城下町の激戦2
信じられない強さだ。
クリストファーは目の前で繰り広げられる戦いに唖然としていた。
私を窮地に陥れた、あの黒いマントの男。
あれほどの強敵が――
次の瞬間には、ジークの一閃によって、まるで最初からそこに存在していなかったかのように消えていた。
剣が振るわれたのは、確かに見えた。
だが、“いつ”“どこを”“どう斬ったのか”がまるで分からない。
気づいた時には、男の身体が崩れ落ちていた。
(……は?)
理解が追いつかない。
だが、呆然としている暇すらなかった。
ジークと女魔王は、すでに次の敵へと向かっていたのだ。
――速い。
いや、“速い”などという言葉では足りない。
二人の姿は視界に映っているはずなのに、次の瞬間には別の場所にいる。
残像だけが幾重にも重なり、まるで同時に何人も存在しているかのように見える。
剣閃が走るたび、空気が裂ける。
魔法が放たれるたび、空間そのものが軋む。
耳に届くのは、金属がぶつかり合う甲高い音と、遅れて響く破裂音。
――いや、違う。
あれは“衝撃”そのものの音だ。
龍神族の兵たちは決して弱くない。
それどころか、一人一人が歴戦の猛者であることは、構えを見れば分かる。
だが――
その全てが、まるで子供のようにあしらわれていた。
剣を振るう前に斬られ、
魔法を詠唱する前に撃ち抜かれ、
反応する暇すらなく地に伏していく。
まるで戦いになっていない。
蹂躙だ。
完全なる、一方的な殲滅。
(……なんだ、この強さは)
思わず息を呑む。
その時だった。
私を追い詰めたあの黒マントの男――
あれよりも明らかに格上の気配を放つ敵が、五人。
ジークを取り囲むように同時に踏み込んだ。
完璧な連携。
逃げ場はない。
そう、思った――次の瞬間。
ジークの姿が、消えた。
否、違う。
“見えなくなった”だけだ。
次に視界が追いついた時、ジークはすでに剣を振り終えていた。
一振り。
たった、それだけ。
風が遅れて吹き抜ける。
そして――
五人の身体が、同時に崩れ落ちた。
(……今、何が起きた?)
斬撃は見えなかった。
剣の軌跡どころか、“動いた瞬間”すら認識できなかった。
ただ結果だけが、そこにあった。
地に伏す、五つの影。
その光景が、現実だと理解するまでに、数秒かかった。
――ありえない。
そう思ったのも束の間。
今度は、女魔王の方で異変が起きる。
大地を揺らすような咆哮。
振り返ると、巨大なドラゴンがその巨体を震わせていた。
城壁すら踏み潰しかねないほどの質量。
鱗一枚でさえ、並の剣では傷一つ付かないだろう。
あれは、災害そのものだ。
だが――
女魔王は、ただ静かに手をかざした。
次の瞬間。
空が、裂けた。
轟音とともに、純白の雷が一直線に落ちる。
光が視界を塗り潰し、遅れて衝撃が全身を叩きつけた。
思わず目を閉じる。
そして、恐る恐る開いた時には――
ドラゴンは、すでに動かなくなっていた。
黒く焼け焦げた巨体が、煙を上げながら地に沈んでいる。
たった、一撃で。
(……嘘だろ)
言葉が出ない。
理解も、納得もできない。
強さの次元が、違いすぎる。
私はただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
戦うことすら許されない。
そんな領域の戦いが、目の前で繰り広げられている。
それでも――
目を逸らすことだけは、できなかった。
圧倒的な力。
理不尽なまでの強さ。
それは恐怖であるはずなのに――
同時に、どうしようもなく心を惹きつける。
クリストファーは、ただ見惚れていた。
頂点に立つ者たちの戦いを――。
「さて、あらかた片付いたかな?」
気付けば襲撃してきた200名の龍神族の手下はほとんどこの2人によって倒されていた。
それだけの戦いをしたのに、息一つ乱れていない。
バケモノか!!
「それにしても一時的とはいえ、魔王と手を組んで戦う日が来るとは思ってもなかったな」
ジークが女魔王の方をみて笑いながら言った。
「同感だな。お前と手を組むなんて虫酸が走るが、今日の所は仕方がない。私もこの国には一宿一飯の恩があるからな」
女魔王は勇者に目も合わせず無表情で言い放った。
そしてそのまま女魔王は城下町と外界を結ぶ入り口の方に目を向けた。
「これだけの兵をさし向けるとなると、必ず指揮をとってる者がいるはずだ。
恐らくは入り口の付近にいるだろう」
「そうだな。これだけの実力を持ってる奴らを束ねるってことはそれなりの実力者だろうな」
そういうと、ジークと女魔王は城下町の門へ向けて歩きはじめた。
「待ってください。私も連れて行ってください!」
私の一言に女魔王が振り返った。
「坊や。実力が足りないのに付いてくるのは危険よ。お家に帰ってなさい。今日の所は私が後始末しておいてあげるから」
冷ややかな一言を言い放つと踵を返し、再び歩きはじめた。
「私に実力が足りないのはお2人をみていて痛感しました。それでも私はこの国の騎士団長です。最後まで戦いを見届けさせてください」
再び女魔王が振り返る。
「足手まといはいらないよ?もしあんたが人質に取られても、私は躊躇しないよ?」
女魔王は冷たい眼で私を見つめている。
「構いません。もし私が人質に取られたら私ごと斬ってください」
真っ直ぐに女魔王を睨み返した。
「邪魔なんだよ。お前は騎士団長なんだろ!お前の帰りを、指示を待ってる者たちがいる。早く戻りなさい」
女魔王の一言は冷たさではなく、温かさに溢れていた。
さっきの王の謁見の際にこの人は言っていた。
自分は一族を束ねる王であり、民を安心させるために早く帰りたいと。
騎士団長という私にも、きっと自分のことを重ねているのだ。
危険な目に合わせたくないと。
強いだけでなく、そんな心遣いまで。
この人は強さだけでなく、心の温かさも兼ね備えているんだ。
しかし今の私は1人の騎士として、この2人の戦いをもっと見ていたい。
「お願いします!連れて行ってください
」
そう懇願をすると、ジークが私の横に来た。
「その勇気に免じて連れていってやるよ。おい!魔王!いいだろ?何かあったら俺が守るから」
女魔王は「はぁ…」と深く息をつき、何も言わず三度門へと向かって歩いていった。
門に着くと、2人の剣士が立っていた。
1人は身長2メートルを越す大男でもう1人は身長160センチほどの小男。
どちらも体と同じぐらいの大きさはあろうかという、巨大な剣を持っている。
あんな重そうなものを振り回せるのだろうか?
「あんたらが指揮官かい?」
女魔王が問いかける。
「そうだ。我らは龍神族の配下――ハヨネイ兄弟!
貴様らが我らの侵略を邪魔したのか!?許さんぞ!!」
怒号が門前に響き渡る。
空気が震え、地面の砂がわずかに跳ねた。
だが――
「いいからさっさとかかってきな。時間の無駄」
女魔王は、まるで退屈そうに言い放った。
その一言が、引き金だった。
「時間の無駄だとォォォ!!」
ハヨネイ兄弟の姿が――消えた。
いや、違う。
速すぎて、視界から“抜け落ちた”。
踏み込みの衝撃で石畳が砕け、遅れて風圧が顔を打つ。
(速い……!!)
これまでの兵とは、明らかに別格。
認識したその瞬間――
バキィッ!!
ガキィィィン!!
二つの衝撃が、ほぼ同時に炸裂した。
一つは、女魔王。
小柄なハヨネイの巨大剣を、片手で受け止めていた。
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
だが女魔王の腕は、微動だにしない。
もう一つは――
ジークの蹴りだった。
「ぐぁっ!?」
大男のハヨネイの巨体が、軽々と宙を舞う。
まるで質量など存在しないかのように、一直線に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
ドォンッ!!
衝撃で土煙が舞い上がる。
「おいおい」
その煙の中へ、ジークがゆっくりと歩いていく。
「魔王相手とはいえさ、男が女に二人がかりってのは筋が通ってないだろー?」
声音は軽い。
だが、その背中には一切の隙がない。
「まぁ、二人がかりでも勝てないだろうけどな」
ジークはふっと笑った。
「お前の相手は俺だ」
その一言で、大男のハヨネイの顔が歪む。
「ぐぉぉぉぉ!!」
地面を砕きながら、巨体が突進する。
速い。重い。暴力の塊。
空気が押し潰され、衝撃波が広がる。
(直撃すれば……終わる!!)
そう思った次の瞬間。
ドンッ。
鈍い音。
ジークは――
その突進を、片手で止めていた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
あの質量、あの速度。
それを、ただ“受け止めた”だと……?
「んー……見かけによらず力がねぇなぁ」
軽く手を押し返すだけで、巨体がぐらりと揺れる。
大男の目が見開かれた。
「ぐぉぉぉぉ!!」
怒りに任せ、巨大な剣が振り上げられる。
その刃は、もはや武器ではない。
落ちてくる“災害”だ。
ビュオォォォン!!
空気を引き裂きながら、叩きつけられる。
ドゴォォォンッ!!
地面が爆ぜた。
石畳が砕け、周囲一帯がすり鉢状に陥没する。
衝撃で空気が震え、遅れて風圧が押し寄せた。
(直撃していたら……おそらくドラゴンでも一撃で……)
だが。
そこに、ジークの姿はなかった。
「なっ……どこだ!?」
ハヨネイが目を見開く。
その瞬間――
ヒュンッ。
空気がかすかに鳴る。
「上かァッ!!」
反射的に振り上げた剣。
だが、そこにもいない。
「横か!? 後ろか!?」
巨体に似合わぬ速さで、連続して剣を振るう。
ブンッ!!
ブォンッ!!
ゴォォンッ!!
暴風のような連撃。
一撃一撃が大地を抉り、石畳が砕け散る。
振るうたびに衝撃波が走り、周囲の空気が歪む。
だが――
当たらない。
かすりもしない。
(……全部、外れている!?)
いや、違う。
“躱されている”。
完全に見切られているのだ。
ハヨネイの剣が振り下ろされる、その瞬間には――
ジークは、もうそこにいない。
振り上げる前に、すでに次の位置へ。
斬りつけた後には、さらにその先へ。
まるで、未来が読まれているかのように。
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
焦りと怒りが混ざる。
連撃がさらに加速する。
もはや剣の軌道すら視認できない。
ただ“破壊だけ”が連続して発生していく。
地面が砕け、空気が裂け、轟音が重なる。
だが――
その中心で。
ヒュッ。
スッ。
カン、と軽い音。
信じられないほど最小限の動きで、ジークは全てをいなしていた。
時に紙一重で躱し、
時に指先ほどの角度で軌道を逸らし、
時に剣の腹で軽く受け流す。
まるで――
暴風の中を、ただ散歩しているかのように。
(……遊ばれている)
クリストファーの背筋に、冷たいものが走る。
あれほどの猛攻が、まるで意味を成していない。
ハヨネイの剣は確かに速い。重い。強い。
だが、それ以上に――
ジークが、異常すぎる。
「くそがァァァァ!!」
怒号と共に、渾身の一撃。
全体重を乗せた、叩き潰すような一振り。
それすらも――
空を切った。
その瞬間。
「ダメだなぁ」
背後から、声。
振り返る。
そこに――いた。
いつの間にか。
まるで最初からそこにいたかのように。
「それじゃハンマーだよ。剣じゃない」
ジークはゆっくりと剣に手をかける。
その動作は、あまりにも自然で、無駄がない。
「俺が本物の剣技を見せてやるよ」
静かに、抜刀。
空気が張り詰める。
「まぁ――見えればの話だけどな」
次の瞬間。
ジークの姿が、消えた。
否――
“認識できなくなった”。
風が遅れて吹き抜ける。
そして――
終わっていた。
大男の身体に、遅れて無数の線が走る。
一拍。
二拍。
その次の瞬間――
鮮血が、噴き上がった。
(なっ……!?)
何発だ。
何回斬った。
そもそも――剣は振られたのか?
一太刀たりとも、見えなかった。
ただ結果だけが、そこにある。
「おっ……あ……」
声にならない声。
巨体が崩れ落ちる。
ドサリ、と重い音を立てて、完全に沈黙した。
「またつまらぬ物を斬ってしまった……なんてね」
あまりにも場違いなその一言が、逆に現実味を奪う。
(……なんだ、これ)
理解が追いつかない。
だが、ひとつだけ分かる。
――圧倒的。
それ以外の言葉が見つからない。
強すぎる。
異次元だ。
クリストファーの全身に、ぞわりと鳥肌が走る。
抗えないほどの、憧れ。
目の前で繰り広げられたのは、戦いではない。
“格の違い”そのものだった。
そのジークの強さを見て、女魔王と鍔迫り合いをしていた小さいハヨネイの表情が変わる。
「弟よー!…き…きさまらぁ!!」
プルプルと体を震わせて怒りを露わにしている。
「今日の所は覚えてろよ!!」
そういい、女魔王に背を向け逃げてゆく。
てっきり、怒りに震えて暴れると思っただけに、ジークも女魔王もポカンとした表情をしている。
一瞬戸惑ったが、すぐに女魔王の表情が切り替わる。
「私から逃げられると思ってるの?知らないのかしら。ゲームじゃ魔王との戦いはからは逃げられないのよ!!」
女魔王は両手を伸ばすと手のひらに黒い光が収束してゆく。
「ピアース・オブ・オブリビオン」
女魔王が呪文を叫ぶと、手のひらの前に六芒星が現れ、その中心から黒い光が飛び出し、一直線に小さいハヨネイに向かって飛んでゆき、ハヨネイの背中を貫いた。
小さいハヨネイはあっけなく その1撃で倒れた。
「さて、一宿一飯分ぐらいは働いたかしらね」
女魔王は手をパンパンと叩き、埃を払うような仕草を見せた。
「とりあえず王宮に戻ろう」
ジークはそう言い、2人は王宮に向かって歩き始めた。
この2人は一体何なんだ!!
まるで何事もなかったかのようにしているが、襲撃してきた200人も その指揮官のハヨネイもかなりの手練れだった。
それを準備運動をするかのように軽くあしらうなんて…
自分が今まで見てきたどの騎士よりも強く、美しい戦いだった。
クリスには2人の背中は今までみた誰のものよりも大きく、光輝いて見えた。




