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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
※※ ■■■-狭間のアポカリプス
20/55

Give MOD 「 語 改 し く 」


『――それでもいつか、必ず報われると信じていた』



 …………

 ……



 目の前に広がっているのは、とても不思議な光景だった。


 舞うように散る花弁。

 ゆらゆらと、数え切れない桜色の花びらが中空を漂っている。

 いや、あるいは桜色をした雪か。

 蛍のような儚く淡い光を纏いながら、花弁の雪は空から舞い降りていた。

 それは別れを告げる桜雪。それは心が零した悲嘆の涙。


 ――リンッ


 悲しく響く鈴の音。

 一度だけ、隔絶された様な空間で静かに響く。

 そう、それは消え入りそうな儚い音色。

 桜雪の花弁に混じって聞こえる音色は、想いがそこに留まるように残響した。

 それは大切な人を繋ぎ止めたい音。それは心が求めた祈りの声。


「――!」


 一人の少女が声にならない想いを落とす。

 腕の中で散り逝き始めた男の事を、必死にその腕に抱えながら。 

 何かを伝えたいのか、それともその人の名を呼んでいるのだろうか。

 ただわかること――

 それはその人を失ってしまう痛哭の愛憎。大切な人を失う恐怖と後悔。

 その想いが少女の悲痛な声となり、溜まった落涙が頬を濡らす。


「――――」


 何度言葉を紡ごうと、その音は届かない。

 どれだけ手を伸ばそうと、その指先が届くことはない。

 わかっている。きっとこれは慈悲無き現実。それでも消えない音無き哀哭。

 決して届かぬ祈り、掌に伝わる温もりを失い逝く身体。

 それでも少女は震える声で語りかけ、包む体に熱を伝える。

 少しでも長いときを、少しでも傍にいたいと、希望に縋り咽び泣く。


「――――」


 そんな少女の落涙が、芯だけとなった蝋燭に小さく儚い光を灯し出した。

 その満足げに聞こえる男の声が、少女の耳には慟哭のように響き渡った。

 男は最期(・・)、柔らかく微笑んだ。

 その微笑みはとても悲しくて、ともて冷たくて……とても、優しかった。

 そしてこの世界は正しく始まり――

 救い無き運命を選んだ世界の中で、少女の心は深き憎悪に満ちた。


 …………

 ……


「命を賭した救世主(メシア)でさえも、絶望の中に希望の光を灯すことができなかった」


 声の方へ視線を向けると、大きな長机(テーブル)に手をつけ俯く一人の男がいた。

 その傍には倒れた配膳台(ワゴン)があり、割れた紅茶杯(カップ)に転がる紅茶瓶ポット、そしてお菓子が散乱し、まるで地震などの天災が通り過ぎた後のようだ。


 男は黒の燕尾服に身を包み、頭にはシルクハット。おまけに杖を持ったその姿は紳士のそれを思わせるものの、その表情は憔悴しきっているようにも見える。

 何故この様な場所にいるのか、それどころか此処が何処なのかすら分からない。

 それを尋ねようにも声は出ず、体を動かす事もできないとあってはお手上げだろう。唯一動く瞳をゆっくりと、上下左右へ動かしてみる。

 自分の状況を把握しようとしてまず第一に感じた事、それは……


 ――異常な空間


 ここを訪れた者は、誰しもがそういった感想を持つに違いない。

 薄暗い部屋に灯る幾つかの蝋燭。まるでこの世の終焉を現わしているのではないか。そう思わせるほど闇に侵された虚無の黒だった。


 そして何よりも異常なのは、間違いなくここにある無数の本だ。

 世界中の本を集めるとこれくらいになるのだろうか。いや、上にも横にも果ての見えない並んだ本を見るに、それ以上の数はありそうだ。

 これだけなら、ただ不気味な場所で終わりかもしれない。

 しかし真に異常なのは本の数ではなく、本そのものから溢れ出るもの。


 たとえば喜び、たとえば怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみ、恐怖、未練、愛。

 そういった様々な感情が、本一冊一冊からひしひしと伝わってくるのだ。

 この禍々(まがまが)しい空間に迷い込んだなら、普通の人間はどれほど耐えていられるだろうか。


 そう、こんな空間で優雅にお茶をたしなもうとしているこの男もまた、異常なのだ――が、それよりもおかしいのはそう思っている自分自身。


 なぜなら――不思議とこの場所には既視感のようなものがあったからだ。


 と、こんな空間でそう感じてしまった時点で、認めざるを得ないだろう。

 この場所に来たのが、今回が初めてではないのだということを。


 そう思えたのは、どういうわけか分からないがすべて知っているからだ。

 たとえ先が見えずとも、この闇に侵されたような空間がどこまでも長く続いているということを。

 そして、大きな長机(テーブル)の上にある駒戦(チェス)よりも多い数多の駒。それを使う遊戯、いや……神戯の名が、神々の黄昏(ラグナレク)だということも。

 知らなかったはずの二つの駒が、復讐者(リヴェンジャー)後継者(サクセサー)であるということさえも。


 

「これで本当に終わりだというのですか……私たちにできることは、もう」


 三つの三日月が浮かぶ仮面の奥で、燕尾服を着た男は諦めたかのような声を漏らした。


「もし仮にそうだとして、本当に貴方は諦めきれるんですか?」


 そう試すように声を返したのは、座る男の傍に佇む一人の女性だった。

 クリーム色のような薄い金髪は艶やかで長く、優しげで柔らかい顔の左右に垂れる三つ編み。しかし、おっとりとした表情とは裏腹に、その琥珀色の双眸は今も強い光を宿している。ぴたりと体に張り付いた黒い生地の上に纏っているのは、今から戦場に向かうかのような白い軽鎧だ。


「貴様がそのような腑抜けだとは思わないがな」


 男の返答も待たずそう続けたのは、黒い軽鎧に身を包んだ女性だった。

 固い踵の音を響かせながら闇と同色の髪を揺らし、琥珀の光を浮かべながら先の見えない暗い通路を歩いて来るその姿は、確かな覚悟を宿しているように見える。


「君とは長い付き合いだからね。それくらいはお見通しなのだよ」


 さらにそう続けたのは、浅い階段に座っている女性だ。

 ふわっとした短い髪とおっとりした声音が相まって、他の二人より幼く見えるが、身に纏っている白の軽鎧姿と琥珀色の瞳は、彼女も戦う者であると語っている。


「ですが、この箱が意味するところはただ一つです」


 男が向けた視線の先、大長机(テーブル)の端に置かれているのは一つの箱だ。

 箱の中はまるで暗闇のように底が見えず、箱から伸びる六本の黒い支柱と半分以上黒ずんだ一本の支柱が、中央にある美しい多面体の宝石を支えている。

 いや、支えているはずだった……少なくとも、今ある記憶の中では。

 だが今は七本の支柱がすべて黒く染まり、その宝石は深い青と黒が入り混じった、どこか宇宙を連想させるような色へと変色していた。


「それでもいつか、この手が届くと信じている」


 そう言いつつ、黒き軽鎧の女性は数刻前まで数多の駒が存在していた、しかし今は王駒(キング)だけとなってしまった盤上を見つめた。


「確かに王は失われた。ここでの敗北は認めよう。この世界の滅びは避けられまい」


 そして、まるで壊れ物に触れるように王駒(キング)を手に取ると、


「だが、この心が感じているのだ。まだ勝負はついていない。まだ希望はあるのだと。勝利への道は、決して閉ざされてはいないのだと」


 王駒(キング)を除くありとあらゆる駒が、盤上に堂々と蘇った。


「勝利の可能性を秘めた世界は必ず存在している。奇跡がこの絶望を打ち払えぬというのなら、その奇跡を何度でも幾重にも重ね続けるだけだ」


 その言葉を受けた男は、仮面の奥で鋭く息を呑んだ。


 

 ここに来たのが初めてではないはずなのに、四人の会話の意味をまるで理解することができなかった。

 今思い返すと、最初に見た光景も何かが違っていたように感じられる。

 いったい自分の身に何が起きているのかはわからない。

 だが、知りたいと持った。いや、知らなければならないように感じた。

 その瞬間、その想いに応えるかのように現れたのは一冊の本だ。


 その分厚い本が音も無くゆっくりと開くと、視線は遡るページに釘付けとなり、まるで意識が吸い込まれるような感覚に見舞われた。

 そして、微睡みへ誘われるかのように遠退く意識が途切れる寸前――


「ならば託しましょう、希望のある世界へと。いつか、この手が届くと信じて」


 決意を宿した男の声が聞こえたような……そんな気がした。


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