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方法を知る者が職を得る。その理由を知る者が彼らのボスとなる。
〈ラルフ・エマーソン〉
§
早速、翌日から実地研修が始まった。
実地研修は研修生のみで行われる。
待機労働者センターで出会った四人の研修生と一緒に装甲トラックに乗りこみ、ぼくはパトロールに出動した。
装甲トラックの中はちょっとした移動基地って感じだ。
机に椅子にパソコン。
会議用に大型モニター。
捜査に使う各種ドローン。
捕えた犯罪者を閉じ込めておく檻まで用意してある。
オートクルージング機能付きの装甲トラックの中でぼくは司法官の装備一式を受け取った。
まずは司法官の制服である戦闘服に着替える。
支給された戦闘服は防弾素材でできた最新のものだ。ダイバースーツのような機密型で、スーツ内の空気を抜くとぼくの体にぴったりとフィットするようにできていた。
その上からポケットがいっぱいついたタクティカルベストをはおり、グローブとブーツを着用すれば戦闘装備一式の装着が完了する。
「どうだ?」
着替えを終えたぼくにそう訊ねたのは比羅夫オシノだ。
彼はこの班では武器装備担当らしい。
慣れない戦闘服に悪戦苦闘するぼくの横で着替えを手伝ってくれた。
「……ちょっときついかな」
「そのくらいが丁度いいんだ。余裕があったりすると動きが阻害される」
着替えが終わったぼくに、比羅夫オシノは次々と装備を手渡す。
バイザー型のモバイルモニター。骨伝導型マイクロフォン。携帯端末、等々。
それらを納めておくベルトとポーチを身に着けると結構な重量になる。
次に武器を手渡してくれた。
戦闘服とは対照的に、武器の方は古臭い構造の代物だった。
この手の銃火器はここ数百年、全くと言っていいほどに進化しない。
殺傷能力のある光学兵器は既に実用化の段階にあるのだけれど、あまり普及はしていない。
コストや信頼性の面において現在の科学力を以てしても火薬発射方式を上回ることはできないらしく、一部の無人兵器に装備されるだけにとどまっている。
その分、銃に取り付けられたオプション装備の方は進化している。
「なんでこんなにごちゃごちゃくっついてんの?」
「光学サイトに、レーザーポインター。射撃制御スタビライザー。指紋認証システム付きグリップ。衝撃緩衝ストック。抑音器は状況に応じて使用する」
比羅夫オシノはライフルに取り付けられたモジュールの一つ一つを丁寧に説明してくれた。
新素材を用いたアサルトライフルは極限まで軽量化が進んでいるにも関わらず、ごてごてと取り付けられたオプション装備のせいで重量は従来型の物より重くなっている。
「取っちゃっていいかな、コレ? じゃまだよ」
「駄目だ。この銃は〈グノーシス〉とリンクしている。自動的に目標を補足。距離測定から弾道計算まで全て〈グノーシス〉がやってくれる。発砲すると〈グノーシス〉が管理している。おかげで友軍の誤射も防いでくれるし、発砲の正当性を巡ってトラブルが起きることも無い」
つまり、射手は引き金を引くだけの存在ってわけだ。
ぼくの射撃技術を披露できないのはさみしいが、便利な物であることに違いない。
同じく、ごちゃごちゃとアクセサリーが付いたハンドガンを受け取ると、腰のホルスターにねじ込んだ。
最後に、比羅夫オシノは一振りの日本刀をさしだした。
「なんでカタナ?」
鯉口を切ると、滑らかな曲線を描く鞘から銀色の刀身が現れる。
まぎれもなく古式ゆかしい日本刀であった。
最先端兵器の締めくくりにしては、あまりにもアナクロな武器である。
「司法官の標準装備だ。銃が使えない状況に陥った時に役に立つ」
「銃が使えない状況ってどんな状況さ」
「知らん」
「白兵戦武器ならば、もうちょっと小型のやつ無いの? ナイフとか」
「無い」
比羅夫オシノのぼくに対する態度は事務的で素っ気ない。
初日だと言うのに職場内の人間関係は最悪だった。
まあ、無理もない事だよね。
先日、同僚をぶっ殺した男が入れ替わるようにその場に居座っているんだから。
同時に、彼らはぼくの存在に怯えていた。
何の逡巡も無く人を殺せる、ぼくを恐れていた。
音標マルトはドローンの整備、長留内ルチエ自分たちの作業に没頭することでぼくを完全に無視していた。
比羅夫オシノも装備担当としての義務は果たすが、それ以上の事をするつもりは無いらしい。
一通り装備の説明を終えると、自分の席に戻ってしまった。
「まったく、何でこんな奴が司法官なんかに!」
腫物に触るような扱いで接する班員たちの中にあって、馬主来アミコだけは嫌悪感を露わにしていた。
敵意むき出しでぼくに噛みついてきた。
「あたしたちは最難関の司法官試験に合格したエリートなのよ! それがこんな待機労働者センター出身のニートなんかと一緒に仕事をするなんて屈辱だわ!」
馬主来アミコは努力家で、向上心旺盛な女のようだ。
自分を高める為にあらゆる投資を惜しまない反面、その見返りは必ず回収しようとするタイプだ。
つまり、ぼくのようなニートとは全く逆の性質の生き物っていうわけだ。
「ねえ、聞いているの? あなたの事を言ってるいのよ!!」
「あ、うん。聞いているよ」
「そもそもあなた、司法官の仕事っていうものを理解しているのかしら?」
「うん、大体」
司法官って言うのは、要するに昔でいう所の警察組織だ。
現在、この国の司法体系は〈グノーシス〉が一括管理している。
裁判官や検察、弁護士などの業務は〈グノーシス〉でもできるが、さすがに警察業務までは兼任出来ない。
犯罪の捜査と逮捕は人間の役目だ。
「司法官っていうのは、法の最高執行者よ。その職務は困難かつ過酷で知られていて、エリート揃いの管理局職員の中でも、場合によっては〈グノーシス〉に成り代わって独自の裁量権も与えられているのよ」
司法官の業務を誇らしげに語った。
公務員特有の傲慢さがにじみ出ていた。
「スーパーコンピューター〈グノーシス〉が管理する社会で、人間の意志が介在できる職業分野なんて限られているのよ――ねえ、あなた。働きアリの法則って知っているかしら?」
「……? 知っているけど?」
唐突に彼女は話題を変えた。
「働きアリの組織の中で、支配階級にいるのは全体の二割程度しかいないのよ。残りの八割は、二割の支配階級の命令に従うだけの奴隷階級でしかないのよ」
「……そういう意味だったの?」
「どういう意味だと思っていたの?」
「いや、別に。……それで、なんだって?」
「命令に従うだけの単純作業は仕事とは呼ばないわ。その意味を理解し、実践することが仕事っていうものよ。つまり、数ある職業の中にあって司法官こそが最も価値ある仕事だと言うわけ」
彼女の語る『働きアリの法則は』僕の聞いていたのと大きく違っていた。
うわ、何かショック。
ぼくのアイデンティティってか、レーゾンデートルっていうか、ニート生活を支え続けて来た基本理念が音を立てて崩れ去っていった気分だよ。
「どうやら、分かったようね。自分の身の程って言うものが」
うちひしがれた様子の僕を見て、北村アコは満足そうに笑みを浮かべた。
くそっ、この女、絶対Sだな。
「分かったら今後はリーダーである私の指示に従いなさい。勝手な行動はくれぐれも慎むように」
「ちょっと待って、アミコ」
モニターを見つめていた長留内ルチエが突如、顔を上げる。
得意になってふんぞり返る馬主来アミコに問いかける。
「何、その班長ってのは? そんなもんいつの間に決まったのよ?」
「ってか、何でお前が班長なんだ?」
さらに音標マルトが装備の手を休めてやってきた。
「だって、あたし意外、適任がいないじゃない」
抗議する二人に向かってさも当然であるかのように言い返す。
「この中でちゃんと大学で法学を学んだのは私だけでしょ?」
「法学なんて、何の役に立つんだよ? 法律書を丸暗記しただけだろうが」
「何てこと言うのよ! 社会の根幹をなす法的安定性を維持するには具体的妥当性に基づく法解釈が必要不可欠なのよ! そのため法曹を志す学徒は、時代に則したリーガルマインドを身に着けるために……」
「まあ、いいじゃないか。本人がやりたいって言っているんだから、やらせてやれよ」
法知識の必要性について激論を交わす二人に、オシノが割って入る。
「オペレーターの長留内は絶えず〈グノーシス〉と交信しなくちゃならないし、メカニックの音標はドローンの整備にかかりきりだ。俺も武器の管理をしなくちゃならない。この中で一番暇なのは馬主来だ」
「ちょっと! それじゃ、まるでわたしが役立たずみたいな言い草じゃない!」
「それぞれに仕事の役割分担があると言っているんだ。長留内は情報分析担当。音標は機械整備担当。俺は戦闘と武器管理担当。そして馬主来、お前は全体の指揮を。お互いの役割を尊重し、干渉しないようにすればいい。ただし――」
一拍置いて、オシノは続けた。
「ただし、チームが戦闘状態になったら指揮は俺が取る。戦闘訓練も受けていない素人の指示に従うつもりは無い。いいな?」
「……わかったわ」
オシノの気迫に押され、釈然としない様子でありながらもアミコはうなずいた。
役割分担については取り敢えず落着した。
みんなそれぞれ仕事の割り当てがあるみたいだけど、ぼくには何もない。
まあ、いきなり仕事を任されても何もできないんだけどさ。
そもそも司法官の仕事って、どういうことをするんだろう?
わからないことがあったら、すぐに上司に聞いてみよう。
報告、連絡、相談は社会人の基本だって〈グノーシス〉も言っていた。
「それじゃ、班長に質問があるんだけど」
「どうぞ」
以外にも馬主来は機嫌よく応じてくれた。
班長と呼ばれたのがきっと嬉しかったんだろう。
案外、こいつチョロイんじゃね?
「ぼくたちはこれからなにをするのかな?」
「知らない」
ぼくの質問に班長殿は自信たっぷりに即答してくれやがった。
「知らないって……」
「だってあたしも現場に出るのは始めてだもの」
なんだ、この女。
偉そうな説教しておいて、こいつもぼくと同じ新人だったのかよ。
殴りてぇ。マジ殴りてぇ。
「俺達は現在、パトロール任務に就いている」
役立たずの班長殿の代わりに説明してくれたのは、戦闘担当の比羅夫オシノだった。
「担当地域を巡回中だ。事件が起きれば〈グノーシス〉から指示が……」
オシノの説明を遮り、トラックの中に警告音が鳴り響く。
『巡回中の211に警告。西地区の住宅街に於いて殺人事件が発生。ただちに現場に急行せよ』
警告音が止まると同時にトラックが加速する。
〈グノーシス〉の自動運転でこのままぼく達を犯行現場に連れて行ってくれると言うわけだ。
何はともあれ、ぼくたちの初仕事だ。




