フォルネウス星着陸
大気圏を突入した時点で船の瓦解は始まった。
分厚すぎる大気によって受けた衝撃が船の先端をへこませ、さらに摩擦熱が装甲まで次々と剥ぎ取りにかかっているのだ。
ガタガタと船は痛みに悲鳴を上げているかのような、嫌な振動を続けている。
俺は俺のせいで地上に辿り着く前に船は炎上すると歯噛みしたが、しかし、重たくねっとりとした空気は制御できずに落ちていく船のハーネスの役割もした。
つまり、船は速度を上げて真っ逆さまに落ちていくどころか、ゆっくりと、まるで母なる手の平で支えられて地面に降ろされていくかのごとくの墜落だ。
おかげで俺達は船の損傷は大したものだが、船員全員がこの世を儚むことなしに、この悪魔の土地に辿り着けたのだ。
いや、悪魔の土地と言うよりも、地球という星があった時代のホラー小説の深淵の世界と言った方が正しいだろう。
深海という人の立ち入ることのできない深淵なる恐怖の世界だ。
艦橋のモニターには、大きな蛸足のような触手を持った軟体生物が、パレードのネオンのように体中を光らせながら俺達の船を見下ろしている光景が映し出されているのである。
「少佐。」
「戦闘隊員は機械鎧の装着と白兵戦の準備。その他は戦術車両に乗り込んでの船からの離脱だ。」
「船を見捨てるのですか?」
「あれに見守られながら残りたいか?」
「いえ。ですが今後の事を考えますと。」
「そうだね。船の見守りにランベルト以下三名とダニエル達は残そうか。」
「お断りです。残すならエスペランザとジム、そしてアシュレイにフォーではいかがでしょうか。」
俺とワッツの会話に割り込んで来たのは、長身でほとんど坊主に髪を刈り上げている女性士官のダニエル・リンドン少尉である。
銀色に染められた髪に紫がかった青い瞳でとてもクールビューティなお方だが、俺にはまとめられない部下をまとめて下さる得難い方でもある。
ワッツも兵士をまとめるが、彼の方法は昔ながらの恐怖政治に近い。
男性兵士はワッツのやり方でいいが、総員十六名のうち六名の女性兵士は脅えるどころかパワハラで訴えるだろう猛者達なので、ダニエルという人物はとても大事なのだ。
しかし、今回の彼女の提案に俺は大賛成でもあるが、彼女に名指しされたエスペランサはコンソールから大不満でしかないと瞳で俺に訴えていた。
彼は裕福な実家を持ち、その恩恵で学歴も高い好青年な上、兵士としては理想的な見事な体躯までも持っている。
しかし、その神々しい体がかすむほどに頭の方が優秀であり、どうして兵士なんかやっているのだろうと俺が首を傾げる人物であり、そして、そんな彼はアシュレイが大の苦手だ。
彼女は一日でも早く寿退社がしたくて堪らないという人物なのだ。
彼女にとって優良物件らしき俺とエスペランサは、彼女のセクハラギリギリな性的アピールに日々追い詰められているのである。
「では、エリザベスとフォーにします。」
「ありがとうございます!リンドン少尉!」
喜びに両眼を輝かせたエスペランサと違い、俺は大きく舌打ちの音を立てた。
「まぁいい。時間がない。それで決行だ。あれが動く者を追うならば、船から一先ず引き離せるかな。無理だったらエスペランサ達も船から逃げろ。とりあえず、俺達の目的地は人里だ。この沿岸を伝っていけば街へは二日って所か?」
ワッツは俺の言葉に即座に反応して部下達を準備に追い立て始めたが、副官として俺に一言物申す事も忘れてはいない。
「えぇ、あなたがどうしてその街のもっと近くを目指して落ちなかったのが腑に落ちませんがね。」
「そこの近くに落ちて住人を巻き込んでの死傷者を出しても困るし、住人が俺達に敵意しか持っていなかったらもっと困るでしょう。」
俺のこの星の住人への気遣いについて、ワッツは賞賛どころか呆れたように目玉をぐるっと回した。
「こんな遠くに落ちても、結局はそこを目指すのでしょう。敵意を持たれていたら迎撃準備万端の彼らに対応しなければいけないのですから、もっと大変になるでしょう。」
「私も中尉と同意見です。敵意も関係なしに最初に制圧してしまえば良いのです。私達は現在正規兵ではないただの逃亡者なのですから。」
「はぁ。血の気の多い人達は怖いね。歩きながら状況を見れるし、俺に考える時間も頂戴ってこと。さぁ、俺達も急いでお着換えしよう。出るぞ。」
ワッツはあからさまな溜息を俺に見せつけ、そして船員が俺よりも脅える、いや、俺こそ脅える地獄の親玉の声を出して俺の指示を全員に伝えた。
機械鎧が簡単に装着できる鎧で助かった。
操縦席に滑り込む形の、人間が四メートルの大きさに変わることのできる、元は工事現場や鉱石採掘用の自走型マニュピレーター制御装置でしかないが、最近はそれに装甲を施して武器を持たせての戦車代わりだ。
戦車と違って二本の腕に鉾と巨大な機械銃を携えて四つの足で歩行するというものだが、その形状がヤシガニに似ていることからバーガスと呼称されている。
速度が時速四十キロ出ればよい程度の乗り物でもあるが、戦車代わりとなるべくどんな悪路でも進むことが出来るという優れものでもある。
俺がシートに座り込むと俺を待っていたかのように室内灯が灯り、しかし俺が操縦桿を握った途端にそれはすぐに消え、その後は俺を囲むモニターが格納庫の内部を映し出した。
外に出れば、このフォルネウスという世界を映し出すことだろう。
重金属を含む死の空気だと知らなければ、目の前に巨大な軟体触手持ちの化け物さえいなければ、南国の海岸線にしか見えない緑の木々と白い砂浜に青く広がる海という素晴らしい世界だ。
「少佐!俺の飛行機はこんな空じゃあ飛べませんよ!」
俺の世界に闖入して叫び声をあげたのは、軽飛行機乗りのジョッシュ・ドローである。
金髪に緑色の瞳をした絵になる男は外見通りに彼なりの美学があるらしく、絶対にオートメイルに乗ろうとはしない。
まぁ、地上を這う部隊として上空から援護する者が必要なので、彼の美学を大事にしてはいるが、本日はこの事態である。
「お前も今日はスーツを着込め。今日は仮装パーティの日なんだよ。」
「俺はそれの操縦が出来ませんって!」
俺は自分の右手が握っているジョイスティックと左手が置かれている大き目のトラックボール、そして、エルゴノミクスキーボードを眺め、ドローが苦手なのはキーボードなのだろうと当りをつけた。
人間工学に基づいた人間に負荷を与えない形状のされたキーボードであるが、キーの配置が独特で誰も覚えるどころか俺の部隊の誰も使う事もしないものだ。
しかし俺は他の隊員のプライドの為にそれは使わないからとドローに伝える代わりに、別の言葉を彼に伝えていた。
「それなら仕方が無い。今日はお残りだ。ランベルトに鍛えてもらえ。」
ドローのげげっという声が聞こえ、回線では他の部下達のドローへの卑猥な揶揄い言葉と嘲笑が飛び交った。
「俺はワッツさんの車に乗ります!」
ワッツの乗るキャタピラー付きの小型装甲車にドローが乗り込み、俺の機体にワッツからの回線が開いた。
「いい加減にあなたにこそこっちに乗って欲しいのですけどね。」
俺はこの愛機、ガラテア、他の機体よりも白を強くしたメタルグレーに塗り替えられたこの機体によって名を成して少佐になったという純粋な兵隊なのだから、実戦においては誰よりも先頭に立ちたいと考えている。
「俺はね、目が悪いの。前線の真ん前に出ないと状況が見えないからさ、頼むよ。」
「危なくなったら、あなたの機体を破壊してあなたを回収するようにリンドン少尉には伝えております。どうぞ、ご無理をなさいませんよう。」
お前が一番の無茶ぶりだろうが!
俺はワッツに返事をせずに乱暴にマイクを指先で叩くに留め、それから初めての星に初めての一歩を踏み出した。




