1-5
間抜け極まる自己紹介が済んでも、事態は一向に進展しなかった。
ま、当然と言えば当然なんだけどね。
「……で、どうするんだ?」
安足間タンジは同じ質問を繰り返した。
その額には、青筋が浮かんでいた。
「結局、時間を無駄にしただけじゃねぇか! どうすんだよ、これから!?」
「彼がニートなのは間違いないようよ」
喚き散らす安足間タンジの横で、馬主来アミコは情報検索をしていた。
携帯端末をぼくに向けて、ぼくの個人情報を調べる。
本人の断りなく勝手に個人情報を検索するのはとても失礼な事なんだ。
そうでなくても携帯を向けられるなんて気分のいいもんじゃない。
「うわ、ほんとにRPがゼロだ!」
馬主来アミコに倣って音標マルトもぼくに携帯端末を向けると、驚きの声をあげた。
RPってのはレイバー・ポイント――労働力値の事だ。
その人間の持つ労働力を数値化したもので、労働時間や納税額、保有する資格などから総合的に導き出されるんだ。
100から0までの数値で表示され、この数値が高ければ高いほど世の中の役に立つ人間って事になる。いわば社会に対する貢献度を示す指標だ。
待機労働者センターで暮らすぼくは、当然のことだが今まで働いたことなんてない。
だから、ぼくのRPはゼロのままなのさ。
「マジでこんな奴がいるんだな」
「ああ。人間のクズだよ」
唖然とする音標マルトの横で、侮蔑の眼差しで安足間タンジは僕を見下ろす。
「働きもしねぇ。税金も払わねぇ。それどころか国の施設でのうのうと暮らしてやがる。……こんな奴、ぶっ殺しても構わねぇよ!」
「人間のクズだからって殺していいわけじゃないわ。ニートでも基本的な人権は保障されているのよ」
激昂する安足間タンジを、馬主来アミコが止めに入る。
殺意をみなぎらせる馬鹿男を止めてくれたことには感謝するけど……『人間のクズ』ってところは否定しなかったよな?
「殺せば殺人罪に問われることになるのよ。言うまでも無い事だけど殺人は重罪。罪を犯せばRPが減算される」
そう。
彼女の言う通り、RPは社会に貢献した分だけ増えるけど、逆に反社会的な行動を行った場合、減算されてしまうんだ。
「特に、公務員の犯罪は厳しく罰せられるわ。RPの減量も一般人よりも多いのよ。マイナスにでもなれば、市民権がはく奪されるのよ」
市民権剥奪はその名の通り、市民権を失う事を意味する。
基本的人権を含め、この国で生存するためのあらゆる権利が剥奪される。
いわば、死刑宣告だ。
「そんなのあるかよ。〈グノーシス〉の指示に従って市民権剥奪なんて……」
「恐らくこれは、私たちの倫理観を試すためのテストなのよ。命令に従うだけならばドローンにだって出来るもの。人間にしか果たせない役目があるから司法官がいるのよ。その役目を私たちが理解しているか、そしてその役目を果たすことが出来るか〈グノーシス〉はそれを試そうとしているのよ」
「つまり、彼を殺したら不合格っていうこと?」
訊ねる長留内ルチエに馬主来アミコは深く頷いた。
「それだけじゃないわ。殺人を未然に防げなかった罪で、共犯として扱われるかもしれないわ。つまり連帯責任ということよ」
連帯責任と言う言葉に一同は凍り付く。
こういう所はやっぱり日本人だね。
自分の責任でならば周りに迷惑をかけるとなると途端に委縮してしまうんだ。
「この試験を判定するのは〈グノーシス〉よ。結果によっては、わたし達全員が不合格と言う事もありえるわ。だからくれぐれも軽率な行動は……」
「いや、その点は大丈夫だろう」
それまで沈黙を続けていた比羅夫オシノが口を開く。
「俺達は五人いる。それなのに銃は一丁しか用意されてない。弾も一発だけだ。俺達全員を対象としたテストならば、銃は人数分用意されているはずだし、弾数にも制限を設ける必要もない。つまりこのテストは行動力の有無を診るためのものなのだろう。率先して行動を起こせるか、つまりリーダーシップを執れるか否かを試しているんだ」
「つまり、このニートを殺した奴だけが合格ってわけか?」
「あるいは、殺した奴だけが不合格となる。馬主来の言った通り、判断力を診るためのテストである可能性も否定できない」
「どっちなんだよ! もう、わけわかんねぇ!」
「ちょっと待って。今、状況を整理するから」
頭を抱える安足間タンジのために、長留内ルチエは状況説明を始めた。
タブレットペンを使って携帯端末に何やら書き込んでいたものを読み上げる。
「考えられる可能性は四つに分かれることになるわ。
ケースその一、試験対象を殺害した人間だけが合格。
ケースその二、試験対象を殺害した人間だけが不合格。
ケースその三、誰でもいいから試験対象を殺害した場合、全員が合格。
ケースその四、誰も試験対象を殺害しなかった場合、全員が不合格」
何をやっているのかと思っていたら、そんな事を一々書き留めていたのかよ。
しっかしこいつら、これから殺そうって人間の目の前で、よくこれだけ冷静に分析できるな。
「で、四つのうちのどれが正解だ?」
「さあ?」
安足間タンジが訊ねると、長留内ルチエはあっさりと首をかしげる。
「じゃあ意味無ぇだろ!」
「でも、これで今後の話し合いに向けて方針が立てやすくなったでしょ?」
「だから、悠長に話し合っている暇なんて無いだろうって言ってるんだろうが! 時間が無ぇんだぞ、時間が!?」
「だから、早急に答えを出すために、状況の整理が必要なんでしょう!?」
他人任せで一向に考えようとしない安足間タンジを、馬主来アミコが怒鳴りつける。
「時間制限があるのは、私たちの判断力と決断力を見るためなのよ。限られた時間の中で理性的に判断し、迅速に決断できるかを試されているの。あんたも文句ばかり言ってないで考えたらどうなの?」
「そもそもさ、その銃に本当に実弾が込められているのか?」
唐突に音標マルトが話の筋とは全く関係ない意見を口にする。
「テストで実弾とか使わねぇだろう、普通。実は空砲で、引き金引いたら銃口から紙吹雪が出てくるってオチは……」
「そこまで疑い始めたらキリないぞ」
希望的観測が混じった意見を即座に否定したのは比羅夫オシノだった。
「〈グノーシス〉にそんな茶目っ気があるとも思えん。ここは実弾を込められていることを前提に考えるべきだ」
今まさに殺されようとしているのに、当の本人であるぼくは至って冷静だった。
内心、彼らの頭の回転の速さに感心していた。
次から次へと、良く意見が出てくるもんだ。
それでも結局のところ、全然話がまとまらないんだから意味が無い。
頭はいいんだろうけど、馬鹿だな、こいつら。
無駄に時間を費やす彼らの姿を他人事のように眺めていると、
『テスト終了まで、あと一分』
「やべぇ! もう時間が無い」
焦燥に満ちた声で安足間タンジが叫ぶ。
「考えてる時間なんてねぇ! もういい、俺がやる!」
「いいの?」
銃を構える安足間タンジに、深刻な表情で馬主来アミコが問う。
「彼を殺したらあなたは殺人罪に問われることになるかもしれないのよ? 市民権を剥奪されるかもしれないのよ?」
「構いやしねぇよ! 何もしないで後悔するよりも行動して後悔した方がいい。それとも何か? お前達がやるか?」
拳銃をくるりと一回転させると、グリップを仲間たちに向けた。
「わ、私は、人殺しなんてしたくは無いわ! いくら命令だからって」
「俺もだ。何の理由も無く人殺しなんてできるかよ」
長留内ルチエと音標マルトは慌てて首を振る。
「試験内容が理解できない以上、軽率な行動は慎むべきだわ」
馬主来アミコはあくまでも慎重論を貫くつもりのようだ。
「司法官は命令内容に対して異議申し立てをする権限は無い。命令は速やかに実行すべきだ。だが……」
命令に忠実であろうとする比羅夫オシノだったが、差し出された銃を受け取ることは無かった。
「この中で真っ先に銃を取ったのはお前だ。優先権はお前にある」
「……決まりだな」
話がまとまったところで、安足間タンジはあらためて銃口をこちらに向ける
彼の顔に浮かぶ表情から喜悦を読み取った瞬間、ぼくは確信した。
彼は――安足間タンジは、人殺しを楽しめる男だ。
〈グノーシス〉の命令だからぼくを殺すんじゃない。
殺人衝動を満たすために殺すんだ。
「恨むなよ、ニート。働きもしないでこんな所に引きこもっている、お前が悪いんだからな!」
興奮に上ずった声を、ぼくに向かってぶつける。
「真人間になって生まれ変わって来な!」
引き金に指を掛けた瞬間、ぼくは動いた。
銃を握るその手に向けて、ぼくは無造作に手を伸ばす。
弾薬の詰まった回転式シリンダーをひょいとつまみ、押さえつける。
リボルバー式拳銃はシリンダーを掴んでしまえば発射することはできない。
そして掴んだその手をひねり上げ、安足間タンジのごつい手から銃を奪い取った。
ぼくの動きは止まらない。
手品師のような滑らかな動きで、ぼくは奪い取った銃を一回転させると安足間タンジに向けた。
「…………え?」
呆然とする安足間タンジにむけて、ぼくは一瞬のためらい無く引き金を引いた。
発砲音と共に銃口から弾丸が発射される。
音標マルトが懸念していたような、紙吹雪が飛び出るようななんてことは無い。
発射された鉛弾は狙い過たず、安足間タンジの眉間に突き刺さった。
大口径の銃弾の威力は凄まじく、安足間タンジの頭部を完膚なきまでに破壊し、周囲に血と肉片をまき散らした。
「……あれ?」
驚愕の表情で、ぼくはつぶやいた。
銃を掴み、奪い取り、撃ち殺すまでの一連の動作を、ぼくはまったくの無意識のうちにやってのけてしまった。
何が驚いたって、こうして人を一人殺したって言うのに、何も感じていないと言う事だ。
頭半分を吹き飛ばされた死体を見ても、何も感じない。
驚いているのは研修生達も同様だった。
無残な姿で床に倒れる仲間の姿を、返り血を浴びて真っ赤に染まるぼくの姿を、唖然とした表情みつめる。
どうしてよいのかわからず、しばらくの間戸惑っていると天井から〈グノーシス〉の声が聞こえてきた。
『試験終了。研修生の皆さんは退室してください』
研修生たちはそそくさと逃げ出すような足取りで部屋を出て行った。
これで部屋に残ったのは僕と試験監督役の司法官だけになった。
唐突に礼文華タイシは手を叩いた。
ぱちぱちと、空々しい拍手が部屋の中に響き渡る。
「おめでとう、テスト合格だ」
「……はい?」
「改めて自己紹介しよう。私は司法官の礼文華タイシだ。合格だよ、苫務ネイト。満点と言ってよい成績だ」
事情が分からず目を白黒させるぼくに向かって、礼文華タイシは満面の笑みを浮かべる。
「あの、テストって、いったい何の……」
「司法官採用試験に決まっているじゃないか、もちろん」
ここでようやく、ぼくは理解した。
試されていたのは、あのへっぽこ研修生たちではなく、このぼくだったのだ。
「これは危機的状況に陥った際の試すためのテストなのだよ。司法官の仕事は常に危険と隣り合わせだ。冷静な判断力、素早い決断力、そして任務遂行のための不屈の行動力が要求されるのだよ」
なんだかよくわからないんだけど、この試験結果は礼文華司法官にとって満足のいくものだったらしい。
すくなくとも、目の前で命を落とした哀れな研修生のことなど気にも留めない程度には。
「いきなりテストなどしてすまなかったね。どうか気を悪くしないでくれたまえよ。君の能力について疑問の余地が無い事はわかっている。しかし〈グノーシス〉を説得するにはテストが必要になるわけでね。何分、待機労働者管理センター出身者を司法局に推薦するなど前例のない事だからね」
「ぼくが、管理局の、……司法官に?」
「そう。私は君を管理局にスカウトに来たと言うわけだ」
それはちょっと、信じられない話だった。
待機労働者センター暮らしのぼくが、公務員だって? あり得ないよ。
しかも司法官と言えばエリート集団の公務員の中でも、選りすぐりのエリートだ。
ぼくのような履歴書欄に書くことがなにも無いニートがなれるような仕事ではないはずだ。
「無論、君には拒否権がある。お世辞にも安全な仕事とは言えないからね。しかし是非とも引き受けてくれると言ってほしい。君のような人材を管理局は必要としているんだ」
その真摯な説得に、ぼくは思わず首を縦に振る。
ここまで言われちゃしょうがない。
どうやら本気出す時が来たようだね。
司法官の仕事がどんなんだか知らないけど、やってやろうじゃないの!
斯くしてこのぼく、苫務ネイトは待機労働者センターの堕落と安寧に満ちた日々に別れを告げ、実社会の荒海へと乗り出したのであった。
おおっ! なんかぼくカッコいい!




