第59話 クラスの大縄練習
「ねえねえ宝生さん。今日って、6時間目に縦割り種目の練習があるので合ってるよね?」
教室に入るや否や、クラスメイトの女子の1人が映真の元に駆け寄りそう尋ねてきた。
「うん、合ってるよ。
あー、あと、昼休憩にも大縄の練習があるかな」
「あれ、そうだったっけ? すっかり忘れてた」
「謝ることないよ。聞きに来てくれてありがとね。
SHRの時に、私からクラスに再度説明するようにするよ」
そう言って映真が笑みを浮かべると、その女子は「ありがとう〜」と言ってにこやかに立ち去って行く。
(体育祭運営委員になって、映真もすっかりクラスの中心になってきたな……)
と俺がその様子を見ながら席に座っていると、目の前に現れたのは純だった。
「あの様子だと、宝生さんの件は解決したみたいだね」
優しい口調の彼に、俺は顔を見上げる。
俺は咄嗟に、昨日の部活の時の純の言葉を思い出した。
「……うん、昨日はありがとう。
もう映真に関しては心配無いよ」
親切な純が近くに居てくれて本当に良かったよ、と言って俺が微笑むと、純も穏やかな表情を返す。
俺は、純ほど育ちの良い人は見たことがない。成績も優秀で運動が出来て礼儀正しく、そして他人をよく見ている。
今でも、純になら映真の正体を明かしても良いのではと頭に過ってしまうほどだ。
そうして、お互いは朝の準備へと戻ったのだが……
純の顔つきは、すぐに真剣なものへと変わっていた。
(最近 様子が変だった、っていう宝生さんの調子が戻って、それは良かったんだけど……
俺がずっと気にかけてるのは——)
ーーーーーーーーーー
昼休みに入って賑わってきた校庭にて、1年2組のクラスメイトの前で柳井は声を張り上げた。
「『大縄跳び』のルールは朝に説明した通りだけど、一応もう一度確認しとくな。
この種目は、第1学年の各クラス同士で対抗する五つ巴の目玉 競技になる。もちろん競技結果は、縦割りテームの総合得点に影響するぞ。当然、優勝のためには絶対に落とせない。
まず基本として、各クラスにつき大縄を回す『ターナー』が2人。俺たちのクラスは、腕力と体力、そして他競技との兼ね合いを考慮して、御供と砂倉の2人を選んである。
そしてルールは『全員跳び』だから、全員でタイミングを合わせて一斉に縄を跳ぶやつだな。
んで、次に競技説明。
まず、第1戦が『時間制 大縄跳び』。制限時間3分の中でできるだけ縄を回して、全員で跳べた回数を加算していく。跳んだ総数に応じて1位から5位まで順位が決まって、各チームに規定の得点が入るんだとよ。
で、第2戦として控えてるのが『一発勝負!みんなでジャンプ』っていう……なんか運動会みたいな競技名だな……というのはまあさて置き、これはミスせず何回連続で跳べたかを一発勝負で競うやつだな。こっちは跳んだ回数が直接的に得点に反映されるシステムだから、他チームと大差を付ける絶好のチャンスになる。
ってことで、説明は終わり。みんな並べ〜!」
柳井の指示で、クラスメイトは互いに言葉を交わしつつ2列に並び始めた。
一方の御供と砂倉の両ターナーは、列から少し離れた所で大縄を回し調整を行なっている。
彼らは2人とも野球部所属で仲も良く、体力や連携を問われるターナーという役割に適した人材として抜擢した。
ただ、彼らだけの練習機会を今日までにあまり得られなかったことは、多少の懸念点ではある。
そう考えながら俺が列に加わる一方、柳井と映真の2人は列の外から様子を眺めていた。
柳井は映真に問いかける。
「一応、みんなには身長順に並んでもらってるけど……ここからどう並び順を変更するんだっけ?」
「『上手に跳べる人』と『苦手な人』を見極めていくんだよ。何回か練習を重ねてね。
ターナーに近い両端は縄の軌道が激しくて難しいから、上手な人じゃないと厳しい。
一方の中央付近も縄の跳ね返りが大きいから、上手かつ体力がある人が好ましい。
苦手な人は、その人たちの間に配置するようにする。もっと細かく言えば、できるだけ上手な人と苦手な人を交互に入れることで、跳ぶタイミングの同調性を高めたいね。
あとは、『この人はあの人の後ろならやりやすそう』とか、『この人は右列より左列に入れた方が跳びやすそう』とか、観察しながら地道な調整を入れていくつもり」
淡々と話す映真に、柳井は顔を顰める。
「いや……それってかなり大変じゃないか……?
このクラスって36人居るんだぞ? 1人1人を観察するのはなかなか……」
「観己ならできるよ」
「そうだった……アイツなら易々とこなしかねないもんな……」
半ば呆れ顔になった柳井は、そう納得しながら映真の横顔を見る。
どこか楽しそうな、期待と信頼を感じさせる彼女の輝いた瞳が、彼の目に入った。
「宝生さん、もうすっかり大丈夫そうだな」
柳井はそう小さく笑った後、大縄の列に向かって、
「もう少し前の人との間隔を詰めろー」「下に書いた線を参考に直線に並べー」
と声を掛けて回った。
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「とりあえず、今から3分くらい休憩しよう」
10分ほど試行錯誤で繰り返し大縄跳びをした後、クラスメイトの疲労具合を考えて、俺たちは一度 練習を中断することにした。
『休憩』という言葉ですぐさま気が緩んだ列を俺は抜けて、映真や柳井の元へと向かう。
「どう? 外から1年2組の大縄跳びを見てみた感想は?」
「私としては悪くなかったと思うよ。クラス練習の一回目にしては上出来だと思う」
「俺も同感。結構良い感じだったぞ。
とりあえず、今のところ連続記録の最高が19回……だっけ? 想定以上だな。いくら跳び方のコツや掛け声をクラスで事前に確認したとはいえ、みんなの息の合い具合は上振れだな……。
ていうか、宝生さんも並び順調整に協力するなら言って欲しかったわ。お前ら2人は仕事してたのに、俺だけずっと何してたんだってなっちゃうから」
「ご、ごめんね……」
並び順の調整は俺にとってもかなり根気のいる作業だったのだが、映真の協力でかなり効率的に進んだ。
柳井だけ特に何もしなかったことを、どうやら彼は気に病んでいるらしい。
「ま、俺が手伝ったらむしろもっと時間かかってたかもしれねーし、並び順がほぼ決まったなら別にそれでいっか。
んで、このままもう少し練習重ねるか?」
そう問いかける柳井に、俺は少し険しい表情を返す。
「うーん……」
「? なんか気になることでもあんのか?」
きょとんとする柳井を前に、俺と映真は顔を見合わせ、そして頷き合った。
「「ターナーの息が合ってない」」
「お前らの息はぴったりだけどな」
柳井はそう呟きながら、振り返る。
ターナーの御供と砂倉は、日陰に座って休んでいた。
「アイツら、そんなダメだったか?」
「別にダメというわけじゃない。連続で回せる力はあるし、全力で掛け声を出してくれるところもとても良い。
ただ、列に並んで実際に跳んでみた俺としては、縄が回ってくるタイミングがどこか不規則だった気がするんだよな。少し跳びづらかった」
「私も外から見てて、回してる縄がかなり歪んでたのが気になったよ。練習不足だから仕方ないとは思うけど……」
映真がそう言ったところで、柳井は「アイツらにちょっと確認してくるわ」と告げて、ターナー2人の元に歩いて近づいた。
「おーい、御供、砂倉」
柳井の声に先に反応したのは、大柄な体つきをした御供の方だった。
「お、委員さんだ」
「その呼び方やめてくんないか?」
「だって、柳井が委員の仕事してるなんて違和感すごいからイジり甲斐あるんだよ」
キキ、と御供は変な笑い声を上げる。
「俺的にはお前の見た目からその笑い声が出てることの方が違和感あるけど……まあいいや。本題に入らせろ」
「はいはい、何の用?」
「個人的に、お前らターナーに関して少し気になる点があってだな……」
そのまま柳井が話を始めようとしたところを、御供は片手を上げて遮る。
「ああ、なるほど、お前の言いたいことはなんとなく分かった。
あれだろ? 俺たちの回す縄が不安定だったから説教しに来たんだろ?」
「別に説教ってわけじゃないけど……なんだ、縄が歪んでる自覚はあったのか」
「まあ俺も、何も考えずに回してるわけじゃないからな。なんとか修正できないか、って考えてはいたんだけど……」
御供はそう言って、砂倉の方を見る。
砂倉の方は比較的スラっとした体つきで、身長も比較的小さい。ただ、腕などはがっしりしていて、筋肉はかなり付いているそうだ。
そんな砂倉は、難しい表情で口を開く。
「なーんか上手くいかないんだよねぇ。
何がダメなんだろう? 声を出して御供とタイミングを合わせてるし、全身使って縄を回してるし、これといって問題点は無いはずだけど……」
「砂倉がチビだからとか?」
「大縄で五体 巻いて締め上げるぞお前」
軽口を叩いてニヤニヤする御供を睨んだ砂倉は、そのまま続ける。
「確かに、俺と御供は10cm近く違う……けど、身長差くらいちゃんと加味して縄を回してるよ、流石にな」
「んー……じゃあもう、シンプルにお前ら2人の相性が合ってないとしか言えねぇか」
「なんだよ柳井、『相性』って。抽象的すぎる」
はあ、と軽く溜め息をついた砂倉は、考え込む。
(でも確かに、俺と御供だと、微妙に息が合ってない気はするんだよなぁ……)
そうしている間に、休憩時間は刻々と無くなっていく。
校舎に取り付けられた時計を一瞥した柳井は、腰に手を当てた。
「まあなんだ、特に原因や改善策も見つからなさそうだし、練習あるのみ、って感じかね。そろそろ再開すっか」
「もう休憩が終わるのか……。
……なあ柳井。ちなみに聞くけど、お前から見て相性良さそうなペアとかいるのか?」
御供の質問に、柳井は遠方を指差す。
「ん? そりゃ、あそこにいる2人とかは特に息ぴったりで……」
そこで何を思いついたか、柳井は「そうだ!」と声を上げた。
「一回さ、アイツらに縄回してもらうってのはどうだ?」




