表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類の脅威であるアビスを殲滅するために、僕はアビス王と契約する~信用させて、キミを殺す~  作者: 夜月紅輝
第3章 嫉妬の罪、それは無理解の証

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/104

第104話 戒めの記憶、そして為すべきこと#2

――抱っこしてみる?


 突然、目の前に現れた「嫉妬」のアビス王の言葉に、アルスの脳が痺れた。

 それは困惑、それは動揺、それは怯み。

 それぞれの言葉で言い表され、思考回路をぐちゃぐちゃにする。

 ただわかることは動けない、否、動いてはいけないということだけだ。


「......」


 目の前に差し出された両手、その両手に乗っている五十センチほどの赤子の人形。

 長年雨風にさらされても抱え続けたのか、その見た目はボロボロだ。

 それこそ、ホラー映画に出てきていいような見た目となっている。


 そんな見た目の中で唯一クリアな輝きを持つ瞳だけが今のアルスを映す。

 鏡のように反射された自分の顔は、酷く引きつっているような顔をしていた。


「.........」


 そっと顔をあげる。そこには深淵を覗き込むような顔がある。

 相変わらず深く被ったフードのせいで全貌は見えないが、口元は微かに笑っていた。

 その笑みはこちらの反応を楽しむものではなく、ただただ幸せを共有するかのような笑みで。


 だからこそ不気味で気持ち悪く、そして多大な嫌悪感を生じた。

 化け物と友好的な関係になる――そんな物語があることは知っている。

 しかし、だからといって、目の前の存在と友好的になれるのか。


 無理だ。出来るわけがない。

 なぜなら、現状で既にこちらの心をずっと逆撫でしているのだから。

 まるで耳元で金切り声でも聞かされているような不快感が全身を覆う。


 こんなのを姉は受け入れたというのか。出来ない。自分には出来ない。

 今にも全身のあらゆる恐怖が煮え立ち、嗚咽を引き出そうと胃液をこみ上げさせる。

 全身の警報装置がけたたましく音を立てて、この場から逃げろと言っているのだ。


「ちか――」


「落ち着かんかい」


 「近づくな」――その言葉と共に振り払おうとした右手がバシッと止められる。

 その手首を掴んだのは、アルスと「嫉妬」のアビス王の横合いから浮かんだリーシェンだ。

 咄嗟にその方向に視線を投げれば、真面目な顔をした姉の姿がある。


 普段はどこか飄々としていて、真面目な姿を見る方が少ないというのに。

 そんな姉が頬にスーッと汗を流し、自分と同じ翠色の瞳で見つめている。

 いや、違う......これは汗ではない。手の甲に冷たい感触。これは――


―――ザーッ


 ポツリ、ポツリと落ちてきた雨の滴。

 それが次第に感覚を狭め、同時に雨量を増やしてこの場一帯を濡らしていく。

 それにより全身がずぶ濡れになるが、それを気にしている者は誰一人いない。

 それから、リーシェンがゆっくり口を開くと、


「落ち着いて聞け。

 安心せい、今はまだ呪いもなんも発動してへん。敵対した時点で発動するようや。

 ほんで、相手はただのややこに心躍らしてる女性や」


「な、何を言って......」


「言いたいことはわかる。せやけど、なんも言うな。

 相手はただ友好的に動いてるだけ、それただ受け入れる。

 それがうちらの活路や。婆ちゃんもええな?」


「あ、あぁ......わかったよ」


 バロッタにも釘をさすようにリーシェンは言葉を告げる。

 それからゆっくりアルスの手首を話すと、小刻みに頷き、念押しするように視線で伝えた。

 その意図に頷くアルスは、濡れた手で人形を滑らせないようにそっと手を伸ばす。


 人形とはいえ、赤ん坊の抱え方はよくわからない。

 しかし、受け取るとなんとなくそれっぽく両腕の間で抱いてみせる。

 当然ながら、その赤ん坊は泣きもしなければ、身じろぎもしない。

 ただただ雨音の中に妙な緊張感と混沌とした空気だけが流れる。


「あぁ......私の可愛い赤ちゃん。よしよーし、良い子ね」


 聞こえてきたのは優しい声色。

 まるでアルス自身が母親に頭を撫でられているかのように錯覚するほど、この場に相応しくない温かい言葉が投げかけられる。


 当然、その声色を発したのは「嫉妬」のアビス王であり、その手はアルスに抱かれた赤ん坊の頭を腫れものを触るような慎重さで撫でていた。


「あなたは幸せについてどう思う?」


「え......?」


 突然投げかけられた言葉に、アルスはすぐに反応できなかった。

 動揺で咄嗟に赤ん坊を落とさなかったことだけが幸いだ。

 だが、それでもその気持ちが静まったわけじゃない。

 ましてや、化け物から話しかけられるなんて。

 今にもこの場から逃げ出したいというのに。


「し、幸せですか......?」


 アルスはチラッと目線だけでリーシェンとバロッタに確認を送る。

 つまり、この質問に答えるべきかどうかという質問だ。

 その反応に二人とも静かに頷くので、アルスは若干震えた声で答えた。


「し、幸せは良いことだと思います。

 僕も笑っている人を見ると嬉しいですし、楽しい気分にもなりますし」


「そうよね。私も嬉しくなったり、楽しくなったりするわ。

 だからね、そんな人がもっと増えればいいと思うの。

 どう? 私の可愛い赤ちゃん。私の幸せの結晶。その幸せをあなたにも分けてあげる」


「あ、ありがとうございます......」


 若干恩着せがましい言葉にも感じたが、心は不思議とそうは感じなかった。

 それは今尚続く困惑と恐怖に指針が動かないこともあるだろうが、その言葉に限って目の前の女性から全く嫌味を感じないのだ。


 ただ自分の楽しいを他の人にも共有して欲しい。

 そんな子供のような純粋さがそこにはあり、だからこそ反応に困るというべきか。

 その行動による真意が見えない。もしくは、全くこの行動に裏がないとでも言うのか。


「世の中には怖い人がいっぱいいるの。自分だけが不幸だと思う可哀そうな人。

 本当は幸せって日常の色んなことに詰まっているというのに」


「.......」


「自分の好きなことができる。大切なお友達と話せる。

 天気がいい。いつもよりお花の艶がいいとか......そんなたくさんの小さな幸せ。

 でも、そういう人ほど大きな幸せばかりを求めて、人の幸せを奪おうとするの」


「あ、あの........」


「憎くて、苦しくて、辛くて、疎ましくて、妬ましくて、羨ましくて。

 妬心、羨望、嫉視、羨慕、悋気.......あぁ、この世にはこんなにも『嫉妬』で溢れている。

 可哀そう、悲しい、切ない、心苦しい、痛い――不幸」


 突然何かをブツブツと呟き、一歩、また一歩と「嫉妬」のアビス王は後ずさる。

 同時に両手は自分の顔を覆い、まるで深い悲しみくれたように頭を垂れた。


 声色は先程と変わらないのに、纏う雰囲気が先程の明るさとは違う。

 不気味な怖気が背中を這い回り、寒さではない震えがアルスの体を襲う。


「どうして、どうしてどうしてこんなにも......憎い、憎い憎い憎い憎い。

 私から楽しいを消そうとする人間が憎い。

 嫌い、嫌い嫌い嫌い。私から嬉しさを奪おとする人間が嫌い。

 許さない、許さない許さない許さない。私から喜びを奪おうとする人間は許さない。

 殺す、殺す殺す殺す。私から幸せを奪おうとする人間は――殺す」


 瞬間、「嫉妬」のアビス王はガリッと自分の頬に爪を立て、削った。

 同時に、俯いた顔を大きく上に向け――、


「ギィヤアアアアアアァァァァァ!」


 発狂した。

 大声で、甲高い声を鳴らし、一目も憚らず断末魔のような声を上げる。

 それは発狂という言葉でしか言い表せぬもので、千里にも届くような絶叫が響き渡る。


 まるで鼓膜をゴリゴリと削るような言葉に、アルス自身も気が狂いそうになった。

 出来れば両手で耳を塞ぎたい。しかし、それをすると人形を落としてしまう。

 人形を落とせば問答無用で死である。とはいえ、この声はあまりにも耐え難い。

 

 まるで数十分にも続くような声色がフッと終わる。

 その事実にホッとするアルスであるが、叫び声の残響が耳に残り続け、今にも自分が発狂しそうだ。

 それでも人形を優先した自分を褒めて欲しいほどだ。


「ベイビー達、大丈夫か?」


「あぁ、うちはいけるけど。アルスの方は?」


「なんとか.......だけど、さすがに気分が悪い。

 こんな時でも姉さんが無事なのが腹が立つ。

 どうして僕はこんなにも足りないんだ」


「あかん、侵食症状が出てる。早めに離脱せんと――」


 そんなやり取りをしている時だった――そこに一人の殉教者(マーダー)が現れたのは。

 黒紫色の街頭で全身を包み、顔を隠すその殉教者は、アルス達の注意が「嫉妬」のアビス王に向いていることを良いことに、そっとアルスへ近づき、


「我が主、どうかあなたの嫉妬を振りまいてください」


「なっ!?」


 そういった直後、その殉教者がアルスの抱えていた人形を破壊した。

 大きく振りかざしたナイフを人形に突き立て、突き刺したのだ。

 瞬間、横から聞こえたのは姉の声。


「アルスッ!」


 ドンッと身体が横から弾き飛ばされる。

 咄嗟にその方向絵を見ると、姉の左手が自分を突き飛ばした様であり、


「――っ!?」


 同時に、まるでシーンが切り替わったように、気が付けば姉の左手が吹き飛んでいた。

 そしてその近くにあるのは「嫉妬」のアビス王に貫かれた殉教者の姿。


 つまり、そのアビス王が自分の子供を殺した殉教者を殺すための一撃の余波を、姉が左手を犠牲にすることでアルスを助けたということだ。


 あまりの急展開に思考がまともに追いつかない。

 ただ視界の上方、アルスの頭上を越えるようにリーシェンの左腕が飛んでいくのがわかる。

 その切断面から溢れた血がビチャッとアルスの頬を一部赤く濡らした。


――ジリッ


「痛っ」


 状況が上手く読み込めない最中でも、次々と新しい情報がぶち込まれる。

 容赦ない情報の奔流に飲まれながらも、たった今起こった情報だけは性格に理解できた。


 それは左手の甲に焼きごてされるように現れた模様――十字架に張り付けにされた赤ん坊だ。

 たった先程まで左手には無かったもので、それがたった今出来た。つまり――、


「呪いが発動した......!?」


 そう理解するには十分すぎる状況証拠だ。

 なぜなら、目の前の「嫉妬」のアビス王は、手刀で刺し殺した殉教者を何度も何度も容赦なく顔面に拳叩きつけ、その原型が無くなるまで痛めつけているのだから。


「婆ちゃん、早よアルスを連れて逃げんかい!」


 そんな最中に響き渡る怒号。

 声を荒げたのは左腕を抑えるリーシェンであり、尻もちを着いて動けないアルスに変わり、バロッタに対して指示を飛ばしていた。

 その命令に対し、バロッタは理解したように口を歪めながらもすぐに反論する。


「バカたれ! アタイより若い奴が早々死に急ぐんじゃないよ!

 あんたらの両親もそうやって死んだんだ!

 だったら、次はこの老いぼれの命を使う番だよ!」


「うっさいわ、ボケ! そんなしわ枯れた体で何が出来るっちゅうんや!

 今の婆ちゃんに出来んのはアルスを連れて逃げることだけ!

 こら代表命令や! あんたが元代表やろうと、この言葉に従うてもらうで!」


「なぜ、なんで、どうして!

 なぜ裏切るの!? なんで傷つけるの!? どうして奪うの!?

 私はただ一緒に幸せでありたかっただけなのに。

 なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!

 赤ちゃん、私の可愛い赤ちゃん......返して、返してええええぇぇぇぇ!」


「―――っ」


 怒り狂う「嫉妬」のアビス王が天に向かって激しい慟哭の声を上げる。

 瞬間、その声とともに激しい衝撃波が発生し、一瞬降り注ぐ全ての雨を振り払った。

 それから、ゆらゆらと立ち上がると、まるで歪な人形のように首を九十度に曲げて、


「奪う、奪う奪う奪う奪う.......私から幸せを奪うというのなら、私も幸せを奪う。

 私の周りにいるのは全て私から幸せを奪う敵、敵、敵敵敵敵。

 生かしておくとまた奪われちゃう。

 やだ、私の赤ちゃん、いない、どうして、やだ、憎い、痛い、返して、辛い、ああああああぁぁぁ!」


「ババア、ちゃっちゃと動かんかい!」


「くっ、それで見切りをつけられたと思うなよ、クソ孫」


 リーシェンの言葉に、バロッタはギリッと奥歯を噛みしめる。

 直後、足は真っ直ぐアルスに向かって走り出し、その肉体を肩に担いだ。

 その行動にアルスは瞠目し、咄嗟に口を開く。


「婆ちゃん、何を!」


「何をって......逃げるに決まってるだろ!」


「逃げるってどこに!? もう呪いは発動してるんだぞ!?」


「さあね。だが、あのバカ孫には何か策があるんだろ。

 今のアタイ達に出来るのはそれを信じて動くことだけだ」


「聞け、そこのデカ女!」


 バロッタにより物理的に遠ざけられる肉体。

 過行く景色を視界の端に捉えながら、アルスの視線は真っ直ぐ正面にいる二人に向いた。

 そのうちの一人であるリーシェンが「嫉妬」のアビス王に向かって右手の人差し指を突き立てると、


「今移動してんのはうちの家族。つまり、うちの幸せの分け身や。

 自分の幸せを守られへんかったことは確かに申し訳あれへん。

 せやけど、自分が一人の他者の幸せを願う者やったら、あの二人だけは見逃してや!

 その代わり、その全ての怒りはうちが受け止める!

 今から自分と同じ苦しみを味わうんや。悪うあれへん提案やろ?」


「なっ!?」


 全ての音が小さく鳴りゆく中で聞こえたリーシェンの声。

 その衝撃的な言葉に、アルスの眉根に力が入り、困惑に表情を歪めた。

 すぐさま声をかけようとしたが、それには何もかもが足りない。

 距離も、精神力も、そして己の強さも。


「.......」


 その言葉に対し、「嫉妬」のアビス王からの返答はない。

 ただじーっとリーシェンを見つめるばかりで、リーシェンはそっと右手を左胸に当てた。

 そのやり取りが「嫉妬」のアビス王の何かに触れたのだろう。


「っ!?」


「模様が消えていく......!」


 違和感を感じ視線を左手の甲に向ければ、バロッタの言う通り模様が消えていた。

 つまり、「嫉妬」のアビス王からの呪いの対象から外れ、死ぬことはなくなったということだ。

 これによってアルス達は安全に逃げれる――姉一人の犠牲によって。


「姉さん、姉さーーーん!」


 必死に伸ばす手は虚空を掴み、どこまでどこまでも遠ざかっていく。

 もう二度と届かない距離へと、どこまでもどこまでも。


―――翌日


 ようやく姉の死をその目でハッキリ確認したのは翌日のことだった。

 本当であればすぐさま飛び出したいアルスだったが、侵食症状の治療という名目でバロッタに監禁されていたのだ。


 そして翌日に同じ場所に来てみれば、そこには何かが埋められたであろう色の違う土があった。

 そのすぐそばには顔面の原型が無くなった殉教者の死体がある。

 つまり、この色の違う土の下には――、


「ベイビー、ここで眠らせるにはちと見晴らしがよすぎるし、寂しいってもんだ。

 だから、お前の体はもっと賑やかな場所へ連れて行くよ」


「姉さん.......」


 アルスとバレッタは、おもむろに色の変わった土を掘り返す。

 何度も何度も土をすくっては横に避けてを繰り返すと、やがて服の一部が見えた。

 なので急いで周囲の土を払いのければ、綺麗な死に顔をするリーシェンの姿が。


 死因は心臓への一突き。背中まで貫通していて絶命は間逃れなかった感じだ。

 殉教者と違って一撃で済んでいるのは、「嫉妬」のアビス王なりの配慮とでもいうのか。


「......クソ」


 いや、そんなことはどうでもいい。

 そもそも奴がいなければ、姉は死ぬことはなかったのだから。

 抱えるのは怒りだけでいい。この復讐心を力に変えるんだ。


「バカ孫が.......」


 そう言ってバロッタはリーシェンの顔にかかった土を優しく払う。

 同時に、サングラスの奥からはスーッと涙が零れ落ち、それが頬を伝っていた。


 それから数週間後、バロッタの体調が急激に悪化し、病院にて寝たきり状態。

 さらに数週間後には、死に急いだ姉を追いかけるように祖母が息を引き取った。


―――十年後(現在)


 黄のパレスにある共同墓地。

 そこの一か所には代々の代表が眠る大きな墓石がある。

 そしてその墓石の一つには、アルスの祖母、両親、姉の名前が刻まれていた。

 そんな墓の前に立つのが、十年の月日を得て立派な大人になったアルスである。


「.......お二人が亡くなれてから十年ですか。早いですね」


 アルスの後ろから声をかけるのは、白い花を手にしたグレーテだ。

 彼女は墓石の前にそっと花を置くと、そのままアルスの横に立つ。

 そして未だ沈黙を貫くアルスに代わり、一人口を開いた。


「......そういえば、お二人に拾われてからだいぶ長いですね。

 アビスによって両親を失った私を姉弟(おふたり)が拾ってくださってから十年以上。

 もはや私を自分の家族のように扱ってくださり、今でもその思い出は忘れていません」


「.......」


「ですから、十年前にリーシェン様......いえ、リーシェン姉様とバロッタお婆様が亡くなられた時は、まるで身が削がれたような気分でとても苦しかったのを覚えています」


「.......」


「言いたいことはおわかりですか?」


 横からジーっと見つめられる視線、それに対しアルスは言葉にせずチラッと見る程度。

 彼女の言わんとすることは理解している。しかし、相手はそんな生半可な相手ではない。

 そんなことは誓えないし、約束も出来ない――


「誓ってください」


「――っ!?」


 瞬間、突然グレーテに胸倉を掴まれ、アルスは強制的に姿勢を変えさせられる。

 それによって真っ直ぐ捉えたグレーテの顔は――怒っていた。

 決意にも似た燃えるような強い瞳がアルスの目をくぎ付けにする。

 そして、彼女はそんな状態からもう一度――、


「私のそばから一生いなくならないと誓ってください。

 もしアルス様が死んだとわかれば、すぐに私も死んで後を追いかけますから。

 ですが、私も痛い思いをしながら死ぬのは嫌です。ですから、誓って下さい」


「.......ハァ、わかっ――むっ!?」


 「わかった」――そう言おうとした言葉は物理的に塞がれる。

 その口に感じる柔らかい感触、そして近すぎて見えない距離にあるグレーテの顔にアルスは瞠目。

 咄嗟に距離を取れば、右手で口を覆い、隠しきれない頬の赤みを見せながら精一杯睨んだ。


「何をする.....?」


「ご褒美です。嫌でしたか?」


「嫌では.....じゃなくて、むしろこういうのが死亡フラグってやつじゃないのか?」


「でしたら、自慢の逃げ足で自分の死からも逃げ切ってください。

 そしてまた戻ってきて私にこう言うのです――『ただいま』と」


「.......ハァ」


 相変わらず無表情な癖に、こういう時ばかり温かい言葉を投げかけるグレーテ。

 ましてや、今は自分の感情を表す仕草すらしていないのに、どういう感情で言っているかが痛いほど伝わってくる。

 だからこそ、アルスはそっとグレーテの頭に手に置くと、


「わかった。必ず戻ってくる」


「はい。そして、キスの続きをしましょう。今度は濃厚なやつで」


「おい、さっきの美しい流れが台無しじゃないか」


「それが私流ですので......というか、さっきのを美しい流れと思ったんですね」


「.......失言だ。忘れろ」


「嫌です♪」

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)


良かったらブックマーク、評価お願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ