廃都にて その1
久しぶりの気がする【亜空間移動】を唱えると、私たちは亜空間に包まれた。
音や匂いが遠くなり、周囲の光景が水槽越しのように水色がかって見える。
「こ、これで本当に暗鬼に見つからないのですか……?」
青年貴族ライルは不安そうだ。
「大丈夫だ。今の私たちは物質界の外側に存在している。壁なんかもほらこのとおり」
今まで私たちが隠れていた大きな岩に腕を伸ばす。腕は何の手ごたえもなく肘まで岩に潜り込んだ。
「……しかしそれだと、この大地にも身体が沈んでしまうことになりませんか?」
「……」
ライルと同じく不安そうにしていた耳目兵の一人が聞いてきた。良い質問ですね。
亜空間には何もないわけではなく、実際には平坦な地面が物質界の地面と重なるように存在している。
その亜空間の地面に立っている私たちから見ると、物質界の物体は立体映像のような存在なのだ。
ちなみに、本当に何もないのでもなく亜空間にも『何か』が居て、極希に出会ってしまうこともあるのだが……ええい、説明が面倒くさい。
「気にするな。それが魔法というものだ」
「はぁ」
他にももちろん、【魔力の盾】【敵意看破】【見えざる悪魔】【無敵】などの鉄板呪文は使ってある。
ちなみに、今日『準備』した高レベル呪文は以下のとおりである。当然、調査と移動重視のチョイスだ。
【呪文名】残り使用回数/準備数
7レベル
【鬼族小隊創造】1/1
【達人の目】0/1
【怪物創造】1/1
【過去視】2/2
【次元の扉】1/1
【上位透明化】1/1
【石像化】1/1
【物品召還】1/1
8レベル
【極大魔撃】1/1
【破壊の雲】1/1
【力場の壁】2/2
【精神支配】1/1
【上位強制変化】1/1
【六つのルーン文字】1/1
【特殊怪物創造】2/2
9レベル
【亜空間移動】1/2
【全種怪物創造】1/1
【完全治療】3/3
【無敵】0/1
【変身】1/1
【時間停止】1/1
亜空間は私を中心に移動するので、幻馬に乗ったままだと全員を効果範囲内に収めるのが難しい。
そのため、幻馬はその場に待機させ、私たちは廃墟と化したラウリスに向けて歩きだした。
隊列は先頭から、耳目兵二名、レード、私とライル、殿にセダムだ。
「ラウリスの杖があるとしたら城だろうが、その前にアルガンの屋敷も調べたいな」
セダムが自然な姿勢で弓を携え歩きながら言った。さすがにその表情に緩みはない。
アルガン。ゼパイル・ラウリア・アルガンか。
「確か例の『喪失戦争』の時、焦点があった屋敷の主か」
「ああ」
「ラウリス王族の一人であり、筆頭魔術師でもあった御方ですね。最初に暗鬼が現れた頃には病で臥せっておられたという話ですが……」
セダムが頷き、ライルが補足する。
今までの経験からいうと、その筆頭魔術師が『焦点』になって暗鬼の巣が出来てしまったと考えるのが自然だろう。
調べてみる価値はある。
「そういえばあんたは『喪失戦争』の時、ここに来て焦点を破壊したんじゃないのか?」
「……俺はその当時、西にいた」
「そうなのか。俺はまだあの頃駆け出しでな……」
レードとセダムが昔のラウリスを知っていれば話は早かったんだがな。そんな会話をしながら、ラウリスへ接近する。
たまに鳥か翼鬼か区別がつかない影が頭上を通り過ぎる以外、静かな道中だった。
「このまま街の外縁に近づいてから、東へ進んでください。すぐに見えてくると思います」
ライルの指示に従って歩くこと数十分。
廃都と化したかつての『壮麗なる都ラウリス』。周囲の切り立った山を天然の防壁としていたのだろう、壁の類はなかった。
人間の気配など影も形もないが、見える範囲には暗鬼の影もない。
破壊された市街を横目に見ながら進むが、本当の意味でラウリスで起きた惨劇を実感したのはそれを見たときだった。
「酷いな……」
市街と外部を区切るための案山子のようだ。
建物に沿って、無数の杭が植え込まれている。その杭にぶら下げられているは、数えきれない人骨だ。その引っかかり方や、杭の根本に散らばった骨から見て、彼らが生きたままこの状態にされたことは明らかである。
亜空間からだと物質界の光景はかなり現実味が薄れて見えるものだが、それでも……あまりにも無残だ。
「うぷ……おぉぉ……」
「……」
ライルはさっきから何度も嘔吐し、真っ青になっていた。それでも、口元を拭いながら歩いている。
私もライルの背中をさすったり支えてやりながら歩いているが、正直吐きそうだ。
レードとセダムの顔も石像みたいに硬くなっているし、耳目兵はもとから無駄口を叩かない。……ギリオンの強がりを聞きたくなる日がくるとはなぁ。
「もう、少しです。……ああ、見えてきました。あの屋敷です」
青年貴族が震える指を向けたのは黒く塗られた大きな屋敷。その残骸だった。




