを、気に入ってます」
「え? ええっと?」
「あなたと話をしているととても楽しいですから」
「あ、ありがとうございます」
「でも、ね。結婚相手は、ゼロネット以外でも見つかりますよ?」
「え………?」
それってどういう………
「わからなければいいです」
そう言って長谷川さんは、出口へ向かった。
森先生は、既に支払いを済ませて店の外だ。
私も慌てて二人の後を追いかけた。
7/9 一部修正しました。
フルメイク後の文章。
『3年前の友人の結婚式以来だと思う』
→『ゼロネットのプロフィール写真を撮った時以来だ』
1話でフルメイクしてたの忘れてました……orz




