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五日前。フィネティアでは、シャンテシャルムとの境にある山に住んでいる魔女が騎士団を突っぱねたこと、そして、明日にでもシャンテシャルムとフィネティアが戦争を始めるだろうという噂が流れていた。ロドルフォの嫌な予感が的中したことになる。
「なにも嫌なこと予測して当てなくてもいいのにな」
バーのカウンターで何時も通りカクテルを飲みながらブランテは愚痴っぽく言った。
「また戦争なの……」
あの日から毎日ネロの店に来ているクリムは悲しげに目を伏せた。
こうして国民が嘆き続ければ戦争が始まらない世界だったらいいが、残念ながら現実はそうではない。もう、騎士団はシャンテシャルムへ乗り込み戦うための準備を終わらせてしまった。皮肉なことに、そのおかげでトリパエーゼ全体の懐が潤ったのだが。
「……ん? そういえば、クリムちゃんってどこに住んでるっけ?」
少し重くて暗い沈黙が流れてから、唐突にブランテが口を開いた。こんな時にまでナンパ紛いの発言かよ、と、ネロは呆れたように苦笑しながらも「あっちの方って言ってたよ」と北の方角を指差してクリムの代わりに答えてやった。
「そうだよな……北なんだよな……」
「それがどうかしたか? まさか、お宅訪問とか考えてるんじゃないだろうな」
「牛乳も新聞もいらないの」
冗談っぽく笑いながらネロとクリムは口々に言う。二人は、重くなった空気をブランテがなんとかしようとしているのだと思って笑った。しかし、そうではなかった。ブランテは急に真剣な顔になって短く言った。
「そうじゃねえよ、バカ」
的外れな予測をしてしまったことを知って、クリムとネロは黙った。そして、二人もブランテと同じように真剣な顔になってブランテの次の言葉を待つ。
ブランテはカクテルを一口飲んで、ため息を一つついてから自分の考えたことを話し出した。
「こっから北にちょっと行けばすぐあの山だ。実際にネロもあそこで迷子になったんだろ?」
「……ああ。うん。それで初めてクリムに会った……いや、見た?」
「ってことは、なあ、クリムちゃん。クリムちゃんの家ってもしかしてあの山ん中にあるんじゃねえのか?」
「……そうだけど?」
それがどうかしたのだろうかとクリムは首を傾げる。一方、ネロはブランテが言わんとしていることが分かったようで大声をあげた。
「戦争!!」
「……そういうこと。クリムちゃん、これからどうするつもりだ?」
「…………?」
自分のことを言われているはずなのに、二人が何を言いたいのかさっぱり分からないクリムは更に首を傾げた。いくら頭を捻っても答えは出てこない。直接聞いた方が早そうだと考えて、クリムは考えるのをやめた。
「どういうことなの?」
「……ちょっと深刻に考えようぜ、クリムちゃん。あの山はシャンテシャルムとの国境でもある。明日から戦争するかもしれないんだぜ? この町ですら戦争がどう影響するか分かんねえのに、クリムちゃんはそのまま戦争の最前線近くで暮らすつもりか? そんなあぶねえこと、俺もネロもさせるつもりはねえぞ」
「…………」
やっと話を理解したのか、それとも思考を放棄しすぎてしまったのか、クリムはポカンと口を開けた。頭の中で何度もブランテの言葉を噛み砕いて反復して、やっと二人が自分の心配をしてくれていると気付いたのは、それから数秒後の話だった。
「えっと……その、私は…………」
何かを言おうとするが言葉が見つからず目が泳ぐ。段々恥ずかしくなってきてしまったのか、クリムは何も言えないまま黙り込んでしまった。カクテルのせいか、それとも恥ずかしさのせいか、ほんのり白い肌が赤くなっている。
「とりあえず戦争が終わるまでの住処を探さないと……でも宿なんてあったっけ?」
頭をフル回転させ、トリパエーゼになんの店があったかネロは考える。しかし思い出せるのは仕入先である酒屋やパン屋、その近隣にある花屋などだけだった。
「そこで俺から素敵な提案があります」
勢いよく立ち上がってブランテは言った。その表情は今までとは一変してニヤニヤと笑っている。意地悪そうな笑みだ。
「どうせ部屋空いてんだし、ここに住んじゃえよ」
空気が一瞬固まったのは言うまでもない。




