廃墟にて その3
【過去視】による、老魔術師アルガンの悲劇の再現上映は続く。
「……!?」
杖と短剣を持ったアルガンが、暗鬼崇拝者の司祭(仮)に向けた表情は強い怒りと恐れだった。
逆に司祭(仮)はいっそ温厚ともいえる笑みを浮かべ、ゆっくりと老魔術師へ近づいていく。
司祭(仮)の部下らしき人影はみな、黒いローブとフードで全身を隠していた。……まあ、ろくな連中ではあるまい。
「……!」
アルガンが何事か叫び、片手の杖を突きだした。
魔術を使ったのだろう。杖の先に赤い輝きが生まれ、そこから扇状に灼熱の炎が噴き出し……瞬時に消え去った。
「!?」
驚愕の表情のアルガン。何度か杖を振り回すが、何も起こらない。
一方、対面の司祭(仮)が頭上にかざした黄金の杖の先には漆黒の球体が生まれていた。
私にはこの世界の魔力は見えないが、その球体がアルガンの魔力を吸収したとか掻き消したのだろう……という想像はできるな。
できるがしかし、そんな高度っぽい魔術の存在は聞いたことがない。後で確認しなければな。
「……」
「……!」
床に崩れ落ちて頭を抱えるアルガンを、司祭(仮)の部下たちが取り囲んだ。
杖を取り上げ、両腕を掴み押さえつける。
「……」
「……! ……!」
恐怖一色に変わったアルガンに司祭(仮)は何やら優しげに語りかけるが、老人は首を振るばかりだった。
しかし、無声の動画から情報を読み取るのは結構大変だな……などと思っていると。
「!!」
突如暴れだしたアルガンが細い腕の一振りで黒ローブを振り払った。
一瞬硬直した司祭(仮)や他の部下が気を取り直すよりも早く、アルガンは一気に短剣(これは放置されていた)を自分の胸に突き刺す。
私も驚いたが、司祭(仮)も流石に顔を歪ませる。というより彼は、この後アルガンに何が起こるか理解できていたのだろう。
……いや。私も頭のどこかでは理解していた。私も一度、この光景を見たことがある。
「~~!」
短剣を引き抜いた胸からマグマのように鮮血をまき散らしながら、老魔術師は床にぶっ倒れ、ない。
頭部が空中で何かに引っ掛けられたかのように動かず、体全体は大きく何度も痙攣していた。
司祭(仮)が何やら叫んだが、部下がそれを実行する時間はなかったようだ。
バネ仕掛けのおもちゃのように暴れる身体を捨て置き、アルガンの頭部は後方に膨れ上がりはじめた。まるで風船ガムだ。
あっという間に五倍以上に膨れ上がったアルガンの頭部は、その輪郭を歪ませていく。
精巧な人型に整え着色までした粘土を、見えない手が滅茶苦茶にこねまわしているようだ。
「……!」
「!」
司祭(仮)は、先程までの温厚さをかなぐりすて、怒りに顔を赤くして怒鳴った。それは撤退の命令だったのだろう。部下の黒ローブたちが慌てて走り出す。
アルガンの頭部だった漆黒のモノは空中でグニャグニャと歪みながらさらに体積を増していく。首から下も激しく暴れながらモノに飲み込まれ……血まみれの短剣だけが床に転がって、残った。
司祭(仮)たちも速やかに逃げ去り、あとに残されたのは床に鎮座する牛ほどの漆黒の球体……暗鬼の巣。
私は確かに、この光景を見たことがある。
ディアーヌの母親を焦点に変えた暗鬼崇拝者の意識から『ESPメダル』で読み取った、薄衣の美女が闇の球体に飲み込まれていく光景。
《ゴボ》
無言のはずの過去の映像なのに、そんな音が聞こえた気がした。
球体の表面が内側から盛り上がり、歪な細い人型を生み出していく。この光景も前に見た。暗鬼がこの世界へ出現したのだ。
「……おい、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
【過去視】の呪文の効果はここまでだった。
なんど見てもグロい光景にしばし呆けてしまった私の肩をセダムが叩く。
「何が見えた?」
「な、何か分かったのですか、マルギルス様?」
「……とりあえず、一旦ここから出よう。話は耳目兵たちと合流してからだな」
セダムとライルがそれぞれ好奇心と不安に満ちた目を向けてくる。
それをまぁまぁと制して私は言った。
「……まあそういう光景が見えたんだ」
今度は斜面を這い上がり、耳目兵二人と合流した私たちは再び亜空間に戻った。呪文の持続時間はまだ三時間以上はある。
「暗鬼の巣はそんな風にできるのですか……」
「……ふん」
そこで、【過去視】で見た状況を皆に説明する。
耳目兵の表情は例の面覆いで隠されているので分からない。レードは素知らぬ顔でそっぽを向くが、視線はこちら向いている。
腕組みして自分の二の腕を掴む指に力が篭っているように見えるのは、暗鬼崇拝者の所業に怒っているからだろう。
「焦点になった人間が、暗鬼の巣を生み出すのを直に見たことは誰もないだろうな。貴重な情報だが……今までの仮説と食い違う部分があるな」
セダムが興味は尽きないという顔で頷きながら呟く。私も同意見だ。
「そうだな。少なくてもアルガンは暗鬼崇拝者ではなかったようだし」
かつて巨大な暗鬼の巣を生み出したディアーヌの母親は、身近に潜んでた暗鬼崇拝者によって憎悪を増幅させられた結果(その他、様々な儀式なども行われていたと思われるが)、焦点と化した……というのが、私やセダムの推論だった。
あの、レリス市のコーバル男爵も実は司祭によって焦点に変えられている途中だったのではないか、とも思っている。
ところが過去のアルガンは、どうみてもそこまで憎悪に飲まれている様子ではなかった。
「何か、俺達が見落としている焦点化の条件があるのだろうな」
「……やはり、実際に高位の暗鬼崇拝者を捕らえて吐かせるしかないか」
セダムとレードの意見にも賛成だが。どこかに野良暗鬼崇拝者でもうろついていないものかな。
「マ、マルギルス様。いま、おっしゃられたことは本当なのですか?」
「うむ。間違いない。……何か、分かることがあれば教えてくれないか?」
それまで俯いていたライルが、意を決したように口を開く。
「マルギルス様がおっしゃった司祭らしき人物……十年前、丁度ラウリスを訪問されていた『法の神殿』の八守護聖人の一人、シャーラン・ロウム・ツアレス様に間違いありません」
ライルはもうずっと青ざめっぱなしの顔に驚愕と恐怖を張り付け、「信じられませんが」と付け加えた。
私には今ひとつピンとこない話題だったが、レードとセダムは目を見開いている。
「守護聖人が暗鬼崇拝者だったとは、とんでもないな。王法がひっくり返るぞ」
「しかし、ツアレスは死んだはずだな」
守護聖人とやらについては後で聞くとして。とりあえず確認したのは、そのツアレスは公式に喪失戦争で死亡したことになっており、その後生きているなんて話もないということだ。
「……またえらく根が深い話になってきたな」
「そ、それだけではないのです! ……ツアレス様が持っていたという黄金の杖……それが恐らく『ラウリスの杖』です!」
「……お、おう。そうか……」
軽い偵察のつもりだったのだが、なかなか手ごわい探索になってきたな。少々頭が混乱してきた。
いや弱気はいかんな。頑張って良い方に考えよう。
「いいぞ。大分、暗鬼と暗鬼崇拝者の謎に迫ってきたじゃないか」
タイミングの良いセダムの発言に、私はかくかくと頷くしかなかった。