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これは『勇者』と『魔王』の物語  作者: 東の雲
ジャカン編

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勇者VSトシキ

 クリス達は、ユウナさんの旅支度が整うまでの3日間を、聖天衆の道場で過ごすことになった。


 ユウナさんは、山小屋に残した研究資材を取りに戻ると言って、翌朝、荷車を引いて東都を出ていった。

「荷造りに3日はかかる。その間、あんたらは適当に待ってな」

 そう言い残して。


 ただ待つだけでは退屈だ。

 そう思っていた私達に声をかけてくれたのが、トシキさんだった。


「よろしければ、聖天衆の稽古に参加しませんか。命の恩人に、せめてものお礼をさせてください」


 聖天衆の道場は、東都の外れにある、広い板張りの建物だった。

 朝日が差し込む床に、袴姿のサムライ達がずらりと整列している。

 30人が一斉に木刀を振り下ろすと、空気がびりびりと震えた。


「クリス殿、リガン殿、よろしくお願いします!」


 全員が、深々と頭を下げた。


 私とリガンは、腕輪を付けたまま、稽古に加わった。

 ジークが外していいと言うまでは、この腕輪は外せない。


 稽古は実戦形式だった。

 3人1組で連携する聖天衆に、1人で挑む。


 初日は、あっという間に囲まれ、木刀で何度も叩かれた。

「くっ…!」

「クリス殿、背後が空いておりますぞ!」

 前から、右から、左から。息つく暇もない連携に、私は防ぐだけで精一杯だった。


 リガンも、隣で転がされていた。


「いてて…。みんな、強いね…」


「あぁ。でも、いい修行になる」


 二日目。

 背後から迫る木刀の気配が、肌で分かった。

 目で見るより先に、体が動く。私は半身をずらし、背後の一撃を空振りさせて、その隙に、1人の肩を打った。


「一本!」

 道場が、どよめいた。


 リガンも、小さな体で3人の足元をかいくぐり、槍で脛を突いて、見事に抜け出していた。


「リガン殿、お見事!」


「へへ…」


 照れくさそうに頭を掻くリガンの尻尾が、ぶんぶんと揺れていた。


 稽古のあと、道場の片隅では、別の輪ができていた。

 輪の中心にいるのは、マオさんだ。


「姉御!今日の稽古で、ここを痛めました!」


「だから、その呼び方はやめなさいと言ったでしょう」


 マオさんは、眉をひそめながらも、隊員の腕に手際よく包帯を巻いていく。


「肘を締めなさい。それじゃ力が逃げるわ」


「は、はい!姉御!」


 面倒見のいいマオさんは、いつの間にか、聖天衆のみんなから、すっかり「姉御」と慕われていた。

 肩の上の黒豚リーナは、隊員から饅頭を差し出され、悔しそうにしながらも、むしゃむしゃと食べている。


 一方、ジークはというと。


 道場の隅で、座布団を枕に、ごろりと寝転がっていた。

 手には饅頭、口の周りにはあんこ。


「あの人、本当に勇者なのか…?」


「稽古もつけず、昼間から寝てるぞ…」


 隊員達の、ひそひそ声が聞こえる。

 ジークの評判は、聖天衆の中で、あまり良くなかった。


 3日目の昼。


 道場に、トシキさんが現れた。

 腰に真剣を差し、まっすぐ、ジークの元へ歩いていく。


「ジークさん。お願いがあります」


「ん?」


「私と、立ち合っていただけませんか。真剣で、本気の居合で」


 道場が、ざわついた。


「局長が…!?」


 ジークは、饅頭をごくんと飲み込むと、

「いいよ」と、即答した。


 私とリガンは、思わず顔を見合わせた。

 私達が稽古を頼んでも、あんなにめんどくさがるのに。


「珍しいわね」


 マオさんも、目を丸くしている。


「あんた、トシキのことは嫌いじゃないでしょう」


「まぁな。あのお侍さん、まっすぐでいいやつだ」


 ジークはにやりと笑って、ゆっくりと立ち上がった。


 道場の中央で、2人が向かい合った。


 トシキさんは、真剣を腰に差し、静かに腰を落とす。

 対するジークは、腰の宝剣に手もかけず、両腕をだらりと下げて立っていた。


「剣は、抜かないのですか」


「抜くの、めんどくさいし」


 道場に、微妙な空気が流れた。

 だが、トシキさんの目は、真剣そのものだった。


「……参ります」


 空気が、ぴんと張り詰める。

 トシキさんが、深く息を吸い、吐いた。

 踏み込みの一歩で、床板がきしむ。


「斬後無刀!」


 ゼノドラグスの男にも放った、最高の一閃。

 そのはずだった。


 だが、次の瞬間。

 ジークの右手の人差し指が、トシキさんの刀の柄頭を、ちょこんと押さえていた。


 刀は、鞘から3センチほど覗いただけで、それ以上、ぴくりとも動かない。


「なっ……」


 トシキさんの目が、大きく見開かれた。


「居合ってのは、抜く瞬間が一番速い。でも、抜く『起こり』だけは、どうしても一瞬、見える。そこを押さえれば、抜けない」


 ジークは指を離し、あっさりと言った。


「はい、終わり」


 道場が、しんと静まり返った。


 足も、魔法も、使っていない。


 ゼノドラグスの男に見せた、あの体技と剣技と魔法の複合どころか、剣を抜かせることすらなかった。


 たった指一本で、聖天衆の局長の神速の居合は、封じられたのだ。


「……参りました」


 トシキさんは、深々と頭を下げた。

 その表情は、悔しさよりも、どこか晴れやかだった。


「真剣だと、俺が間違って怪我させかねない。木刀に持ち替えて続けよう」


 ジークは壁にかけられた木刀を2本取り、1本をトシキさんに放った。


「さっきの、どう思った?」


「……抜く前に、負けていました」


「そう。あんたの居合は神速だ。でも、いつも同じ間合い、同じ構え、同じ起こりから来る。速くても、読める」


 ジークは木刀を腰に差し、柄に手をかけた。


「斬後無刀を、切り札にするな。選択肢の1つにしろ」


 次の瞬間、ジークが木刀を抜く素振りを見せた。

 トシキさんの体が、反射的に反応する。

 その隙に、ジークの蹴りが、トシキさんの脇腹の手前でぴたりと止まった。


「抜くと見せて、抜かない。柄に手をかけたまま、蹴りを入れる。魔法が使えなくても、目線、足運び、体当たり、鞘。全部、武器になる」


「なるほど……!」


「やってみな」


 トシキさんは、木刀を構え直した。

 柄に手をかけ、抜く素振りを見せ、そこから、蹴りを繰り出す。


 ぎこちない。

 だが、その蹴りは、ジークの脛をかすめた。


「お、今の悪くない」


 ジークが、にっと笑った。


「私は、今まで、刀しか見ていませんでした」


 トシキさんの目が、きらきらと輝いている。


 珍しく真剣な顔で、何度も何度も手本を見せるジーク。

 その姿を、隊員達は、息を呑んで見つめていた。


「あの人…ただの怠け者じゃ、なかったのか…」


「ジーク殿!私にも教えてください!」


「めんどくさいから、ヤダ」


 隊員達が、一斉にずっこけた。


 私は、苦笑いしながら、その光景を見ていた。

 私達には、ぼーっとする修行や、魔法をくらう修行ばかりさせるくせに。

 少し羨ましい。


 でも、甲板で聞いたあの会話を、私は覚えている。

 きっと、私達の修行にも、ちゃんと意味があるのだ。


 その日の夕方。

 ユウナさんが、荷車を引いて戻ってきた。


 荷車には、山のような荷物が積まれている。


「待たせたね。荷造り、終わったよ」


「……これ、誰が運ぶんだ?」


 ジークが、おそるおそる聞いた。


 全員の視線が、ジークに集まる。


「俺!?」


「あんたが運びなさい。ずっと道場で寝てたんだから」


 マオさんが、腕を組んで言い放った。


「ヤダ!クリス、リガン任せた。これも筋トレ修行の一環だ」


 無理矢理なこじつけで、ジークは私とリガンに押し付けてきた。


 翌朝。

 港には、大きな船が停泊していた。


 見送りに集まった人々の中で、ションさんが、早くも目に涙を浮かべている。


「ユウナくん……体に気をつけての……」


「……わかってるよ。行ってくる」


 ユウナさんは、ぶっきらぼうに答えながら、作業着のポケットに、そっと手を当てた。


 トシキさんは、ジークの前で、深く一礼した。


「ジークさん。教えは、必ず物にします」


「おう。またな、トシキ」


 初めて名前で呼ばれたトシキさんの顔が、ぱっと明るくなった。


「姉御ーーっ!お達者でーーっ!」


 整列した聖天衆が、一斉に声を張り上げた。

 マオさんの顔が、みるみる赤くなっていく。


「だから、その呼び方は……!」

 肩の上で、黒豚のリーナが、ぶひっ、と短く鳴いた。


 ジークは、大きな荷物を抱えて、船の上でふらふらしている。


 ボーッ、と、汽笛が鳴った。

 船がゆっくりと岸を離れ、ジャカンの街並みが、少しずつ小さくなっていく。


 次の行き先は、私の故郷、トワイザラン。

 祈りの間には、一体、何が待っているのだろうか。


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