表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
一章 GOD-残灯のイグジステンス
3/55

01.あわてんぼうのサンタクロース


【クリスマス】――――――――


 さむいさむいふゆのよる。ゆきのふるしずかなよる。

 いちねんにいちどのとくべつなよる。

 そのひはそう、よいこのみんなのまえにサンタさんがやってくるひ。

 そして、サンタクロースのおじさんは、プレゼントをくれるのです。 

 よいこのみんなを、えがおにしてくれるのです。

 

 …………

 ……


 メリークリスマス。

 それはせいなるよるをいわうことば。

 メリークリスマス。

 それは………………………………。


 ――――――――――――――



 ルインの拠点内にあるとある部屋で、三人の男たちが丸机テーブルを囲って向き合っていた。その丸机テーブルの上に広げられているのは一冊の絵本。


「そう、時は満ちた。伝説のサンタクロースの時代がやって来た」


 お気に入りの伊達眼鏡の縁を指先で軽く抑えながら、ズィオは神妙な面持ちで半ば強制的に招集した者たちへ言葉を発した。

 彼は任務の他、ペンデやエプタの保護者として内界や外界の様々な土地へと赴くことが多く、現地での情報などを自らの知識として身につけ応用、利用する男だ。とはいえ、その知識のほとんどは無論、妹たちの為にある。


 そんなズィオが先日内界に降り立った際、溺愛するエプタへのお土産として何気なく手に取った絵本に描かれていたものこそ、サンタクロースなのである。


「だから、どうしてオレが巻き込まれなきゃなんねぇんだ!」


 不満を一切隠すことなく声を荒げるのは、この場に居る中でも見るからに武闘派の風格が漂う赤橙色の短髪の男、エクスィだ。

 それに対して、白いタキシードを着こなす男は奇妙な動きをしながら手にしていた薔薇を口に咥え、再び奇妙な動きをしながら手に持ち直すと口を開いた。

 この一連の動作になんの意味があったのかは、当然本人にしか理解できない。


「怒りに任せて声を荒げるのは美しくないよ、エクスィ。ズィオ兄様、もう少し詳しく話を聞かせてはもらえないだろうか? そう、美しく!」


 言い終わるとともに奇怪なポーズをとるテッセラは中空を僅かに憂いを帯びた表情で見つめている。この表情にどういった意味が込められているのかも、当然本人にしかわからないことだ。


「仕方ない、馬鹿なお前の貧弱な頭脳でも理解できるように説明してやろう」

伊達眼鏡そんなもん掛けてる奴に馬鹿呼ばわりされたくねぇよ!」


 エクスィの反論を聞き流し、ズィオは今回の一大計画プロジェクトの全貌を、約二時間もの時間を使って二人に熱く語った。

 その大半が妹たちへの話へすり替わっていたのだが、エクスィとテッセラの二人は逃亡することを許されず、拷問にも似た時間を大人しく過ごした。

 

 一度語り出したズィオを止めることなどできるはずもなく、それを聞いている間、エクスィは何度も異論や反論を口にしようとしたが、確かに同意できる点もあったことに違いなく、それを何とか飲み込んだ。


「話は以上だ。貴様の頭脳で何か理解できなかったことはあるか?」

「色々と癪なこともあるが……確かに悪くねぇな」

「これほど素晴らしい案を考えつくとは、流石はズィオ兄様だ! そして、美しい僕も関わるわけだから、間違いなくより素晴らしいものになるだろうさ!」


 新しい悪戯を思いついたような不敵な笑みを浮かべるエクスィ。

 奇怪なポーズでズィオを称え、自画自賛するテッセラ。

 そして、そんな二人の同意を示す言葉に満足した様子のズィオ。


 この個性の豊かな三人が、その持てる力を合わせた先にある未来は何色なのか。

 そしてそんな彼らが目指し、辿り着く未来の景色がどういったものであるのか。

 

 確かに険しい道となるだろう。

 成さねばならぬ事も決して少なくはない。 


 だがそれでも――彼らにも譲れないものがある。


 確かな想いをその胸に、三人は各自与えられた行動を開始した。

 決して誰にも悟られる事なく……

 決して誰にも気取られる事なく……

 決して誰にも暴かれる事なく――その時を迎える為に。


「サンタと過ごすクリスマスパーティー大作戦……始動ッ!」



 …………

 ……


 ――数日後



「……あの作戦名だけはやっぱ納得がいかねぇ」


 ズィオの掲げた作戦名に何度目かの文句を呟きながらも、闘争を渇望する大きな体を小さく丸め、エクスィは熟練の職人のように手先を動かしていた。

 古城内で倉庫として使用している狭くうす暗い場所で、蝋燭の灯りだけを頼りに黙々と与えらえた任務をこなしているのだ。


「ようやく塗り終わったぜ。あとは乾くのを待てば完成、か」


 手に持っていた刷毛はけ仮漆ニスの入っている容器につけると、彼は凝り固まった全身をほぐすように体を動した。

 エクスィが今日まで遂行していたのは、彼に与えられた重要任務ミッション――雪舟そりの作成。


 ズィオ曰く……


”サンタクロースにトナカイと雪舟は必須だ! 脳みそまで筋肉で出来ている貴様は雪舟を作れ!”


 という指示があったからである。


 そしてこの瞬間、その重要任務ミッションをエクスィはやり遂げたのだ。

 慣れないながらも図面を描き、必要な材料を集め、他の者に怪しまれないように休息時間を削り完成させた、汗と努力と自尊心プライドをすり減らした集大成。

 見た目は素朴シンプルでありながらも、その丈夫さとすべりのなめらかさは、並みの商店に置かれているものを遥かに上回る一品だ……と、自負している。


「これで俺の仕事は終わりか。後はアイツらがヘマしないことを祈るだけだな」


 そう言って、雪舟職人エクスィは自らの手がけた作品を眺めながら、満足そうに口元を綻ばせていた。



 

 

 一方、皆が寝静まった時間……誰も入ってくることのない広い台所で怪しげな動きをしながら日々、料理の研鑽を積み上げている男がいた。


「ふむ、これは……駄目だ美しくない」


 そう言って、開いた料理本を片手に持ちながらテッセラは肩を竦めた。

 

「この本に載っている料理は、どうも美意識が足りないようだね」

 

 料理自体に美意識も何もあるはずがない。

 本に載った絵と異なるのは、どう考えてもテッセラの腕に問題があるのであり、料理自体にも料理本にも罪はないはずだ。


 とはいえ、テッセラはこれまで一度も料理というものをしたことがない。

 最初は言葉にするもの憚られるほどに酷い有り様だったが、今彼の目の前にあるクリスマスケーキやローストチキン、リースサラダは比較的ましな方だ。

 途中、”美しさ注入!”などという余計なかけ声と共に入れられた何かのせいで、純白になるはずだったケーキが混沌果実トロピカル色になっているのだが。

 そんなお世辞にも料理が上手いとは言えない彼が、何故料理を担当しているかといえば……


”料理は美しさが大事だ! どの道、俺もエクスィも料理はできん! 普段の鬱陶しさを今こそ料理に発揮してみせろ!”


 という指示があったからである。


「とりあえず味見をしてみよう。見た目が醜くとも、中身が美しい事もある」


 そう言って、躊躇いもなく混沌と成り果てたケーキを口に含む勇敢なる男……の顔はみるみる内に青褪めて行き……


「……う、美しさの欠片もない……が、次こそ……」


 そう言い残し、美しくない表情を浮かべながら男は床に伏した。





 そして、この一大計画プロジェクトを企画した男はというと……


「なんとか間に合ったか。やはり俺の頭脳に勝るものは無い」


 ズィオの手元にはとある衣装と、脇にはそれとは異なる衣装が置かれている。

 今回の作戦に於いて、これらの衣装こそが最重要であり、エクスィが作り上げた雪舟そりやテッセラに頼んでいる料理の数々は、衣装これを引き立たせる為の物でしかないと彼の頭脳は導きだしている。

 何故ならそう――たとえ雪舟や料理があろうとも、衣装がなければ贈物を捧げる彼の者が降臨することはできないからだ。


「ふっ、サンタクロースに……俺はなるっ」


 そう満足そうに笑みを浮かべた彼の元に、歩み寄る一つの小さな影。

 その者はズィオの背後に近づくと、訝し気な表情で声を発した。


「随分と楽しそうだが、俺の出した任務はこなしているんだろうな?」

「そんなことを聞くためにわざわざ来たのか。俺の頭脳に掛かればあの程度造作もない、が……」


 ズィオは立ち上がると声を掛けてきた人物に振り返り、不満気な顔つきで自ら立てた作戦を頓挫させないための言葉を叩きつけた。


「ミゼン、今日ここで見たものは絶対に他言するな。その為なら俺は、どれほど過酷な任務であろうとこなしてやる」


 自身を含めたアリスモスと、ルイン全体を率いている存在であるミゼンを見下ろしながら、彼は堂々と言ってのけた。

 ルインに属する他の者からすれば、それは自ら死刑囚になりに行くような行為であり、それを承知の上でズィオは強く言い放ったのだ。


 ――何人たりともこの作戦は邪魔させない、と。


 その気迫に内心気圧されながらもそれを表に出すことなく、ミゼンは涼しい顔のままいつものように高圧的な口調で言葉を返した。


「ふっ、お前らのしていることに興味などは微塵もない。しかし、それによって外界の連中に付け入る隙を与えた時は……わかっているだろうな?」

「……」


 厳しい視線を向けたまま無言を貫くズィオに、これ以上掛ける言葉は無いというようにミゼンは踵を返し、広い廊下に足音を響かせながら去っていった。

 その後ろ姿はあまりにも真っ直ぐで、揺らぐことを知らないようにも見えた。


「相変わらずいけ好かないが……なんとか情報の漏洩を防ぐことはできたか」


 そう言って、彼は再び衣装を完成させたことの達成感に表情をにやつかせ、そのまま暫くの間浸り続けていた。



 …………

 ……



 そして、ついに訪れた作戦決行の日――十二月二十四日。

 

 絵本によれば、本来のクリスマスは二十五日らしいのだが、二十四日の夜に贈物をするのもおかしくはないらしい。

 ならば早い方が良いに決まっているというズィオの発言により、本日遂行することになった【サンタと過ごすクリスマスパーティー大作戦(イブ)】


 ズィオたちはそれぞれ異なる衣装を身に纏い、最終確認を行っていた。


「扉を開けたら、テッセラは料理を素早く運び込め。頭が筋肉で出来ている貴様は俺が乗るこの雪舟そりを引いて部屋に入るんだ。わかったな?」

「あぁ、美しい僕が華麗に運び込んでみせようじゃないか!」

「くッ……次にトナカイ役(こんなこと)させたらタダじゃおかねぇッ……」


 彼ら三人が身に纏う衣装はそれぞれ違うものだった。

 自らが作り上げた雪舟を引くのは、トナカイの衣装を着ているエクスィ。茶色の着ぐるみと、頭には帽子に貼り付けられた巨大な角。そして鼻には赤い玉。

 胴巻かれている縄は、ズィオの乗る雪舟に繋がっている。


 最も動きにくい衣装であるはずなのに華麗に動こうとする、雪だるまの衣装を着たテッセラ。すっぽりと体が収まるほどの大きさで、見えているのは顔と手足だけだ。はっきり言って、雪だるまの可愛さは皆無である。

 伸びる手に持っているのは、身長の半分以上はあろう巨大なケーキだ。


 そして材質、縫い方、装飾、そのすべてに拘った今回の作戦の要といえる、サンタクロースの衣装にみを包んだズィオ。他の二つに比べ、明らかに完成度が違う。経費と時間と三つに分配するのなら、一対一対八、といった勢いだ。

 そんな彼が担いでいるのは、たんまりと贈物プレゼントを詰め込んだ白い袋。


「よし、エプタをこれ以上待たせるわけにはいかないからな。いくぞ、トナカイ! 扉を開けろッ!」

「クソッ! 今回だけだぞ!」


 ズィオの指示を受けて、エクスィはぎゅっと雪舟に繋がった縄を握り締めた。

 そして勢いよく扉を開き、強く縄を引きながら広間へ突入。

 そのまま全力で雪舟を引きながら中央へ進むはずが……緊急事態発生。


「ぐはっ!」

「ちっ、何をやっている!」

「角がでかすぎんだよ、馬鹿野郎がッ!」


 広間の扉に大きな角を盛大に引っかけたエクスィが転倒。

 が、ここまで来たのだ――このままでは終われない。そう、終われないのだ。

 ズィオは雪舟を強く蹴り放ち、高く跳躍すると……緊急事態発生。


「ぶほっ!」

「なっ!? 雪だるまッ!」

「なんのこれしきッ! ビューティフルキャッチ!」


 エクスィの転倒に巻き込まれないよう華麗に回避したテッセラが、咄嗟に跳躍したズィオの抱える大きな白袋にぶつかったのだ。

 手からケーキの乗った大皿が滑り落ち、それでも雪だるまはその姿形を気味の悪いものへと変えながら、滑り込むように大皿を受け止めた。


「よし、いいぞ!」


 そうして、最悪の事態を回避したことにズィオが安堵の息を吐きながら着地。

 視線を前に向けながら、驚愕の表情を浮かべているであろう女性陣へ――


「メリ~クリスマ~ス! エプタ、いい子にしてたかな? サンタ、の……おにい……さん、だ……ぞ……」


 エプタの驚きと喜びの表情を楽しみに、威勢よくサンタクロースになりきっていたズィオの声と表情は、一晩寝ずに考えた台詞を言い切る前に完全に熱を失い凍てついてしまった。

 ……それもそうだろう。何故なら、普段アリスモスの面々が好んで集まっている広間にはズィオたちの三人以外、誰一人としていなかったのだから。


 そう……一つだけ彼らに失態があったのだとすれば、この計画の漏洩を気にしすぎるがあまり、女性陣にその日の予定を確認するのを怠ったということだろう。


「な、何故だ……何故誰もいないんだ! エプタァァァ――ッ!」


 予想外の出来事に、悲鳴にも似た叫びを響かせるサンタのお兄さん。

 恥ずかしい恰好までして、まったく報われなった角の折れたトナカイ。

 手に持つ巨大ケーキと、三人で食すには多すぎる料理をどうするか悩む雪だるま。


 こうして、三者三様のクリスマスイブは大きな爪痕を残して過ぎていった。




 

 一方その頃、内界のとある繁華街にあるお洒落な喫茶店。

 大きな丸机(テーブル)を囲んでいるのはアリスモスの女性陣、エナ、トゥリア、ペンデ、エプタ、アリサ、エニャの六人だった。

 上に並んでいるのは、クリスマス限定コースである数々の料理だ。


「おいしーっ! ズィオ兄たちも来たらよかったのにね」


 笑顔を浮かべながらもくもくと口を動かしているペンデが男性陣を気にかけている通り、決して仲間外れにしようと思っていたわけではないのだ。


「探しても見つかりませんでしたし、仕方ありません」

「ここ最近、こそこそと忙しそうにしていましたものね」


 そう言って、丁寧な手つきでローストビーフを取り分けているエナに、トゥリアはリースサラダを取り分けながら答えた。


「大方、エプタの為に何かを企んでいたんだろうが、エプタの持っていた絵本によるとクリスマスは二十五日だ。明日にでもわかるだろうさ」

「明日もパーティー?」

「だといいな」


 アリサの言葉に反応したエプタが小さく首を傾げると、アリサは自分で言っておきながら何故か引っかかりを覚えつつ、とりあえず曖昧に答えた。


「……おいしい」


 頬を僅かに朱に染めながら、ほっこりとした顔を浮かべるエニャの零した言葉を聞き、皆の顔にも自然と笑みが浮かび上がる。

 無論、このときの彼女たちに、男たちの慟哭が聞こえるはずもない。

 その慟哭の後、大量の料理の一口目を食した瞬間に響き渡った、彼らの悲鳴も聞こえるはずがなかった。


「よぉ~し、それじゃあみんあで一緒に~!」


「「「「「「メリークリスマス」」」」」」 


 そうして、彼女たちの楽しいひとときは過ぎていった。







 ――中立国アイリスオウスの最大都市ミソロギア。


 運命の枝(クライシスデイ)の犠牲となったこの場所には、かつてのような賑わいはない。

 各家々に飾りが施され、夜も明るい通りは賑わい、赤と白の衣装に身を包んだ売り子が声を張り上げ、温かい部屋の中で聖夜を祝福する日。そんな日ですら、此処に済んでいた国民たちはいまだ帰れず、町全体が色を失っていた。


 だが、そんな街の一角にある酒場グッデイでは、有志で集まったミソロギア兵たちが宴会を開き、この時期特有の鬱憤を晴らしていた。


「十七番、レシド! 火吹き男やります!」


 彼らの精神衛生に配慮しないのであれば、クリスマスに恋人の居ない者たちの嘆きの会、ということになる。


「ちょっ! 燃えてる、レシド! 髪の毛燃えてるから!」

「うおっ!? ブルン、水だ! 水をかけてくれ! 俺の自慢のリーゼントが!」

「わ、わかったであります! 今すぐ川まで汲みに――」


「「行かなくていいっ!」」


 日々の厳しい訓練の合間に練習をした宴会芸も敢えなく失敗に終わり、自慢の髪型(リーゼント)を焼失してしまうところだった彼もまた、孤独に生きる存在であった。

 緊張のあまり、憧れの存在である上官と碌に会話もできない彼は、この先どれ程の時間を孤独で居続けるのか。

 そこに恋慕の情があるわけではないとわかってはいても、互いに恋人がいないのだから、この日くらい普通に会話をすればいいものを……。

 などと思いながら、キースはその視線を酒場の隅の上官へと移した。



 そんな酒場の中でも一際騒がしい集団に、遠くで頭を悩ませながらささやかな晩酌をしていたのはタキア・リュニオン。レシドの憧れの上官であり、運命の枝(クライシスデイ)以後のミソロギア軍の再編に大いに尽力した才女である。


「はぁ……プライベートに口を出したくは無いのですが……」

 

 そう溜息を吐き、タキアは故人であるフィデリタスやトレイト、そして今日は来ていないカルフと共によく足を運んだこの酒場で、最後の光景を思い返した。

 いつものようにトレイトが酔っ払い、その面倒を見ているていたカルフを見て豪快に笑うフィデリタス。

 あのときはロウもいて……もう二度と、皆が揃うことはない。

 

「小火にはなりませんでしたが、注意はしておきましょうか……明日にでも」


 そう言って、手にしていた麦酒杯ジョッキの中身を空にすると、タキアは十二杯目の麦酒ビールと幾つかの肴を注文した。

 ここに来ると、どうにも感傷的になってしまう。

 カルフが来なかったのは、きっとまだ完全に立ち直れていないからだろう。

 

(……気持ちはわかりますね。今日は少し、酔いたい気分です)


 そう言いつつも、いまだにタキアの頬は赤らんでいないし、日中の事務作業デスクワークをしているときと変わらず、意識もはっきりとしている。

 気持ち良く酔えるまで、まだまだ時間は掛かりそうだ。


「子供の頃のように独りが怖いと思わなくなりましたが……少し、寂しいものですね」


 幼き頃の懐かしさと涙の色を含んだその言葉は、誰にも届くことなく、酒場の喧騒に掻き消された。







 ――ヴェルヴェナ帝国領、カリオペイア


 太陽がその威光を存分に放つことを止め、紺一色の夜の帳(カーテン)が空に広がりをみせると、何処か知らない国にいるのでは、と感じてしまうほどにその様相が変わる。

 端的シンプルに言えば、昼は灼熱あつく、夜は極寒さむい

 そんな砂漠が広がる国の中にある喫茶店は、普段の営業時間を超えてもなお、今日だけは灯りが消えていなかった。


「まだまだ酒も料理も残っているぞ! 最初に言ったであろう。戦友ともなのだから遠慮は無用だと!」

「まさか、僕が御馳走になる(おごられる)日がくるとはおもわなかったよ。なにより、各国の酒を飲み比べできるのが素晴らしい」

「あぁ……こんなにも世界が揺れていて……誰も怪我をしていなければいいのだが」

「…………Zzz」


 ここに集った者たちのことを知る人からすれば、眩暈を起こすか、現実を直視することを止めてしまうだろう。


 酒と料理を進めるこの喫茶店が実家でもある大女、ターミア・アドヴェルサ。

 多種多様な酒を飲み比べていながらも、気品の感じられる優男、ディレット・アルティスタ。

 勧められた酒を断ることもなく飲み続け、酔っ払いになり果てた極度に心配性な男、マレーズ・オリゾン。

 早々に夢の世界へと旅立ち、舟を漕ぎ続ける無防備な男、ペレーア・トルトゥーガ。


の二人も来られればよかったのだが」


 そして、そんな彼らの事を満足気に眺めながら、酒も料理も堪能している奇人とも呼ばれることが多い人物、レーベン・ヴァールハイト。


 この場には居ないが、中立国アイリスオウスの軍人カルフ・エスペレンサと、ケラスメリザ王国の騎士ファナティ・ストーレンを含めた彼らは、それぞれに各国の重要人物なのである。

 いまは見た通り、ただ宴会を楽しんでいるだけの集団ではあるが……あるのだがしかし、誰が何と言おうと各国の重要人物なのである。


「こう顔を突き合わせてもいまだに信じられないことだね、まったく。欠席者がいるとはいえ、僕らが外交を気にすることなくこうしていることが」


 また一つ、空の硝子杯グラスを増やすと、ディレットはこの席(いま)が夢幻では無いことを確認するかのように言葉を漏らした。

 確かに彼でなくともそう思ってしまうのは当然であろう。称号を与えられし者たちがこうも一ヶ所に集うなど、歴史を遡ってもそうありはしない。


「これは夢でも幻でもない。我々はこの往古来今という歴史の中、人の温もりを内包する此の場所で酒を飲み交わし、輝きと無限の可能性が広がる未来の為に互いの認識と信頼を深めようとしているのだよ。……それにしても、このスープは病みつきになってしまうな」


 口を開くたびに、付き合いの浅い人間であれば一度では理解できないような事を紡ぎだすこの男レーベンこそ、今回のささやかな宴会パーティーを思い立ち、ここにいる面子メンバーを集めた張本人である。


「それは嬉しいかぎりだ! それは父上の料理人としての至高の一品なのでな」


 実家でもある喫茶店の名物を褒められ、その喜びを噛みしめ綻ぶターミアには戦士としての威圧感は無く、長年の友人との会話を楽しんでいるようにも見える。


 他の者たちもこの時ばかりは、各国での立場を気にすることなくこの時間を楽しみ、これから続くであろう激動の……混沌の時世を戦い抜くための活力として胸に残していた。


「時期が合えば、エヴァやキャロも共に親睦を深められたというのに残念だ」

「あぁ~……その名はぁ~……ひっく、辿り着けてなにより」

「あの少女たちか。僕が得意分野トランプで負けたのは初めてだった。実に不思議な少女たちだったよ。……運が良いのか悪いのか、彼女たちが引き続けた愚者札あのの意味をいつか知りたいものだ」

 

 この場の誰もが面識のある二人の少女。

 力無き少女たちの旅路は無事終わったのかと、そう心配する面々を前に、レーベンは硝子杯グラス葡萄酒ワインを口に含み喉を潤すと……


「なに、心配はいらぬだろうさ。あの者たちは非力ではあるが弱くはない。あの瞳を見て皆も感じたはずだ。あれは志半ばで散り逝く類の者ではない。むしろ、成すべき側の人間だ。なればこそ、再び我々と相まみえるときがくるだろう。我々はただ、己が成せる責務を果たし、耀きを増したあの者たちを待てばいい」

「うむ、確かにレーベン卿の言う通りだな! よし、もう一度乾杯しようではないか!」

「はははっ、今日は僕もとことん付き合うとしよう」


 …………

 ……


 そうしてその後も宴は続き、静かさが増したと思えば酔っぱらっていたマレーズや、とことん付き合うと豪語していたディレットもいつも間にか眠っていた。

 酒も料理もそのほとんどが各人の胃袋へ収まっている。


 そろそろお開きにして、ターミアの父(マスター)の厚意で用意してくれている部屋へと眠っている彼らを運び終えた後、自分たちも体を休めようと考えているターミアの視線が、まだ眠らぬ男でぴたりと止まった。

 そして彼女は呆れたような、関心するような感情が混じった表情で小さく言葉を漏らした。


「ところで、レーヴェン卿よ。……御前の胃袋はどうなっておるのだ?」


 他の者が食べきれずに残していたものを含め、用意されていた料理をすべて食し、皿の山を築いた男は不敵に微笑むだけで何も語ることはなかった。


 このとき、ターミア・アドヴェルサは一つの真理に辿り着いたような気がした。


 ―――他国は(・・・)クセの強い者が名誉称号を与えられるのではないか、と。







 ――ケラスメリザ王国、王都クレイオ 


 幼き頃はその存在を信じ、その日が訪れるのを幼馴染と共に心待ちにしていたのを一国の王女たる彼女――スィーネ・ヴァスリオは今でも確かに憶えている。

 夜空は厚い雲で覆われ、吐く息は白く見えるほどの寒さの中で彼女は……誰にも何も告げずに城を抜け出していた。


「急がなければ……もっと早く、お願いっ」


 国の騎士たちよりも巧みに馬を乗りこなす王女というのは、果たしてどれ程いるのだろうか。

 月灯りすらない夜道だというのにその速度は昼間と変わらず、むしろ彼女の思いに応えるかのようにそれ以上の速度で駆ける馬は、目的地への距離を確実に縮めていた。

 この身がどうなろうと成し遂げたい、その強い思いが彼女を突き動かしていた。


 そうして、暫く馬を走らせていると、遠くの方にある幾つかの小さな灯りが彼女の瞳に映りこんだ。スィーネはそれを確認すると、できることなら翔んでいきたい衝動をぐっと抑え込み、さらに馬の速度を上げた。


「ふぅ………何とか間に合ったのでしょうか」


 そうして、彼女はここまで無理をさせ、それに応え頑張ってくれた馬を労うように優しくその躰を撫でると、ここから先は自らの足で駆けた。

 目的地まではあと少し……熱くなった体に触れる夜の空気の心地良さが、彼女の足をさらに前へと進ませる。


 途端――予想していなかった人物が、スィーネの進む道を阻むように現れた。


「姫、お急ぎのようですがどうかされましたか?」

「フ、ファナティ!? 貴方がどうしてここにいるのです!」


 騎士ファナティ・ストーレン。

 スィーネが幼い頃から、兄のようにずっと傍で彼女を守り続けてきた男だ。


 大方、城から抜け出した彼女を連れ戻しに来たのだろう。たとえ自国内といえど、王家の者に何かがあってからでは遅いのだから当然といえば当然だ。

 しかしここで捕まってしまっては、せっかくの計画プランが台無しになってしまう。スィーネはなんとかこの場を乗り切ろうと思考するが、何も思いつかなかった。


 口を噤むファナティのの視線はいつも以上に険しい。

 確かに昔と違い、降魔の出現が懸念される今となっては、自分の身に降りかかる危険もかつてより注意しなければならないのはスィーネとてわかっている。

 それでも優先したい想いがあるのだ。

 何とかしなければ……そう、焦りだけが募っていく。

 ここは誠意を持って懇願するしかない、そうスィーネが思った途端――


「お説教ならお城にかえってからでいいでしょ?」

 

 そうこの空気に割って入って来たのは背は低く小柄で、薄いブラウンの短い髪の後ろに大きなリボンをつけた少女だった。


「今日くらいは大目に見てもいいだろう。早くきなさい、皆が待っておるぞ」


 少女に続いて現れた男を前に、スィーネの目が驚きに見開かれる。


 なにせ、自国内での数少ない……唯一ともいえる友人であるピリアと、あろうことか自分の父親であるパソス――国王も目の前に姿を見せたのである。

 連続して起きた不測の事態に、スィーネの頭は状況をまったく把握しきれないでいた。

 そんな彼女を見かね、険しい表情を崩したファナティはスィーネの手を優しく取って引っ張りながら、真っ直ぐ進んで教会の前まで連れてきた。そして――


「こういうことですよ、姫」


 ここまで来て状況を整理しきれていないスィーネに声を掛けたファナティが、その扉を勢いよく開くと、鳴り響く複数の破裂音と人々の歓声。


「「「メリークリスマス! スィーネ姫!」」」



 …………

 ……



「……まったく。それならそうと、言ってくれればよかったではありませんか」

「……まったく。いつになったら、無言での外出を止めてくださるのですか」


 今宵、スィーネが城から抜け出して向かっていたのは、このイダニコ村の孤児院で行われるクリスマスパーティーに参加するためであった。

 数日前に子供たちから手作りの招待状を受け取っていたが、正直にファナティに話していれば間違いなく止められると思い、ずっと黙っていたのだ。


「まさか、三人も招待されていたなんて思いませんでした」


 ファナティどころか、ピリアとパソスすらも参加者だったのだから、彼女と彼女の為に夜道を駆けた馬の苦労や疲労は無駄な労力だったのかもしれない。

 しかし今にして思えば、パソス以外はこの村の出身なのだから、何一つおかしいこともなく想像できた範疇だった。この村出身である今は亡き母、セラフィと結婚したパソスが招待されるのも当然といえば当然か。


 だがそれでも、一国の王が子供たちに呼ばれたからといって、のこのこと出てきてしまっていいのだろうか。城の者が気付は、大慌てになっているだろう。

 かくいう自分も人の事は言えないが……


「どうしたのだ?」

「いいえ……」


 きょとんとした表情を向けるパソスを前に、スィーネは嬉しそうに微笑んだ。

 わかっている……今日は愛する母が亡くなって、初めてのクリスマスなのだ。

 今日だけは亡き妻の夫として、そして父として、ここに立っているのだろう。

 

(ありがとうございます……ファナティ、ピリア、お父様……みんな)


 壁を見れば、そこには子供たちの描いたセラフィの似顔絵が飾られていた。


「メリークリスマス……お母様」


 飾られた似顔絵を見つめながらスィーネはそう呟くと、今度は両眼を閉じながら、厳しくも優しい瞳をした男のことを脳裏に想い描いた。そして……


「……メリークリスマス、リアン様」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で、それでいてその思いが届くよう祈りを込めて、ここにはいない彼に聖夜を祝福する言葉を呟いた。






【クリスマス】――――――――


 さむいさむいふゆのよる。ゆきのふるしずかなよる。

 いちねんにいちどのとくべつなよる。

 そのひはそう、よいこのみんなのまえにサンタさんがやってくるひ。

 そして、サンタクロースのおじさんは、プレゼントをくれるのです。 

 よいこのみんなを、えがおにしてくれるのです。

 

 …………

 ……


 メリークリスマス。

 それはせいなるよるをいわうことば。

 メリークリスマス。

 それはみんなにえがおをあたえてくれることば。


 ――――――――――――――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ