2 もう一度、愛してると言って(後編)
◇◇◇
その日から私は、あんなに好きだった社交の場に出ることもやめて、部屋に閉じこもりがちになった。
リハルト様の言葉通り、ゴードン公爵家は婚約破棄の代償として多額の賠償金を差し出してきた。贅沢に慣れた貴族令嬢が一生遊んで暮らせるぐらいの。
それと同時にリハルト様の廃嫡が決まり、ゴードン公爵は腹違いの弟である後妻の息子、ミハエル様が継ぐことに決まったそうだ。
(だから、後悔しないかって言ったのに。生粋の貴族であるリハルト様が、ゴードン公爵家を出てどうやって生きていくのよ。たとえ愛していなくても、私と結婚していれば良かったのに。リハルト様の、ばか……)
私はぐちゃぐちゃの気持ちのまま、死んだように毎日を過ごした。その間、クリステル侯爵家には山のように縁談が持ち込まれ、私のもとには、数多くの豪華な贈り物や恋文が毎日のように届けられるようになった。けれど、私はその全てを断り続けた。
リハルト様を嫌いになれないまま、新しい婚約者を選ぶ気分には、とてもなれなかったから。両親も、そんな私をそっとしておいてくれた。
そうこうするうちに、季節がいくつか巡り、騒がしかった周囲も、私の気持ちも、少しずつ、落ち着きを取り戻していった。
そんなある日、私のもとに一通の手紙が届いた。
差出人の名はは、リハルト・ゴールド。
恐る恐る手紙を手に取り、便箋に書かれた文字に目を走らせる。
「えっ!?嘘でしょう……」
手紙を読み終わった私は、思わず手紙を握りしめ、堪えきれずにお腹を抱えて笑った後、盛大に天を仰いだ。
◇◇◇
「遠い所を、よく来てくれたね」
「本当に、リハルト様ですのね……お元気そうで何よりですけど」
王都から馬車で五時間。
国境沿いの、美しい海を望む白亜の宮殿に招かれた私は、異国の衣装に身を包んだリハルト様……いえ、隣国、ゴールド王国の国王に即位したばかりの、リハルト陛下に対峙していた。
学園にいた頃と違い、細身ながらも鍛え上げられた身体に、良く日に焼けた褐色の肌が眩しい。すっかり男らしく、逞しくなったリハルト陛下は、エキゾチックなゴールド国の衣装がとても良く似合っている。
「少し、痩せた?」
でも、私を気遣うその瞳は、あの頃のまま。
なぜリハルト様が、隣国の国王陛下になっているのか。
実は、リハルト様の亡くなったお母様は隣国の第一王女で、リハルト様は隣国の王位継承権を持っていた。そして、老王が亡くなる際、自身の後継者として指名したのが、リハルト様だったと言うのだ。
「そんなこと……初めて知りましたわ……」
「王族を母に持つ子どもが、他国の王位継承権を持つことは珍しいことではないから、私も特に気に留めていなかったんだ。ほとんどの場合、順番が回ってくることはないからね」
ゴールド前国王には、王女二人しか子どもがいなかった。そのため、姉姫が嫁いだ時点で、妹君が女王に立つ予定だった。しかし、その方が平民と恋に落ち、王女の身分を捨てて女王になることを拒否したため、第一王女の子どもであるリハルト様に白羽の矢が立ったらしい。
「私、てっきりリハルト陛下はマリー様と駆け落ちしたのだと思っていましたわ」
私と言い争って以来、ぱったりと姿を見せなくなった彼女。
「ああ。その、非常に言いづらいのだが……彼女が私の、叔母上なんだ」
「ええっ!」
「私が即位の打診に対する返事を渋っていたせいで、愛する夫に逢えない。どうしてくれるんだと毎回詰め寄られて参ったよ……全く、平民出身の騎士団長と結婚するために王位を拒否したくせに、自分のことは棚に上げて……」
「そうでしたの……」
まさか目に見えて憔悴していたのがそんな理由だったとは、夢にも思わなかった。
「では、わたくしとの婚約を破棄したのは……」
「この国を継ぐために、ゴードン公爵家の籍を抜ける必要があった。君との婚約は、ゴードン公爵家の嫡男と結ばれたものだったから、あのまま婚約を維持していたら……君は、自動的に弟のミハエルの婚約者になる。僕にはそれが、どうしても耐えられなかったんだ」
リハルト陛下はそこで言葉を切ると、切なげに私を見つめた。
「君を、心から愛しているから。例え弟でも、許せない」
私は思わず、両手で顔を覆う。
それは、リハルト様から初めて告げられた、愛の言葉だった。
「正式に国王として即位するまで、事情を話すことができなかった。君には、憎まれて当然のことをしたし、顔も見たくないだろう。それでも……もう一度、チャンスが欲しくて……みっともなく、手紙を出したんだ」
リハルト陛下はそっと私の前に跪いた。
「エルザ・クリステル。君を愛している。もう一度、私と婚約してくれないか?」
「……もう二度と、あんな想いをするのは嫌ですわ。わたくしが、どんなに絶望したか分かりますか?」
「分かっている。これから先、どんな償いでもする」
「分かっていませんわ!わたくしだって、リハルト様を愛してます!誰にも渡したくないくらいに!」
「エルザ……」
「もう一度、愛してるって言って」
「愛してる!」
そのまま、息もできないほど強く、抱き締められた。
「本当は、君がすぐに他の誰かと婚約してたらどうしようかと、怖くて仕方なかった……私にはそんな資格が無いのは分かっているのに」
我慢の限界を越えて、ポロポロと涙が零れ落ちる。
「……リハルト様の馬鹿。大っきらい。リハルト様じゃなきゃ、駄目なの……知ってるくせに」
「うん、ごめん……」
「もう絶対に、二度と婚約破棄なんてしてあげないんだから……」
「うん。いっそのこと、もうこのまま結婚しちゃう?」
泣きじゃくる私をみて、心底嬉しそうに口付けるリハルト様が憎たらしい。
◇◇◇
「や、や、や、やっぱりこの婚約、なかったことに……」
「だ〜め。婚約破棄は二度としないって言ったよね?」
翌朝、泣き疲れてリハルト様の腕の中で目覚めた私は、渡されたゴールド王国の民族衣装を前に固まっていた。
「叔母がどうしても君にプレゼントしたいって。泣かせたお詫びだってさ」
「だ、だってこれ、お腹が全部見えてっ……」
「あ〜、最初は私も戸惑ったんだけどね。着てみると案外快適だよ。大丈夫。すぐ慣れるから」
「う、ううう……」
隣国との文化の壁はまだまだ厚い気はするけれど、とりあえず、2度目の婚約破棄はしない予定です。
たぶん。
おしまい
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