第20話 露天風呂に入れるってほんとうですか?
手を浸しはしゃぐアリーセと対照的に、ワグルーはしっぽを股の間に入れ、塀に張り付いて震えている。
「煮られないよ。だいじょうぶ。気持ちいいはずだよ……たぶん」
王都でも貴族であるシリルや、大聖女であるクローディッドなら毎日湯を使えるだろうが、田舎育ちのソーニャは川や湖での水浴か、絞った手拭いで身体を拭き清める程度。
温泉も知識としては知っているが、火山地帯の温泉は非常に水温が高く、ワグルーの恐れるものに近かった気がする。
アリーセにならって手を漬けてみると、じんわり温かいだけでなく、わずかにとろみがあるように感じる。
「さりげに、お肌すべすべ成分も入ってるみたいだし?」
「レーネが言うなら間違いないんだろうね。みんなも誘ってみようか」
「もう呼んでるよ、ママ!」
つづら折りの山道を、何台もの馬車や人が登ってくるのが見える。
「シリルの家の馬車と――うへぇ、クローディッド様まで。アリーセ、ワグルー。お行儀よくしてないと、叱られちゃうよ?」
「……あたし、煮られたうえに、怖い人に提供されちゃうのか……」
怯えるワグルーを背後にくっつけながら、ソーニャはアリーセに手を引かれ、正門へお迎えに向かう。
「お招きありがとう。さあ、レディたち、僕からの手土産だよ!」
馬車から降りるなり、外套を翻し、お菓子をばらまくクローディッド。
危険な辺境任務に就くことの多い聖女だから、あるいは――と危惧していたソーニャだったが、魔族なら即敵として扱う、過激派ではなかったようだ。
「クローディッド様が魔族排斥派なら、貴女はとっくに処罰されているはずでしょ!?」
シリルはパイやドライフルーツ、燻製肉の料理など、日持ちがして、山道を運んでも崩れないものを持ち込み、庭園に設えられたテーブルに並べている。
お菓子に釣られ、アリーセとワグルーが駆け寄ってきたが、代わりにフテネルの姿が見えなくなる。
「おや、小さなレディ。紅い瞳が綺麗だね。君が今回の主催、伯爵様のご令嬢かい?」
「は、はひぃ……あ、アリーセです」
跪いて手の甲にキスを落とすクローディッドに、久しく貴族暮らしから離れていたアリーセは頬を赤らめる。
「うちの子に手を出さないでくださーい!」
ソーニャは本能的に危機を察知し、アリーセを抱き寄せた。
「はは、これは懲失敬」
代わりにクローディッドは、お菓子を餌にワグルーを捕まえ、わしゃわしゃし始める。
続いてトナルからの荷馬車が到着し、荷台を飛び降りたメルがレーネに駆け寄った。
「メルぴ! 頼んでた品は?」
「上出来だよ。さっそくみんなで試してみてよ!」
「レーネ思うんだけどさぁ、しょぼくれた下の村にも、お湯の出そうなポイントあるから、お店出して商品置けば――」
「うちの2号店ってことにして、ソーニャが切り盛りしてくれれば売り上げが――」
マナ水とシン・マナドリをテーブルに並べながら、レーネとメルは何やら商談を始めている。
「やっぱり懲りてないのかな?」
麓の村から手土産片手に訪れる村人たちの姿もあり、宴は夜が更けるまで続いた。
§
「あ”あ”~~~生き返るぅ~」
ソーニャは湯船の縁に頭を載せ、温泉を堪能していた。
お風呂は裸で入るものだよ派と、温泉は外だから専用の湯衣を着るんだよ派、手ぬぐいで隠せば実用的だよ派の争いがおこり、湯衣派のアリーセと入りたくない派のワグルーのお子さま組は、早々にのぼせて寝室に引き上げている。
はしたなくない程度に隠せばいいよ派のソーニャは、初めて浸かる温泉の心地よさに嵌まり、上り時を見失っていた。
「あ~これ一周回ってからだに良くない気もするよ……」
洗い場のほうで掛け湯の音が響き、大きめタオルを巻けば恥ずかしくないよ派の女性が歩み寄ってきた。
「あれ、シリル――にしてはおっきすぎるし……クローディッド様!?」
「大声で名を呼ばないで。恥ずかしいじゃない」
「え? あれ、胸?」
男装を解いたクローディッドは、話口調だけでなく、腰を屈め、お湯に足を浸す姿までなんだか色っぽい。
「戦場では、それなりに気を張らないといけないからね。隣、お邪魔するよ」
ソーニャの返事を待たずに、クローディッドは湯船に身体を漬け、肩を並べる。
(ぎゅーって締めてるから、男の人みたいな胸板に見えてたのか……うわぁ、凄い、浮くんだぁ……)
自分のものを棚に上げ、声に出さず驚嘆していたソーニャだったが、クローディッドの視線も、ちらちらとソーニャの胸に流れていることに気付いた。
「済まない。ひとつ、お願いごと聞いてもらえるかな?」
大聖女の言葉に、否やを返せるはずもない。のぼせ気味の頭でソーニャがこくこく頷くと、クローディッドは湯の中をいざり、ソーニャの前で背を向けると、そのまま身体を預けてきた。
「え、ちょっと!? って、あれ……胸を枕にしたい、ってことですか?」
始めこそ距離感の近さに身を固くしたソーニャだったが、身体が大きいだけで、やっていることは首筋に抱き着いてくるアリーセや、寝床に潜り込んでくるワグルーと同じようなものだと理解し、身体の力を抜いた。
「じきにシリルと共に、北へ向かってもらうよ」
「はい」
安心しきった眠そうな声で、クローディッドが呟く。
「フテネルとはいつから一緒なの?」
「気が付いたらそばにいたので、なんとも……」
「そう」
クローディッドのほうから話題に出してくれたならなら丁度いい。フテネルとの関係を聞き出せるかもしれない。
そう思い至ったソーニャだったが、
「天界に帰れない天使は、悪魔と等しい存在だよ。気を付けて……」
「……あくま?」
魔族や魔神とは違う響きの言葉に戸惑ううち、クローディッドの呟きが規則正しい寝息に変わる。
「ちょ、クローディッド様?」
湯船を出るタイミングを見失ったソーニャは、クローディッドともども派手にのぼせることとなる。
§
宴の夜からひと月を待たずして、ソーニャは北に旅立こととなる。
(´-`).oO(タグ付けの関係で、5万文字バージョン一区切りです。イベント配分間違えたので、いちど8万文字程度に改稿してから続けるのがよさそうな…)




