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第30話:三人の王

第30話:三人の王

 帝都の、夜明けの、冷たい、清冽な空気を、鉄と、血の、匂いが、支配していた。

 リリアーナが、囚われていた、離宮の、美しい庭園は、今や、エルシュタイン王国と、グランツ帝国、両国の、精鋭たちが、剣を、抜き放ち、睨み合う、一触即発の、戦場と、化している。

 その、中心に、三人の、男が、立っていた。

 一人は、黄金の、獅子の紋章を、背に、朝日を浴びて、神々しいまでに、輝く、エルシュタイン王国の、若き国王、クリストフ。

 一人は、黒鷲の、紋章を、胸に、敗北を、知りながらも、その、瞳に、決して、屈しない、炎を宿す、グランツ帝国の、若き皇帝、ヴァルフレート。

 そして、もう一人。

 その、どちらにも、属さず、ただ、ひたすらに、一人の、女を、守るためだけに、そこに、立つ、氷の騎士、ゼオン・ライアス。

 三者三様の、王。

 その、視線は、今、ただ一人、その、渦の中心に、凛として、佇む、赤髪の、令嬢へと、注がれていた。

 リリアーナは、そこに、立っていた。

 もはや、囚われの、哀れな姫君では、ない。

 ゼオンと、クリストフという、二つの、絶対的な、盾を、その、背後に、感じながら、彼女は、本来の、気高く、そして、誰にも、媚びることのない、輝きを、完全に取り戻していた。

 夜明けの、柔らかな光が、彼女の、燃えるような、赤髪を、優しく、撫で、その、一本一本が、まるで、純金の、糸であるかのように、きらきらと、輝く。

 夜着のままだった、その、服装は、ゼオンが、さりげなく、肩に、掛けてくれた、彼の、黒い、騎士団の、外套によって、覆われている。ぶかぶかの、男性用の外套は、かえって、彼女の、その、華奢さと、どこか、守ってやりたくなるような、可憐さを、際立たせていた。

 そして、何よりも、彼女の、その、翠玉の瞳。

 そこには、もはや、囚われの、憂いも、絶望も、ない。

 あるのはただ、自らの、運命を、この、大陸の、運命さえも、その、手で、切り開いてみせるという、強い、強い、意志の光だけだった。

 その、あまりの、美しさと、気高さに、三人の王は、それぞれ、異なる、想いを、胸に、抱きながら、固唾を飲んで、彼女を、見つめていた。

「……さて、どうする、皇帝陛下」

 先に、その、沈黙を、破ったのは、クリストフだった。その声は、勝者の、余裕に、満ち満ちている。

「この、状況で、まだ、戦を、続ける、おつもりかな? それとも、我が国の、宝を、丁重に、お返しいただき、停戦の、テーブルに、つくか。選択肢は、二つに、一つだと、思うが?」

 ヴァルフレートは、忌々しげに、舌打ちをした。

「……貴様が、ここまで、やるとはな、エルシュタインの、若造。正直、見くびっていたよ」

 彼は、自らの、敗北を、素直に、認めた。だが、その、瞳の、炎は、少しも、衰えては、いない。

 彼の、視線は、クリストフを、通り越し、その、背後に立つ、リリアーナへと、向けられた。

「だが、俺は、まだ、諦めては、いないぞ、赤髪の魔女。この、戦は、俺の、負けだ。だが、お前という、女を、巡る、戦いは、まだ、始まったばかりだ」

 その、黒い瞳は、まるで、子供のように、純粋な、独占欲に、燃えている。

 クリストフは、その、ヴァルフレートの、あからさまな、視線に、不快げに、眉を、ひそめた。

「彼女は、我が国の、宝だ。貴様のような、蛮族の王に、くれてやる、つもりは、毛頭ない」

 今度は、クリストフが、リリアーナへと、その、空色の、瞳を向ける。その、眼差しは、ヴァルフレートの、それとは、また、違う、全てを、包み込み、所有しようとする、絶対君主の、静かで、しかし、激しい、執着に、満ちていた。

「リリアーナ嬢、よくぞ、無事でいてくれた。さあ、我が、腕の中へ。もう、誰にも、お前を、傷つけさせは、しない」

 彼は、彼女に、優しく、手を、差し伸べる。

 二人の、王からの、熱烈な、視線と、言葉。

 その、どちらもが、リリアーナを、一人の、人間としてではなく、手に入れたい、「宝」として、あるいは、「象徴」として、見ている。

 そのことに、リリアーナは、気づいていた。

 彼女は、どちらの、手も、取らなかった。

 その、代わりに、彼女は、ただ一人、自分の、すぐ、傍らで、何も言わずに、しかし、その、全身で、自分を、守ろうとしてくれている、騎士の、方へと、その、美しい顔を、向けた。

 ゼオンは、何も、言わなかった。

 彼は、王でも、皇帝でもない。

 彼が、彼女に、与えられるものは、権力でも、富でもない。

 ただ、ひたむきな、不器用な、愛だけだ。

 リリアーナは、そんな、彼の、まっすぐな瞳を、見つめ返した。

 そして、彼女の中で、答えは、もう、とっくに、決まっていた。

「お待ちください、お二人とも」

 リリアーナの、凛とした声が、再び、庭園の、空気を、震わせた。

 彼女は、二人の王の、前に、一歩、進み出た。

「この、戦いを、終わらせましょう。ですが、それは、どちらかの、勝利や、敗北によってでは、ありません」

 彼女は、深く、深く、息を吸い込むと、宣言した。

「わたくしは、この、エルシュタイン王国と、グランツ帝国、そして、中立の立場として、この、ミストラルの、三者の、代表として、正式な、和平交渉の、テーブルにつくことを、ここに、提案いたします」

 その、言葉は、あまりにも、突拍子もなく、そして、大胆不敵だった。

 一介の、公爵令嬢が。

 いや、囚われの身であったはずの、か弱い、少女が。

 二人の、絶対君主を、前にして、対等な、交渉の、場を、要求したのだ。

 クリストフと、ヴァルフレートは、一瞬、呆気に、取られて、顔を、見合わせた。

 そして、次の瞬間。

 二人の、王は、同時に、腹の底から、声を、上げて、笑い出した。

「はっ、ははは! 面白い!」「くくく……! やはり、お前は、最高の女だ!」

 彼らの、笑い声が、緊張していた、戦場の空気を、奇妙に、和らげていく。

 彼らは、改めて、理解した。

 目の前の、この、赤髪の令嬢は、自分たちが、今まで、出会った、どんな、人間とも、違う。

 彼女は、誰かの、庇護の下で、輝く、宝石では、ない。

 自らが、太陽となって、周りを、照らし、そして、世界、そのものを、動かそうとする、革命の、炎、そのものなのだ。

「よかろう」と、クリストフが言った。「その、無謀な、賭け、乗ってやろうではないか」

「俺も、異存はない」と、ヴァルフレートが、応じた。「貴様が、俺たちを、どう、楽しませてくれるのか、じっくりと、見物させてもらうとしよう」

 こうして、大陸の、歴史上、誰も、予想しえなかった、奇妙な、三者会談の、幕が、切って落とされた。

 開催地は、中立国との、国境に近い、古い、古い、城。

 エルシュタイン王国の、国王、クリストフ。

 グランツ帝国の、皇帝、ヴァルフレート。

 そして、北の、辺境の地、ミストラル領の、代表、リリアーナ・フォン・ヴァインベルク。

 三人の、王が、テーブルにつき、その、背後には、それぞれの、腹心である、宰相、軍師、そして、ただ一人の、騎士が、控えている。

 彼らが、これから、紡ぎ出すのは、新たな、戦争の、歴史か。

 それとも、誰も、見たことのない、平和への、道筋か。

 大陸の、全ての、運命が、今、この、古城の一室に、集まった、数人の、若者たちの、その、手に、委ねられようとしていた。

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