第20話 宴もたけなわ
「はーい、特製のカレーライスだよ~」
希美は、出来上がった夕食を皿に盛り付け、相変わらず狭い食卓の上に配膳した。
映真・双葉に続いて、風呂に入り終わった俺は、その机の前に座り込む。
「お〜美味しそうだな。……って、『特製』って言っても、ルーは市販のバーモ〇トカレーか」
「あのねぇ、私がイチからスパイスを調合するわけないでしょ?
特製なのは具! 夏野菜たっぷりにしたんだから」
ナス、パプリカ、ズッキーニ……希美の言う通り、確かに旬の具材だらけだ。
加えて、それらの野菜が素揚げされていることからも、姉の料理の上手さが窺える。
ていうか、こんな豊富な具材、俺の冷蔵庫に入っていた覚えは無いような。
まさか希美は、わざわざ野菜を買って、俺の家まで持って来たのか?
気合いの入りようが恐ろしいな。
お泊まり会を一番楽しみにしてたのは、希美の方だったのかもしれない。
映真は俺の隣に歩いて来て、座り込む……と、自分の皿を見て声を上げた。
「え、ちょっと。俺、女子だよ? こんな量、食べられないんだけど……」
よく見ると、映真のカレーが山のように盛ってある。
俺のと、大して量が変わらないじゃないか。
ちなみに言うと、映真は女子になってからというもの、明らかに食べる量が落ちた。
……いや、『落ちた』という表現は適切じゃないな。
女子としての然るべきカロリー摂取量に、落ち着いただけだ。
もし映真が俺と同じ量を食ったら、確実に胃が破裂するだろう。
希美は急いで謝り、映真の皿を持ち上げる。
「あ、ごめん! つい、観己と同じ量にしちゃって……。減らして来るね」
そして希美がキッチンに戻ろうとしたところを、双葉が止めた。
「じゃあ、私のカレーをもうちょっと増やしてー!」
まじかよコイツ。
俺、さっきは『女子としての然るべきカロリー摂取量に〜』とか言っていたが、この妹はそんな常識に当て嵌まらない例外だ。
コイツ、中2のくせにめちゃくちゃ食べる。
高校生になったら、俺よりもたくさん食べるんじゃないかという食いっぷりなのだ。
それに比べたら、映真の食べる量はやはり少ないのかもしれない……。
「「「「いただきまーす!」」」」
俺たちは手を合わせ、夕食を始めた。
4人で夕食を食べるのは、夏休みのピザパーティー以来だな。
双葉は、1口目を頬張った後、飲み込む前に話を始めた。
「兄ちゃんと映真姉ちゃんって、いつも学校では何か会話とかしてるの?」
「「もちろん」」
俺たちがそう返答すると、双葉は喋り進める。
「でも、クラスの友達の目とかあるし、分身についての話とかはしづらいでしょ?」
「確かにそうだな。学校内だと特に、周りの目を気をつける必要があるし」
「ならさ、何を喋っても正体がバレないようにするために、暗号とか隠語とか作ったら?
2人だけの秘密の言語とか、憧れるでしょ〜?」
……双葉は相変わらず子供だな。
『秘密の言語』だなんてバカバカしい……
ん?待てよ?
「「ギクッ」」
俺が過去の記憶を想起して強張った時、希美が呟く。
「そうだ。観己、久しぶりに『アレ』使ったら?」
「「はぁ?! 嫌だよ?!」」
俺たちは咄嗟に、希美の提案を却下した。
双葉は、わけが分からず困惑している様子だ。
「え、『アレ』って何?」
「「…………」」
俺たちは黙ったまま。
希美が、代わりに口を開いた。
「じゃあ今から私が試しに使ってみるから、よく聞いててね。いくよ……」
フゥスゥスゥスゥフゥ
トゥトゥトゥトゥ
スゥトゥフゥフゥスゥ
トゥトゥトゥトゥ
スゥトゥフゥフゥフゥ
「…………え?! なになにどういうこと怖い!」
ただひたすらに息を吐いているだけの希美を見て、双葉は震えあがった。
「え、姉ちゃんはなんて言ってたの?」
双葉が慌てて聞いてくるので、俺は仕方なく答える。
「……希美は『こんばんは』って言ってた」
「えぇウソだぁ!? なんで分かるの?!」
狼狽える双葉に、希美は笑顔を向ける。
「これはね、観己が小学5年生の時に考案した言語で、『3進法 息語』っていうの」
「さ、さんしんほう いきご……?」
いまいち腑に落ちてない双葉を横目に、俺と映真は顔を真っ赤にした。
「「おい希美! 『俺が考えた』ってところは、別に説明しなくてもいいだろ!」」
「あっ、ごめん……」
そう。『3進法息語』というのは、絶賛 厨二病 真っ最中だった小学5年生の頃の俺が、気の迷いで、数人の友人と共に作り出してしまったおぞましい言語である。
文字通りの黒歴史だ。
そしてあろうことか、俺はその言語の用法を、希美にも共有してしまっていたのだった。
「いい? 双葉。『3進法』っていうのは、10進法や2進法の仲間のことだよ。『フゥ』『スゥ』『トゥ』の3種類の息の音を組み合わせることで、50音を表現して……」
「「頼む……もう、そのくらいにしてくれ……」」
胸を押さえて悶え苦しむ俺たちの姿を見て、ようやく希美は話を止めてくれた。
いまだに双葉だけ、蚊帳の外に置かれている。
「まさか兄ちゃんにも、そんな黒歴史があったなんて……。私だけ知らなかったってこと?」
「そういうことだ。これからは一切、この話を掘り返したりするなよ。
絶・対・に!」
俺は念入りに釘を刺した後、カレーを食べ進める。
「う、うん……」
さすがの双葉も、言葉を失ってしまった。
そんな俺たちを見て、希美は懐かしむように宙を眺める。
「でも、そっかぁ。観己が小5の時、双葉はまだ小3だったんだもんね。
あの頃の2人も可愛かったな~。
特に観己は、もっと純粋でひょうきん者だったもんね。今は、良くも悪くも好青年って感じだけど」
「それは俺が思春期に入る前の話だからだろ。時間が経つにつれて、人は変わるもんだよ」
「『人は変わる』……。確かにそうだね。観己の女体化分身が生まれたりもしたし」
「いや、そこまでの変化が生まれるのは稀有な例だと思うけど……」
映真がそう突っ込むと、姉妹は思わず笑い出した。
それにつられて、俺たちも笑ってしまう。
ーーーーーーーーーー
「テッテレ〜! 『持ち運び用スーパーコンパクト布団』~!」
「「……ひ◯つ道具?」」
俺たちの部屋の中で、希美は布団を広げた。
畳むとバッグに入るほど小さくなる布団を、希美はわざわざ2枚も持って来たらしい。
泊まりとはいえ姉妹の荷物が妙に多いな、と思っていたが、まさか寝具まで入っていたとは。
さっきまで、『俺はソファで寝るか』とか考えていたが、その必要は無くなったということだ。
敷かれた4つの布団。
双葉は飛び込み、ゴロゴロと転がった。
「ねぇ、どういう配置で寝るのがいいと思う?」
「やっぱり……『IIII』の字が一番じゃない?」
映真が王道の案を出すと、双葉は不満げな表情をした。
「えー、それじゃ面白くないよ。せっかくのお泊り会なんだから、もっと工夫しよ!」
そう双葉にせがまれて、希美は面白そうに考え込む。
「うーん……じゃあ、『十』の形で寝るのはどう? 4人みんなの頭を中心に向けてさ。近くで話せるよ」
お、良い案だな……
って思ったけど、俺の家の中に、人間2人が縦に並んで寝られるような広いスペースは無いぞ。
「それなら『卍』がいいと思う!」
あのな、妹よ。腰を折り曲げて寝たりでもしたら絶対 痛めるだろうが。
「じゃあ、現実的に考えて『E』の字とかかな?」
希美の意見、別に悪くはないけど……それ、明らかに1人だけハズレ居ない?
「『井』! 『卅』! 『止』!」
おいこら双葉、お前は一回 黙っててくれ。
止まらない姉妹の大喜利に、俺と映真は溜め息を吐き、静かにぼやいた。
「「……やっぱり『IIII』だな」」
ーーーーーーーーーー
「はーい、おやすみ」
希美はそう言って、部屋の電気を消した。
布団は、右から順に、俺、双葉、映真、希美。
映真の隣で寝ることにはならなかった俺は、ちょっと安心している。
「……ねぇ。希美は、男子になってみたいと思う?」
布団の中に入ってしばらくした頃、映真はふと呟いた。
希美は悩む。
「えぇ? 私が男子に? いやぁ……映真を見ているかぎりだと、かなり大変そうだし、男子になりたくはないかなぁ……。そりゃあ、男子の身体が羨ましいと思ったことはあるけど……」
「男子になったらなったで、面白そうだけどね!」
双葉からも、想像通りの回答が返ってきた。
質問したのは希美に対してだけだったような気がするが、まあ気にしないでおこう。
映真は頭の下で両手を組むと、天井を見上げた。
「俺、ずっと気になってるんだよね。あの宝石の持ち主が、一体どんな人なのか。
性転換に興味があった人なのか。
なら宝石は、人為的に作られたものなのか。
そもそも持ち主は、宝石の力について知っていたのか……」
「もしかしたら、映真姉ちゃんみたいに、その持ち主も性転換しちゃってたりして」
双葉は、笑ってそう言った。
「「いや、そんなわけ……」」
そう否定しようとして、俺たちは止まる。
突飛な発想だと思ったが、よくよく考えればありえない話でもない。
もしそれが本当なら、映真はその人と仲良くなれそうだな。
……ま、それはともかく、そろそろ寝るか……。
そう思っていた矢先、映真は、先日の図書館での話を思い出した。
「あ、そういえばさ。明後日の日曜日に、カナと万華と観己との4人で、ショッピングモールに遊びに行こう、って話になってるんだよね」
映真からのまさかの告白。
姉妹2人にとっては、寝耳に水の話だ。
2人は驚く。
「えっ?そうなの?! 映真姉ちゃん出かけるの?
それは早く言ってよ!
ていうか、カナさんだけじゃなくて、万華さんも一緒なんだ!」
「休日にお出かけかぁ……。私の高校生時代を思い出すなぁ。
ついに、映真もJKって感じだね。
……ていうか、観己も同行するの?」
「一応、映真が心配だし……」
俺がそう答える中、双葉は布団の中でキャッキャしていた。
「やった! 楽しみが1つできちゃった〜!
日曜日が待ちきれな〜い!」
((……なんでコイツが楽しみにしてんだ?))
あと1時間は寝られなさそうなハイテンションの双葉に、俺たちは疑問を抱くのだった。




