廃墟にて その2
十数分後。
私たちは、ラウリス筆頭魔術師アルガンの屋敷にいた。いや屋敷だった場所、というべきだろうか。
直径数十メートルのクレーターのような穴の縁に、かろうじて屋敷の前半分が残っている。
セダムやライルの話では、アルガンの屋敷の地下室――恐らくクレーターの中心部だろう――に焦点が発生したということだ。
巨大な穴の縁ぎりぎりに立って下を覗き込む。
「……良く分からん」
目を凝らしても穴の底の様子は良くわからない。距離も少しあるし、何しろ亜空間内は視界が悪い。
穴の底へ続く斜面にしても平坦ではなく、瓦礫や岩が散乱し裂け目も何箇所もみえる。
「ここで戦いがあったのは間違いないな」
一方、セダムは足元に転がる鎧や武器の残骸を指差して呟いた。
半ば埋もれ、錆びた盾の表面には見覚えのある紋章。盾の持ち主はカルバネラの騎士だった。
「では、後は頼む」
「はっ。お任せを」
穴の底を詳しく調べるには、やはり底まで下りて、なおかつ亜空間から出る必要があった。
見渡した限りでは周辺に暗鬼の影がなかったため、一旦亜空間から物質界へ戻ることにする。
幸い、乾いた冷たい風の中に腐臭はない。
耳目兵二人を見張りに残し、私たちは穴の底に降りていく。全員で降りるならまだ亜空間から戻る必要はないのだが、穴の底からでは周囲の様子が分からなくなるからな。
隊列は先頭から、弓を背負ったセダム、レード。私と並んでライルという順番だ。
「……っ」
ライルは青ざめながらも必死に斜面を下っている。私は大魔法使いの杖で身体を支えながらだが、彼は手ぶらなので少々大変そうだ。
私は続けてセダムの背中へ視線を向ける。
さすがは熟練の特殊兵。細心の注意を払いながら進んでいるにも関わらず、その足取りに淀みがない。ついでにいえば、砂利が転がる音一つ聞こえなかった。
レードも、巨体と重装備にも関わらず平然としたものだ。まあもともと彼には心配はしていない。
「なあ、ライル?」
「な、何でしょうか?」
私は再度、青年貴族を見て小声で囁いた。
「……これを使いたまえ」
私は背負袋から、こんな時に非常に重宝するアイテムを取り出した。
ジオが1レベルの頃から愛用している唯一の普通の品物。
「これぞ『3メートルの棒』だ」
「……はぁ」
私は名前のとおり長さ3メートル(約10フィート)、太さ2センチほどの頑丈な棒をライルに手渡した。
しかしどうも、ピンとこないという顔をしているな。まあ窮乏生活が長かったといっても、こういう探索などは初めてだろうし仕方ない。
「これは身体を支えるだけでなく、目の前の地面や瓦礫を突いて安全を確かめることができる道具なんだ」
「……なるほど」
「セダムやレードが先に歩いているからといって油断は禁物だ。罠や、地盤が脆くなっている部分があるかも知れないし、小型のモンスターが潜んでるかもしれない。それで、とにかく地面を突きまくりながら歩くんだ」
「わ、分かりました」
私の説明に納得したのだろう、彼は真面目に斜面を突きながら進み始めた。
身体の支えにも使えるため安定性もだいぶ向上している。
3メートルの棒のお陰、というわけではないが私たちは無事、クレーターの底に到着した。
せっかくなので、ライルにはそのまま棒を持っていてもらうことにした。
「ちょっとした護身用にもなるしな。ただし後で返してくれ。それには色々と思い出もある……」
「は、はぁ」
まだ、【眠り】一、二回分しか『準備』できない駆け出しのころ、しょぼい廃城や洞窟をこれで調べた時の頃を思い出してしみじみと呟いた私は、慌てて首を振った。
やばいな。何か今、ジオ・マルギルスの記憶と自分の記憶が混同していた。
「そろそろ良いか?」
「う、うむ」
肩をすくめて聞くセダムに、慌てて頷く。そうそう、探索はこれからが本番だ。
穴の底の直径は十メートルほどか。歪な円形に、地下室のものだろう石畳が残っている。
家具や食器など、地下室の備品らしき残骸とともに、ここで戦い亡くなった戦士や騎士の装備が朽ちて転がっていた。
人間と似ていながら、四肢の長さが不揃いだったり角がある白骨もいくつも散乱しているが、これは暗鬼のものだろう。
「ざっと見た感じでは……まあ、何も分からんな」
「確かに」
何しろ十年前の事件の現場だ。さらに暗鬼がうろついたり、暗鬼と戦ったりした跡なのだから無理もない。
「ただ……恐らくこのあたりに『巣』があったんだろうな。『焦点』? なのか、そのあたりは良く分からんが」
セダムが指差したのは穴の底のさらに中央部分。そのあたりだけ残骸や破片などがほとんどなく、石畳が見えている。
「確かグンナー副長の話だと、ここにあった『巣』は牛くらいの大きさだったそうだな」
「ああ。一応、辻褄は合う。……後はとにかく調べるしかないな」
そんなわけで、私たちは手分けして穴の底を調べ始めた。
とはいってもこの中で探索のための技能を持っているのはセダムだけだ。しかもレードは突っ立って周囲に視線を向けるだけだし、ライルもおっかなびっくり3メートルの棒で瓦礫や残骸を突くくらいしかできない。
……いやまあ、考えてみれば私も似たようなものだが。
とりあえずやってみたのは、マッピングスクロールと【魔力解析】の呪文だ。
マッピングスクロールには何の穴の外のラウリス市街の一部が描き出されただけで、地下の隠し通路などはないことが分かった。とはいえ、あまり広範囲の『ダンジョン』は見つけられないから、ラウリス全体の地下に何かがある可能性は否定できない。
【魔力解析】でも、魔力の痕跡は見当たらなかった。もっともこの場合の『魔力』は私のとっての魔力であってこの世界の魔力とは違うが。
「それにしても……マルギルス様」
「どうした?」
巨鬼のものらしいでかい骨を、棒でどかしその下を調べていたライルが呟いた。
「暗鬼の遺体……骨は残っているのに人間は装備、それも鎧や盾、道具しか残っていないですね」
「……そうだな」
ここに骨として放置されることすら許されなかった遺体は、どこに行ったのか? 考えたくもなかった。
「……こいつでどうだ?」
「ん?」
しばらくあたりを調べていたセダムが拾い上げたのは、一振りの短剣だった。
「柄に家名が掘られてる。こいつはアルガンの物だ」
「おお」
セダムの意図はすぐ分かった。
「こいつに【過去視】をかけてみよう」
騎士の装備などでは、『巣』を破壊する時の戦いの様子しか分からないだろう。一方、当事者であるアルガンの私物であれば、彼が『焦点』になった経緯が分かるかもしれない。
こんな時のために、今日は二回分【準備】してきているのだ。
レードや、穴の上に居る耳目兵たちに合図をしてから、私は【過去視】の呪文を唱えた。
「この呪文により、我が手ある短剣が経てきた時を遡り、我が目に映す。【過去視】」
仮想の私が、第七階層『霊力保持者の呪文書庫』で混沌のエネルギーを解放する。
白く輝く無形の混沌は上方(現実)へは飛ばす、目の前にスクリーンのように広がった。
それは実際、アルガンの短剣に刻まれた過去を映し出していく。
十年という年月のためだろうか。以前に使った時よりも『映像』は荒く、暗かった。
それでも、スクリーンに映し出された豪華なローブ姿の老人の、憔悴しきった表情は良く見えた。
場所は恐らくこの地下室。老人は片手に杖、片手に短剣を握り、蹲って震えていた。
頭を抱え、しきりに何か呟いている。音が聞こえないのが残念だ。
突如、老人が背筋を震わせ、振り向いた。視線の先は、地下室の出入り口。
何人かの人間が扉を開け入り込んだのだ。
中心にいるのは、純白に金銀を散りばめた法衣に身を包んだ壮年の男。
見事な白髪に髭、穏やかな表情。法の神の紋章が刻まれた帽子。手には黄金の杖。
どう見たって高徳の神官だったが――その瞳は、濁った金色に染まっていた。




