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第37話 大会の開幕と陸上部員たち

「女子100m 祖開 奏瑛 4位入賞……

 女子400m 府内ふない 羅理亜らりあ 7位入賞……

 女子1500m 夢原 万華 3位入賞……

 女子棒高跳び 小枝 黒音 2位入賞……

 男子100m みどり 由羽ゆう 8位入賞……

 男子1500m 町嶋 純 6位入賞……


 男子1500m 柳井 珀磨 21位…………があぁっ、もおぉぅ、くそぉっ!」


朝っぱらから独特な叫び声を上げる柳井に対して、周囲から視線が集まる。

近くに居たカナはいたたまれなくなり、慌てて彼を宥めに向かった。


「ちょ、ちょっと……どうどう、落ち着きなよ珀磨〜」


「落ち着けるかっ! 俺だけ何も結果出してねぇじゃねぇか!」


ここは陸上競技場。

その客席スタンドの一席に座る柳井が先ほどから眺めていたのは、『支部予選 1日目 結果』と書かれた紙。

土曜日に行われた陸上競技の中で、鏡高校の陸上部員らが出した順位記録をまとめたものだった。


そして今日は、大会2日目となる日曜日の朝。

各校の生徒がぞろぞろ集まってきたくらいの時間帯なので、もちろんどの競技もまだ始まっていない。


こんな早朝でも柳井が元気なのは、昨日の競技で周囲と見劣りする結果を出した自分にキレていたからだった。


「俺以外にまだ結果出してない奴つったら、片鳥くらいしかいねぇじゃんか……」


「あー、そういや観己っちって、昨日の1500mは棄権したんだっけ?」


「ああ。アイツ、夏休みはあまり練習できてなかったからな。今日の午後にある5000mに賭けるらしい」


「へぇ〜楽しみだね!

 ちなみに珀磨は、今日の800mに賭けるんだよね?」


「賭けねぇよ!別に! んあー走りたくねぇー」


「まったく……」


この期に及んでまだ弱音を吐く柳井を見て、あのカナでさえも溜め息を吐く。


すると、スタンドの下方に馴染みのある緑の髪が見えたので、カナは身を乗り出して見下ろし手を振った。


「あっ、観己っちと映真ちゃんだ! やっほー!」


「おはよう」「もう来てたんだ、早いね」


「まあね、三分の早起きはお得っていうしね!」


「「早起きは三文の徳な」」


「あ、あれ?」


「……なあカナ、お前……勉強の方は大丈夫なのか?」


「珀磨は黙ってて!」


一応これから競技があるというのに緊張感のない人たちだな、と呆れつつ、俺と映真はスタンドの階段を登る。


それからすぐ、他の部員や手間本顧問も到着し、大会2日目は幕を開けた。



ーーーーーーーーーー



パンッ!


競技場に響く号砲とともに選手が走り出し、歓声が周囲を包み込む。


日はとうに登っていて、日差しはジリジリと焦がすように強い。


そんなトラックの様子を席から眺める映真の隣には、おにぎりを頬張るカナが座っていた。


「ひょひよんひゃふめーほるはーろるほうらはひまっはめ〜」


「え、なんて?」


言っちゃえば下品なカナの食事方法。

映真が1人で苦笑いを浮かべていると、カナはようやく口内のおりぎりを飲み込んだのか口元を拭って口を開いた。


「女子400mハードル走が始まったね〜」


「(それ言いたかっただけかい)

 そうだね。今年は全体的にレベルが高いらしいし、観戦も大会の楽しみの1つだよね」


「うんうん! ただ、鏡高校からは誰もハードル走には出場してないんだよねぇ〜。お陰で応援のやりがいがないなぁ」


カナはそう残念そうに吐いて、両手の上に自分の顎を乗せた。


それを見て、映真の頭に疑問が浮かぶ。


「そういえば……カナはハードル走にはでないの?」


カナは短距離走者として活躍しているが、ハードル走に挑んでいるところは見たことがない。

手間本顧問なら、カナの筋を見込んで勧めそうなものだが。


そんな映真の質問に、カナは不服そうな表情になった。


「そりゃ、ウチだってハードルとかにも興味あるけど……ウチって体力ないんだよね〜。

 一日に何種類もの競技に出てたらすぐにへばってパフォーマンス落ちちゃうから、ハードルは やってない。

 あーあ、もしも男子の体になれたら、もうちょっと体力が増えるかもしれないのにな~」


両手を頭の後ろで組むカナ。

確かに、短距離走での瞬発力やスピード維持には、体力が必要だ。

ハードル走をやらないのは、他競技でベストを尽くしたい、というカナなりの選択なのだろう。


だがそれよりも、映真は『男子の体』というワードに敏感に反応していた。


「男子……の体?」


「うん。映真ちゃんも一度は考えたことない? もしも男子になれたら、って!

 体力増強どころか、色々メリットがありそうだよね。きっと面白いと思うな〜!

 ……ってあれ、なんでそんな険しい顔してんの?」


映真の複雑な表情が、カナの目に入った。


「いや、うーん……男子になっても大変なことだらけで楽しくないと思うよ、私は」


「それはどうかなぁ? 実際になってみないと分かんないんじゃない?」


「…………」


いや、実際に女体化して苦労してる人がカナの目の前に居るんですけど。


……と映真が言うことは流石にできないので、カナの純粋な黒い瞳に映真の方が折れそうになる。


「……カナの言う通り確かにメリットもあるだろうけど、トイレやら風呂やら人付き合いやら、苦労することは多そうだよ。身体の性別が変わるって面倒なんだから」


「も~映真ちゃんったら、TSマンガの読み過ぎだよ~」


「別に読んでないよ!」


「あっ、映真ちゃんって『TS』の意味分かるんだ!」


「そ、それは、まあ……」


分かる分からない、以前の問題なんだよなぁこれが。


それにもし映真か『TS』の意味を知らなかったとしても、万華のようなオタクと一緒に生活してたら否が応でも知ることになってたぞ、絶対。


そう映真が考えていると、背後から楽しげな男の声が聞こえてきた。


「TS?! TSがなんだって?!」


その声にいち早く反応したカナは、振り返って手を振る。


「あっ、玲華れいかパイセーン! ちわ~す!」



ーーーーーーーーーー



「うわぁ……きききき緊張してきたぁ……」


競技場に併設されたサブグラウンド内の、木製ベンチに座る柳井。


これでもかというほど歯がガタガタと鳴っているので、流石の純も心配をする。


「ちょっ、柳井、大丈夫……?」


「だだ大丈夫……なわけないだろろろ」


この通り、声どころか全身が震えている柳井なので、一緒に居た俺は彼に水筒を手渡した。


「はい。とりあえず水飲んで、深呼吸して落ち着けよ」


「お、おう……」


ごくっごくっと喉を鳴らして水分をとる柳井と、それを側でじっと見守る柳井。

2人ともこれからの男子800mに出場するのは同じなのだが、この通り落ち着きが全然違う。いくらなんでも普段の性格が反映され過ぎじゃないだろうか。


ぷはぁ、と天然水のCMにでも出れそうな音を立てて水筒から口を離す柳井の前で、俺は中腰になって彼の肩に手を置いた。


「柳井。俺が客席から声援送るから、リラックスして楽しんでこいよ」


「うん……まあ……片鳥に応援されたところで別に、って感じではあるけど……」


「おいふざけるな」


「あーごめんごめん。

 でもなぁ、なんだろーな。

 可愛い女子の声援だったら元気出るんだけどな」


「お前な……」


「でもほら、片鳥だって女子に応援されたら嬉しいだろ? 男なんだから」


「あのなぁ。別に、俺は誰の応援でも…………誰の……」


ふと言葉が止まり、柳井は首を傾げる。


「……片鳥、どうした?」


「……いや、どうもしてない。とりあえず、そうやって姑息に話をずらしてくるのは止めろ」


「まあそう怒んなって……。

 とりあえず、宝生さんには俺を応援してくれるように片鳥から頼んでくれ。この通りだ」


柳井はバン、と音を立てて両手を合わせ、頭を下げた。


(俺の声援と映真の声援なんて、声質が違うだけで中身全く一緒なんだけどな。結局『誰に応援されるのか』ってことですか。チョロい奴め)


それに加え、映真が明確に柳井から『可愛い女子』認定されているのが微妙に俺の気に食わない。

柳井の性格上、映真を恋愛対象として見ているわけじゃないのは分かるし、確かに映真は美人なんだけど、なんというか……そいつ俺の分身なんだよね、一応。


俺はひとまず顔を上げ、腰に手を当てる。


「……まあ、別に頼まなくても、映真なら柳井のことは応援するんじゃない?

 とりあえず、そんな調子乗ったお願いをする元気があるなら柳井も大丈夫そうだな。

 俺が荷物持ってやるから、さっさと招集場所に移動するよ」


「えーもうそんな時間かよー」


そうして、競技へ向かう純と柳井に付き添って、俺は競技前の選手が集まる招集所へと向かった。

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