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吁、無情  作者: 調彩雨
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第五話 無知は、罪だ

少し時間が飛びます

 

 

 

 現状を、少し整理しよう。


 現時点で侵略者の直接的な被害を受けたのはオセアニア大陸のみ。大陸ごと、否、大陸の下の地層ごと、ごっそり、消えて無くなって居る。

 たった、一日足らずで、だ。


 如何考えたら、そんな気違いみたいに対抗不能な相手と勝負出来ると思うのか。


 取り敢えず、徹底抗戦派の国主体で地球防衛軍が組織された。抗戦派の筆頭はアメリカとロシアで、他にも多くの国が好戦的な意向を示した。

 馬鹿じゃないかと思うのだけれど。

 対して和平派の筆頭は意外にも、と言ったら失礼かも知れないが中国で、積極的に和平交渉を行って居る。

 そんな中、日和日和(ひ よ ひ よ)帝国日本は、どっちだか決められなかったので一応地球防衛軍を持ち彼等に対抗せんと武装しつつ和平交渉をすると言う、矛盾。流石。因みに地球防衛軍日本支部は自衛隊の一部と一般から募った有志で造られてるらしい。幹部は殆ど自衛隊出身者と言う話だ。本部は…何処だっけな?なんか、どっかの都心にも海にも近い自衛隊基地を転用してたはず。取り敢えず都内ではなかった。


 んで、そんな日本だから国内でも地球防衛軍内部でも意見が割れてたりどっち付かずばっかだったりな訳だが、春田章彦二佐は、和平派らしい。其処はまあ、理解出来ると言うか、うん、賛成。


 現状を列挙してて思ったけど、要は、幕末辺りの開国攘夷(じょうい)論争を、世界規模でやってる感じだね。黒船が宇宙船で、藩が国になってるだけで。歴史あんまり詳しくないから、何と無くだけど。オセアニア大陸の消滅が、アヘン戦争かな。


 ああでも、幕末の植民地ぶん取り合戦に重ねるなら、大人しく従っても、抗戦しても、獲物側で在る地球人に待つのは地獄かも知れない。上手い立ち回り方法が、見付かれば良いのだけれど。


 今は、八月十五日。奇しくも、隷属を拒否した日本が大戦に惨敗した事を認めた其の日だ。侵略者さんが与えてくれた猶予の刻限は、十一月朔日。世界の滅亡迄、既に三ヶ月を切って居る。わたしが犠にならないかと言われてから、三ヶ月と半月が過ぎた事になる。


 三ヶ月半。此の間に此と言って特出した事は無かったと思う。


 突然付いた護衛について周りから問われたり、春田二佐の呼び方が春田さんに変わったり、何度か春田さんに連れられて地球防衛軍の隊員さん達に会ったり施設を見学したり。


 周りの視線が気にならないと言ったら、嘘になる。春田さん発案の適当な言い訳−わたしが非常に珍しい遺伝病の持ち主で、大切な検体として監視が付いて居る−を、信じた人が居るとは思えない。少なくとも、春田さんの肩書きを知って居る所長は信じて居ないと思う。

 もの問いた気な視線が何時か死を望む視線に変わるのではないかと言う恐怖は、常に付き纏って居る。




 面と向かって、死ねとは言われない。


 研究所の廊下を歩きながら、わたしは隣の同僚を見た。同僚と言っても、彼、朝日奈あさひなひとし29歳は博士研究員ではない。共同研究をおこなって居る大学に、仮とは言え席を持つ、テニュアトラック教員だ。優秀な彼はこつこつと成果を挙げ、いずれ大学の教員と言う安定した雇用を勝ち取るのだろう。未来在る若者だ。わたしと違って。


「護衛が必要ってのは理解したけど、こう付き纏われるのはなぁ…」


 朝日奈は苦笑して、背後に付き従うわたしの護衛を流し見た。


 今日の護衛は椎垣しいがきさん(36歳、女性)と、佐原さはらさん(30歳、男性)だ。基本的に男女ペアで、女性はトイレ迄付いて来る。流石に個室へは入らないけれど。無論、一人暮らしをして居る賃貸マンションの部屋にも上がり込む。ワンルームじゃなくて良かった本当に。


 付き纏われて一番うんざりしてるのは、間違い無くわたしだ。が、余波を喰らう研究所の同僚達には、本当に申し訳無いと思う。


「嫌なら、近付かないよ」


 溜め息を吐いて、肩を竦める。

 三ヶ月半、幾度も口にした言葉だ。


 友人なら会わないと言う手を取れるけれど、仕事となればそうは行かない。わたしは仕事を失いたくないのだ。せめて近付かない様にするのが、わたしに出来る最大の思い遣りだ。


 研究は弱肉強食、先手必勝の世界。研究過程を漏らされて手柄を掠め取られたら堪ったものじゃないのだ。何処の馬の骨とも知れぬ人間を引き連れた奴に、研究補佐なんざ頼みたくないと言う気持ちは良くわかる。

 だから、研究補佐を頼まれなくなっても、あから様に避けられても、仕方無い。仕方無いんだ。

 恨むべくは護衛なんか付けやがったどっかのイケメンで、研究所の同僚じゃない。


「いや、近付かないとか言うなよ。寂しいじゃん」

「寂しいって、ウサギか」

「ウサギ言うな。だってさ、護衛付きなのって、お前が望んだ状況じゃないだろ。なのに村八分とか理不尽じゃん。皆して遠巻きにしやがって。心配しなくても、大事な同僚をぼっち村の住人にしたりしねぇよ。俺が寂しいから」


 はにかんで、慰める様に頭を撫でられた。


 くっ、性格イケメンめっ。


 無知は、罪だ。


 朝日奈の一言でわたしは、救われたと同時に恐怖した。彼はわたしが彼を見殺しにしようとして居ると知っても、同じ笑顔を向けてくれるだろうか。


 今でさえわたしを避ける人達は、果たしてどんな表情をするだろうか。


 自分大事、他人なぞ知った事かとのたまうくせに、わたしは他人の目を滑稽な程恐れてしまって居た。


 他人の目が怖い位なら、先の見えない未来が怖いなら、いっその事、


「死ねば良いのに」

「其、俺に言ってる?」

「あ、ごめん。独り言」


 口癖は簡単に口を突く。


 朝日奈は呆れた顔でわたしの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。


「人と話してる時にマイワールド構築すんのやめれ」

「ごめんて。ほら、病気とか言われるとさ、ふと、死んだら楽になんのかなーとか、思うじゃん?」

「病気じゃなくても言ってるから、お前。何か辛い時はしょっちゅう言ってる」


 否定はしない。其こそ、高校時代には既に定着してた口癖だから。

 何だろう。口に出すと、楽になるのだ。本気で言って居ると言うより、そう口にしてしまう事で、其以上思考を続ける事を放棄して居るんだと思う。要は、マイナス思考停止スイッチみたいなものだ。

 死ねば良い。と言う一応の結論を出す事で、思考に一先ずピリオドを打って居る、と言う訳だ。うん。我ながら良い言い訳。考える事から逃げて居るとも言えるけれど。


「まあね」

「褒めてねぇよ」


 どや顔して見せたら、撫でて居た手でどつかれた。


 ぴくりと反応した護衛を睨む。同僚に警戒しないで欲しい。

 …まぁ、護衛の一人、後藤さん(33歳のナイスガイ)なら、朝日奈がどつこうとした時点で手を掴む位やってのけるだろう。護衛の中では一番ファニーでフランクな人柄なのだが、あの人は正直怖い。能力が半端無い。


「困ってるなら、手助け位するから」


 何処迄も人の好い朝日奈が、耳元で低く囁いた言葉に泣きそうになった。

 俯いて、首を振る。


「…大丈夫。ちょっと、焦ってるだけ。ほら、わたし、朝日奈と違って安定した職を見付けられてないから」


 国家機密だ。知られる訳には行かない。


 嘘。否、建前でも、真実では在るのだけれど。でも、そんなお綺麗な理由じゃない。


 怖いから、知られたくない。面と向かってではなくても、もしも彼から、お前さえ死ねばと思われたら。


「俺じゃ、愚痴相手にはなれないか?」

「エリートじゃん、君。嫌だよわたしにだってプライド位有るんですぅー」


 息をするみたいに嘘を吐くのは、当たり前に出来過ぎて罪悪感も湧かない。


 歪みそうな顔を誤魔化して笑って、朝日奈の背中を叩いた。


 優しい彼が豹変する様を、わたしは見たくない。






拙いお話をお読み頂き有難うございます


死ねば良いのにが口癖の残念な主人公ですが

続きも読んで頂けると嬉しいです

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