第1話 分身
突如俺の部屋に現れた女子。
彼女は、「俺がもう1人いる」と言ったり、自分が女子であることに驚いたりするなど、不可解な言動を繰り返した。
しかし、彼女の一言により、その疑問は解決する。
「俺……俺は片鳥 観己だよ!」
「…………は?」
俺は思わずそう漏らした。
……確かに、俺がさっきまで彼女に感じていた疑問は解決した。
もし、彼女が片鳥 観己 本人なら、目の前に自分がいることにも、自分が女子であることにも驚くだろう。
そして、『彼女の口調が俺と似ている』という違和感も解決できる。
「なぜか身体は女子になっているし、声は高いし、髪も長いし、正直よく分かんない……だけど、俺は片鳥 観己だから!」
彼女は俺に必死に説明をする。
……だがどうだろう。
こんな非現実的な事実、俺には到底受け入れられない。
でないと俺の理性がどうにかなりそうだ。
もし彼女の言葉が真実で、彼女が『片鳥 観己』であるなら……この世の理は崩壊してしまう。
「冗談でしょ……?君が『片鳥 観己』? 俺が片鳥 観己、本人だよ。同じ人格の人間がこの世に2人も存在するなんてありえない……。ましてや君の身体は全くの別人だろ……」
そう困惑する俺の様子を見て、彼女は説明を続けた。
「分かった。そんなに俺の正体が信じられないなら、それを証明してやる。片鳥 観己は鏡高校の1年2組4番で特待生! 好きな食べ物は洋菓子屋『sweetwins』のアップルパイ! 行きつけの店は路地にある和食屋『こゝろ』! スマホのパスワードは3030!」
おいおいどういうことだ。
スマホのパスワードとかいう個人情報を知ってるなんて、家族かストーカーか、自分自身くらいだぞ。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は急いで彼女を制止した。
それでも彼女は俺の制止を振り切り……
「今日は久しぶりによく寝た……だけど昨日の朝方は悪夢を見たろ! 中学校の生徒会の時の! 文化祭前の時の!」
そう言った。
俺は息を呑んだ。
(誰がいつ何の夢を見たかなんて、本人以外が知る由はない……。ということはやはりこの女の正体は……)
後から思えば、この時点ではまだ彼女が『片鳥 観己』であるという証拠などなかった。
夢の内容だって、彼女がたまたま当てただけかもしれない。
彼女は昨日、実は俺の様子を観察していて、それを元に俺の夢を推理したのかもしれない。
でも俺は今、彼女の正体を確信したのだ。
彼女の口調、態度、真剣な表情……その一つ一つが、俺・『片鳥 観己』以外の何者でもなかったのだから。
「君……本当に『俺』なのか……?」
ようやく、俺がこの女の『中身』が『片鳥 観己』であるということを認め、彼女は少し力を抜いた。
「やっと……信じてくれたか」
確かに、俺は口先では信じた。
だが頭はまだ困惑している。
理解が追いつかないのだ。
「ちょっと待て……君は『片鳥 観己』なんだな?
じゃあどうして同人格の人物が2人もいるんだ?
君の『身体』は一体誰のものなんだ?」
彼女の『中身』は確かに『片鳥 観己』だ。
では、『片鳥 観己』が宿っているという彼女のその『身体』は果たして誰のものなのか。
俺は質問をぶつけるが、彼女もまだよく状況が分かっていないようだ。
「俺も今それを考えてる……。
昨日までは確かに『片鳥 観己』として生活していたのに、今朝起きたらなぜか『俺』自身が隣にいた。
しかも、俺の身体がなぜか女子になってる。
まるで性転換……女体化したみたいだな。
……まあ、俺何言ってんだかって感じだけどさ……」
女体化……。
そういえば今気づいたが、彼女の顔つきは俺に似ているような気がする。
「ちょっと待ってろ」
俺はそう言って、洗面所の置き鏡を持って来た。
「これが今の君の姿だ」
彼女はまじまじと、鏡に映る己の風貌を確かめる。
「……これが俺か……。完全に女子になってる……。
……ん、待てよ……俺たち結構似てないか?」
やっぱりそうだ。
2人で並んで鏡に映ると分かりやすい。
男女の違いがあるとはいえ、顔のパーツがやけにそっくりなのだ。
これは……
「君はさ……『女体化した俺の分身』なんじゃ……ないかな?」
その仮説は、自分で言っててこんなの馬鹿げてると思った。
でも、今はその可能性が一番高いのだ。
彼女は思わず苦笑いをする。
「そうだな、君が考えてることは俺と同じだ。
俺は『片鳥 観己』の女子バージョンの『分身』なのか……。
でも、いくら他の可能性が思い浮かばないからって、やっぱそれは馬鹿げてるよ。
そうだ、もし俺が分身だとするなら、その証拠を探そう。指紋の比較とかはどうだ?」
彼女の言う通り。
確かに、彼女が俺の分身だというのなら、その証拠を見つけなければならない。
彼女の提案で俺は右手の人差し指を出し、じっくりと比較した。
その結果は……
「おいこれ……全く同じじゃないか……?」
俺は震えた。
指紋は胎児の頃の成長過程で決まる。
そのため、別人どころか、双子でも指紋は異なるはずだ。
しかし、俺と彼女の指紋の間に違いは見られない。
つまりそれが意味するのは……
「……俺はやっぱり……分身……?
……待てよ!俺のこれからの生活はどうなるんだ? 俺は女子としてどうやって生きていけば……?!」
これからの人生。
それに気づいてしまった途端に、彼女の顔が青ざめた。
当たり前だ。
彼女にも『片鳥 観己』としての人格はある。
だというのに、今日から『この世には存在しないはずの女子』として生きなければならないというこの状況を受け入れられるか?
それに加えて、『男子の俺』がそのまま生きるこの世界の中で、『男子の俺』を見ながら暮らせるか?
「とりあえず、こんな状況になった『原因』が分からない限りはどうしようも……」
そう考えた時、俺は彼女の緑がかった瞳を見てふと気がついた。
「そうだ、あの宝石!」
俺が布団の近くを探すと、昨日拾った宝石が転がり出てきた。
神々しく、翠緑に輝く宝石……。
「おい君。この宝石の色と、君の髪や目の色が同じじゃないか?」
すると彼女ははっとして、鏡で自らの目をじっくりと覗き込んだ。
そして、例の宝石と見比べる。
「確かに同じ色だ……。となると分身が生まれた原因はこの宝石……?」
そう気づいたその時、宝石は1人でに光り始めた。
まるで脈打つかのように不気味に明滅しだしたかと思えば、そしてゆっくりと元の輝きに戻っていく。
部屋全体が震えているかのように感じた。
間違いない。
この宝石はただの宝石なんかではない。
なんらかの力を秘めている。
そして、俺の女子の分身を作ったのはこの宝石だ。
俺は彼女と顔を見合わせた。
この宝石は明確にはどんな力を持つのか、分身とは一体どういう存在なのか、それを俺たちで調べなければ……。
「「……どうする、これ……」」
2人の息が詰まり、静寂が辺りを包んだ。
その時……
「兄ちゃーん、来たよー!」
「お邪魔しまーす、観己ひさしぶり!」
最もまずいタイミングで、姉妹の2人はやって来た。




