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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
※※ ■■■-狭間のアポカリプス
1/55

Give MOD 「  を   て  」


『――それでもいつか、この手が届くと信じていた』


 …………

 ……


 目の前に広がっているのは、まさに幻想的な光景だった。


 舞うように散る花弁かべん

 ゆらゆらと、数え切れない桜色の花びらが中空を漂っている。

 いや、あるいは桜色をした雪か。

 蛍のようなはかなく淡い光を纏いながら、花弁の雪は空から舞い降りていた。

 それは別れを告げる桜雪さくらゆき。それは心が零した悲嘆の涙。


 ――チリン


 美しく響く鈴の音。

 一度だけ、へだてる物のない空間で静かに響く。

 そう、それは消え入りそうな儚い音色。

 桜雪の花弁に混じって聞こえる音色は、遥か彼方まで届くほどに澄んでいた。

 それは大切な人を見つける為のしるべ。それは心が求めた救いの声。

 

「――!」


 一人の少女が声にならない叫びを上げる。

 目の前で赤の泉に伏した男へと、必死にその手を伸ばしながら。

 何かを伝えたいのか、それともその人の名を呼んでいるのだろうか。

 ただわかること――

 それはその人を失ってしまう痛哭の愛憎。大切な人を失う恐怖と後悔。

 その想いが少女の悲痛な声となり、溜まったしずくを地へと落とす。


「――――」


 何度声を上げようと、その音は届かない

 どれだけ手を伸ばそうと、その指先が届くことはない。

 わかっている。きっとこれは慈悲無き現実。それでも消えない音無き哀哭。

 決して届かぬ声、まだ触れられない冷たくなり逝く体。

 それでも少女は震える腕を前に出し、鈍い身体に鞭を打つ。

 少しでも近づこうと、少しでも傍にいようと、地を這い進んでいく。


「――――」


 後少しというところで、伏した顔が何かを言葉にしながら持ち上がった。

 その消え入りそうな儚い想いは、果たして少女の耳に届いたのだろうか。

 男は最後、柔らかく微笑んだ。

 その微笑みはとても優しくて、とても温かくて……とても、残酷だった。

 そしてその鼓動は遂には止まり――

 その手を掴もうと懸命に伸ばした少女の意識は、深き闇に落ちる。


 …………

 ……


「夢見草の想い出も……また一つ、朔へとなりましたか」


 声の方へ視線を向けると、そこには一人の男がいた。

 大きな長机テーブルの傍には配膳台ワゴンが置かれ、その上には受皿ソーサーに乗った紅茶杯カップ紅茶瓶ポット、そしてお菓子。まるでお茶会をしているようだ。


 男は黒の燕尾服えんびふくに身を包み、頭にはシルクハット。おまけに杖を持ったその姿は、紳士のそれを思わせる。

 何故この様な場所にいるのか、それどころか此処ここ何処どこなのかすら分からない。

 それを尋ねようにも声は出ず、体を動かす事もできないとあってはお手上げだろう。唯一動く瞳をゆっくりと、上下左右へ動かしてみる。

 自分の状況を把握しようとしてまず第一に感じた事、それは……


 ――異常な空間


 ここを訪れた者は、誰しもがそういった感想を持つに違いない。

 薄暗い部屋にともる幾つもの蝋燭ろうそく。まるでこの世の果てまで続いているのではないか。そう思わせるほどにどこまでも長く続いている。


 そして何よりも異常なのは、間違いなくここにある無数の本だ。

 世界中の本を集めるとこれくらいになるのだろうか。いや、上にも横にも果ての見えない並んだ本を見るに、それ以上の数はありそうだ。

 これだけなら、ただ不気味な場所で終わりかもしれない。

 しかし真に異常なのは本の数ではなく、本そのものから溢れ出るもの。


 たとえば喜び、たとえば怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみ、恐怖、未練、愛。

 そういった様々な感情が、本一冊一冊からひしひしと伝わってくるのだ。

 この禍々(まがまが)しい空間に迷い込んだなら、普通の人間はどれほど耐えていられるだろうか。


 そう、こんな空間で優雅にお茶をたしなもうとしているこの男もまた、異常なのだ――が、それよりもおかしいのはそう思っている自分自身。


 なぜなら――不思議とこの場所には既視感のようなものがあったからだ。


 ふいに脳裏を過ぎったのは――世界の記憶(アカシックレコード)

 元始からのすべての事象や想い、感情が記録されているという世界記憶の概念。

 簡単に言い換えれば、生命の意識集合体のようなものか。

 そこには、今生の自分自身だけではなく、輪廻転生してきた過去生の情報も存在し、その時々の人生で解決してこなかった課題が今の人生にも影響している場合もある。それを理解することで、問題解決の糸口が見つかることが多いという。


 自分がどのような過去生を持っているのかということや、この世に生まれてきた目的、持ち得る才能、悩みに関する原因、家族や友人との関係についてなど、世界の記憶からはあらゆることを読み取ることができ、これからの出逢いや、起こり得ることなどの未来についてもわかる。

 などということが書かれた物を、どこかで読んだような気がする。


 そして既視感とは、実際には一度も体験をしたことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じること。……これは有名な言葉だ。

 それは通常、短期記憶と長期記憶の重なり合いによっておきる記憶異常であり、時間的記憶の僅かなずれが引き起こすものとされている。


 それらを踏まえた上で、既視感とは世界の記憶(アカシックレコード)から無意識に読み取ったものではないか、などと考えてしまう自分は少し物語の見過ぎなのだろう。


 しかし仮に、いわゆる平行世界と呼ばれるものが存在したのだとして、それぞれの世界線に世界の記憶と呼ばれるものが存在しているのだとしたら。

 個々がそれを認識できなくとも、世界の記憶(アカシックレコード)同士が繋がっているとしたなら。


 たとえば、ラジオ。部屋の中にはいくつもの電波が届いている中、基本的に部屋の中では一台のラジオで一つの周波数を選んで聴くものだ。しかしなにかの拍子で、予期せず別の放送を聴くことになる場合があるかもしれない。

 となればこれと同様、このようなちょっとした突発的事象ハプニングで、平行世界に存在する別の世界の記憶を垣間見てしまう一瞬があってもおかしくないのではなかろうか。


 と、そこまで考えたのはいいものの、いったい何故そんなことを考えてしまったのかすらわからないのだが。



「そう平気で言える時点で、私の心はすでにおかしくなっているのでしょうね」


 三つの三日月が浮かぶ仮面の奥で、燕尾服を着た男は自嘲の声を漏らした。


「もし仮にそうだとしたら、その涙を仮面で隠す必要もないんじゃないですか?」


 そう穏やかな声を返したのは、男の前にある大長机テーブルの左手側の椅子に座る一人の女性だった。

 クリーム色のような薄い金髪は艶やかで長く、優しげで柔らかい顔の左右に垂れる三つ編み。しかし、おっとりとした表情とは裏腹に、身に纏っている衣服はぴたりと体に張り付いた黒い生地。本当なら、その上に軽い鎧でも纏っているかのような格好だ。


「そういう貴女こそ、無理に微笑まなくていいのですよ」

「いいえ……私がここで涙を見せるなんて、許されませんから」


 そう言って、彼女は大長机テーブルの上に置かれた巨大な盤の上にある駒を見つめた。

 

 そうして……再び起きる既視感。

 これは確か、そう――神戯じんぎの一つ、神々の黄昏(ラグナレク)

 数多の駒が盤上と盤外に置かれている。その中には当然、知らない駒があった。

 だが、この遊戯自体は知っている……ような気がする。

 

「終局ですね。やはり、彼女は手強い」


 呟き、男が視線を向けた先にあるのは、大長机テーブルの端に置かれた箱だ。

 箱の中はまるで暗闇のように底が見えず、箱から伸びる六本の黒い支柱と半分以上黒ずんだ一本の支柱が、中央にある美しい多面体の宝石を支えている。

 

「それでも、この積み重ねこそが不可能を可能へ変えると信じて」


 途端、盤上と盤外の駒が一瞬にして綺麗な配置に置き換わった。

 

 それを見て感じたのは違和感だが、それよりも気になるのは最初の光景だった。

 あれはいったいなんだったのか……

 その意味を知りたいと思った瞬間、いきなり目の前に現れた一冊の本。


 その分厚い本が音も無くゆっくりと開くと、視線は遡るページに釘付けとなり、まるで意識が吸い込まれるような感覚に見舞われた。

 そして、微睡みへ誘われるように遠のく意識が途切れる寸前――


「さぁ、次の勝負を始めましょう」


 覚悟を宿した男の声が聞こえたような……そんな気がした。




アナザーストーリーと気付かずにここまで読んでしまった皆さん。

はじめまして、御乃咲 司です。

少しでも気になって頂けたのなら、本編「これは君のパラミシア」も是非ご一読ください。よろしくお願いします。


そして、本編すでに読んだよ~、という皆さん。

いつもありがとうございます。

これからも本編と合わせて、拙作をよろしくお願いします。


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