第11話 観己と映真と新学期
〈登場人物〉
・立見 照瑠・・・鏡高校の女性校長。まだ若く、生徒からも人気がある。
・今上 顕斗・・・観己のクラスの男担任。
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今日は2学期の始業式。
そして、映真の初登校の日でもある。
「スカートそわそわするなぁ……。スラックスにしとけばよかった」
映真は制服のスカートの裾を押さえながら表路地を歩いていた。
丈は膝下くらい。決して短いわけではないし、中にはショートスパッツも履いている。
だが、スカート初挑戦の映真にとってはそれは少し心もとなかった。
「少なくとも、俺は映真のスカートなんかに興味は無いから安心しろ」
俺はそうコメントするが、映真はまだ落ち着かない。
「それは俺の中身が『観己』だって分かってるから、興味が無いだけだろ。俺は外見だけだと女子の中でも可愛い部類なんだ。周りの人に下品な目を向けられたりしないか心配しとかないと」
(映真のやつ、自分で自分のこと可愛いとか言って恥ずかしく無いのかよ)
俺はそう思ったが……咄嗟に、数日前に双葉に言われた言葉を思い出した。
———「映真姉ちゃんほんとに可愛いよね! 兄ちゃんの男らしくない中性的な地味薄顔が、女子バージョンになったことで功を奏したのかな?」
くそ。双葉の発言ってなんでこうムカつくんだろう。
映真のやつ、「可愛い」の部分だけ真に受けやがったな。
(……いっそ俺も女装してみるか?)
そんな考えがふと浮かんだが、俺はすぐにその邪念を振り払った。
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高校に着いた俺たちは、まず校長室へと向かった。
「「立見校長、失礼します」」
整理整頓された上品な部屋。
立見は、奥にある机に向かって座っていた。
「片鳥君と宝生さんですね。どうぞお入り下さい」
立見 照瑠。まだ30代というかなり若い女性校長。
優しさと厳しさの両方を兼ね備えた、ミステリアスで自信に満ち溢れた性格は、彼女のカリスマ性を象徴している。
顔立ちも美しく整っており、生徒の中にも一定数のファンがいる『鏡高校のマドンナ』的存在だ。
そして、この人が校長であったからこそ、映真は鏡高校に再び通学することが可能になったのだ。
俺たちは部屋に入り、入口近くのソファに座った。
そして2人で頭を下げる。
「映真の通学を許可してくださり、ありがとうございました」
「分身などという非現実的な現象を認めていただけるとは、思いもしませんでしたから」
立見は微笑んだ。
「いえいえ。私がしたのは、通学許可とそれに関する口実作りの手伝いだけです。お礼を言うなら、あなた達の御両親にお願いします」
そして彼女は手に持っていた紅茶のカップを机に置き、引き出しから一枚の紙を取り出した。
俺と映真の検査結果に関する報告書だ。
「片鳥教授夫妻からこの書類が送られてきた時は、目を疑いました。クローンなんて存在するはずがない、と。ですがお2人は、そんな意味の無い冗談を仰るような方ではない。実際、宝生さんにオンラインで受けてもらった試験の結果は、非常に優秀なものでした。それも含めて、私は片鳥君と宝生さんが同一人物であると認めることにしたんです」
彼女は落ち着いた声で話す。
彼女の話から分かったのは、『俺の両親は人望が厚い』ということ。
立見にここまで信頼されている人物はそうそういないだろう。
そして、彼女は椅子から立ち上がる。
彼女は映真の元へ向かい、生徒証明書を手渡してくれた。
「今日から宝生さんには、片鳥君と同じ1年2組に入ってもらいます。再び高校生活を楽しんでください」
「ありがとうございます!」
映真は笑顔で証明書を受け取った。
その時、ふと映真の頭に、とある気になっていたことがよぎった。
「あ、そういえば、1つお聞きしたかったことがあるんですけど……。トイレとか着替えとかの時、俺は男女のどちらを使えば……」
「もしかして宝生さんは、自分が元男子であるということを気にしてらっしゃるのですね? それなら問題ありません。現在の宝生さんの性別は女子なのですから、普通に女子として生活してください」
立見は即答した。
「え?!でもそれは倫理的な観点だと……」
「校長の私が許可したのですから、大丈夫ですよ」
((えぇ……))
俺たちは戸惑っていたが、反論はできなかった。
まあ映真はこれから女子の生活に慣れなくてはならないのだから、立見の対応も当然ではあるのだろうし……。
気を取り直して、立見は真剣な面持ちになった。
「そうそう、最後に1つだけ。この学校の中で、あなた達が分身の関係であると知っている人物は私しか居ません。それは、分身の存在について、情報が外部に漏洩するリスクを避けるためです。御両親から話は聞いているとは思いますが、『できるだけ、誰にも宝生さんの正体を悟られないようにする』、そこだけはお気をつけて下さい」
「「……はい」」
俺たちはまっすぐに返事をした。
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映真が転校生として職員室で先生と話している間に、俺は教室に入る。
教室には既にほとんどの生徒が揃っていた。
「観己おはよう」
真っ先に挨拶してくれたのは町嶋 純。
俺は鞄を自分の机に置き、椅子に座った。
「おはよう、純。会うのは1ヶ月ぶりくらいか。元気にしてた?」
「もちろん俺は元気だけど……アイツの方がもっと元気だぞ」
純が俺の背中の方を指差したので、俺はゆっくりと振り返る。
そこに居たのは、鬼の形相で俺を睨む柳井だった。
「片鳥お前なぁ……結局あれから1ヶ月間、勉強会にも部活にも遊びにも来てくれなかったじゃんか! 連絡してもいっつも『忙しい』って言うばっかだし、一体何してたんだよ!?」
めっちゃ怒ってる。本当に元気だなぁ。
ま、柳井が怒ったところでそんな怖くはないけど。
「……俺のいとこがな、訳あって鏡高校に転校することになったんだ。それで「俺の家に住まわせてほしい」って言われたから、その準備とか作業とか色々してたんだよ」
これが、俺が事前に用意した いとこ設定だ。
だが、純と柳井はぽかんとしている。
俺が一度に話した情報量が多すぎたせいだろうか。
少ししてようやく柳井は俺の言ったことを理解し、嬉々として叫んだ。
「……えぇ転校生?!まじか!どんな人?!」
「宝生 映真って子で、俺と同い年だよ」
『映真』という名を聞き、柳井は目を丸くする。
「え……『エマ』って……女子?!」
「そう」
「じゃあ観己は同級生の女子と同棲してるってこと?! ちょおまっ、まじかよ……」
柳井は大げさな反応をする。
確かに言われてみれば、男子高校生が女子と2人暮らしというのは無理があったかもしれない。
まあ同棲というのは紛れもない事実ではあるんだけど。
そうしていると、教室のドアがガラガラと開いた。
「みんな久しぶり!元気にしてた? 今日は先生からお知らせがありまーす!」
今上 顕斗。俺たちのクラス、1年2組の担任だ。
新卒数年目の陽キャ真面目ハイスぺ男教師という、いかにも希美が好きそうな属性の男である。
「お知らせ」という言葉に、クラス全員が静かになった。
今上はそれを確認し、廊下にいる映真を呼び寄せる。
「入ってきていいよー」
映真にとっては約40日ぶりのクラスメイトとの再会なのだが、設定上は転校生。
「お……おはようございます……」
彼女は他人行儀で初々しい演技をし、教室へ入ってくる。
初めて見る女子の登場により、クラスはざわついた。
「え転校生!?」「髪すごい緑!」「声優みたいな声じゃない?」「顔可愛い!」「片鳥とそっくりな気が……」
今上は映真を教卓前まで案内する。
「なんと今日は、我が1年2組に転校生が来てくれました! じゃあ自己紹介お願いね」
映真は黒板に自分の名前を書き、みんなの方を向いた。
「た、宝生 映真と言います。八咫高校から来ました。ちなみに片鳥 観己くんは、おr……じゃなくて私のいとこです。2学期からではありますが、今日からみなさんよろしくお願いします」
まだ女子としての口調に慣れていない感じが、映真には見受けられる。
だが、それはそれで自然な緊張感を演出できているな。
その映真を黙って見守る俺に対し、クラスの皆は大盛り上がりだ。
「えぇ片鳥のいとこ?!」「だから顔が似てるのか」「片鳥くん、転校生のこと知ってて黙ってたの?!」
今上はすぐに手を叩いてクラスを落ち着かせる。
「はーいみんな静かにー。映真さんへ質問がある人はまた休み時間の時にな。これから夏休み課題の提出とか始業式とかの説明しなきゃなんねーんだから。とりあえず明日の席替えまで、映真さんはそこの空き席を使ってくれ」
そう、俺の隣に都合良く空き席が……ということは一切なく、映真は最前列右端の空き席に座った。
ちなみに俺は最後列。俺の前と両端にはちゃんと他のクラスメイトがいる。
「よーし、じゃあSHR始めるぞー」
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始業式と学年集会が終わると、放課後には映真の周りに人だかりができていた。
学年集会で転校生の紹介があったのもあり、他クラスからも男女問わず人が集まっている。
「ねえ、宝生さんのその髪の緑って染めてるの?綺麗!」
「う、うん……」
「宝生さんって身長高いしスタイルいいね!」
「あはは、ありがとう……」
「ねえねえ、うちの部活入ってよ!」
「ごめん、それは遠慮しとこうかな……」
「片鳥くんと同じ部屋で暮らしてるって聞いたけど、それ本当?!」
「一応、観己の家に住まわせてもらってるけど、特に話すようなことはないよ……」
「俺、『柳井 珀磨』って言います!よろしくね!」
「よ、よろしく……(お前の名前くらい知ってるわ)」
「そういや、なんで宝生さんは転校してきたの?」
「実は、前の学校があまり自分に合わなくて……親の薦めで、観己がいる鏡高校に転校することにしたんだ」
「鏡高校の激ムズ編入試験に受かるなんてすごいよ! 片鳥くんも特待生だし、遺伝子って恐ろしーね!」
俺は席で片付けをしながら、ワイワイしてる映真の方をじーっと見つめる。
(あんなに人に囲まれて……。俺の入学式の時を思い出すな)
鏡高校が誇るコミュ力オバケたちの怒涛の質問にも、映真はなんとか耐えている様子だし、初日はひとまず大丈夫そうだ。
そんな俺の横に、純が歩いて来た。
「まさか、観己にあんな いとこ がいたとは……初耳だったよ」
当たり前のことだが、「俺にいとこがいる」と純に話したことは3年間で一度もない。
そのため、純だけは映真に対して若干 不審がっていた。
純に、この いとこ設定が通用するのか、些か不安はある。
「俺のいとことはいえ、長らく会ってなかったからな。映真が俺の家に来たい、と聞いた時は驚いたよ」
「へえ……。それで、宝生さんを迎え入れる準備をするために、観己は夏休み中ずっと東奔西走してたってわけか」
だが見たところだと、映真に関しては純も信じてくれているようだ。
「そういうこと。……そうだ、俺は映真に学校を案内してくるよ。純は柳井とでも先に弁当を食べててくれ」
俺は席を立ち、映真の元へと駆け寄った。
人に囲まれて動けない映真を助けるために声をかける。
「映真ー、ちょっといいか?」
すると、周りの人の目線が一気に俺に集中した。
俺は一瞬ビクッとする。
「あ、みんなごめんね。ちょっと行ってくる」
映真は笑顔のまま集団から抜け、俺と一緒に教室を出て行った。
しかし、これが原因だったのだろうか。
「……あの2人ってさ……本当にただのいとこ……?」
早速、厄介な噂が立つことになる。




