63. 慌ただしい日々
「え……、王都で? そうなのですか?」
鸚鵡返しにそう問うと、レオン様が頷く。
「今日謁見した際、昨夜のローゼン男爵夫妻とフェルナー伯爵一家の君への接触について報告した。陛下は非常に憤慨しておられたよ。辺境伯夫人を軽んじることは、辺境伯家を軽んじること。それはつまり、王家が与えた権威を軽んじることでもあるからね」
「……なるほど……」
貴族社会は、家格と秩序の上に成り立っている。
だからこそ、昨夜の彼らの言動は、見過ごすことのできない問題なのだ。
そう考え納得していると、レオン様が言葉を続ける。
「君は男爵家の出で、一度婚姻も経験している。万が一にも君を侮り、奴らのような無礼な態度をとる者が今後出ることがないよう、王家の祝福のもと、君がリングレン辺境伯夫人として正式に認められたことを、広く貴族たちへ示しておくべきとの仰せだった」
「は、はい」
今レオン様が話している内容が国王陛下からのお言葉なのだと思うと、まるで陛下から直接話しかけられているかのように緊張してしまう。
何となく居住まいを正し、私は素直に返事をした。
レオン様はくすりと笑う。
「まぁ陛下としてはもともと、私たちの婚儀を正式に祝福したいと思っておいでだったようだよ。それに、王妃陛下や王女殿下方も、リングレンの美容クリームに強くご興味をお持ちで、もっと君とゆっくり話をしたいとおっしゃっているらしい。建国祭では、そのような時間がとれなかったからね」
「そ、そうなのですね」
「うん。王都で結婚式をするとなれば、きっとその後でお声がかかるだろう。王妃宮へお招きいただいたり、茶会へのお誘いをいただいたりするかもしれないね」
(う……っ! き、緊張する……!)
つまり王都で結婚式を挙げるのは、私が王家に認められた辺境伯夫人であることを貴族たちに示し、私たち夫婦を国王陛下自ら正式に祝福するため。そして、王妃陛下や王女殿下方との親交を深める機会にもしたい、ということなのね。なんと恐れ多いことなのか。
「大丈夫かい? リエラ。陛下の仰せの通り、王都で式を挙げることになっても」
気遣わしげにそう言ってくださるレオン様に、私は間髪を容れず返事をする。
「も、もちろんです……! あの、招待したい人をリングレンから連れて来ることは、できるのでしょうか……?」
おずおずとそう尋ねると、レオン様が目を細める。
「ああ。母はもちろんのこと、フリッツ一家や、他にも君が招待したい者がいれば、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます……!」
レオン様は、私の気持ちを全てお見通しのようだった。
その翌日、私たちはタウンハウスでの穏やかな時間を過ごした。日中は二人で庭園を散策したり、私が書店で購入してきた文献を一緒に読んだり。
夜になればレオン様の腕の中で眠り、朝は優しい口づけで目を覚ました。こんな風に夫婦として寄り添う時間が新鮮で、とても幸せだった。
さらにその翌日、私たちはリングレン辺境伯領への帰路についた。
帰るやいなや、王都での結婚式に向け、慌ただしい毎日が始まった。
式そのものは延期になっていたため、私たちの婚礼衣装や装飾品などの準備は、すでに整っていた。けれど、招待状の作成と発送、王都へ同行してもらう列席者の選定や移動手段の手配、留守中の領地運営についての打ち合わせなど、短期間でやるべきことが山積みだった。
レオン様は不在中の領政や軍務を幹部たちへと引き継ぎ、私は工房の仕事が滞らないよう、職人たちと何度も打ち合わせを重ねる。
フリッツさん一家にも列席をお願いすると、彼らは目を丸くして息を呑んだ。
「わ、我々も参列して構わんのですか? 王都での結婚式に?」
「ぜひそうしてほしいの、フリッツおじさん。もともと列席してもらうつもりだったんだもの。レオン様も承諾してくださっているわ」
そう言うと、エマが両手を合わせて目を輝かせる。
「嬉しいです! リエラ様の人生の晴れ舞台を、おそばでお祝いできるのですね……! ありがとうございます!」
私はそんな彼女の手を取り、しっかりと握る。
「あなたたちがいてくれたから、今の私があるんだもの。節目の日だからこそ、エマたちにそばで見守っていてほしいわ」
そう言うと、エマは唇をぐっと噛みしめ、何度も頷いた。
「もちろんでございます……! リエラ様のウェディングドレス姿、この目にしかと焼き付けさせていただきますね!」
ベラおばさんはそんな私たちを見つめながら、少し涙ぐんでいる。
「はぁ……。まさかこんな日が来るなんてねぇ。小さい頃から見てきたリエラ様の花嫁姿を、華やかな王都で見られるのかい。きっと泣いちまうよ、あたしゃ」
ヨハンは気合いを入れるように胸を張った。
「よし……! そうと決まれば、皆で心置きなく辺境伯閣下とリエラ様をお祝いできるよう、しっかり準備して行かなきゃな」
「ふふ。ありがとう。よろしく頼むわね」
こうして、皆の協力を得ながら準備は急ピッチで進められ、あっという間に再び王都へと向かう日がやって来たのだった。




