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吁、無情  作者: 調彩雨
19/43

第十八話 初めまして、今日は

マイノリティな趣味の描写が在ります

不快感を覚えさせてしまったら申し訳有りません

 

 

 

 入院生活は、滞り無く進んで居る。

 困る事と言えば、朝ご飯が出た事と、一部護衛さん達との空気が気不味い事位。

 …本当に、寝起きに固形物は食べられないんだよ。って、看護師さんに説明したら朝食がヨーグルトだけになった。有難い。薬を飲まないといけないから、せめて此だけは食べて下さいって。


 某チンピラさんはあの後、後藤さんによる教育的指導を受けたらしい。チンピラさんだけじゃなく、春田さんを除くあの場に居た全員が、らしいけど。

 他の護衛さん達も春田さんと後藤さんからわたしの扱いについて懇々と言い含められたらしく、あからさまにわたしに突っ掛かって来るひとは居なくなった。ついでに、暫くチンピラさんは、後藤さんと組まされるそうだ。


 外さないんですねって言ったら、下手に外すと情報流出が心配なのだと説明された。

 チンピラさんはわたしの名前も住所も職場も携帯のアドレスも知って居る訳で、成程其を流されたら堪ったもんじゃないなと思った。有効打だ間違い無く。


 傷口は感染症も化膿も無く、此の分なら予定通り退院して良いとの事。

 面倒だから家族には伝えてないし、職場はあの状態だから、見舞いなんて誰も来ないだろう。


 折角出来た自由時間なので積みゲーやら積み本やら持って来たけど、人に見られながらベッドでゲームに読書って、ストレス貯まるわ。何で最近積みゲーや未消化の本が増えたか、忘れてた。

 読書もゲームも、ひとりで思いっ切りオーバーリアクションでやりたいんだよ。監視付きじゃ、存分に叫んだり爆笑したり悶えたりにやけたり出来ないじゃないか。そんなの、楽しさも萌も半減だ。


 そして、其以上のストレス発生源。


「何のゲームやってるんですか?」


 そう話し掛けて来た女性隊員に覗き込まれそうになった瞬間、舌打ちして電源を落とす。

 沈黙したゲーム機を放り出し、ヘッドホンを頭からもぎ取った。


 ゲームや読書中に話し掛けられる、此の時点でなかなか苛っとするが、まだ許せる。しつこいとぶち切れるけど。本当に嫌なのは、中身を見よう知ろうと覗き込んだり、訊ねて来る奴だ。


 はっきり言って、ゲームや読書のジャンルに関してわたしは無節操だ。良く言えば許容範囲が広いとも言えるが、そんなお綺麗に表現出来るものでもない。如何言う事かと言うと、まあつまり、子供向けRPGにハマりながら輸入モノのスプラッタホラーにも手を着け、ほのぼの育成ゲームを楽しむ傍ら男性向け女性向け問わず年齢制限バリバリのエロゲーをプレイする。そんな人間なのだ。読書も同様。見る人が見ればわかるのだが、わたしの部屋の本棚には、文豪の傑作の横にエロしか無い様な同性の恋愛小説が置いて在ったりする。学術の専門書の横にライトノベルが置いて在ったりもする。薄い本も、男性向け女性向け問わず、かなりアブノーマルな設定なもの迄持ってる。

 つまり、覗かれた其の画面で汁だくの萌えキャラちゃんがあんあんしてたり、覗かれた其のページでとんでもない設定の濡れ場が展開されてたりする可能性が在るのだ。


 覗かれたいか?そんなもん。

 自分がひとよりアレな趣味なのは理解して居るし、其を知られたいとも思わないから、プレイしてるゲームや読んでる本について、触れられたくないのだ。

 良い歳した大人がライトノベルや少女小説を読むなんてって意見が在るのも、知ってるしね。他人の視線気にしないひとも居るけど、わたしはそうなれない。

 たまに、自分の好きなものを堂々と言えない自分に、嫌気が差すけどね。

 …こう言う所も、外面が良いって言われる部分なのかも知れない。周りの目を気にして、閉じ籠もって。


 長く傍に居る護衛さん達は既にわかってて声を掛けたりしない。寧ろ、わたしがゲームやら読書やらやって居ると、さり気無く離れたり視線逸らしたりしてくれる。其は其で、微妙な対応だけど。

 でも、新顔だとそう言う気遣い無い奴が居る訳だ。


 無言でベッドから足を出し、サンダルを突っ掛ける。

 ぐいーんと伸びをした後で、驚いた顔の女性隊員に首を傾げた。


「どーかしましたか?」


 ヘッドホンを着けて居たのだ。聞こえなかったで押し通せる。

 ノイズキャンセラー付きヘッドホンではないし、音量も最低限でやってるから、聞き取れたけど。


「気分転換に散歩行きたいんですけど、ほら、目の前の書店迄」


 窓から見える本屋を指差す。わたしの格好は十分丈のルームパンツに半袖Tシャツと長袖パーカーなので外出に適した格好とは言い難いが、病院前の書店位なら許されるだろう。

 駄目と言われたら屋上でも良いんだが、兎に角此の女と個室は嫌だ。読書してもゲームしてもじろじろ見て来るし、話し掛けたり覗き込もうとしたり。本っ当うざい。うざ過ぎる。何でわざわざ透明のブックカバーの上から布カバー掛けてるか位、察しろっつうんだよ。


 わたしの苛立ちに気付いたらしい佐原さんが、困った顔で此方を見る。

 済みませんと口には出さずに言ってから、改めて口を開く。


「外出されちゃうと流石に後藤さんに怒られるんで、屋上じゃ駄目ですか?一応、屋上庭園になってるらしいですよ」

「へぇ」


 昼間に外から見れば気付いたのかも知れないが、残念ながら一度目は意識が無く二度目は夜だった。


「じゃあ、屋上で良いです」


 個室に堪まりかねただけだったので、大人しく受け入れる。

 頷いた佐原さんが扉を開けた時だった。


「おにーちゃん!」

美晴みはる!?」


 廊下側の見張りとして外に待機して居た夏川晴史の腕に、ひとりの少女が飛び込んだ。

 任務中に、ランデヴーか此の野郎…!?


 怒り掛けて、気付く。パジャマだ、此の子。しかも、おにーちゃんって言ったわ。


「なんで此処に…」

「ちーねーから聞いたの。おにーちゃんが病院に来てるって」


 夏川晴史と少女の会話を聞いて、思わず佐原さんに顔を向けた。情報統制、如何なってんだ。佐原さんも難しい顔になってたから、望ましい状況じゃないんだろう。


「仕事で来てるから、困るって」

「だって、おにーちゃんなかなか来てくれないんだもん」


 肩を押されて引き剥がされた少女が、ぷくーっと頬を膨らませた。

 かなり痩せては居るが、可愛らしい顔立ちの子だ。夏川晴史も困った顔ながら、凄く愛おしげな眼差しで見て居る。

 シスコンブラコン兄妹か。まあ、境遇的におかしくはないけど。


 自分の行動がどんな意味を持つかなんて気付きもせず、単純に兄に会いたくて、彼女は此処に来たんだろう。


 溜め息を堪えて、笑みを作った。


「初めまして、今日こんにちは」


 掛けられた声に振り向いて、少女がきょとんと首を傾げた。唇が、だれ?と動く。


「夏川晴史…あなたのお兄さんの知り合いです。其処のおにーさんがあなたのお兄さんに用事らしいから、ちょっと貸してくれませんか?」


 其処のおにーさん、と佐原さんを指差す。

 状況が飲み込めてない様子の少女に、すかさず畳み掛けた。


「ご覧の通りわたしも入院中で、暇してたんです。もし、あなたが良いなら少しの間だけでも、話し相手になってくれませんか?あなたのお兄さんのお仕事はわたしのお見舞いだから、用事が終わればお話に混ざれるし」

「萩沙ちゃん…?」


 外面発動中のわたしを、夏川晴史が目を見開いて見る。

 佐原さんは頭の中で計算した結果、許容範囲と判断したのだろう。


「…岩城いわき、中頼む。砂坂すなさか一曹はドア見てろ。夏川二曹の妹さん、で合ってますか?俺からもお願いします。突然入院する事になっちゃってね、事情で友人も呼べないし、随分ストレスも貯まってるみたいなんです。良ければ、気晴らしに話し相手をしてあげてくれませんか?」

「え、あ、あたしで、良いなら…」


 岩城さんは最初から護衛だった男性、砂坂と言うのは、多分、うざい女性隊員の名前だ。佐原さんに笑い掛けられた少女は、戸惑った様子ながら頷いた。

 気が変わる前にと、病室に招く。


 痩せた腕だ。わたしとは、別の生き物みたいに太さが違う。お前が太いんだろって突っ込みは止めてくれ。わかってるから。


「食事制限とか、大丈夫ですか?」


 勧められる儘パイプ椅子に座った少女に、腐る可能性を憂いて家から持ち込んだ梨を見せて問う。


「あ、だ、大丈夫、です」

「そうですか。良かった」


 備え付けの水道で二つ洗い、要らない紙を敷いてくるくると剥く。ナイフは自前。プラスチックのお皿とフォークも持ち込んだ。食事用の収納テーブルがベッドに付いて居るので便利だ。

 一口大に切り分けてフォークを刺す。皮やヘタを紙に包み、生ゴミだろうが気にせず備え付けのゴミ箱に投入。手とナイフを洗いナイフをしまって、ベッドに戻る。

 此の間、会話零。あの夏川晴史の妹なのに、コミュ障だろうか?


「は…!?」


 減って居ない梨を勧めようと少女を見遣って、外面も忘れて声を上げて居た。


「え!?如何したの?どっか痛い?梨嫌い?」

「ち、ちがっ…ごめ、なさっ…」


 わたし何もしてないよね!?何で泣いてんの?何で泣いてんの!?

 狼狽えつつベッド脇の棚からハンドタオルを引っ掴んで渡す。


 泣く子と怒る子は苦手だ。対応に困る。


 よしよしと背中を撫でると、何でもっと泣くの!?

 え?もしかして、わたしが怖い?わたしが怖がられてんですか!?


「お、落ち着いて!?おにーちゃん呼ぶ?ナースコールした方が良い!?」

「違う、んです。ごめ、なさい…っ」


 がたんっと言うのは端っこに座ってた岩城さんが立ち上がった音だね。

 本業じゃないんだろうけど、護衛さん達護衛向いてなくね?殺意が有ったら死んでたぞ、今。


 うん。現実逃避。

 何でわたし、見ず知らずの女の子に抱き付かれてるんでしょーねー?

 右肩に、湿り気。仕方無しに腕を回して、骨の浮いた背中を撫でる。


 視線で岩城さんに、大丈夫だと伝えた。


 ぎゅうぎゅうと抱き締められて、骨々しい腕が食い込む。腕が回ってんのが上腕で良かった。流石に創傷部締め付けられたら叫ぶわ。


 密着した部分から、少女の震えが伝わって来る。耳元で響く嗚咽を聞きながら、わたしは黙って少女を撫で続けて居た。


「岩城、こうt、え?如何言う状況?」

「美晴!?何やって、」


 話し合いが終結したらしいふたりが入って来て声を上げるのを、ジェスチャーで黙らせる。

 ミハルさんと言うらしい少女は愛しのおにーちゃんが入って来た事にも気付かず、わたしにしがみ付いて泣いて居る。


 暫くミハルさんの震えが収まるのを待ってから、そっと問い掛ける。


「落ち着いた?」


 右肩が、大分だいぶんぐっしょりしてしまった。タオル渡したのにな。

 ミハルさんはぐすりと鼻をすすって、そろそろと身体を離した。


「はい…済みません」

「梨、食べれる?」


 最早敬語を使う気力も無く、フォークを持ってミハルさんに差し出した。

 林檎でなくて良かった。痛ましい色合いになる心配が無いから。


 そんな下らない事を考えて居たわたしの度肝を、ミハルさんは再び抜いて来た。


 しゃくり、と、わたしの手から離れない儘先端の梨だけ半分奪われたフォーク。


「え?」


 唖然としたわたしの前で、ミハルさんは嬉しそうにはにかんだ。


「美味しい、です」


 そうして再び、わたしの持つフォークから梨を食べる。


「ちょっと、美晴!?」


 夏川晴史の言葉は丸無視して、美晴さんはわたしの手ごとフォークを握った。

 其の儘梨を突き刺し、自分の口に運ぶ。


 否、何で。なんで!?自分で持てよ!!なんでだよ!!


 あまりの事に抵抗も出来ず、されるが儘になる。


 半ば放心状態だったわたしを救ったのは、夏川晴史だった。

 わたしからミハルさんの手を毟り取り、厳しい顔で見下ろす。


「美晴、萩沙ちゃんに迷惑掛けんな」

「ハギサさんって、言うんですか?」


 夏川晴史の怒りなんて何処吹く風で、ミハルさんはわたしに笑い掛けた。目が腫れて居る。

 ミハルさんが抱き付く時に落としたらしいハンドタオルを拾う。


「あー、名乗ってなかったですね。白波瀬しらはせ萩沙はぎさです。夏川晴史、此のタオル濡らして絞って下さい。妹さん、目ぇ腫れてるから」

「シラハセハギサさん。あたしは、夏川美晴です。夏の川に美しい晴れで、夏川美晴。美晴って呼んで下さい。ハギサさんのお名前はどんな漢字ですか?」


 夏川美晴、ね。兄に負けず劣らず爽やかネームだ。

 そして、兄に負けず劣らず押しが強い。

 名前呼びながらさん付けで敬語なので、まだ兄より礼儀正しいと言えるが。


「白い波にさんずいに頼るの瀬、植物の萩に、さんずいに少ないで沙」

「白、波瀬、萩、沙」


 美晴さんがわたしの名前を呟きながら、空中に指で漢字を書いた。


「綺麗なお名前ですね。お幾つなんですか」


 女性に歳は訊かないもんだよ、美晴さん。

 夏川晴史から濡らしたタオルを受け取って、目許に当ててやる。


「二十九。目ぇ赤くなってるから、此で冷やしてて下さい」

「有難うございます。敬語でなくて、良いですよ。あたし、二十六歳で、萩沙さんより年下ですから。でも、そっか、ちー姉と同い年なんですね」


 二十六!?見えねぇ…。

 美晴さんは小柄で華奢で、実年齢より遥かに幼く見えた。


 と言うか、同い年なんですねと言われても、知らないんだが、ちーねー。ちー姉か?つー事は、夏川晴史の、彼女?幼馴染みって言ってたし、多分そうなんだろう。わたしと同い年なのか…。


「違うよ。千明ちぎらはもう直ぐ誕生日だろ?萩沙ちゃんは五月朔日(ついたち)生まれだから、ひとつ年下」


 なんで夏川晴史がわたしの誕生日を知ってるんだ。


 胡乱な目になるわたしとは対照的に、美晴さんはぱぁっと微笑んだ。


「あたしも五月生まれなんです!五月十七日!お揃いですね!」


 えっと、生まれ月が同じって、そんな喜ばしい事かな?

 持った儘だったフォークを美晴さんが取り易い位置に置き、もう一本刺して在ったフォークを取る。

 …かなり熟して来てるな。家に置いて来なくて良かった。


 もう一切れと伸ばした手は、美晴さんに攫われた。

 だから、何でわたしの手から食べるんだ。


「美晴!」


 夏川晴史の怒鳴り声に、美晴さんの手に力が籠もった。


「落ち着いて」


 夏川晴史を睨み、美晴さんから手を取り返し、差した梨を口に運んでやる。

 少女なら兎も角、二十六歳相手に此は如何なんだ?


「何で泣いたか聞いて良い?」


 嬉しそうに梨をかじる美晴さんに問い掛けた。

 美晴さんの顔が、ぴくりと震える。


「あ、嫌なら良いよ。泣かないで」

「梨が…」


 慌てて落ち着けと手を伸ばしたわたしの左手を取り、ぎゅっと握った美晴さんがぽつりと呟く。


 梨?やっぱり、梨嫌いなのか?

 首を傾げるわたしの目を見て、美晴さんが眉尻を下げた。


「梨の、剥き方が、おかーさんと一緒で…」

「へ…?」


 ぽかーんとしてから気付く、そう言えば此の子、母親を亡くしてるんだっけ。

 梨の剥き方が母親と一緒で、だから懐かしくなった、と?


「否でも、そんな珍しい剥き方じゃ…」


 寧ろ主流派だと思うんだが。


「そんな事無いです!!ちー姉だって違うし、色んなひとが林檎とか梨とか剥いてる所見たけど、皆違ったもん!!」

「皆、割ってから剥いてたとか?でも、そんなの偶然…」

「皆まな板使うの!其に、ヘタの方から下まで全部剥くし、切り方は縦八等分だし、切り込み入れてから芯取るひととか見た事無いし!!」


 そんな、わたしのアブノーマルさを全力で主張しなくても…。

 遠い目になりかけたわたしの目線の先で、佐原さんがあー、と言う顔で頷く。


「白波瀬さんまな板使わないし、お尻から半分剥いてからひっくり返してヘタから剥くし、縦十二等分からの横三等分で、四等分して切り込み入れてから芯取ってフィニッシュだし?普通とは言えない剥き方かなー」

「癖ですから!良いじゃないですか梨の剥き方位なんでも…」


 まな板使わないのは家系で、半分剥いてひっくり返すのは其の方が剥き易いから。無駄に細かく切り分けるのは、そうしないと切ってる間に弟妹と父に食べ尽くされるからで、切り込み入れてから芯を取るのは、そうすれば一気に九切れ出来て取り合いにならないからだ。ほら、合理的。


「でも、其の条件全部満たすひとって珍しいんじゃないですか?」

「ですよね!!」


 にやっと笑った佐原さんに、美晴さんが勢い込んで同意する。

 だからそんな、わたしが凄い変人みたいに言わなくても…。


「お尻から剥き始めた時点でびっくりして、見てたら切り方迄一緒で、懐かしくて、涙出て来て、なんか、背中を撫でる感じとか、近付いた時の匂いまでおかーさんで…」


 余計に泣けて来て、ついつい抱き付いてしまったと。さいですか。

 つっても、撫で方は兎も角匂いって何だ。わたしは無臭派、


「ちょ、」

「あ、本当だ」


 徐にわたしの右腕を掴んだ夏川晴史が、其の腕に顔を近付けて目を見開く。

 嗅ぐな!セクハラか!!


「そっか、萩沙ちゃんの部屋なんか懐かしい気がしたのは、母さんの匂いの所為か…」


 だから、わたしは無臭派…って、


「洗濯の柔軟剤の匂いだ。其は」


 一人暮らしで、夜に洗濯部屋干しを良くやるから、愛用の柔軟剤入り液体洗剤の香りが染み付くのだ。部屋にも、服にも。

 あとは、シャンプーとかボディーソープとか、其の辺しか匂いの原因なんて無いし、それだって匂いがきつくないものを愛用して居る。消臭剤だって無香料のを使ってるんだから。


「柔軟剤…」


 おい、兄妹で嗅ぐな!わたしはアロマクッションじゃない!!


「…夏川二曹、セクハラすんな」

「わっ」


 見かねたらしい佐原さんが夏川晴史の襟首を掴んでわたしから引き離した。

 掴まれて居た腕が少し引かれて、するりと解放される。


「柔軟剤…だけじゃないと思うんだけどなぁ…」


 相変わらずわたしの腕を掴んだ儘の美晴さんが呟く。

 柔軟剤だって。其意外に要素無いんだから。


「えっと、取り敢えず、左腕は痛いから、離して?」


 筋肉もぶっすり行ったらしい傷は、まだ動かすと痛む。耐えられない程ではないが、ずっと持ち上げて自分を痛め付ける趣味も無い。


「え、あ、ごめんなさい」

「ううん。大丈夫だけど」


 慌てた様子で解放された腕を取り戻す。

 長袖で隠されてるから、見た目には普通の腕なのだ。普通に扱われて痛むのは、此方の事情。


「ちょっと怪我しててね。別に強く握り過ぎとか引っ張り過ぎとかじゃないから、気にしないで」

「怪我人に、皮剥きとか、させちゃったんですね…」


 しょぼーんと言う顔をする、美晴さん。否、わたしが勝手にやった事じゃんか。


「大した怪我じゃないから、皮剥き位何でも無いって。わたしが勝手にやった事だしさ、ね?」

「でも、」

「気になるなら、美味しそうに食べてよ。美晴さんの為に剥いたんだから、悲しい顔じゃなくて、嬉しい顔が見たいなー、っうわ!?」


 ハグ再び。腕を気にしたのか、今度は腕を避けてウエスト辺りに腕が回って居る。

 待て待て、太いから其処。抱き心地が良いのは認めるけど、太いから!


 つーか何でまた美晴さんは泣いてるっぽいの!?泣き虫さんか!


 助けを求めて見上げた夏川晴史迄、ちょっと泣きそうになってて戸惑う。

 え、如何言う状況…?


「…ごめんなさい。あの、今の、悲しい顔じゃなくて嬉しい顔が見たいなって、おかーさんに良く言われてた言葉で…」


 胸許で涙混じりに美晴さんが言う。服越しに息が掛かってぞわっとする。


 また母かよ!?どんだけ共通点在るんだ!!

 コントか!後藤さん居たら大爆笑だよ!!


 夏川母は美晴さんの治療費の為に頑張り過ぎて亡くなったんだったか。あー、言いそうだね。


 取り敢えず美晴さんを落ち着けようと撫でる。ほっそいなー。わたしの肉を分けてやりたいわー。


「ごめんなさい…済みません…すぐ、泣き止みますから…」

「否、泣きたいなら泣きたいだけ泣いとけば良いけどさ。泣いて疲れて寝る。其だって身体の防御反応なんだか、ら…」


 絞まってる。絞まってるよ美晴さん。

 え、何、わたしまた地雷踏んだの!?


 其の後漸く落ち着いた美晴さんと暫く話したが、飽きもせず何度か地雷を踏み抜いたらしく数回涙ぐまれ、夏川晴史に促されて美晴さんが帰る頃には、ぐったりと疲れきって居た。


「白波瀬さんって、外面が良いって言うか、普通に優しいひとですよね…」


 美晴さんが帰った後に染み染みと言われた佐原さんの感想には、額を押さえて閉口して置いた。






拙いお話をお読み頂き有難うございます


夏川妹登場回でした


続きも読んで頂けると嬉しいです

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