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事件現場は郊外にあるごく普通の一般住宅であった。
ここいら一帯は土地が余っているうえに、州当局の計画的な区画整理のおかげで世帯当たりの割り当て面積が非常に大きい。
住宅地には大型の家屋が多く、隣の家も数十メートルは離れている。
ゆとりある生活空間は緊急の事件や事故の際、少々厄介なことになる。
消防や救急、そして警備の配置がどうしても遅れてしまう。
つまり、司法官が現場に到着するころには大抵の場合、手遅れになっていることが多い。
「ひでぇな……」
現場に到着して開口一番にそうつぶやいたのは、音標マルトだった。
弾痕で穴だらけになった門扉をくぐって家の中に入ったぼく達を出迎えたのは、射殺体だった。
玄関口で横たわっているのは、白髪交じりの男の死体だ。
小口径の高速弾でしこたま撃たれたらしく、全身穴だらけだ。
遺体の傍にはぼくたちに先行して邸内に侵入していた、鑑識用ドローンがいた。
レーザーセンサーで死体をサーチし、生体データを採取している。
指紋。掌紋。網膜――生体データを〈グノーシス〉のデータバンクの中にある登録市民の個人情報と照らし合わせ、死体の身元を割り出す。
『被害者は花畔シラク(65)。国家資格を持つやかん職人です』
「やかん?」
〈グノーシス〉の報告には聞き慣れない単語があった。
待機労働者センターの労働学習で、一通りの教養は身に着けているはずだが『やかん』などという言葉は知らなかった。
「金属製の調理器具だ。お湯を沸かしたりしたりするときに使う。ほら、そこにあるのがそうだ」
比羅夫オシノはそう言って棚を指さした。
靴箱の上にある棚には、金属の光沢を放つ奇妙な物体が並んでいた。
その一つを手に取り、馬主来アミコはしげしげと見つめた。
「……やかんなんてはじめて見たわ」
それはぼくも同じだった。
お湯なんてものは蛇口をひねれば出てくるようなものじゃないか。いちいち火にかけてお湯を沸かすなんて面倒なことをする必要がどこにある?
「まあ、今時やかんなんて使う奴なんていないだろうさ。こういった形状の金属加工品は、機械で大量生産することが出来ないらしい。一つ一つ、手作業で作るほか無いってわけさ。今となっては技術の消失を防ぐため、美術工芸品として僅かな量がつくられているだけさ。国家認定のマイスターの作品だからな。結構な値段で取引されているらしいぜ」
つまり、誰も使わない道具を作らせるため、国は税金使って職人に作らせているってわけだ。
昨日までニートやっていたぼくが言うのもなんだけどさ。これって税金の無駄遣いなんじゃね?
文化保護の在り方に複雑な思いを感じていると、突如、横に居た長留内ルチエが口を押えて駆け出した。
「どうしたの、彼女?」
「死体を見て気分が悪くなったんだろう。彼女、繊細だから。昨日もあの後、ふさぎ込んでいたみたいだからな」
そう言うと、比羅夫オシノは咎めるような眼差しでぼくを見る。
……あ。ぼくのせいでしたか。スイマセン。
「まあ、大丈夫だろう。とりあえず彼女は抜きにして、俺達だけで現場検証を始めよう」
「現場検証って何をすればいいわけ?」
「まあ実際、俺達にやる事なんか何もないんだけれどもな」
苦笑すると、音標マルトは傍らの鑑識用ドローンを叩いた。
「証拠集めから死体の運搬・清掃まで、この鑑識用ドローンが全部やってくれる。集めた情報は〈グノーシス〉が分析。犯人を特定してくれるってわけさ」
円筒形型の鑑識用ドローンを操っているのは、機械整備担当の音標マルトの役目だ。
邸宅内にはすでに複数の鑑識用ドローンが展開していた。
既に三体の遺体を発見しており、身元の照会も終わっている。
銃創。薬莢。足跡などの証拠集めも順調に進んでいる。
〈グノーシス〉すぐにが犯人を割り出してくれるに違いない。
「俺達の仕事はその後。犯人の追跡と確保、ないし処分だ」
「処分?」
「殺すって事さ」
うわ。さらりと物騒な事を言いやがる。
「著しく公共の利益を損ねる犯罪者は市民権が剥奪される。速やかに処分しなければならない」
「ただ黙って指示に従っていればいいと言うものでは無いわ」
挑みかかるような調子で馬主来アミコが再び話に割り込んできた。
この女が話に加わると、場が刺々しくなるんだよな。
「機械と変わらないわ。人間にしかできない仕事を」
「と言うと?」
「犯人の動機について推測してみましょう」
いきなり動機から入るのかよ!
この女は慎重派のくせに、肝心なところで雑なんだよな。
「まず疑うべきは、テロね」
自信たっぷりな様子で、突飛なことを言いだした。
「被害者は国家認定のマイスターよ。これは明確な体制に対する反逆行為だわ。」
やかん職人を殺害するテロリスト。
……ある意味怖いな。
「可能性があるとしたら〈オーバーサイト〉ね。あいつらは、管理局を目の敵にしているから。あとは管理局の農業政策に不満を持っている〈農村ゲリラ〉。それから……」
「いや、いくらなんでも発想が飛躍しすぎだろう」
止め処なく暴走する馬主来アミコを、さすがに見かねたのか音標マルトが止めに入る。
「難しく考えすぎなんだよ。この荒っぽい手口から見て、押し込み強盗じゃないか? マイスターだったら、金も持っているだろう。金目当ての物取りだよ」
「いや、それは無いだろう」
マルトの意見を、比羅夫オシノは即座に否定する
「この家を見る限りさほど裕福な暮らしぶりでは無いようだ。やかんなんて右から左に売れる物じゃないからな。家族四人、国から支払われる給付金だけで細々と暮らしていたのだろう。金目になりそうなものと言えばやかんだが、この通り、手つかずで放置されている」
「じゃあ、お前はどう思うんだ?」
「考えられる可能性としては、地位だな。マイスターの称号を得れば国が生活の一切を保障してくれる。弟子たちがマイスターの地位を奪うために師匠を殺害したというのは良くある話さ」
「それならば怨恨と言う可能性も出てくるわね。職人の世界は閉鎖的ですもの。気の短い連中も多いし」
「無理心中ってのはどうだ? 犯人は主人で、家族を皆殺しにした後で自殺したっていうのは?」
「ふむ、面白いな」
それぞれが好き勝手な憶測を口にする。
こいつら、推理ゴッコを完全に面白がっていやがるな。
証拠が出そろってない状況で、推測を並べ立てても憶測にしかならない。
話が平行線をたどり始めた所で、不意に音標マルトが僕に話を振って来た。
「おいニート、お前はどう思う?」
「ぼく?」
不毛な探偵ゴッコに興味はなかったが、意見を求められたら答えないわけには行かない。
少し考えて、自分の意見を口にする。
「理由なんてないんじゃない?」
「何だって?」
「この犯行には計画性がまるっきり感じられない。監視カメラに姿を取られているし、指紋や靴跡まで残っている。つまり、証拠を隠蔽するつもりが全くないってことさ」
「つまり、精神異常者による快楽殺人だと言いたいのか?」
ぼくの意見を要約してくれた比羅夫オシノに、しかしぼくは首を振る。
「そう言うのとも違うんだよな。殺人を楽しむつもりならば銃なんか使うはずがない。もっと……。なんて言うか……」
なんだろう。うまく説明できないや。
やっぱこういうディベートとか苦手だよ。
思ったことを口にするのって本当に難しいよね。
「ニートらしい答えよね」
言いよどむぼくを小馬鹿にするように馬主来アミコは笑った。
この女は一々ムカつくよな。
ぼくを挑発しているのはわかっているが、それでもどうしようもなく怒りがこみあげてくる。
「物事にはね、必ず理由っていうものがあるものよ。原因があって、結果がある。証拠一つ一つを精査し、因果関係を突き止める事こそが、犯罪捜査の最終的な目的じゃない」
やれやれ、と呆れたように頭を振ると、
「〈グノーシス〉からの指令です!」
突如、ぼく達の元へ長留内ルチエが駆け寄ってきた。
どうやら落ち着きを取り戻したようだ。
さっきまで青ざめていた顔も血色を取り戻していた。
「犯人の特定が終了しました。至急、追跡に向かうように」