プロローグ 出会い
———もしも、自分と全く同じ記憶・人格を持った分身が現れたら、君はどう変わるだろうか———
〈登場人物〉
・片鳥 観己・・・主人公の男子。都内の進学校、鏡高校の一年生で、完璧主義者。ある日拾った宝石をきっかけに、人生が変わっていく。
・町嶋 純・・・観己の高校の同級生で、観己とは中学時代からの付き合い。真面目で気が利く優等生。
・柳井 珀磨・・・観己の同級生。娯楽が好き。
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『どうしてまだ終わってないの?!片鳥くんがあなたに任せた仕事でしょ?!』
———ごめん。俺がちゃんとみんなの進捗を確認してなかったせいで……
『あのね、私も忙しかったの!』
———ごめん。俺が優柔不断だったせいだ。膨大な量の仕事を受けちゃったから……
『忙しいのはみんな一緒!あんたに仕事を任せた片鳥くんの思いは考えたの?!』
———ごめん。俺が、全員で仕事を分担をしようって提案したから……
『片鳥はとりあえず黙ってて!』
———ごめん。俺の意思がもっと強ければ……
『ねえ……どうして片鳥君が謝るの?』
———ごめん。悪いのは俺だから……俺がちゃんとしていていないばかりに……
『ねぇ、やっぱ無理だよ!片鳥君に全部仕事押し付けるなんて……もう時間がない!』
———だから言ってるだろう。俺がやる。俺のせいでこうなったんだ。俺の責任なんだ。
『片鳥君だって1人の人間なのに!』
———あれ……なんだか……意識が……
『おい観己。大丈夫か?』
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「はあぁっ!」
底知れない恐怖に駆られて俺は飛び起きた。
いつの間にか枕は足元に転がっており、布団はグチャグチャ。
最近は朝起きるといつもこうだ。
「夏休みだってのにゆっくり寝れねぇなぁ……」
俺はブツブツと愚痴を吐きながら朝の支度をする。
今日から8月。
近年稀に見る夏の暑さのせいなのか、俺は連日悪夢にうなされていた。
それも、殺人鬼に殺されるとか、地球が滅びるとか、そんな生易しい夢ではない。
中学生の頃のトラウマを鮮明に思い起こさせる、恐ろしい悪夢だ。
俺はため息を吐きながら椅子に腰を下ろし、スマホの通知を確認した。
「……アイツらからか」
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昼過ぎ。
俺は駅の近くにある図書館へと入った。
中の自習室では、既に2人の男子が勉強をしている。
「よお、片鳥」
「観己が来る前に始めさせてもらったぞ」
柳井 珀磨と町嶋 純。俺の高校の同級生だ。
純は中学校の頃からの仲でもある。
「やあ、早かったな、2人とも」
俺も挨拶をして2人の向かいに座り、鞄から本を取り出した。
それが、柳井の目に留まった。
「ん? 片鳥のそれ……夏休みの課題でそんなんあったっけ?」
柳井に指摘されたので、俺は表紙に書いてある文字を指差した。
「あーこれか。大学入試対策の問題集だよ」
大学、という言葉を聞いて、柳井は目を丸くする。
「大学? まだ高校一年の夏なのに早くね?」
「授業の復習や予習に役立つんだよ」
「へぇ……」
すげー何も解けん、と言いながら、柳井は問題集のページをパラパラとめくって読んだ。
一方の純は視線を移すことなく、塾の課題に集中している様子だ。
お気楽で娯楽好きな柳井と比べて、純は絵に描いたような真面目。
かけている眼鏡がさらに堅実なイメージを強めているが、純はこう見えて考えが柔軟で気も効く優等生だ。
「お前ら2人ともさあ……どうしてそんな真面目に身を削ってまで勉強すんの? 俺まだいっぱい課題残ってんだけどぉ〜ムリ〜」
宿題を終わらせる気があるのかないのか、柳井はそのまま机に突っ伏す。
そんな柳井の様子を気にかけて、純は問いに答えた。
「俺は医者を目指してる。勉強してるのは、その夢を叶えるためだよ。身を削ってるなんて、決してそんなことはない。勉強したいから勉強してる、それだけ」
「いいなぁ。俺もそんなかっけーことに言えるようになりてぇ」
柳井は大きなあくびをした後、今度は俺の方を向いた。
「片鳥の方はどうなんだ?」
……俺か?
俺が努力を続ける理由……
「理想の自分になるためだよ。俺は自分自身に失望なんてしたくない。……さ、分かったなら柳井も宿題の続きやりな」
「えっ、ちょ……じゃあとりあえず一旦おやつ休憩するというのは……?」
「まだ14時過ぎだぞ。あと1時間は辛抱しろ」
「えぇ……」
柳井が必死に課題に抵抗している中……町嶋は、じっと観己の顔を見ていた。
まるで、観己を心配するかのような目つきで……。
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午後6時。
窓の外に夜の気配を感じた柳井は、せっせと荷物をまとめ始めた。
「暗くなってきたし、今日はそろそろ解散すっか。明日は遊びにでも行く?」
明日か……そういえばと思って、俺はLINEを確認する。
「あーごめん。明日は妹と姉ちゃんがうちに遊びに来るって言ってたわ」
それを聞いて、まじかぁ、と柳井はあからさまに肩を落とした。
まあ、柳井なら遊び相手の1人や2人くらいすぐに見つかるだろうけど。
町嶋も「俺もパスで」と柳井の誘いを断る。
そして、俺に質問をした。
「そういや、観己んとこの姉妹って神奈川住みだっけ?」
言われてみれば、町嶋に俺の姉妹の話をするのは久しぶりな気がする。
「ああ、神奈川の実家に住んでるよ。うちに来るのは1ヶ月ぶりかな……」
俺は現在1人暮らし。
都内でもトップレベルの偏差値を誇る鏡高校へ通うため、春に実家を離れたのだ。
実は、通っていた中学校も鏡高校の近くで、当時は毎朝電車で通っていたのだが……時間はかかるわ非経済的だわということで、高校進学をきっかけに俺は引っ越しを決めたのだった。
休みの日には定期的にこうやって、中学生の妹と大学生の姉ちゃんが俺の家に遊びに来ている。
「じゃあまた空いてる日があったら連絡しろよー。特に片鳥な」
柳井は手を振りながら駅の中へと入って行く。
俺と町嶋もすぐ解散し、帰路に着いた。
いつもの何気ない帰り道。
しかし……俺はここで、人生の大きな転換点を迎えることとなる。
「……ん?」
自宅のアパートの近くの路地。
何かが俺を呼ぶような気配を感じて、俺は歩みを止めた。
すぐに辺りを見渡す。
確かに人通りはそこそこあるが、俺に声をかけたような人は誰もいない。
俺は、ゆっくりと視線を右側に移した。
そこに伸びているのは、誰も通らないような狭く暗い路地裏。
その先に、独り光る小さな翠緑の『何か』を見つけた。
「…………なんだ?」
それは、俺が一歩、また一歩近づくと、より一層輝きを強めた。
プラスチックでも、石なんかでもない。
宝石だ。
宝石にしか作り出せない独特な光彩だ。
まるで、俺の心の底まで見透かされているかのような輝き。
俺はその輝きに吸い寄せられるように手を伸ばし、無意識のうちにそれを拾いあげた。
不思議な感覚がする。
魂が吸い寄せられるような奇妙な心地だ。
そして、俺はしっかりと宝石を拳の中に握りしめ、思い出したかのように再び家へと向かった。
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「ただいまー」
誰もいない部屋の中に家主の帰宅を告げ、俺は床に座り込む。
今夜も暑くなりそうだな……と、熱帯夜を予測するニュースに辟易しながら、リモコンを手に取りエアコンの電源を点けた。
「……にしても、なんであんな所に宝石が……」
俺はその宝石を机に置いて覗き込む。
「路地裏を通った誰かが落としたのか……?」
こんな綺麗な宝石を持ってて、さらにそれを失くすような持ち主だ。
どんな人物なのだろうか。
彼は今どうしているんだろう。
ちゃんと返してあげるべきなんだろうけど、そもそも持ち主がちゃんと見つかるのかどうか……。
「とりあえずは俺のお守りにでもするか」
そう決めて俺は寝室の窓枠に宝石を置き、その日の晩を過ごした。
その夜は、なぜかぐっすりと深く寝ることができた。
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「ブーッ」
(……俺のスマホの……通知音か……)
「ブーッ」
(……なんか久しぶりに……よく寝たような……)
俺はうっすらと目を開けた。
窓から差し込む陽光が部屋全体を照らしている。
もう9時を回っているだろうか。
だとしたら、そろそろ姉妹が来る時間だ。
俺は仰向けのまま、スマホを取ろうと右手を伸ばした。
枕元に置いていたスマホだ。
それの上に手を置いたとき、俺はすぐに違和感を感じた。
その指先に、スマホではない『何か』を触る感触があったからだ。
温かく、柔らかく、すべすべで……そして、動いている。
「…………誰の手?」
俺は急いで上体を起こした。
そしてすぐに右側を確認した。
そこにいたのは……
(……女の子!?)
見知らぬ女子だった。
彼女も起き上がり、驚いたような表情で俺を見ている。
目が合ったが、しばらくなんの言葉も出なかった。
見たところ俺と同い年くらいだ。
長い髪や透き通る瞳は、緑がかっていて美しい。
さらにしかも、なぜか服を一切着ていない。
誰だ? いつ、どうやって、何の目的で俺の家に入ったんだ? なんでさっきまで平然と裸で寝ていた?
次から次へと疑問点が湧き出てきて、キリがない。
まずは正体を聞き出さないと……そう思ったところで、先に彼女が口を開いた。
「え……なんで俺がもう1人いんの……?」
俺は耳を疑った。
何を言ってるんだこの女は。
彼女は、確かに今『俺がもう1人いる』と言った。
でも今ここにいるのは、君と、俺・片鳥 観己の2人だけだぞ。
幻覚でも見てるのか?
「……どういうこと? 俺は片鳥 観己。君とは性別も違うけど……」
俺が名を名乗ってから、少し間が空いた。
「性別が……違う……?」
彼女はそう呟きながらゆっくりと視線を落とし、そして自分の身体を確認する。
「え……え……女になってる!?」
部屋中に響く大声。
俺は思わず耳を塞いだ。
……おかしい。さっきからこの女の言動が不可解だ。
『俺がもう1人いる』とは?『女になってる』とは?
どういうことだ?
「君は一体……」
そしてその奇妙な点は、彼女の口から震えるように放たれた一言で線になった。
「俺……俺は片鳥 観己だよ!」




