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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
二章 GOD-巡逢のヴェンデッタ
26/55

22.熱戦、七国大競技祭典

 

 身に受ける風は心地よく、蒼空から照らす日輪の輝きは世界に活力を与えている。一年を通してこの地、聖域レイオルデンには一般市民が立ち入ることは殆どなく、あるとすれば虹華節(こうかせつ)に行われる闘祭典(ユースティア)くらいなものだろう。

 しかし、今日という日ばかりは闘技祭典(ユースティア)に負けず劣らずの熱狂に満ちていた。

 整備された広大な大地を取り囲む階段状の観客席には人々がひしめき合って座っており、様々な会話が飛び交っている。

 期待、興奮、歓喜、中には賭博に近い灰色的な会話をしている者たちもいたが、程なくして警備を任されている魔憑によって連行されていった。

 それもそのはず。今日この競技会場で行われる外界の全ての国を挙げての極大行事は、未だ且つてないほどの規模とその内容であり、それを己が利潤の為に利用するなど極めて無粋というものだ。

 尚も上がり続ける会場内の熱気は、もはや陽国に来ているのではないかと錯覚するほどにまで達しており、中には汗を拭っている者さえいる。

 まだ開始してすらないのというのにこの状況。一度闘いのが合図が上がればどれほどの高揚感、歓声が会場に満ちるのかは未知数だといえるだろう。


 そんな中、これほど集まった大衆の声をまったく気にした様子も無く、一人の人物が競技会場に姿を現した。

 それに気付いた一部の者たちが口を閉じて視線を向けると、周囲もそれに倣うように話すのを止め、開始の時が訪れるのを待ち焦がれる。


 暫くすると、巨大な会場には静寂なる熱気が広がり、競技場の真ん中に立つ者はそれに満足した様子で不敵に微笑んだ。


「では、え~……こほん」


 咳払いを挟み、その者は手に持った拡声石を口許に近づける。そして――


『会場にお集まり頂いた皆々様、大変長らくお待たせしました! これより、七国大競技祭典(オリュンピア)を開催しますっ!』


 普段の可愛らしいスカートの装いを黒のスラックスへと履き替え、首元に赤い蝶ネクタイを着けたベルがそこにはいた。

 拡声石を通して観客へと届けた言葉は短く簡潔なものではあったが、大いなる歓声を巻き起こすには十分すぎるもので、激しい盛り上がりをみせる。。

 だが、そんな鬨の声ほどの歓声もすぐに静まり、皆はベルが次にどういった言葉を発するのかを楽しみに耳を傾けていた。


『それでは、あまり焦らし過ぎるのもよくありませんからね! 各国の出場選手の入場となります! どうか大きな拍手と共にお迎えくださ~い!』


 先程よりも一段と大きな歓声が起こり、もはや大地を揺らしそうな勢いだ。

 そんな中、先ず初めに競技場内に入場してきたのは、悠然と足を進める長身の男を先頭にした集団だった。

 その後ろに続くのは、天空を自在に飛翔(とぶ)事ができる翼を持つ者たち。


『気だるげな表情は勝利を確信しているからでしょうか! 万雷の拍手に包まれ進むのは天神ブフェーラ・ゼウス! そして、彼が統べる天国チエロレステの精鋭の皆さんで~す!』


 観衆からの注目を浴びながらも、臆することなく堂々と行進を続ける天国の面々。

 その先頭を征くブフェーラは口上の内容に釈然としないまま、予め伝えられていた地点を目指す。


「……勝利は我が天国に訪れるだろうが……っ、なんだあやつの口上の短さは! 七深裂の花冠(セブンスクライム)はどうしてああなのだ(・・・・・)!」

「ブ、ブフェーラ様、全外界中の人々が見ておりますので、どうか落ち着いてください」


 元より悩みの種が尽きることなく難しい顔をしているブフェーラだが、今ばかりはいつも以上にその表情を固く険しいものにしていた。そんな不満を漏らす自国の神に、状況を鑑みて思わず口を開いたイーリットもまた苦労人ではあるのだが。


「やれやれ、注目されてるのは隊長の眩しい禿頭(あかり)があるからじゃね?」

「競技前にはしっかりとハゲまして送り出しますよ~、隊長~」


 イーリットの右後方から揶揄うように言葉を投げかけるのは、彼の副官でもある白き翼を持つ天使(アンジェ)の男、ジェン。そしてその隣、間延びした声でなんとも含みを持たせた発言をしたのは、鳥の翼を持つ妖鳥(ハルピュイア)の少女、クーンだ。

 間違いなく苦労人に苦労させているであろうこの二人は、まるで悪びれた様子も無く、眉間に皺を寄せる苦労人を弄りながら行進を続けた。

 このような三人ではあるが、彼れらも紛う事なき天国が擁する討滅せし者(ネメシスランカー)であり、前線に於いて目覚ましい活躍を見せている。

 そして、天国の討滅せし者(ネメシスランカー)といえば……


「あと五分、あと五分だけ寝かせて~」

「姉さん、せめて開会式が終わるまでは寝ないで。だから夜更かしは駄目だって言ったんじゃないか」

「でもね、パグ。今日が楽しみだったんだよ」

「はぁ……」


 この業を背負う翼を持った兄と妹……もとい、姉と弟だ。

 瞼を閉じたまま器用に歩く小柄な妖鳥(ハルピュイア)の少女パセロと、彼女が転ばないように周りに気を張りつつも、何とか起こそうと試みる長身の青年パグロ。

 周囲を共に歩く他の者たちが動じずに進み、観客からも距離があるため、そういった彼らの日常風景は気付かれてはいない……はずだろう。


『さてさて、次に入場してきたのは厳しさに包まれた優しさは国の為、民の為! 毅然とした(あお)の麗人、海神ヴィアベル・ポセイドンが率いる海国エデルメーアの登場ですよ! ……なんて羨ましい見た目なんですか、あの人は』


 ベルの口から思わず漏れた言葉は、天国勢に向けられた歓声とは質の異なるものに掻き消された。それらの声々は男性の野太い声が大半を占め、彼らはヴィアベルの名や個人の名を書いた横断幕や手旗を掲げ左右にはためかせながら、彼女たちに暑苦しいまでの声援を送っている。


「これは……喜ばしいことなのか? どうにも落ち着かないな」


 言葉とは裏腹に、その表情に動揺や困惑の色は無く、一定の速度で自国の一団を率いて歩くヴィアベル。その冷然であり壮麗な姿に尚も増していく男の熱声。

 そしてそのすぐ後方では、どう言葉を掛けていいものかわからず、苦笑いのままついて歩く人魚三姉妹の次女、キュステ。

 対して長女であるフルトは、長年培ってきた面倒見の良さと妹たちが見ているというこの状況によって、その身を奮い立たせていた。


「今日はクーちゃんにイイとこ見せないといけませんネ、ヴィアベル様! でも、ちょっと歩くの早くありませんカ?」


 表情には一切の動揺も見られなかったのだが、視線や声援を浴びるごとに踏み出す足の早さが少しずつ上がり、それを指摘されてしまったヴィアベル。

 彼女は僅かに気まずそうな表情を見せた後、徐々に速度を落とし、元の行進速度へと戻していった。


 そして、行進速度に緩急のあった海国の一団が安定した速度になったところで、次の国が競技場へと足を踏み入れた。

 その集団はこれから戦地に赴くのではないかというほどに物々しい雰囲気を伴って、足音を鳴らしながら行軍のように前へと進んで征く。


『うわぁ……これはなんというか、ザ・武闘派って感じがすごいですね~。その山の様な巨躯は動じることなく、攻め来る敵は斬り払う! 武闘派な肉体でありながら、実は知的な陽神イグニス・アポロン! ですけど、陽国ソールアウラの部隊はやっぱり武闘派ばかりでした~!』


 熱砂の国の者たちの中には、全身を堅固な鱗に包まれた蜥蜴人(ラケルタイル)も含まれており、他の国よりも放つ迫力(プレッシャー)は大きい。

 その一団の先頭に立つアポロンはただただ真っ直ぐに前を向き、一定の速度で歩み続けてるのだが……その実、その姿には動揺こそ見られないものの、彼の思考の中には今日一日を無事に乗り越えることができるのかという不安があった。


「アッキー、アッキー! すごい人ですよ! 向こうの方にも、応援に来てくれている人がいます!」

「ティラ様、今はまだ入場行進中ですぞ。これが終わった後で挨拶に参りましょう」


 屈強な戦士の中で明るく話す、一房の三つ編みが印象的な少女ティラトーレ。

 彼女は外界中の注目を浴びていると言っても過言ではないこの場面の中、非常に浮かれていた。

 そんな彼女の傍で保護者のような眼差しを向けている男は、昨晩から高揚状態にある少女をなんとか落ち着かせようと言葉をかけ続けている。

 ただでさえドジの権化なのだから、彼がいつもより気を配るのも当然だろう。

 そして心配すべきはもう一人……


「……今日は慌てず、触らず、掴まらずにいけば大丈夫なはずです。えぇ、三英雄の名に懸けて、こんな大舞台で恥を晒すわけにはいきません」


 そう、陽国に籍を置き、外界の中でも屈指の実力者とされる三英雄が一人、ソレイユの動向がアッキーの……いや、イグニスの……否、陽国として最大の悩みの種であり、場合によっては陽国の勝利よりも優先しなければならないことでもあった。


『これで四国目、そしてお次はとてもクールな国が入ってきましたよ! 誰が呼んだか腹黒糸目ぇ~……え? ……えっと、これは流石にマズくないですか? 大丈夫、ですか? 本当に? まぁそれなら……コホン、凍てつく世界に生きる熱い想いを持った戦士たちと、それを率いる冥神アルバ・ハデス! 男女別で整列しているあの人たちの士気に温度差を感じるのは私だけでしょうか! 冥国オスクロイアの入場です!』


 大衆の前で不名誉な渾名で呼ばれても表情は崩れず、不協和音を奏で始めようとしている自国の魔憑たちにも振り返ることのないアルバ。それは優秀な部下を信じているためか、統括者としての資質がないためか。

 しかし、彼の事をよく知る者たちからすれば、この状況がすでにアルバの策略によるものではないかと考えてしまう。それどころか……


「やれやれ、あの人の茶目っ気は嫌いではないのですが……何か手を打っておいた方がいいのかもしれませんね」


 観客に微笑み向け、時折手を振りながら溢したその言葉に焦りは無く、むしろ新しい玩具を与えられた子供の如く楽しんですらいるようだ。

 だがその一歩、彼の後ろに続く部隊はというと……


「ったく、ほら見ろ。他の国はまとまって歩いてるだけじゃねぇか」

他国(よそ)他国(よそ)冥国(うち)冥国(うち)です。決して恥を曝さなぬよう……って、あぁもう! ネクタイを緩めないの! だらしないわね、まったく」

「なっ、こんなところでやめろ!」

「ストーップ! 隊長、数多くの女性も見ていますし、せめてあそこまで頑張りましょう! センシア姐さんも折角の晴れ舞台ですし、穏便にいきましょうよ、ね?」


 時や場所、場合などが変わっても、冥国での部隊をそれぞれに任されているだらしない男と真面目な女性、二人の隊長の間で痴話喧嘩が絶えることはない。

 そう内心で思いながらも、決してそれを口に出さないのは部下たちなりの優しさか、それともただの諦めか。


(さてさて、天国の方は兄さんも参加しているようですし……今の我が国のため、上手く二人の手綱を握ってみるとしましょう)


 そして、堕天の翼を持つ男は、困ったような笑顔で隊長二人を宥めながら、今日も今日とて、今後の士気にも関わってくるであろう二人の行く末を案じるのであった。


『さてさて、次に行進してくるのは……地国テールフォレの御一行! 大自然は見るもよし、触れるもよし、食べるもよし! 日々の疲れを癒しに行ってみたいですね! そして、無限の可能性を秘めた地神ミコト・デメテルの元に集いし者たちは、どのような活躍を見せてくれるのでしょうか!』


 その集団の歩む様は行進というよりも、上に立つ者と付き従っている者のように見える。しかし、当然そこに強制力などは無く、代わりに信頼や尊敬の念が彼らの表情や纏う雰囲気から感じられた。


「確かに余はまだまだ未熟ゆえ、皆に頼る事ばかりかと思うが、今日はよろしく頼むぞ! 勝利を母国に届けるのじゃ!」


 地国の女神ミコトは歩みを一旦止めて後ろを振り返ると、自身について来てくれている者たちに胸中を偽ることなく告げる。それは彼らの士気を上げるには十分すぎるものであり、熱の籠った声が自然と発せられていた。


「ふっ……トレナールよ。ミコト様にあるむ、む、無限の可能性ってのは、やっぱアレの事だよな?」


 鼻紙を小さく丸めたものを鼻腔に詰めたアンスは、興奮しながらも長年の相棒であるトレナールへと声を掛けるが、意外にも真っ先に言葉を返したのは、隠密行動を得意とするタンドレスだ。


「その様な無粋な話は後にするで御座る。ミコト様の耳に入りでもしたらどうするおつもりか?」

「僕もそう思うよ。あと、タンドレスが理解できてることにぼくは驚ぎだよ」

「やれやれ、これだから……まぁいい、それよりだ! その恰好はどうにかならなかったのか? さっきも警備の奴らに止められてたじゃねぇか!」


 アンスに苦言を呈したはずが、それ以上の苦言で返されたタンドレスは沈黙し、何事も無かったようにさりげなく足を速めた。

 注意を受けた彼の服装というのが、闇夜に紛れて行動するための色味の暗い装束に、頭部は目元以外を布で覆い隠しているというものなのだから、正に不審者のそれである。


「……これで本当に勝てるのか?」


 前を歩く三人同様、討滅せし者(ネメシスランカー)である動物の毛皮を被った一人の男が漏らした不安は、ミコト以外の地国の総意のようにも感じられた。


『なんか一人怪しい人がいましたけど、気にせずドンドンいきますよ~! 次は~……え、星国ですか!? この時期は作物の収穫で忙しいって言ってませんでしたっけ!? それに一番働かない人がいないじゃないですか! 絶対自分の分しか確保しないですって、あの穀潰しは!』


 先程まで順調に司会として振る舞っていたベルが突然取り乱し、様々な言葉を発している中、星国の面々はそれをできる限り意識しないようにし、走り出したい気持ちを抑えて一歩ずつ足を踏み出して進んで行く。


「はぁ~…審秤神様からの招集令を拒否できる訳ないじゃないですか……うぅ、早く眠りたい。こうしている間に、どれだけの仕事がこなせると思って……はぁ~、これで四徹……」


 星国ガラクーチカの参加者(・・・)として先頭(・・)を進むヴィーゾだが、その目元の大きな球磨はいつもより濃さを増しているようだ。

 そんな星国参加者の一団の周り、というよりも彼の傍では、強い旋風が発生し続けている。


「そう言わずに皆で頑張りましょう! 実際のところ、各国の神様は競技に参加できないみたいだから、頑張ってもらうしかないんだけどね。うん、女神様が影ながら応援してるよ!」

「……影ながら、ですか。まぁそうですよね、はい」


 一人で誰かと会話をしているヴィーゾだが、聞こえてくるお姉さん気質のような女性の声は旋風の中からのようで、その姿を確認することはできない。

 そんな珍妙な事象の原因となっているが、星国の女神ステラ・アストライアだ。

 先導者としての器量は十二分にあるのだが、彼女にはとある人物の前では恥ずかしがって姿を隠してしまう癖といった、致命的な欠点があった。

 それによって引き起こされたのがこの状況であり、ヴィーゾが仕方なく先頭を歩いている理由でもある。しかしそんな中――


「あっ、ちょっ、今は勝手に出てこ――ったく、辛気くせぇ顔してんじゃねぇよ。勝てばいいんだろうが、勝てば。オレに任せとけって」


 突然荒々しい口調になったヴィーゾは不敵な笑みを浮かべ、歓声の中を堂々と闊歩していった。


『そして、最後に登場するのはこの国、月国フェガリアル! 神秘と幻想の月に愛された女神アルテミス率いる精鋭の皆さんです! 様々な戦いに出会った戦士は新たなる戦場へと降り立った! クセ者だらけのメンバ―は、いったいどのような結末を魅せてくれるのでしょう!』


 最後の入場だからだろうか、一際大きな歓声が上がり競技場内の熱量は一段と高くなった。

 その歓声に圧倒される事なく姿を現したのは、月神アルテミスを筆頭とする月国の選抜戦士たちだ。


「まったく、もう少し静かにはならないの? そもそも、どうしてメリーは来てないのよ」

「アルテミス様、大勢の方が注目しています」

「ですので、発言にはお気を付けください。メリュジーナは遅れてくると昨晩言っていたはずですが?」


 不満と疑念を隠すことなく吐きだすアルテミスに対し、冷静に言葉を返したクローフィとリコスは溜息を飲み込み、万が一の不測の事態に対応できるように気を張っていた。この地が審秤神サラが全てを統べてはいるが、用心するに越したことは無いと考えているのだろう。

 そして、その後ろで騒いでいるのは当然いつもの者たちだ。


「シンカ! 人がいっぱいです! ここで何をするんですか!?」

「貴女、昨日も同じことを聞いていませんでした?」

「ジャガイモ、あの者たちは、ジャガイモ……」


 多くの者が感じる緊張感や重圧に負けることなく、天使、人魚、妖精の彼女たちはいつも通りといった様子で行進を続けている。中には一名ほど人との関わりに慣れていない者もいるが、それもまた日常的なことなのだ。

 そんな中、観客にも負けないほど賑やかな彼女たちに苦笑しながらも、穏やかな表情を浮かべているシンカは、隣を歩いている黒衣の男に声を掛けた。


「ツキノたちには本当に声を掛けなくてよかったの?」

「いや、一応声は掛けたんだが……あと五分、だそうだ」

「……それは、仕方ないわね」


 |七国大競技祭典≪オリュンピア≫の開催を聞いた日から、ツキノ、モミジ、シラユキの三人はこの日の事をとても楽しみにしていたのだが、昨日は運悪く早朝まで月光殿の警備に当たっていたのだ。その為、屋敷に帰って来るなり寝台(ベッド)に入ると、直ぐに寝入ってしまったというわけだった。


「一応、アレも置いてきたから大丈夫だとは思うが」


 何とか起こそうとするのを屋敷の魔女に止められたロウは、とある人物から渡されていたモノと置き手紙を残してここに来ていた。

 しかし、それが有効に活用されるためには、彼女たちが自力で起床しなければならないのだが……まぁ、大丈夫だろう……だぶん。


 そうして、出場国すべてが並び終えると、いよいよ|七国大競技祭典≪オリュンピア≫という名の闘争の火蓋が切って落とされようとしていた。


 ――勝利と栄光


 ――敗北と屈辱


 今日という日を終えた先で、七国が得るのはそのどちらなのか。

 それは神のみぞ知……それは神にもわからない。

 

 …………

 ……


 競技場内では前半の各種目に出場する選手たちがすでに指定箇所へ集まっており、自分たちの出番が来るのを待ち侘びているようだ。

 それ以外の各国の出場者と神々は、予め定められた場所で仲間の活躍を見守っている。


『それでは、ここからは特別実況席にて競技や出場選手の紹介をしていきますよ~! そして、スペシャルなゲストもお呼びしています! 審秤神サラ・テミス様です!』

『どうも。参加者の人らは、悔いの無いよう頑張るように』

『はい、軽いご挨拶も頂いたところで、第一種目を始めていきますよー! すべての競技はここから始まったぁーっ! とにかく走れ、徒競走!』


 徒競走。それは決められた距離をいかに早く走り抜けるかを競うものであり、己が肉体に宿る脚力を信じて突き進む戦いだ。


『記念すべき第一種目の第一走者の選手たちはスタート位置についてくださーい! 合図があるまでは走り出さないくださいね! 守らなかった場合は即失格となりますので!』


 次々に開始位置(スタートライン)に並びゆく選手たちの表情には自信が満ち溢れ、自身の勝利をまるで疑っていないようにも見える。

 その中でも、不均一な色合いをした天翼を誇りとする少女は、抜きんでて浮かれているようだった。


「これはわたくしの勝利は決まったもどーぜんですね! そして、ロウとシンカに褒めてもらうのです!」


 シエルは気合と共に背中の翼をはためかせ、自らが勝利できる理由を示した。

 彼女以外、他の参加者の大半が強化系の魔憑なのだろう。鍛え上げられた肉体で独特な姿勢(ポーズ)を取る者、整った形をした頭部を輝かせる者、自身の筋肉に話しかける者などはそうとしか見えない。


 そんな中、白衣をまとった無精髭の男が開始位置に何かを手にしたままゆっくりと近付いてくる。そして白線の端に立ち、戦闘に不向き故、普段は決して手にすることのない得物を白衣を大きくなびかせながら掲げると――


「よ~し、お前さんたち準備はいいか? 俺がこの銃モドキで音を鳴らしたら走り出せよ~。泣いても笑ってもチャンスは一度だ」


 コルは彼らに激励の言葉をかけ、頭上に高く上げた銃の引き金に指を掛ける。

 それと同時に競技場内は静まり返り、その始まりの音色が響くのを固唾をのんで見守っていた。


「それじゃあ、いくぞ……よーい!」


 そして、一つの乾いた音が響くと全員が一斉に、獲物を狙う飢えた獣の如く終着位置(ゴール)へと向かって一心不乱に飛び出していった。

 静寂の世界は動き出し、反転した世界で動乱の雄叫びが各所から巻き起こる。

 スタートはほぼ同時。

 駆けだした集団は横一列に並んでいるが、真っ先にその中から飛び出した一つの影は、誰もの予想を裏切るものだった。


「くっ、わたくしは……勝ちたいのです! たぁっ!」


 力を込めて地面を蹴り、突出していく一人の少女。

 その足が地面に触れる事は無く、広げた自由の象徴は風を掴み、道なき道を超高速で()けていく。


 突然のシエルの行動に選手たちは驚き、思わず距離を取る者、転ぶ者と様々だ。

 しかし、頭部に輝きを放っている男だけは決して動揺することなく、速度を落とすこともなく前へと突き進んでいる。

 彼、イーリットもまた、背中に砕けぬ魔力の翼を広げ、飛翔していた。


 つまりはそう、戦いはこの二人だけで決着をつける形となっていた。

 他の者たちはただ茫然と、追随を許さず猛速で飛翔する二人の勝負を見ている。


「また貴方ですか! どれだけわたくしの邪魔をすれば気が済むんです!」

「それはこちらの台詞です。貴女がいた頃、どれだけ……どれだけ私が苦労したと思っているのですか!?」


 旧知の仲というほど親しい間柄ではなかったが、過去に上官と部下という立場にあった二人の闘いに介入できる者などいるわけもなく……


「やぁぁぁぁぁっ!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 互いに相手よりも少しでも先へ至る為、懸命に全力を振り絞りながら気合いの声を上げる二人。

 そしてそのまま、差が広がらぬ状態で終着位置(ゴール)を越え、極僅差で翔け抜けた少女は誇らし気な表情(ドヤ顔)で拳を天へと突き付けた。

 だが、彼女が歓声を浴びることはなく……一呼吸程遅れて、沸いた観客席から様々な声が降り注いだ。

 後はこの熱戦の行方をはっきりとさせるだけなのだが、当事者からすると予想外でありながら、誰もが当然とも思える結果がベルから伝えられることになる。


『第一走者の一着は天性のドジっ子、陽国ソールアウラのティラトーレ選手! 誰もが茫然としてる中、周りを気にしないマイペースな性格が功を奏しましたね。これは最初から波乱の予感がしますよ~! あっ、ちなみにですが、シエルさんとイーリットさんはルール違反の為、当然失格です。なにせ徒競走ですからね~。ちゃんと走って欲しかったと思います』


「な、に!?」

「わたくし頑張りましたよ!?」


 下された判定に愕然とするイーリット。相手がシエルでなかったなら結果は変わっていたのだろうが、彼女には負けられないという競争心が徒となった。吹けば翼など使わずとも彼方まで飛んでいきそうなほどに、哀れに崩れ落ちている。

 対して、彼の敗北の原因を間接的に作ってしまった少女は、徒競走というものの規則(ルール)を根本的に理解できていなかったのだろう。目尻に浮かべた大粒の涙を場内に残しながら、シンカたちの待つ応援席へと戻っていった。


 そんな二人とは対照的に、歓喜の声を上げていたのは陽国だ。

 ティラトーレ本人の意思を尊重した上で、彼女が何かをしでかしてしまった場合に、味方の巻き込まれ的な被害を極力抑えるために第一種目へと登録をしたのだが、この大金星はあまりにも大きく嬉しい誤算だった。


「やったー! やりましたよ! 皆さんの応援のおかげで、なんといいますか……ありがとうございます! アッキーも見てくれてましたか?」

「もちろんです。頑張ったでありますな、ティラ様」

「お、おめでとう。ティラトーレ、貴女の活躍で皆の士気は十分です。あとはゆっくりと休んでいてください。えぇ、ゆっくりと、です」

「ソ、ソレイユ様!」


 その後の徒競走は順調に進み、順当に強化系能力者が勝利を収めていくという展開となっていった。中には豹のように走り抜ける地国の選手もいたが、失格になることはなく、圧倒的な時間で勝利を収めた。さすが緑豊かな地国である。

 そんな彼が勝利の雄叫びを上げていたのを、部下二人に肌剥き出しの頭部を叩かれながら、歯を喰い縛り悔しそうに睨みつけていたのはイーリット。

 駄天使と共に今大会初の失格者としての烙印を押された彼は、今後もそのことで部下たちに弄られることになるのだろう。


 そうして、波乱の第一種の後も幾つかの種目が行われ、つい先程まで二人三脚が行われていたところだったのだが……


「負けたのは俺のせいじゃねぇだろ!」

「普段から紳士だなんだのって言ってるんだから、ちゃんと私に合わせなさいよね!」

「ちょ、二人とも落ち着いてください!」

 

 揉めていたのは、二人の仲を少しでも進展させようとした部下に無理矢理出場登録をされていたアドレスとセンシアの二人だった。

 しかし結果だけを見ると、その行為は残念ながら裏目に出てしまったようだ。


『いや~、先程の冥国と海国の二人三脚は見物でしたね~。どうでしたか、サラ様』

『そうやね。せっかう密着してるんやから、もう少し何かあってもよかったんちがうんかな~って思うたなぁ。あと、身長差は考えらなあかんよ~』

『はい、馬に蹴られそうなお言葉と冷静なご指摘をありがとうございます! 私としましても、あのお二人は見ていられないので、周囲の方々には是非ともなんとかしてあげて欲しいと思います!』


 それからも競技は続き、次の種目の準備が整うと、それに参加する選手たちがぞくぞくと集まってきた。

 競技場内には、網で作られた籠が鉄柱(ポール)の先に取り付けられているものが七本、倒れないように設置されている。

 その周囲には卵程の大きさをした布袋が多数撒かれていた。

 七本の籠付き鉄柱(ポール)と、中身の入った布袋には各国の象徴とする色が塗られていて、参加者たちは自国の色で染められた範囲内で次の闘いに備えていた。


「頼むぜ、オルカ。これで間違いなく俺たちの勝ちだ!」

「上手くいけばいいですが……ティミドはどう思いますか?」

「え? いや、その、あの……が、頑張ってください!」


 月国の参加者の中にいたのはルカンとオルカの部隊だった。

 何やら策が練られているようだが、オルガはどうにも気が乗らないようで、小さな溜息が漏れてしまっている。

 そんな彼が、諦めにも似た表情をしているのには理由があった。

 それは、ルカンが自信をもって作戦を立てたということと、この七国大競技祭典(オリュンピア)が思いのほか規則に厳しかったりするということだ。

 闘技祭典(ユースティア)と同じく、魔憑が己の能力を存分に使い競い合うものであれば、ルカンの考えた作戦も悪くはないのだろう。

 しかし、これはあくまで自身の能力の高さを示すためのものなのだ。


『皆さん、位置に着きましたね? それでは次の競技は皆さんおなじみの玉入れです! 基本的なルールとしましては、ご存知の通り制限時間内でどれだけ多くの布袋(たま)を入れる事ができるかです。やっちゃいけないのは、他国への妨害行為やポールに触れることですね』

『籠を大きくしたり、他の国の籠を壊すなんてのはもってのほかやね。正々堂々頑張ってほしいと思います』


 競技場内に響いた二人の言葉を受け、競技の始まりが待ち遠しい観客と多くの選手たちがいる中、一人の男だけは顔に似合わず肩を落として途方に暮れていた。

 競技が始まる前から、すでに敗北を味わっている彼に声を掛ける者はいない。

 それは幼馴染であるオルカも例外では無く……いや、彼はこうなることが分かっていたからこそ、敗北者の方へ視線を向けていないのだろう。

 開始直後に失格になるより、先に言ってくれて助かったというべきだ。

 

『それでは皆さん、準備はいいですか? まだ布袋(たま)を拾っちゃだめですよ~! はい、順調に勝利を重ねている国はこの調子で、それを追いかける国の方たちは最後まで諦めずに投げ続けてくださいね!』


 競技数も残り半分という事もあり、多くの参加選手と観客の熱気が朝に比べて下がったのを感じ取ったベルは、場内の雰囲気を少しでも盛り上げる為に発破をかけるような声を響かせた。

 そんな中、まもなく競技開始というタイミングで、


「あと、スキアさんも他の国のところに行って、能力()を使うなんてことは考えないでくださいね? 影に相手側の玉を沈める行為も、絶対に失格になりますから。絶対ですよ?」

「お、おぅ。それくらい俺だってわかってるつもりだって! つか、アフティ二号じゃねぇかよ…………あの笑顔が怖ぇんだよな」

「スキアちゃん、たまには真面目にやってよね」


 この競技に参加しているもう一人の問題児の手綱を握っておくように頼まれていたオルカは、ゆっくりと後退し始めていた影使い(スキア)に釘を刺し、規則違反を未然に防ぐと、この戦いに勝利するため意識を集中させていった。

 意外だったのは、撫子台風であるオトネが珍しくも大人しく、真剣な表情を浮かべているということだったのだが、彼女は基本的に負けず嫌いなのだ。


『あまり焦らしてもいいことはないですからね。とにかく投げれば入るはず! 七色玉入れ、よ~い……始めっ!』


 開始の合図と共に宙を舞う、七色をした無数の玉。

 観客席から見下ろすその光景は、一見の価値があるように思えるほどだ。

 そんな中、紺碧が飛び交う海国の場所(エリア)では、快活な声を上げながら競技に熱中する者がいた。

 日々海上で強い陽射しを浴び続け、健康的に日焼けした褐色の肌を持つその男は、鍛え上げられた肉体を思う存分躍動させて次々に網籠へと投擲を続けている。


「とうっ、ほっ、せいやっ! 他の国はもっと入れてるぞ! 全力で投げ続けろっ!」

「「「ヤヴォール! 船長ッ!」」」


 海国が誇る海上ヴァール隊の精鋭たちと、その隊長であり船長とも呼ばれている男シュトラスは更に士気を高め、投擲の速度を上げていく。

 何人かは短い時間に要領を得たのか、成功率がかなり良くなっていた。


「もう少し弱くするか……いや、それなら角度をもっとつければ……よし! この調子でいけば、勝利は海国のもんだな! ハッハッハッ!」


 自身の能力を用いて布袋()を撃ち出していくシュトラスは、豪快に笑いながらも他の網籠の状況を観察していた。

 優秀な指揮官の下で臨む者たち、個々の技量とセンスに委ねる者たち、勝利を見ずに楽しんでいる者たちと様々な中でも、もう少しで網籠が一杯になりそうな国があった。

 それを見た彼は残り時間を確認すると同時に戦慄するも、最後の一押しが間に合わず、無情にも終りを告げるベルの声が全員の耳に届いた。


『終了~! 終了ですよ~! はい、もう投げるのはやめてくださいね~! あ、そこで自分の翼で玉を打ち合ってる天国のお二人も一旦やめてくださいね。というより、競技に参加しましょうよ! 私も一生懸命頑張ってるんですよ!?』

『あれが本当の羽根つきってもんやねぇ~……コホン、ほんなら、網籠の中の数を数えていきましょか』


 サラの放った一言によって、音が溢れ返っていた競技場内が僅かな静寂に包まれるも、そのことを無かったことにするように彼女は一度咳払い。その先の指示を出し、他の者たちも先の言葉を聞かなかったことにした。

 玉入れに参加していた各国の参加者の中から一人が籠の中を落とさないよう鉄柱(ポール)を倒し、もう一人が籠に入っている布袋()をその手に掴んだ。

 周囲の者たちはその場に座り込み、自分たちの戦果を知るため、緊張した面持ちで注目している。


『ベルが数を数えていきますので、それに合わせて皆さんは自国の玉を上に高く投げてください。最後まで投げ続けた国が勝利となります。それではいきますよ~! い~ち! に~ぃ! さ~ん!』


 ベルの言葉に合わせて七つの色が上がっては落ちていく。

 最初は揃っていた色も、一つ、二つと姿を消していった。

 暫くして残った色は、()()()の三色のみ。

 打ち上がる水飛沫、昇る満月、そして、零れ落ちる流星。


「ちょっと、パグ! 離して! チュンコたちが遊んでるせいでー!」

「今は駄目だよ姉さん! クーンさんとジェンさんは、後で話がありますので」


「「……げっ」」


 早くに負けが決まってしまった天国では、パセロが自身の翼で羽根つきをしていたクーンとジェンに激昂し、泣きわめいていたが、飛び掛からんとする彼女をパグロが後ろから羽交い絞めにして押さえ込んでいる。

 しかし、姉の悲しみに怒りを宿したパグロの瞳に見据えられ、遊んでいた二人は冷や汗を流しながら、次の競技は真面目に参加しようと決めたのだった。


 その後も、白と青の布袋が宙を舞い続けるが、それもとうとう終わりを迎えようとしていた。


『ななじゅうに~! もう終わりでしょうか。ななじゅうさ~ん! もう終わりませんか? ななじゅうよ~ん! もう終わりましたね! 海国の結果は七十四個でした~! 健闘した彼らに拍手!』


 勝利を掴むことが叶わなかった彼らに贈られたのは同情でなく称賛の想い。

 そして、結果確認が再開されるが、その後三回目の白玉が姿を消したとき、この長くも短い戦いに決着がついた。


『ここで月国の籠の中身が空になりました~! よって、この種目の勝利国は月国フェガリアル~! 海国との差が三個という接戦になりましたが、サラ様から両国にお言葉をいただきたいと思います』

『本当にどっちも頑張ったと思うよ、おつかれさん。あと、陽国でなんにもせんかったあの子はなんやったんやろね? 足元も心なしか陥没してるし、玉袋もまぁ見事に破裂して……』


 戦いを終えた者たちへ労いの言葉をかけたサラは、観戦している最中から気になっていたことを零したが、その者の姿は既に見当たらなかった。

 触れたモノを壊す属性持ちの彼女が、何故この競技に参加したのかその思いを理解することなど誰にもできずはずもない。

 ただ分かるのは、投げる玉がただの布きれになってしまっては他の者も投げるに投げられず、それが原因で敗北したことくらいだろう。

 しかし、濃い影と肩を落としながらとぼとぼと去っていた彼女の背を見てしまった陽国の者たちには、彼女を責める真似などできるはずもなかった。


 …………

 ……


 その後も巻き起こる数々の波乱、驚愕、歓喜。

 汗を散らし、筋肉をぶつ合う騎馬戦に勝利したのは、肉と肉の隙間を巧みにくぐり抜け、肉の隙を見事に突いた冥国の選手だ。

 筋肉に物を言わし、渾身の力で縄を引く綱引きは、蜥蜴人(ラケルタイル)が多く参加していた陽国が圧勝するかに思われたが、月国の戦闘力がん振り鬼の少女が奮戦。細腕でありながらもその怪力を存分に振るい、極太の縄が引き千切れたという結果、陽国と月国の引き分けとなった。

 大玉転がしは、勢い余って逆に参加選手が転がるという大惨事となり、中には転がさずに吹き飛ばす選手もいたが当然失格。四方から安定して支え、容易く軌道を修正できる翼を持つ者が参加していた天国が勝利を収める。

 そして五十人による百足競走は、まるで軍隊の行進のように一切の乱れなく、息の合った連携を見せた海国が圧勝。

 パン食い競走は器用な選手が多く参加していた地国が余裕を見せた勝利。

 そんな中、飛んだ回数がそのままポイントに繋がる大縄跳びで、見事にやらかしたのは月国だった。結果としてはまさかの零回。理由は、ロウとシンカが縄を回したことが災いし、その縄へ嬉々として打たれにいったとある人魚の性癖だ。


 そうして、競技ごとに観客たちの熱気の質も目まぐるしく変わり続け、遂には最終種目を迎えることとなった。

 この競技の勝利国がそのまま今回の七国大競技祭典(オリュンピア)の優勝国になるという、拮抗した闘いが繰り広げられている中、最後の競技は定番でありながらも最も白熱する競技――継走(リレー)だ。

 各国の陣営は疲労具合、能力、想定できる他国の出場者等々を考慮し尽くした上で最良の面子を選出し、最終種目へと望んだ。

 その選りすぐりの者たちの中でも、一際闘志を燃やしている者たちがいる。

 規則違反により、第一種目を失格となった天使シエル・ヴァンジェ。

 己の性癖により、大縄跳びで失態を犯した人魚クベレ・エーデルワイス。

 漸く人目に慣れ、初の競技参加を決意した妖精ロリエ・ライム。

 本人たちの強い希望と、その真摯な想いを汲み取ったロウとシンカの口添えもあり、彼女たちはこの舞台に立っている。

 ちなみにその際、三人のお目付役兼その足を買われ、シンカも出場することになったのだが、なんとも統一感のないメンバーとなってしまっている。

 それを見た観客、他国の者たちの落胆や哀れみの感情が少なからず漂う中で、不敵な笑みを浮かべながら競技場内に響き渡る声を発した者がいた。


『最終種目ですし、観客の皆さんも熱く、激しい勝負が見たいと思いませんか? 思いますよね? もちろん、ベルは見たいです! なので、この種目は能力の使用を完全解禁します! 走ってバトンを渡す、この基本的なことさえ守って頂ければ大丈夫です』

『わかってるとは思うけど、命に関わるような危険な行為はあかんよ』

『というわけで、第一走者は位置についてくださーい!』


 明るく言い放ったこの言葉により、開始された継走(リレー)は凄まじい迫力だった。

 観客が纏う熱の中には、高揚以外に腹を抱えて笑うほどの熱気も含まれており、可笑しく楽しく面白く、白熱した空気が会場を満たしていく。

 そうして勝敗が決した時には、競技場内の整備されていたはずの地面は戦場のように荒れ、走り抜ける後に気絶し倒れている者もおり、この競技の激しさを物語っていた。

 その中で、終着地点(ゴール)まで想い(バトン)を繋ぎ、到達した強者はただ一人。

 最後の走者を務め勝利した者はまさに満身創痍であり、玉のような美しい白肌にすり傷ができてしまっているが、砂埃に塗れながらも汗を拭うことなく、その場で子供のように泣きじゃくっていた。

 

「ま、まぁ当然の結果だの」

「私的には普通のリレーの方がよかったんだけど」

「相手の能力のほとんどを跳ね返しながら独走しておいて、シンカもよく言いますわね」

「し、仕方ないじゃい。第一走者だったし、いきなりで驚いたんだから。それよりもほら、ロウが待ってるし行きましょ」

「ふぇ~、わだぐし勝ちましたよー! ロウ! 勝ぢましだー!」


 この時の勝利と栄光の天使は、月の光に負けぬほどに輝いて見えた。

 そうしてすべての競技を文字通り駆け抜けてきた七国の戦いは終わり、この後は勝利を祝い、すべての出場者を称えるだけとなった……はずなのだが……


 ――本当の終幕は此処ではなかった。

 

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