第七話 面倒だ、爽男にしよう。
萩沙ちゃんの地球防衛軍基地潜入作戦の結果は
疲れきった足を引き擦って当て所も無く歩き回った地球防衛軍日本支部第八基地。
辿り着いたのは、どうやら訓練場の様だった。広い運動場の様な場所で、軍服姿の筋肉マン達が銃器抱えて走り回って居る。
…マジで竹槍高女に騎兵隊か?馬鹿じゃないの。
情報統制された戦時下じゃないんだ、自分で考える頭位有るだろう。
否、違うか。彼等は仕事をこなしてるだけ。考えるべきは、上の人間だ。
…何考えてるんだ、此奴等の上司は。
…ん?
あれ、何で…って、そうか。
呆れつつ眺めた隊員達の姿に思ってから、納得した。
きっとわたしを其の気にさせる為に選ばれたイケメンだけが、今迄相手をしてくれて居たのだ。だけど実際は隊員全員イケメンなんて事は無くて、ブサメンやぱっとしない人が殆どなのだ、きっと。
其方の方が好感持てるのに。
不細工なのはわたしも一緒だ。イケメンなんてわたしとは人種が違う。何を言われても白けるだけなのだ。まるでイケメンや美人には優先的に生存権が与えられて居ると言われてるみたいで。
まぁ、事実だろうけど。
中肉中背の芋い男性隊員が明らかに部外者なわたしに気付いて近付いて来た。
しまった、と思ったが、もう遅い。
咄嗟にICカードだけ掴んで隠したわたしを見下ろして、男性隊員が口を開いた。
「君、此処は一般人立入禁止区域だ。捕まりたくなければ出て行きなさい」
敬語でない少し高圧的な態度が新鮮で、わたしは目を細めた。
彼は本当に普通の人だ。宅急便でーすと笑顔で玄関に立っていても何ら違和感無い様な。きっと、歳だってわたしと大して変わらないだろう。
こんな、良く晴れた真夏日の炎天下に、機関銃抱えて走り回ってるなんて、似合わない。
「君?聞いて居るか?」
物思いに入り込んでしまったわたしに隊員さんが再び呼び掛ける。
はっとしてこくこくと頷いた。
「あ、はい、済みません。聞いてます」
謝って、困る。
何て言い訳すれば良いんだ。
目の前の隊員さんは気付いて居ないらしいが、そもそも此処にいる時点でおかしいのだ。許可の無い人間は此処に入れないのだから。
所在無さに、先刻は咄嗟に彼から隠したICカード、驚きのマスターキー率を見せる驚異の何処でもパスカード、を指先で弄ぶ。
恐らく、今頃春田さんか誰かが捕獲に動いて居るだろうが、此処でバレて捕まるのも面白みが無い。
「えっと…済みません、用事で来たんですけどうっかり迷い込んじゃって…、直ぐ出ます、御免なさい」
あんまり一緒に居て身分がバレるのは都合が悪い。
兎に角言いくるめて、彼を追い払うに限る。
「目的地は?案内しよう」
部外者にふらふらされる訳には行かないのだろう。隊員さんが提案した申し出にわたしはぶんぶん首を振った。
「大丈夫です。ひとりで何とかします」
「でも、ゲートが…あれ?君如何やって此処に入って来たの?」
隊員さんが異常に気付いた事で、暑さに因らない汗が背中を伝った。
唯の一般人なんかが持って居るはずの無い特殊なICカードを見たら、彼は一体如何思うのだろう。
自分ひとりの犠牲で地球を守れるくせに、其を放棄しようとして居る人間を前に、喩え仕事とは言えこんな装備で命懸けで地球を守ろうとして居る彼は、どんな反応を見せるのだろう。
言葉に詰って目を瞬くわたしに、隊員さんが不審の目を向けた。
「君?」
「あ…」
間抜けた声が聞こえたのは其の時だった。
顔を上げると、別の男性隊員がひとり駆け寄って来る所だった。
目の前の隊員さんと比べれば、幾等か見目の良い、其でもギリギリ中の上程度の、良く言えば好青年、悪く言えばぱっとしない男性だった。
真っ青な夏空と土のグラウンドが似合う、春田さんとは別ベクトル、体育会系の爽やか男だ。多分、年齢も春田さん位?
「来て居たんだ。御免。迷わず来られた?」
え、誰?
爽やか男は笑やかにわたしへ話し掛けた。
戸惑うわたしが言葉を継ぐ前に隊員さんに声を掛ける。
「おれの知り合いなんだ。届け物を頼んでて」
「基地に部外者を入れるのは…」
渋い顔をした隊員さんに対して、爽やか男はとんでも無い台詞を曰った。
「否、関係者だよ、此の子」
否、んな訳無いだろうが。
爽やか男の言葉に隊員さんはぽかんとして、わたしはぎょっとした。
誰かと、勘違いしてるのだろう。お願いだから、そうで在って欲しい。
しかし爽やか男は…面倒だ、爽男にしよう。爽男は更にとんでも無い台詞を吐き出すのだった。
「本部の子でね、春田二佐付きなんだ」
はぁああああ!?
何、言っちゃってんの此の人ぉ!?
「春田二佐の?」
隊員さんが信じられないと言った顔でわたしを見たが、信じられないのはわたしの方だ。
馬鹿じゃないか。馬鹿じゃないか此の爽男。
もの問いた気通り越して怒りすら滲んだ顔をして居ただろうわたしを無視して、爽男は話を進めた。
「そ。其で、春田二佐からの書類届けて貰ったんだよ。ほら、特別介護手当の…」
「ああ…」
「急ぎらしいからちょっと抜けて対応するよ。上官に伝言頼めるか?」
「ああ。わかったよ」
否、書類とか知らない。知らないから。
突っ込みたくても藪蛇になりそうで迂闊に口を挟めないわたしを置いて、話はどんどん進んで行く。
「じゃ、頼んだな。待たせてごめん。行こうか、萩沙ちゃん」
掴まれた腕と呼ばれた名前に、終わったな、とはっきり思った。
「何で、名前…」
引き擦られる様に歩き出しながら、堪えきれず呟く。
しらばっくれる方向も考えたが、何故か此の爽男はわたしが何者かを確信して居る様子なのだ。
まっっったく、記憶に無いのに。
春田さんが揃えた隊員達は実力重視らしい護衛の皆さんを除いて完璧見た目重視だった。だから、此の爽男みたいな十人並みちょい上位の奴が混じってたら、逆に目立ったはずだ。
其以外、地球防衛軍に知り合いは、技術者や指揮官、医療関連だとわからないが平隊員では居ないはずだ。居たとしても精々小学校の同級生。
なら、此の男は、何だ?
「此でも君の護衛候補だったんだよ。護衛任務に慣れてなかったのと、女性隊員を増やすべきと言う春田二佐の考慮で外されたけど、万一の時の補欠として、君の事は教えられてる」
…吁、詰んだ。
ミーティングルームらしき所にわたしを入れて扉に鍵を掛けた爽男は振り返り、それで、と首を傾げて困った様に微笑んだ。
「本来護衛に囲まれて守られてなきゃいけないはずの萩沙ちゃんが、どうしてこんな所にひとりで忍び込んでるの?」
「…」
むっつりと、口を引き結んで黙り込む。
春田さんと言い此の爽男と言い、初対面の女をいきなり名前にちゃん付けで呼ぶのは失礼だと思わないのか。
苛々する。半分八つ当たりだけど。
「…萩沙ちゃん?」
「名乗りもしない男に名前呼ばれるの、不快なんですけど」
「あ、ごめん。おれは晴史。夏川晴史。季節の夏に、河川の川、晴天の晴、歴史の史で、夏川晴史です」
「…わたしは白波瀬です」
不機嫌さを隠しもせずに吐き捨てた。
名前でなく氏を呼べと言う、牽制も含みだ。
どうにも空気が読めないらしい爽男、夏川晴史…名前も無駄に爽やかだな、は、にっこり笑って頷いた。
「うん。白波瀬萩沙ちゃんだよね。知ってるよ。それで、萩沙ちゃんはどうしてひとりで此処に居るの?」
「嫌がらせで護衛撒いて来たからですよ!」
何故か無性に苛ついて、もうどうにでもなれとわたしは叫んだ。
此の男と一緒に居る位なら、春田さんに監禁された方がマシだ!!
拙いお話をお読み頂き有難うございます
未だに恋愛色が感じられませんが
ちゃんと恋愛する予定なので!!
見限らず続きも読んで頂けると嬉しいです