第十九章 「交差する影」
第十九章
街の復興現場。
「……あれ、影さんは?」
作業していた男が辺りを見渡す。
「さっきまでいたのに」
「また消えた」「どこ行ったんだ」「最近急にいなくなるな」
ざわめく。
鋼牙が腕を組む。「……また単独か」
そこへ天斬が通りかかる。
鋼牙が声をかける。「影殿の居場所をご存知ですか」
天斬は立ち止まる。少し考える素振りをする。
「さあのう」
少し間。
「そのうち戻るじゃろ」
鋼牙が眉をひそめる。「……心配じゃないんですか」
天斬はのんきに笑う。「ほっほ」
それだけだった。
⸻
夜道。
影は歩いていた。足音はない。気配も薄い。
東へ。ただ進む。
数日が過ぎていた。街が近い。
空気が変わる。人の匂い。煙の匂い。
「……近いな」
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歩みを進める。
その瞬間。
地面が沈む。
罠。
影は咄嗟に跳ぶ。
空を切る刃。
着地する。
その瞬間。
暗がりから人影が現れる。
一人。二人。三人。
無言。
目だけが影を捉えている。
最初から囲まれていた。
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影は小さく息を吐く。
刀に手をかける。だが鞘から抜かない。逆手に持つ。
「……来い」
⸻
最初の一人が踏み込む。剣が振り下ろされる。
影は半歩ずれる。鞘で手首を打つ。ドンッ。剣が落ちる。続けて鞘で胴を打つ。男が倒れる。
二人目と三人目が同時に来る。
影は動かない。一瞬。
次の瞬間には二人とも倒れていた。
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静けさが戻る。三人、全員倒れている。死んではいない。
影は刀を収める。
その時。
気配。
影の目が細くなる。
「……出てこい」
静かな声。
しばらく間。
木の影から、ゆっくりと二人が現れた。
「……」「……」
二人は顔を見合わせる。
一人が言う。「む、無理無理。こんなの割に合わない」
もう一人が頷く。「そうそう。俺たちただ雇われただけだし」
影は無言で二人を見る。
二人が縮む。
「は、話します」「全部話します」
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「俺たちは」一人が続ける。「言い値で雇われただけだ」
「拠点は街外れのスラムの奥」
「狙いは武器の横流し」
「上の奴の顔は……見たことない」
影が続けて聞く。「攫われた人間はどこだ」
二人が顔を見合わせる。
「……攫う?」「なんの話だ?」
戸惑った顔。本当に知らないようだった。
少し間。
「俺たちはただ、お前を引き付けとけって言われただけだ」
影はしばらく二人を見る。
嘘ではない。
「……行け」
二人は顔を見合わせる。
「え、いいの?」
影は答えない。ただ街の方を見ている。
二人は慌てて走り去った。
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影は立ち上がる。街の方角を見る。
「……」
静かに走り出す。
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その時。影の頭に、ふと蘇るものがあった。
夜の山道。五人の山賊。あの時は躊躇わなかった。
今は。
影は少しだけ足を止める。刀に触れる。
そして、また走り出す。
何も言わない。ただ、前を見ていた。
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街に入ると人の往来が多かった。
影は外套を深く被る。顔を隠す。
足を止めずに歩く。視線だけが動く。
武器屋。怪しい路地。人の流れ。
「……なるほど」
小さく呟く。確かに裏で動いている気配がある。
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その時。前から歩いてくる人影。
軽い足取り。耳と尻尾。
(……なんでここにいるんだ)
影は顔を伏せたまま通り過ぎる。
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猫女がすれ違いざまに足を止める。
「あ」
振り返る。キョロキョロする。
「今影っち居た気がした」
少し間。
「……き、のせい?」
首を傾げる。そのまま何事もなかったように歩き出した。
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同じ頃。天膳一派の宿。
飯が並んでいる。一行が食いながら話していた。
弓使いが地図を広げる。「護衛の配置はこうなる」
「前衛が二人。後衛に一人。移動中は馬車の周囲を固める」
斧男が飯を口に運びながら頷く。「俺が前衛でいいな」
「当然でしょ」弓使いが言う。
リーナが地図を覗き込む。「夜間の警戒はどうする?」
「交代で見張りを立てる。二人一組で」弓使いが続ける。
斧男が天膳を見る。「天膳様はどこに配置する?」
天膳は飯を食いながら地図を見ていた。「……どこでもいい」
斧男が眉をひそめる。「どこでもって……」
天膳は軽く笑う。「必要な時に動く」
仲間たちは顔を見合わせる。「相変わらずだな」弓使いが息を吐く。
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その時。扉が開く。
猫女がひょっこり顔を出す。「ただいまー」
斧男が振り向く。「今度はどこほっつき歩いてたんだ」
猫女は肩をすくめる。「ちょっとそこまで」
リーナが猫女を見て言う。「早く食べないとご飯無くなっちゃうよ」
そのままちらりと斧男を見る。
斧男が止まる。「……なんで俺見るんだ」
リーナが視線を逸らす。
「おいなんだその目は!!デカくて悪かったな!!」
猫女がケラケラ笑いながら席に着く。「いただきまーす」
弓使いが静かに斧男の皿を見る。「……減ってるな」
斧男が叫ぶ。「なんで俺!?」
猫女がふと気づく。「あ、そこにいたの」
側近は黙って飯を食べていた。
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その時。
天膳がちらりと側近を見る。
ほんの一瞬。
側近の目が動く。
それだけだった。
しばらくして。
側近が静かに立ち上がる。「先に失礼する」
誰も気にしない。
騒ぎはまだ続いていた。
側近はそのまま静かに部屋を出た。
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リーナは天膳を見ていた。
地図を見ているようで、どこか別のものを見ている目だった。
「……天膳様」
天膳が顔を上げる。「ん?」
リーナは少し間を置く。
「……なんでもないです」
天膳は軽く笑ってまた地図に目を落とした。
第十九章終~




