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雑草令嬢は野獣令息の腕のなか〜背徳契約から始まる復讐錬金術〜  作者: gen.


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16/16

16. 復讐





 様々なことが一気に片付いたと思ったら、やらなきゃいけないことが倍になるってよくあることなのでしょうか。

 どうもロサ・シルベストレです。貴族じゃなくなったので "デ" がなくなりました。

 しかしながらシルベストレ家の財産相続人として、その管理をこれからはよりしっかりしていこうと思いましたら、まあ出るわ出るわお仕事の山。


 まずは帳簿の確認。タウンハウス側のものはアデラがいなくなった後アデリナが管理していたようですが、何を買って収入がいくらで、とは書けていても書く場所を間違えていたら意味がありません。あと領収書の山に対して記載内容が少なすぎる。これは全面的にやり直し。

 それに対してマナーハウス側のものは管理人がしっかりつけてくれていたので、私が何か手を加える必要がありませんでした。持つべきものは有能な部下ですね。


 収支の確認が終わったら、次は土木工事の発注。このマナーハウス周辺の土地はいまでも長閑で良い場所ではあるのですが、四年後の挙式と男爵閣下のお披露目式に合わせてより利便性が高く、華やかな場所にしなくてはいけません。

 というわけで領地内はまず主要な道の舗装と、上下水道の整備と、ガス灯の設置。

 マナーハウス内には王都でも最近取り入れられ始めた最新式水洗トイレとお風呂が備えられたバスルームを設置していきます。あと、領地内の宿泊設備も強化して、おまけで水洗トイレの設置サービスも行いました。

 マナーハウス自体も老朽化している部分があるため、伝統的な外観は残しつつ管理人と相談しながら補強と、必要があれば改築工事を。あとはペンキなどの塗り直しも。

 当初管理人は工事の大規模さに慌てていましたが、二十数億の個人資産があることを明かすと別の意味で卒倒しそうになってましたね。


 もちろん見た目も重要なので、四年後を見越して最盛期を迎えるように薔薇や雛芥子といった私が好きな花と、ここの土に合った花々を種苗商人に選抜してもらって文字通り花の道が出来るよう造園工事です。

 さらに今は領地でとれた野菜などを高値で取引できているので収支が成り立ってますが、それも王国が貿易品目から他国の農作物を締め出しているからのこと。時代が変われば政治も変わります。

 その時になって慌てないように、少量ながら希少価値のある魔法植物農園を作るように指示。魔法植物は普通の農作物とは違って、育成に特別な知識がいりますから指導員も招聘。これは徐々に規模を広げていくつもりです。


 こうして大規模な工事ラッシュが続きましたが、季節は農作業も忙しい春。よそからの労働者を引っ張ってきたので、早速強化した宿泊設備がフル稼働になりました。

 あとは私たちの使用人を見張りとして配置して、地元の者とよそからの者が無用な衝突をしないように見張りもしっかりつけておけば、私の指示するべき内容は大体終わりです。


 ここで一旦私はマナーハウスにルシオとマダム・セルダを残して裏通りの工房へ戻りました。最近仕入れた材料の管理も気になっていましたし、タウンハウスの方も警察が踏み込んで扉が壊されたままになってましたからね。ただこれからのことを考えると、メリルポーン通りのタウンハウス一棟では少々手狭になる可能性が。

 そこで扉や厩舎(ミューズ)を修理するついでに隣あう四棟をまとめて買い上げ、壁をぶち抜いて拡張工事をすることにいたしました。

 もちろん内装はサロンとして格調高く、けれど控えめな物を選んで壁紙から何から一新。

 ついでに二棟は渡り廊下分のスペースを残して裏手を潰し、私が調合に使う小規模な温室を。残り三棟を居住空間、兼サロンとする予定です。あと地下のスペースも拡張し私の希少な錬成材料たちがたっぷり保管できるように機能的に作り替えました。

 一から屋敷をたてるよりこっちの方がよほど経済的。予想より出費を抑えることができました。


 で、裏通りの工房はどうするのかと言えば引き払わず冒険者相手や情報屋たちとの商談用に残しておくつもりです。そしてこれまでの私の忙しない動きについてこれてる使用人たちを選抜して、タウンハウスにも送り込み、より洗練された貴族への対応が出来るようマナーを叩き込んでいきます。

 これからこのタウンハウスは、私が "マダム・バルラガン" として貴族やここ数年で急成長した富裕層を相手に相談にのるためのサロンとしての役目も果たしますから、それなりのことは出来るようになってもらわないと。もちろんお給金も倍増です。

 あと、イシドロの指揮する "猟犬" たちも少し数を増やしました。本人は面倒そうな顔をしていましたが、リーダー気質がきちんとあるのを、私知ってますからね。


 これらの工事や仕事をこなしている間、丁度服喪期間で社交界に顔を出さなくて良かったのが効きました。面倒ごとに巻き込まれず、専念できましたからね。

 マナーハウスと王都を行ったり来たりしながら、ある程度の建築工事が落ち着きを見せた頃、私は工房にこもって久しぶりに思う存分研究へ没頭することができました。

 幸せです。アカデミー内では危険すぎるとか前例がなさすぎるとかで却下されてた実験も錬成も、自分の工房ならやりたい放題!

 あまりに夢中になってたので、イシドロを拗ねさせてしまったのは失敗でしたが。

 嫉妬深いのも少々考えものですね。だって私、研究も愛しているんですもの。

 なんて言ったら手が付けられなくなりそうなので、もちろん口にはしません。

 それよりイシドロの機嫌をとりながらも、仮説にすぎなかった新薬たちが幾つかの失敗を挟みながらも、錬成できた時の喜びときたら。

 将来、私とイシドロの間に子供が出来た時の気持ちを少し先取りしてしまったかもしれません。

 ああ、幸せです。私は、とても幸せ。



「――――つまりは、そういうことなんです」

「だからって花嫁がウェディングドレスのことを忘れるかね……」

「ロサさん、お変わりなくてほっとしました」

「いやミレーラ、ここはほっとする場所じゃないでしょ」

「アルバロさんの仰る通りですわ。途中で気が付いたからよかったものの……」


 服喪の二年間が明けて、社交界に復帰する――実際はもっと早く復帰してよかったんですが――目途が着いた三年目の夏。私は久しぶりの面々と新しく改装したタウンハウスの中庭で、小規模なお茶会を開いていました。

 士官学校を卒業間近のフアナはより凛々しく。家庭に入ったミレーラは心なしかふっくらとして。さらに最近婚約が発表されたアグアージョさんことイサベルはますます淑女っぷりに磨きがかかってます。

 そして私はというと、半年前には発注、というか用意しておくのが普通の下着類どころかウェディングドレスのことすら忘れて最近まで新薬の研究に没頭していました。

 花嫁道具として持ち出すドレスはもう十分ありますし、私自身がどこかへ嫁ぐというよりイシドロを婿にお迎えするような結婚なので、つい油断してたんですよね。


「それにしても婚約五年でやっと結婚かあ。お父様のことがあったとはいえ、長かったね」

「まぁ、私の場合は色々することもありましたし、丁度よかったですよ」

「ロサがそんなだから、もしかしたら一生婚約者のままでいる気なんじゃないかって噂たってたんだよ……」

「あらまあ」


 もちろんそんな気はありません。ちゃんと結婚しますとも。ちゃんとね。


「ところでイサベル、最近の王都で一番の仕立て屋はどこでしょう?」

「ウェディングドレスでしたら、マダム・プシュケーのところが一番でしょうね」

「ではそこを四か月ほど買い占めておきましょうか」

「出たよ力技。この庭もさ、すごいけどなに!?いつからこうするって決めてたの?」

「相続が決まったあたりからでしょうか」

「超昔じゃん……」


 棕櫚の葉が揺れるこの中庭は、私のサロン側からしか入れない完全なプライベートガーデンです。欲しかったんですよね、共有ではない自分だけの庭というやつが。

 それよりもいまの内からサロンに "あなたたちを数か月買い上げます" と連絡を取っておかないと。


「招待状の発送までわすれないでくださいましね」

「はーい」


 イサベルの冷静な釘刺しに片手を挙げて誓いつつ、私はお茶を飲み干したのでした。



 そんな会話をしたのが懐かしく思えるほど、花嫁の準備というのは忙しなくまた地獄のような日々でした。

 特にコルセット。もうフィッティングのたび限界まで締め上げられるので、気が遠くなりそうになったのも一度や二度ではありません。こういう時のための気付け薬を開発しようかと思ったほどです。

 それでもそんな苦労を乗り越えて仕上がったウェディングドレスは、イサベルに意見を求めて良かったと思える素晴らしい出来栄えでした。

 アイボリーなどが主流のなかあえて純白を選んだシルクサテンに、数万粒の純白の真珠で刺繍された薔薇の花、刺繍の合間や花の中心に輝くローズカットダイヤモンド。このダイヤモンドはウェディングギフトとしてバルラガン家から贈られたものです。

 そして私の希望で縫い付けられた、お母様のウェディングドレスのアンティークレースとヴェール。


「如何でしょうか、お嬢様」

「素敵よ。ありがとう、マダム・プシュケー」


 首元にはお母様の形見である真珠とダイヤモンドのネックレス。耳元には新しい真珠のイヤリング、ティアラにはやはりダイヤモンドと雫型の真珠が揺れています。これらの真珠とダイヤモンドはアランサバルおじ様からのウェディングギフトです。


「……まるで何も知らない無垢な少女みたいね」

「?何か仰られましたかお嬢様?」

「いいえ、なんでもないわ」


 皮肉な笑みは奥に隠して、いまは幸せな花嫁を演じましょう。

 新聞への社交欄に告知もしたし、あと残っているのは、シルベストレ家とバルラガン家の弁護士同士による万一離婚した場合の財産の分配などですが、これに関してはお任せしています。

 だって、万が一の場合でも離婚なんていう穏やかな結末は迎えられない私たちでしょうから。



 さあ、その日がやってきました。私はマナーハウスのメイドたちに起こされて、ブライスメイドのイサベルと一緒に急いで、けど慌てずに身支度を済ませます。ティアラと一緒に飾られるのはオレンジの花。爽やかな香りを吸い込みたいところですが、今日も今日とてコルセットの締め上げが容赦ないので難しいところ。

 イシドロはベストマンに選んだテオドロと支度を済ませて、一足先に教会に行っているはずです。

 マナーハウスから教会まで、花嫁は純白の白馬が引く馬車に乗って移動します。


「綺麗だ。本当に綺麗だよ、ロサ」

「ありがとう、おじ様」

「リリアナにも見せたかった……ああ、いけないな、さあ乗って」


 そして花嫁の引き渡し役は、私の場合はアランサバルおじ様に。一応バルラガン侯爵に頼み込むという手もあったのですが、おじ様たっての希望でこうなりました。

 教会に到着すれば、パイプオルガンの音が鳴り響くなかバージンロードを歩きます。それにしてもドレスの後ろ裾が長すぎて、ほとんどの絨毯の上が裾で埋まってしまったのではないでしょうか。

 そんなことを考えているうちに、私はおじ様の手を離れてイシドロの待つ壇上へと上がっていました。


「……美しいな」

「あなたにそう言わせるための装いですもの」


 神父の咳払いに私たちは笑みを含んだ目配せを一つ。読み上げられる誓いの確認へ、私たちは淡々と誓い合いました。

 こんな誓いをする以前から、私たちがお互いを所有するような背徳的な契約をしていると神様は御存じでしょうから、ここには大した感慨もありません。

 ルシオが運んできてくれた指輪の交換を経て、神父が「では、誓いの口づけを」と言えば、イシドロの指先がそっと私のヴェールを繰り上げます。


「加減してくださいね」

「わかってる」


 そんな囁き合いをしながら、私たちは初めて、明るい光の中での口づけを交わしました。


「では、登録所(レジストリ・ルーム)へ」


 教会の別室に移動し、私たち新郎新婦、それから証人となるアランサバルおじ様と、バルラガン侯爵が婚姻台帳に記帳し、ようやく私たちは晴れて法的な夫婦となりました。

 さて、ここからはお祭りです。イシドロに腕を取られて外へ出ると教会の鐘が鳴り響き、教会に入りきらなかった領民たちの拍手が私たちを出迎えてくれました。

 彼らに手を振りながら再び馬車に乗り込み、私たちはマナーハウスに向かいます。

 ここからは小一時間ほど、ゲストたちからお祝いの言葉を頂く時間を挟んで、いよいよご馳走の時間です。


 ウェディング・ブレックファスト。午前中に式を挙げなければいけないという法律により、私はもちろんゲストたちもお腹を空かせていることでしょう。

 花で飾られたテーブルに、領地で獲れた野菜をふんだんに使ったスープなどの前菜、冷製肉料理やロースト、魚介料理、ジビエ料理などがこれでもかと並びます。

 今回は、これらの料理にちょっとした仕掛けをしておいたので、私も少しずついただきながら周りの様子を見て楽しませてもらいました。

 何かというと、毛生え薬を冷製肉の料理に混ぜておいたのです。シルクハットを脱ぐたび整髪剤で痛み後退していく生え際の悩みは紳士の宿命。ですがそれを救う手立てがある、と知ってもらうために。ちなみに女性にも効きますが、既に十分な毛量の方には効果がありません。でも、女性の方が髪の悩みは深刻なんじゃないかしら?

 そして何度目かの乾杯の挨拶をイシドロが面倒そうにこなしたあとは、いよいよウェディングケーキのカッティング。私がナイフを使い、最初の一口を切り分けます。このケーキがまた硬いのです。ドライフルーツとお酒をたっぷり使った濃厚なフルーツケーキを、純白のアイシングで大理石のように仕上げた数段に及ぶケーキ。思わず手に力が入ります。何とか一口、切り取ったら、その後はパティシエたちが熟練の手つきであっという間に解体し、ゲストたちのお皿に乗ります。

 デザートのアイスクリームやシャンパンゼリー、苺のクリームなんかも出てきてるので、好きに組み合わせて食べていただきたい、というところなのですが。

 このケーキにも、私の秘薬が入っているのです。それはシミと皺を取る、いわば若返りの薬。ケーキを食べるとほんのり頬が熱くなって、最初はブランデー漬けのせいかと思うでしょうが、翌日には艶と張りを取り戻したご自分の顔にご婦人方は驚かれることでしょう。

 お土産には祝祭の興奮の中でも安眠を齎してくれるキャンディ『ヒュプノスの口づけ』を。


 そう、このウェディング・ブレックファストは、マダム・バルラガン謹製の秘薬のデモンストレーションでもあったのです。皆さんがそれに気づくころには、私ハネムーンに出ておりますので、お求めには少々お待ちいただくことになりますが、それがまた価値を吊り上げることでしょう。

 それではそろそろ、席を立って私たちもお色直し、もといハネムーン行きへの旅装に着替えます。この時ばかりはコルセットをちょっと緩めてもらえるので息ができました。ふう。

 動きやすいドレスに着替えた私は、屋敷の管理人から差し出された箱を受け取って会場へと戻ります。


「お集まりの皆様――――」


 あとは私たちの出発を見送るだけだと思っていたゲストたちが、顔を見合わせるのが見えます。


「ここで、私たちの家族であり、この土地を収める領主でもある新男爵を改めてご紹介させていただきます」


 私とイシドロの間から出てきたルシオは今年でついに十歳。一ミリの弛みもない完璧な礼装姿で、優雅な一礼を見せました。


「ルシオ・デ・シルベストレ男爵。私たちが不在の間、この土地をよろしくおねがいします」


 そう言って私が開けた箱の中には、この日のために特注しておいた紳士の最高級アクセサリー。スネークウッドのステッキが艶やかに、持ち主に握られるのを待って輝いていました。箱からステッキを取り出したイシドロが、改めてルシオへステッキを捧げます。

 ルシオがステッキを受け取り、そのタッセルのストラップに腕を通してカツリと音を立てました。


「義姉さまと義兄さまに誓って、かならずこの土地をお守りします」


 朗々とした新男爵の宣言に、わっとゲストが沸きました。嵐のような拍手の中、私たち三人の家族は目を交わして頷き合います。

 そして今度こそ、管理人に空き箱を託した私とイシドロは手を取り合って馬車に乗り込み、数か月の隣国を始めとする諸外国を巡るハネムーンへ旅立ったのでした。

 ライスシャワーと、古い靴を投げられる音を聞きながら。



 


 

 ………






 ……楽しい時間はあっという間でした。訪れた各国や自由都市で、私たちは王都では手に入らない様々な材料や人々との出会いを経験し、それこそ山のような自分たちへのお土産を持ってハネムーンから帰還したのです。

 五棟分が連なった、新しい住まい。私たちのタウンハウスへ。


『お帰りなさいませ、旦那様、奥様』

「ただいまみんな。変わりはなくて?」

「はい、奥様」

「ロサ、俺は少し休む」

「ええ、お疲れ様でした。あなた」


 イシドロは私より語学に通じているので、各国で大活躍というかやたらと人に気に入られて引っ張りだこになっていました。本人はあんな経験がないといってましたから、よほど疲れたのでしょう。最後まで別れを惜しむ人たちを振り切るので一杯一杯になっているイシドロという姿は、私にとっては新鮮で可愛らしくもあったのですが。


「奥様、お着替えを」

「いいえ、それより先に買ってきた材料を倉庫に収めたいの。運び入れてくれる?」

「畏まりました」


 カツカツと私のヒールが立てる音が渡り廊下に響きます。使用人がたくさんいる居住空間でもある左棟に対して、こちらはほぼ無音の世界。

 マダム・バルラガンの工房とサロン、そして地下倉庫だけがある空間。


「材料たちの鮮度は落ちてないかしら?」

「お確かめになりますか?」

「そうね、そうしましょう」


 メイド長がカンテラに明かりを入れ、無数の鍵束から地下倉庫へのそれを取り出すと、大きな錠前に差し込み、ガチャリと回します。

 押し開かれた扉の向こうへ、風が流れてきます。空気はちゃんと循環しているようです。

 メイド長の先導で石造りの螺旋階段を下りて行った先、瓶詰めされた生き物やその干物、苔やキノコといった光りを嫌う材料コレクションの棚のその更に奥。

 メイド長の二度目の鍵開けで、空気のにおいが変わりました。

 生き物のにおいです。


「ああ、元気そうでなによりね」

「――――……ぁ、あ、……ああ……!あああ!!ロ、サ、ロサ!」


 瞬時に空を切る音と共に、悲鳴が上がって狂喜的な声は治まりました。


「口を慎みなさい、材料如きが奥様のお名前を口にするなど」


 冷ややかに吐き捨てたメイド長の手には、乗馬鞭が握られています。


「でも、私のことを忘れてないようでなによりだわ。ねえ、()()()。それに()()()()

「だし、て、出してくれ……!たすけて……!」

「どう、して、こんな………もう、出して……!」


 私の秘薬の希少な材料たちが、鎖につながれ板に磔となった状態で私を見ています。

 私はアデリナという名前のついた材料の、いまだに涙を流す余力があることに感心しつつその問いに小首を傾げました。

 

「どうして?どうしてもなにも――――まだあなたたちから、()()()()()()()()()()()()()よ」

「全部!お義姉さまのものになったじゃない!ぜんぶっ……家も、宝石も……!」

「あれはもともと私のものだから当然よ。そうじゃなくてあなた……『時は金なり』という言葉をしらないの?」

「……!?」


 目じりに小じわが目立つようになってもまだ、その青さが失われていない瞳が見開かれ、涙が睫毛の上で弾けました。こうしていると、まだまだ美少女であることがわかります。十分に、抜き取る時間があることが。


「アデリナ、あなたはね、私がカミロの婚約者として尽くした十数年間を無駄にしてくれたの」

「ッ!!」


 愕然とした顔を並べているカミロという名前の残る材料の方へ、緩やかに視線を移します。


「カミロ、あなたも同じ。私の若くもっと評価されていただろう時間を奪い取って、まだ返してないわ」

「そ、れは……そんな、そんなもの、返しようが……」

「それを決めるのは私なの。お前じゃない」


 あら、にこやかに言ったつもりだったけど、表情が引きつってしまったわね。

 お前は、ルシオたちの受けた苦痛の分も支払いが残っているというのに。


「だからこれからは、()()()()()()()()()を始めようと思うのよ」


 材料はなにもこの二つだけじゃない。奥の方にはもう口を利く力もなくした、私とお母様を裏切った元使用人だったものが檻に入っています。けれど、この二つは特別に、ゆっくりと使うことに決めています。


「シミと皺取り薬はおかげさまで好調だけど、そんなものじゃ足りないの。若さを解剖し、寿命を瓶詰し、生命を解明する……いわば命のもつ時間操作――賢者の石に通じる研究ね」

「く、狂ってる……狂ってるわッ!」


 本当に元気だこと。まだまだ使い道がありそうです。


「錬金術師相手に何を言っているの?ああ、あなたたちが枯れる前に、ホムンクルスの研究も完成させなくちゃね」

「だ……だし――ここから出してぇえ……!!」


 鮮度の確認はこれで充分。

 私はかつりと靴音を鳴らしながら踵を返すと、メイド長がランタンを掲げて再び扉を開きます。後ろでは材料たちの元気な声が響いていましたが――――扉が閉まれば、それも聞こえなくなりました。


「だめよ。私の復讐は……ようやく始まったんだから」


 誰に聞かせるでもない私の呟きが、やがてこみ上げるものに任せた哄笑になるまで、そう時間はかかりませんでした。





ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。

本編はこれにて完結となります。

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