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もう戻ることはありません! 〜 実家と婚家で冷遇されてきた地味令嬢は、辺境伯領で薬学の知識を振るいます 〜  作者: 鳴宮野々花


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2. リエラの幸運

 私が十二歳の頃から通いはじめた学校は、屋敷から馬車で二十分ほどの場所にあった。一番近いからと、父が適当に決めた学校だ。

 ここに通えるようになったことが、私にとって人生最大の幸運のきっかけとなるのだけれど、この時の私は、そんなこと全く想像もしていなかった。

 貴族学園では、令嬢たちは礼節や王国史、世界史、舞踏や社交などの知識を学ぶ。ひきかえ平民学校の生徒たちは、語学や算術など実務向きの知識の他に、将来自分の生活の役に立ちそうな専門科目を選んで学ぶことができる。私が通う学校には、薬師や元軍医をしていた教師が何人もいて、薬学の授業が非常に充実していた。


(うちの領地の特産品は薬草だし、せっかくだから薬学を学んでおくべきよね。一番役に立ちそうだもの)


 そんな考えから、私はいくつかの基礎科目とは別に、薬学の授業も受けることにしたのだ。

 学校には近隣の平民の子たちがたくさん通ってきていた。その中の一人、エマという女の子が、私の一番の仲良しだった。

 エマには、ローゼン男爵領の薬草畑や加工用の作業小屋で働く両親がいる。私とは同い年だ。赤茶色のおさげ髪をしていて、頬にそばかすのある可愛い子だった。小さな頃から、何度か顔を合わせたことがあった。


「効き目の良い薬は、しっかりと手順を考え、精密な調合を守って作ることで生まれるんだよ」


 薬師のテオ先生は、私たち生徒に分かりやすいよう、いつもかみ砕いた言葉で丁寧に授業をしてくださった。十三歳の私にはだいぶ年上に見えていたけれど、実際には二十代前半くらいだったのかもしれない。柔らかな光を帯びたキャラメル色の髪をしていて、銀縁の眼鏡の奥に美しい碧眼を持つ、いつも笑顔を絶やさない人だった。学校の中で、私はこの先生のことを誰よりも慕っていた。授業や薬学に対する真摯な姿勢が、子どもの私にも強く伝わっていたからだと思う。

 薬草の見分け方、それぞれの採取に適した時期、乾燥のさせ方。そんな基礎知識から様々な応用まで、私はテオ先生から多くのことを学んだ。

 

「少しの湿気や日差しの違いで、こんなにも効能に差が出るんですね……」


 乾燥工程の実習中、並べて干した同じ薬草を見比べながら私がそう呟くと、近くにいたテオ先生が私の手元を覗き込み教えてくれる。


「そうだよ。何十回、何百回もの失敗を重ねたうえで、先人たちが導きだした理想の状態があるんだ。リエラさんは勤勉で賢いから、あなたも素晴らしい薬を作り出すことができるかもしれないね」

「あ、ありがとうございます! 頑張ります……!」


 嬉しくなった私が満面の笑みでそう答えると、テオ先生も優しく微笑み、私の頭をそっと撫でてくれた。小さな子どもをあやすようなその仕草は照れくさかったけれど、そんなことをされたのは生まれて初めてで、私の胸は喜びで満たされたのだった。

 学校は私にとって、学びの場でもあり、癒しの場でもあった。先生たちは優しく頼もしい方ばかりで、同年代の平民の友達もたくさんできた。

 特別な入学資格の必要ない学校だったし、父も事前に伝えることなく私を通わせはじめたものだったから、後に何かのきっかけで私が領主の娘であることを知った先生たちは、ひどく驚いていた。他の兄妹のことを聞かれたので、「兄と妹は王都の王立学園に通っています」と答えた時は、微妙な表情をされたものだった。

 数年間、私は意欲的に学び続けた。先生や他の生徒たちとともに、畑や森に足を運び、土壌や水の違いが植物や薬草に与える影響も覚えた。

 どのような土地に、どんな種類の薬草を育てることが向いているのか、どの組み合わせで植えることが、互いの成長を助けるのか。

 勉強を重ねるほど楽しくなり、どんどん薬学に熱中していった私は、休日には屋敷の庭に生えている薬草を使い、小さな研究も始めた。

 同じ種類の薬草を、採取時間や乾燥方法を変えその違いを調べたり、刻む大きさをいろいろと試したり。そのまま使った場合とすり潰した場合の違いや、煮出す時間による色合いや体に塗った時の違いを確認することもあった。

 私が夢中で実験をするのを、家令のオットーや使用人たちは温かく見守ってくれていた。「リエラお嬢様、保存方法の違いも研究なさいますか?」と、オットーが布袋や木箱、陶器の壺などを準備してくれることもあった。


 王都の家族は、王立学園が年に二回の長期休暇に入るたびに領地に帰ってきた。この時期が私にとって、最も苦痛な日々となっていた。

 家族がいない間は、誰からも嫌みや小言を言われることなく、勉強や実験に集中できる。けれど、ひとたび彼らが帰ってくると、きつい言葉や冷たい視線が次々と浴びせられるのだ。


「リエラ、怠けてはいないだろうな。学校の勉強にはついていけているのか」


 家族が食堂に集う気の重い夕食が始まるやいなや、父がまず私にそんな言葉をかけてくる。

 両親は私の生活になど興味がないから、私が学校でどれほどいい成績をとっていても知らないのだ。オットーはいつも父に報告書を送っているはずなのだけれど。


「……はい。毎日きちんと勉強しています」

「本当に? では今は、何を学んでいるの?」


 疑うような母の言葉に悲しくなったけれど、私は努めて冷静に返す。


「……契約書や帳簿の作成、算術などはもちろんですが、私は薬学を専攻しているので。薬草の見分け方から、それぞれの効能や副作用、乾燥や保存、調合の方法などをたくさん勉強しています。領地経営の役に立つと思うので。それに、植物学や農学も……」


 すると突然、私の言葉を遮るようなマチルダの高笑いが、食堂に響き渡った。





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