第2話 姉妹と分身
〈登場人物〉
・片鳥 希美・・・観己の姉で、大学1年生。神奈川の実家で、妹の双葉と2人暮らしをしている。
・片鳥 双葉・・・観己の妹で、中学2年生。
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「兄ちゃーん、来たよー!」
「お邪魔しまーす、観己ひさしぶり!」
2人の声が聞こえ、俺たちは目を見開いた。
((まずい、双葉と希美か!))
分身の件に夢中で完全に忘れていた。
寝室で裸の女子と2人きりなど、どんな誤解をされるか想像しかつかない。
「ちょ、君……とりあえずクローゼットの中に隠れてくれ!そっから適当な服でも探し出して着といて!」
俺が囁きながら指示を出す。
が、その時には既に、彼女はクローゼットのドアを開けていた。
「君に言われなくても隠れるって!」
分身だから、お互いの思考はよく分かる……これが以心伝心ってやつか、と俺は今更ながら不思議な感覚になった。
俺はクローゼットのドアを完全に閉めたのを確認し、寝室のドアを開けて玄関へと向かう。
「よ、よう2人とも、随分と来るのが早かったね……」
俺は平然を装いながら、1ヶ月ぶりの挨拶をする。
このアパートの合鍵は姉の希美に渡していたので、2人はもう玄関に入って靴を脱いでいた。
寝室から出迎えをした俺を見て、妹の双葉は驚く。
「えっ、兄ちゃんまだ寝てたの?! もう9時半だよ?」
「1時間前から何回かLINEで連絡してたのに。観己の既読がつかないなと思ってたら、まさか寝てたなんて」
希美は、俺に送ったLINEの画面を見せてくれた。
「あっ、LINE……そうだったのか」
俺は、今朝届いたスマホの通知の確認を完全に忘れていたことを思い出した。
(とりあえず、さっきまで寝ていたということにしておこう)
「ま、まあな。昨日寝るのが遅くなっちゃって……」
俺は2人を居間に案内しながら嘘を吐く。
分身の件で、姉妹にまで迷惑をかけるわけにはいかない。
できるだけ隠し通さなければ。
「へぇ、兄ちゃんも夜更かしとかするんだね。夏休みだからって浮かれてないで、早く寝なよ〜?」
「ま、まあ、確かにそうだな」
双葉に薄ら笑いを浮かべられ少しイラっときたが、俺は笑いながら堪えた。
(とりあえず誤魔化せたしよしとするか)
……とそう思ったのも束の間。
その安堵は、すぐに崩壊してしまう。
「あれっ、観己のパジャマに緑色の毛がついてるよ」
希美が、俺の背中を見ながらそう指摘したのだ。
(……なんだと?)
昔から、希美は妙に聡い時がある。
俺はすぐに服の背中を引っ張って確認した。
(分身の毛髪が、俺のパジャマに付着している!)
2人が家に来て焦っていたせいか、全く気付かなかった。
希美は、じっと俺の顔色を観察する。
だが、分身のことをこの2人に話すにはまだ早いぞ……。
と色々考えているうちに、希美は俺の服に付いている毛髪を取ってじっくりと見てしまった。
「なんかこれ、人の髪の毛みたいだね」
「ほんとだ! えっ、誰の?」
双葉も興味を示した。
(このままだと、「家に俺以外の誰かがいた」と疑われる……!)
動揺する俺の顔を、希美は恐ろしい目つきで覗き込む。
「あれぇ観己、もしかしてお姉ちゃんに隠してることあるんじゃな~い? ほら、この髪長いよぉ〜。私たちが来る前に女の子と会ったってことかなぁ〜?」
完全に俺を疑ってやまない目つきだ。
まだ、姉妹が家に入ってから1分程度しか経っていないというのに。
(……髪の毛一本でこんなあっさり誤解されるとは。これ以上誤魔化しても無理か……!)
希美の気迫に押されて、俺は早々に諦めることにした。
仕方ない、『分身』の存在を打ち明けるしかないだろう。
「分かった!2人とも、今から俺が話すことを、どうか落ち着いて聞いてくれ」
俺はゆっくりとソファに座り込み、腕を組む。
2人とも、俺のただならぬ空気を感じ取ってくれたようだ。
「観己なになに?」
「兄ちゃん教えて!」
よし、言うんだ俺。
「俺に…………『分身』ができた」
俺がそう告白してから数秒。
2人は「何言ってるの?」という目つきのまま、硬直して動かなくなった。
「え……『彼女ができた』じゃなくて? 私てっきりそういうことかと……」
「希美、それは誤解だ。俺に彼女ができたことはない」
「……じゃあ『分身』って何?」
ポカンとした希美の顔。
「えっ……『分身』って……兄ちゃん頭どうかなっちゃたの……?」
双葉は魂が抜けたような顔つきで、ただ俺の脳みその異常性だけを疑っている。
まあこうなるだろうという予測はあった。
この調子じゃ口で何を言っても伝わりそうにないので、俺は『分身』本人を2人に見せることにする。
「ちょっとそこで待ってろ」
俺は1人で寝室に向かい、クローゼットのドアを開ける。
中にいた分身は、慌ててドアに手をかけた。
「ちょ何してんの、俺は隠れとかないと!」
「なんかもう誤魔化せそうにないから、2人には分身のこと打ち明けることにした」
俺が事情を話すと、分身は呆れて笑った。
「え、もう疑われてるの?早くない?」
「仕方ないだろ。希美が意外と鋭くてな。あいつ、俺の家に彼女が来たんだと勘違いして……」
「ぬぉわぁぁ誰この可愛い人ぉぉ!?」
いきなり背後から希美に大声を出されて、俺たちは思わず身を竦めた。
((びっくりしたぁ声量どうなってんだよ!))
どうやら、分身の容姿がえらく希美のお気に召したようだ。
「居間で『待っとけ』って言ったはずなのに、なんで勝手に寝室に入って……」
もちろん希美が来たということは、双葉も一緒に様子を見に来ている。
「うわぁかわいい!ねぇやっぱ彼女?兄ちゃんの彼女なの?」
「だからそうじゃないって言ってるだろ。この女が俺の『分身』なの」
俺は説明をするが、まるで「分身」というワードだけ脳みその辞書から除外されているかのように、姉妹2人は聞く耳を持ってくれない。
頼むから俺の言葉を信用してくれ。
「彼女さんすごいかわいいですね! お名前なんて言うんですか? 私、観己兄ちゃんの妹の双葉って言います!」
双葉は俺の分身に自己紹介をする。
俺から見れば、なんとも滑稽な光景だ。
「あ……だから俺は彼女じゃなくて、『片鳥 観己』だよ。なぜか女の身体になってるけど、一応『分身』だから……」
分身の口から初めて説明されて、双葉はようやく我に返った。
「え……兄ちゃんの分身……? えぇっ!」
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「つまり、この宝石が原因で、観己の分身が生まれたと……。その分身が、この女の子ってことね」
ようやく俺たちからの説明を聞き終え、希美は例の宝石と分身とを見比べる。
そして、希美は分身の二の腕をフニフニと触ってみた。
分身は急いで手を振り払う。
「うわっ、ちょ勝手に俺の腕に触んな!……って、俺が言うのもなんか変か……」
希美は顎に手を当てて考える。
「なるほど。確かに、この女の子の口調は観己そっくりね……。……まあだからと言って、私が分身なんて信じると思う?」
せっかく希美に信じてもらえたと思ったのだが、そう簡単なことではなかったようだ。
「宝石の力で分身が現れたなんて、そーんな非科学的な話は聞いたことないよ? ちょっと私をなめすぎ! 第一、なんで分身が女子なの?」
確かに希美の言う通りだ。
そりゃそうなるよな。
俺たちだって、まだ状況を飲み込めてないんだから。
だがいまだ戸惑う希美とは対照的に、双葉はどうやら分身の正体を受け入れてくれたらしい。
「分身っていっても、兄ちゃんの女子版って感じだね。兄ちゃんがこんなにかわいくなるなんて! ほんと不思議な現象だよね〜面白い!」
こういうのをすんなり受け入れるあたり、双葉の楽観的な性格が出てると言える。
「ねえ……この女の子が分身だ、って裏付ける物的証拠とかはないの?」
希美は、こうやって証拠を探すあたりが俺と性格が似ているなと思う。
証拠、と聞いて、俺は分身との会話を思い出した。
「んー、てっとり早いのは指紋だな」
俺と分身は指を出し、希美に比較してもらう。
「うわぁ、確かに指紋が同じだ……そんなことってあるんだ……」
希美もようやく現実を受け入れてくれたようだ。
分身の存在にワクワクする双葉と、まだ頭を悩ませる希美。
ひとまず、2人は状況を理解してくれたらしい。
「ちょっと希美、これもらうね」
分身は、希美が手に持っていた例の宝石を受け取った。
すると、宝石はそれに反応したかのように、少しばかり発光する。
「この宝石については俺たちでこれから調べてみる。それに、まだ俺も色々と頭を整理する時間が欲しいし……」
分身は淡々と説明するが、その顔がかなり不安に満ちているのが分かった。
それを、希美が感じ取らないわけがない。
「……『俺たちで調べる』って何? それってさ、あなたたち当事者2人だけでどうにかするつもりなの?」
希美は徐ろに口を開いた。
「「……」」
俺たちは答えられなかった。
黙る俺たちの様子を見て、希美はスマホを取り出す。
「状況は共有しないと……だから、ちょっと連絡してみるね」
「「えっ、誰に?」」
「決まってるでしょ? 『ロサンゼルスのお父さんとお母さん』にだよ。さ、家族会議始めるよ」
そうか、両親の職業は……。




