43.File:星国ガラクーチカ ~暴食の花弁~
【――】
ヴィーゾ(男性) 人間
星の輝席ミェーチ隊所属
神魔総位十一位
能力:魔獣の憑依
………――――――
”国を形作る上で必要なものは何か”という問いに対し、その答えは時代と共に移り変わっていったが、当たり前のものを当たり前であるからと前提として据え置くことができるのは、その国がすでに国であるからだろう。
ある者は土地と答え、ある者は財と答えた。
ある者は軍力と答え、ある者は統率者と答えた。
そのどれもが必要不可欠なものではあるが、欠けているものがある。人だ。
土地を探し整える人、財を有し財を成すのも人、兵も統率者も人。
当然といえば当然なのだが、万事は人の手によって作られ、紡がれてゆく。
それが当たり前になりすぎているが故に、多くの者はそれを見落としてしまう。
人は慣れる生き物だと言われてはいるが、そこに善悪はない。
お世辞にも豊かとは言えない荒れた大地、か細い河川や少し淀んだ湖も干上がることが多々ある土地にある、寂れた集落のようなここは亡国カリンデュラ。
星国ガラクーチカが降魔の大侵攻によって滅ぼされ、その影響で深域が内界をも侵食し、魔扉が開きやすくなった死の大地。
しかし今、ここには人が住んでいる。再び国として存在している。
それは奇跡ではなく、人の手による地道な努力、人と人との絆によるものだ。
ここは紛う事なき再建された国。小さくとも、星国の意志はここにあった。
「ヴィーゾさん、ちょっといいですか~?」
「あ~はいはい。すぐ行きます」
そして、この目の下に大きな隈を飼いならし、猫背のまま呼ばれた方へと歩いていく男。魔獣と意思疎通できる存在は極めて希少とされているが、その中でも魔獣の力を存分に発揮できる稀有な存在である彼の名はヴィーゾ。
彼こそが、この国の再建とその維持に最も貢献しているであろう最大の功労者であり、同時に最大の苦労人である。
「これ見てくださいよ。折角収穫時期になったってのに、食い荒らされちまってるんです」
「これはまたひどい有様ですね。はぁ~……これじゃあ柵もまた作り直しに……また徹夜作業ですか」
ヴィーゾが男に連れてこられたのは、星国再建時に急務とされており、ここに住まう者たちの生命線ともいえる農園だった。
荒れ果てた土地を作物が育つ状態にするには様々な苦労があったが、それが文字通り実を結び、今では生活の糧となっている。
そんな場所の中でも一角だけ、作物が食い荒らされ、茎は折れ、葉が落ちてしまっているところがあった。
その光景を目にしたヴィーゾは作物の被害以上に、昼夜問わず作業を行い、やっとの思いで完成させた対獣様の防護柵が突破されてしまったことに落胆している。しかし、彼の落胆も男の言葉によって一転することとなる。
「いえ、防護柵はどこも壊れていないんですよ。いやぁ、あの高さを飛び越えてくるなんてどんな生き物なんですかね~。ここいらの野生動物はもうほとんど残っていないはずなんですが」
「柵は、壊れてない? 徹夜は無し? よし……柵が壊されないように、一刻も早く害獣を捕まえましょう」
「捕まえるって言ってもどうするんです? 柵を越えるようなヤツ相手に……」
疲れた表情のまま溌溂とした声を上げるヴィーゾに、男は率直な疑問を投げかけるが、彼はそれが当然であるかのように答えた。
「監視は交代でしないといけませんが、目が小さく大きな網があれば、鳥なんて一網打尽でしょう。これで今朝言われてた案件も片付きそうです」
「え? ここを荒らしたのは鳥なんですか!?」
今の防護柵ができるまでの被害は専ら、野犬や鼠、猪だったのだ。
深域近辺は緑一つない土地となってしまったが、少し離れるとまだ緑の残っている場所もある。だが、魔素の濃度が異常となってしまったことで、深域から湧き出る降魔を駆逐していても、その影響は少しずつ広がっていた。
おそらく元の縄張りで減り続ける食料を求め、ここまで来てしまっていたのだろうが、最近ではそういった被害もめっきり無くなっていたのだが。
「単純な話です。作物は被害にあっていますが、足跡は特に見当たらず掘られた跡もない。柵も壊れていないとなると、空からやってきた鳥の仕業です。外壁周りや家屋の軒先に、大量の鳥の糞が落ちてるのを起き掛けに聞いていましたし」
「なるほどなぁ。そんじゃ、こっちの事は俺の方で準備してやっときますから、またなんかあったら頼みます」
解決策が分かると、男はヴィーゾに礼を言ってその場を足早に離れていった。
そんな中、それを見送った彼に眠たげな声をかける存在があった。
(まったく、徹夜が嫌ならたまには断ってもいいんじゃねぇのか?)
声をかけてきたのは姿無き存在、ヴィーゾの内に居る魔獣だ。
ヴィーゾの能力は魔獣に体の主導権を譲渡することによって、身体能力と魔力制御力が向上するといった、戦闘に特化した状態となるものだ。
彼の男の魔獣のように、主の中から表に顕現することはできないが、たとえ意思疎通ができる者でも極めて相性が良くないとできない芸当だ。
戦闘が苦手なヴィーゾと戦闘に特化した魔獣。
両極端ながらも、彼らは互いの事を理解しあい、個々を尊重している。
「そういうわけにもいきませんよ。困っている人を放っておくことはできませんし、これが私の役目でもありますから」
(にしてもお人好しすぎるが……まぁ、倒れねぇようには気をつけろよ)
「そうならない為にも……さて、急な仕事が入る前に来節からの仕事の割り振りとトラブルがあったときの対処法をまとめないと、また徹夜の生活が始ま――」
気合いを入れ直すや否や、彼の声を遮るように駆け寄ってくる人影が。
「ヴィーゾさ~ん! 水車が動かなくなったんだけどみてもらえるかい?」
「外壁補修の進捗が遅れてるんだが、ちょいと相談にのってはくれねぇか?」
「あのっ、今のペースだとミルクの貯蔵がちょっと心配で……」
「ヴィーゾさん、薬の手配をまたお願いしたいんですが」
人の頼みを断れず、それでいてそれらをこなしてしまえるものだから、当の本人も引き受けるし、周りからも信頼されまた頼みごとが増えていくという無限連鎖。
その結果、彼は自身が寝不足になろうとも、周りの人たちの為に働き、この国に大きく貢献している。
今の彼にとってはそれこそが戦いで、戦場なのだ。
そして魔の手からは、彼が彼の苦手とする武力によって、この大切な場所を守っている。
「は、はい! 今行きます!」
(頑張れよ、相棒。倒れたときは、オレが代わりに働いてやるから安心しろ! ハハッ!)
「安心できませんし、体は私なんですから余計に疲れます!」
そんな表裏一体の相棒と共に、彼らはこの国を支え、守ってゆく。
一見して小さな集落。とても国とは呼べないような、小さな小さな国。
星々の意志が残されたそんな場所の、とある食事の席の話だ。
”国を形作る上で必要なものは何か”という問いに対し、とある猫背の男はこう答えたらしい。――――想い、と。
………――――――
【重要】
メル・キトルス(女性) 火精
能力:炎、精神感応(正確な距離不明)
※自称許嫁
ムメイ(女性) 不明
月の使徒ルルディ隊所属
神魔総位二十一位
能力:五感干渉
………――――――
「あ、空っぽだし。ん~……なんかこう、たまにはいつもと違うのが飲みたい気分って感じ」
「あぁ、それなら最近良い物が届いたところだよ」
ムメイの漏らした言葉を耳に、人の掌ほどの小さな小さな少女、火精のメルは背中の羽をはためかせながら台所へと向かっていた。
火精は少し特殊な種族だ。本来人間とあまり関わることのない精霊と呼ばれるものの中では、戦闘に優れ人間に興味を抱いているが、亜人という括りにおいては最も小さく、おそらく最も戦闘に向ていない。
噂によれば、野犬や鳥に咥えられてる姿も目撃されたりしているらしい。
体格がそれほど小さいのだから、もちろんその膂力もそれ相応にしかない。
そんな彼女からすれば、お茶の用意すらも一苦労で……
「ムメイ……こ、これが……老若男女問わず……ふぅ。流行の、兆しが見え、隠れしているとう、わさの……」
「あぁもう、いつもよりふらついてるし!」
「”もちモッチだっ茶!”だよ。すぅ~はぁ~……おもちが入っているからか、中々の重さだったね」
普通の人々が労することなく手にし、持ち運んでいるものであっても、火精である彼女からすればそのすべてが巨大な岩の様であり、運ぶのは重労働なのだ。
そんな彼女が汗を流した奮闘の末にムメイの前に置いたのは、白みがかった紫色をした液体の入った硝子杯だった。
それには径が大きめの吸管が一本挿されており、底の方には何やら白い小さな球状の物体が幾つか沈んでいる。
「そんな変な名前つけたの誰だし! この色も人が食べちゃいけない感じがするし! なんか変なのも入ってるし! 匂いも、ん? 匂いは……餡子っぽい、し?」
ムメイは眼前に置かれた謎の飲み物を警戒し、思いのままに言葉を発していたが、僅かばかりの好奇心で匂いを嗅いでみると意外にも記憶にあるものと一致し、謎飲料への警戒が少しだけ弱まった。
それを見逃さなかったメルは僅かの口角を上げると、この謎飲料が如何なるものなのかを饒舌に語り始めた。
「その通りだよ、ムメイ。正確には善哉なのさ。これは善哉を手軽に何処でも飲めるようにと、徹夜で考えた者が狂気の果てに生み出した至高の一品というわけだ。このもちモッチだっ茶の革新的な所というのがね、牛乳を加えることで喉越しを良くし、吸管で吸い上げれる白玉とその癖になる食感なんだ。さぁ、騙されたと思って飲んでみておくれよ」
「うっ……な、なんだかスゴイ飲み物な気がしてきたから、一応飲んでみる」
メルの巧みな話術によるものか、それともムメイが純粋なのかは置いておくとして、ムメイは置かれている硝子杯を手に取ると、吸管に口をつけ、その飲料を白玉ごと目一杯吸い込んだ。その瞬間、
「――っ!? ゴフッ! ごほ、けほっ! あ、甘すぎるし! それに結構勢いよくいったのに白玉が全然吸えないじゃん!」
想像していたものと口の中に広がる甘さに大きな差異が生じたムメイは不満を漏らし、唆した張本人に問い詰めようと周りを見渡すが、人形のような小さな体躯は見当たらない。
その小ささ故にどこにでも隠れることができるメルではあるが、彼女はある意味で大胆な行動に出ていた。
「それでは私はもちモッチだっ茶の改良をするから、キッチンに籠らせてもらうとするよ。あ、そういえば今日は誰かと約束があるとか言ってなかったかい? 今すぐ出ないと間に合わないよ?」
「くっ、メル! つ、次来たときは覚えておくし! あぁもう! 遅れたらまたあの二人がうるさいから行ってくる!」
狂気の料理人は小さな体に残っていた力を振り絞り、素早く台所の扉を閉めて鍵を掛け、ムメイから逃げ切っていた。
そしてムメイが仕返しできないように、この後彼女が外せない用事があるのを事前に知っていた上で悪戯を仕掛けるという計算高さは、さながら軍師のようである。
見るからに知的な容姿をしているメルではあるが、こういったお茶目さはやはり精霊族の性なのだろうか。
「あぁ、気をつけてね。……さて、また一人となってしまったわけだけど、これからどうしようかな」
急に静かになった屋敷の中で一人になったメル。
屋敷の外から聞こえてくるのは、風の音とそれによって揺れる草木の音くらいのものだ。
この場所は世界の中心近くに在りながら、世界から最も離れた所に在る。
「人が立ち止まってしまっても、時の流れは変わらない。ときに時間は残酷だと言うけれど……私には過ぎたものだね」
此処は聖域レイオルデン。
それは真実と反旗が眠る、古き方舟の軌跡。
今日も待ち人は姿を見せず、今日も異国の旅人は現れない。
「きっと私たちは似ているから……ふふっ、仲良くできるといいな」
方舟――その残り火はこのまま儚く消えてしまうのか、それとも大いなる狼煙の種火と為り得るのか。その答えを知る者はいない。
だが、たとえ小さな小さな種火でも、くべる意志さえあるのなら――きっと。
………――――――
「休息がなくても仕事が増えても文句を言わない人材……欲しいわね。さすが女神不在の中、国を立て直しただけのことはあるわ」
戦場でも机上でも、優秀とあればどこの国でも喉から手が出るほど欲しいのも当然だ。
魔憑として戦場で多くの戦果を挙げている者の殆どが、一日で終わるような事務仕事を与えられると、それを片付けるのに三日三晩はかかるといわれている。
そのため、各部隊には必ず戦闘に加え事務仕事が得意な者を配属するようになっているというのが、最早当然となっていた。
(ただ、三英雄の一人……はいてもいなくても同じ、か。普段の戦いを特例として許されていた駄犬がいたから深域を抑えられていただけで、大半の戦力は巨躯の戦役で失われたまま。魔獣に関連した能力は原則本人だけのものだし……たぶん、使えなさそうね)
他よりも圧倒的に少ない星国の資料に目を落としたまま逡巡し、アルテミスは一応と呟きながら付箋を張ると、保留と書かれた場所に資料を置いた。
「それで、問題はこっちの自称許嫁を語っている不届き者ね」
書類に記されている内容は冒頭の自称許嫁こそ面食らうものではあったが、それ以外の詳細項目は、実に有能な人材であるということが見て取れるものだった。
頭の回転が早く、知略に富み、人当たりも良いと記されている。
実に希少な能力を保有しており、小さな体を活かした偵察や伝令に関しては特に役立てるところだろう。
作戦によっては要ともなりえる存在という印象を感じ、アルテミスはそれと共に脅威も感じていた。
「……本当に許嫁、だったんじゃないかしら」
よほど疲れているのか、彼女には女神らしからぬ思考能力の低下がみられる。
が、それもそのはず。今目を通したばかりの星国の彼ではないが、膨大な資料のすべてに目を通し、残っているのは自国である月国だけとなっているのだから。
ある日は食事も取らずに、ある夜は眠らずに、ある日は会議の合間に。
ただひたすらに情報を記憶し、それらを最大限有効に活かせるように思案し続けているのだ。
「冗談を口にしてる場合じゃないわよね」
しかし、それでもまったく足りていないとアルテミスは思う。
まだ何か打てる手はあるのではないかと、まだ何かを見落としているのではないかと、消えることのない不安を抱え、それでも少しでも不安を解消するために資料に目を通し、思案し続けている……何度も、何度も、何度も。
自身が倒れることになっても、それを彼女が止めることはないのだろう。
「彼女の能力が戦力として加わるよりも、加わらなかった方がいい結果を残せているというのも不自然だわ」
戦場において、情報の伝達速度は戦況を大きく変える。
「だったらどうして……何が原因で敗北しているの? そもそも、距離が不明というのもおかしいわよね。それにムメイの、これは……」
資料に重要と記されているにも関わらず、読み取れない部分が多々あることに違和感を覚えたアルテミスは、その資料を手にしたまま立ち上がった。
「直接話したいっていうメッセージかしらね。これを作ったのはたぶんあの御方だし……とりあえず行ってみましょうか」
蝋燭の灯りを吹き消すと、アルテミスはそれ以上の言葉を発することなく、静かに部屋を出て行った。
全世界の者たちが集い、今まさに一つの国となろうとしているこの地。
聖国レイオルデンを治める女神の元へと。
………………
…………
……
「ふぅ~、なんて不味い満漢全席なんでしょう。食べずに残したほうが多いものの……少しプニってしまったかもしれません」
薄暗い空の下、枯れ木の一本すら見当たらない荒地で、自身の腹部や二の腕、頬の肉付きを確認している者がいた。
それはあまりにも場違いな行動だが、それはあまりにも可憐な姿で、それはあまりにも強大な力を持つ存在だからこそだろう。
通称ベルこと七深裂の花冠が一片、サーベルス・グラ。
美容と健康、そして忠犬であることに全力な人物だ。
先ほどの降魔の軍勢との戦闘で砕けた岩に腰を掛けながら、ベルは中界の何処かで同じく苛烈な戦闘を繰り広げているであろう同志たちのことを考えていた。
「……みなさんは元気にしてるいるんでしょうか。やられる心配なんてするだけ無駄ですけど、そろそろ限界だと思うんですよね、ベル的には。私もそろそろって感じですし。メロウさんは多分一番早いでしょうし、アトラスさんも飄々としてますが、スイッチ入るとヤバい系の人ですし。どうせ他の皆さんも最期はまともじゃななくなりますけど……ん? あ~~~~~~ッ!?」
そんな中、自分の頭部になにやら違和感を覚えたベルが、両手で頭を触ってみると両掌に感じる柔らかい感触。その意味を理解した途端、上がる驚声。
続いて即座に立ち上がり、軽く突き出した自身のお尻を覗き込むと、ふさふさとしたものが尾骨から伸びていた。
「そりゃお腹もすくはずですよ、さっき食べたばかりなのに! はぁ……なんかもう、食料を待つのも疲れてきました。まだ次は生まれないんでしょうか。暇な時間ができると、ついいろいろと思い出してしまって……あ、涙が」
そう独り言ちるや否や、ベルは善くないものの気配を瞬時に感じ取った。
すぐさま涙を拭い去り、湧き出しそうだった感情を無理矢理抑えつけ、両手で両頬を軽く叩いて小気味良い音を鳴らしながら意識を切り替える。
戦場に立つ戦士として、忠犬としての矜持の下に、猛犬の如く害悪を噛砕く牙を以て、屠るべき存在を待ち構えた。
飛来し、ベルの間合いからは数歩離れたところに降り立ったのは三体の降魔。
たった三体ではあるが、一体がエンペラー級で残りがキング級と、今まで戦ってきた有象無象のような降魔とは明らかに格が違うものだ。
油断すれば、ここがベルの終着点になってしまうことも十分にあり得るだろう。
ただしそれは、ベルが本来の力を取り戻していなければ、の話ではあるのだが。
「あ……これはヤバいかもです。でも、私は忠犬ですからね。涎をまき散らした野犬に墜ちるのは美しくありません。ですよね? ――虎猋閃」
野獣の如くギラつかせた瞳を向けつつも、震えた手を黄色い首飾り当てると、何も無かった手に握られている二槍が喉元に刃を向けていた。
三体の降魔のうち二体のキング級は、目の前で膨れ上がる魔力と気迫にに半歩下がっていたが、それを自覚してはいなかったのだろう。内の一体は不用意にもベルに向かって急接近し、お叫びを上げながら頭蓋を砕こうと手を突き出す。
それは時間にすれば瞬きほどの長さであり、熟練の魔憑であっても防ぐのは懇談だといえる。だが、目にもとまらぬ早業とはこの事だろう。
ベルは先程の激戦で喰らい奪った斬撃を置く能力を使い、降魔の腕を容易く斬り飛ばした。
片腕を失った降魔は本能的に即座に後退して他の二体の所に戻ると、ベルに対しての警戒を強め、狩るための方法を思考している。
「私の頭に気安く触ろうとするなんて……勘違いしないでくださいね? お前たちは獲物じゃない、すでに調理されたただの餌だ。私の前に立った時点で、命無き肉塊であることを自覚しろ」
妖しく光る槍先は飢えた獣の牙の如く獲物を欲していた。
そんな中、遠くで新たに生まれた降魔の群れを視界に捉えると、ベルは口角を大きく上げながら犬歯を覗かせた。
腰を屈め、喰らい奪ったもう一つの力、身体強化を下半身に発動させて、ベルは真っ直ぐに眼前の降魔のもとへと突貫していく。
「私が一番お前たちを殺して、私が一番早くコースを食して、私が先にご主人のところに逝って、私が一番一番一番、褒めてもらうんです! そうしてもらって初めてベルは、この飢えから抜け出せるのです! だから、さっさと次の料理を持って来てください! 早く早く早く、私に最期の晩餐を!」
主を失った後も、ベルは主に再び会えることを信じて責務を果たす。
それがたとえ終わりの見えない戦いで、それがたとえ終わりの定められているものだとしても、その先でたとえ内なる獣に呑み込まれることになったとしても。
前菜前菜前菜前菜と続く中、キング級は汁物と言わんばかりに容易く屠り、エンペラー級さえも魚料理でしかないとたった十数回で噛み砕く。
そしてその勢いを緩めることなく、降魔の群れへと踊り掛かった。
前菜など食い飽きた。汁や野菜で腹は膨れない。魚も主役の肉でさえも、ベルの舌を満足させることはなく、心の空腹を満たしてはくれない。
それらはただの過程だ。ベルが欲しているものへ至るための。
欲するものはただ一つ。満たしてくれるものはただ一つ。
正餐料理の最後に味わえる甘い甘いそれだけだ。
出てくるものが血生臭くとも、腐っていようとも、吐き出しそうになるものでも、食べ尽くさなければ求めるものは得られない。
故に、ベルは数百もの降魔を食い散らかすと、すでに消えつつある記憶の中の甘さを求めて歩き出した。
「……不味っ。でも私は忠犬ですから……忠犬、そう……忠犬、なのに……ご主人様を先に逝かせて……私は、ベルは…………お腹、空きましたね」
どれだけ飢餓に苦しもうと、幾千の魔を喰らおうと、その飢えを満たしてくれる相手はもういない。
それでも全てを噛み砕く暴食の化身は、空いた穴を埋める為に命を呑み込む。
夢に見た甘美な想い出すら味わえぬまま、地獄の淵で憎悪の牙を剥き出しにした番犬は、あるとあらゆるもの全てを喰らい尽くす最凶の捕食者だった。




