背中から地面へと
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いつものルートと違う道を通りながら、薬草を探す。
注意深く周囲を観察すると、さまざまな痕跡から多くの情報が伝わってくる。
足跡や糞、折れた枝や木の傷跡、引っかかって抜けた毛。
そういった痕跡を細かく観察することで、森の様子が見えてくる。
足跡の深さからは、その主の体重を。糞の内容物からは食性や食事量を。歩幅からはおおよその全長を。傷の跡からは爪や牙の鋭さを。抜け毛が引っかかっていた場所からは体高を推測できる。
足跡や糞の乾き具合から、この場所を通った時間を逆算できる。足跡の数から群れの規模も知れる。傷跡が縄張りのアピールなのか、それとも争った跡なのか。抜け毛の色で、灰色狼なのか、深森狼なのかも判別可能だ。
俺にはまだわからないが、パピーの嗅覚を使えば、マーキングに使われた尿からおおよその縄張りの範囲や、マーキングした群れの主の性別も判別できるらしい。
新しく訪れる場所では、そういった情報をいつも以上に注意深く収集する。
周囲の地形。突然崖になっている部分や、草がかぶさってできた天然の落とし穴。トゲのついたツル、毒のある樹木や草花。
危険度の高そうな場所を、容量の少ない脳みそに必死に叩き込む。
文字通り命がけの作業だ。集中力が違う。
極限の集中とレベル補正が合わさり、脳内にマップが形成されていく。
俺にチートさえあれば、こんなに苦労しなくて済むのに。
そう愚痴りながら、情報を詰め込まれてオーバーヒート寸前の脳を酷使する。
あー、甘いもの食いてぇ……。
マップだのストレージだの、テンプレチートをうらやみつつ、目についた薬草を丁寧に採取していく。
納品先の薬師ギルドに少しでも好印象を持ってもらうために。買取価格が少しでも高くなるように。
しんどくて、どこか情けない。微妙にもやもやする。
そんな感情を抱えながら、それでも『悪くない』と感じていた。
反社のお偉いさんになってふんぞり返るのも悪くないが、俺にはこういった仕事が似合っている。
反社より冒険者。世間から見たらどちらも大差ない職業ではあるが、やはり俺の本質は冒険者なのだと、改めて思った。
同じ森と言えど、森は広大だ。
それに、異世界の植生は地球と違い、謎のランダム性がある。
そのため、少しルートを変えるだけで、生えている植物にも変化が生まれる。
見たことのない植物がちらほらと見えるが、リスクを考えて触れないことにした。
採取だけしておいて、薬師ギルドの人に聞く方法もある。俺には毒耐性のスキルもあるから、ある程度の毒には対応できるはずだ。
それでも、欲張ってリスクを抱えるのはよろしくない。
キノコだけでなく、草にもヤバい毒を持ったやつは多いからね……。
俺が転生する前、動画配信サイトでは野食系の動画が流行っていた。
ああいった動画を見ていると、『そこら辺の草なんかでも案外食べられるものがあるじゃん』なんて思うかもしれない。
それはある種正しいのだが、植物に対して正確な知識を有している場合に限る。
俺もサバイバル好きとして最低限の知識は持っていたが、それでも怪しいと感じた植物には絶対に手を出さなかった。
というのも、地球に存在する植物のうち、人間が食べるのに適しているとされるのは全体の五%ほどだと言われている。
つまり、残りの九十五%は人間が食べるのに適していない。
そして、人間が食べるのに適していない植物の多くは、強弱はあれど毒を持っている。
ましてやここは異世界。成功率五%の毒ガチャに挑むには、リスクが高すぎる。
食さなければ大丈夫なことが多いが、漆のように触れただけでかぶれる植物もある。雨宿りしてはいけない木として有名な『マンチニール』なんて、ヤバい木も存在する。
触らぬ神に祟りなし。見知らぬ草木はスルーに限る。
とはいえ、知識がないまま放置するのもよろしくない。特徴だけ覚えて、後で薬師ギルドの人に聞くことにしよう。
そのためにはまず、質問や雑談ができるくらい、薬師ギルドの人と仲良くならなければならない。
こっちは反社だから、警戒もされるだろうしなぁ……。
結局、コミュニケーション能力が必要になってくる。
やはり、最強チートは関西のおばちゃんが持っている圧倒的なコミュ力かもしれない……。
未熟でホルモンに振り回されっぱなしの思春期主人公より、関西のおばちゃんのほうが異世界適性が高いのでは? 神の野郎に再び会うことがあれば、進言してみてもいいかもしれない。
採取を続けながら移動していると、ギーオが生えている赤土地帯に到達した。
帰ろうか迷ったが、せっかくここまで来たのだ。いくつかギーオを採取していこう。
慣れからくる事故が起きないよう気をつけつつ、素早くギーオを回収していく。
結構集まったな。そろそろ帰るか。
太陽の傾きを見るに、少し急げば日帰りで町に戻れそうだ。
新ルートを注意深く歩いてきたわりには、ペースがいい。
やはり、いい流れが来ている。
今日は魚の気分だ。
パピー、今日は魚を食べよう。
回路を通して、パピーの嬉しそうな感情が伝わってくる。
さて、帰り道も気を引き締めて移動しますか。
そう思った、その瞬間だった。
回路を通じて、強烈な警告が届く。
言葉にすらなっていない、ただの危険信号。
それを受け取った俺は、自分でも驚くほどの反応でナイフを抜いた。
いつもの逆手ではなく、順手で。
目には見えない“何か”が、俺に飛びかかってくる。脳が理解する前に、体が勝手に動いていた。
順手で抜いたナイフを、何もない前方に突き出す。
ナイフを握る腕に、強い衝撃と重みが伝わった。
首筋に、ぞわりと寒気。
仰け反るように首を後ろへ反らす。
――ガチン!
さっきまで首があった場所で、牙が噛み合う音がした。
まずい、勢いを殺しきれない。
見えない“何か”が、仰け反った俺にのしかかる。
重さと勢いに耐えきれなくなった俺は、背中から地面へと――ぐしゃり。
俺の背中は、蟻の巣に突っ込んでいた。
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