1 7年前
あれはちょうど1年の文化祭の劇を練習していたときのことだった。私は主役とまではいかなくても台詞も名前もあるそこそこの役にあたっていた。
元々、人前に出るのが好きじゃなかった私は正直乗り気ではなかった。そのうえ監督と脚本は苦手な女子、毎日遅くまで残り、練習をしていたため、私の体力は限界に来ていた。
「じゃあ今日は終わろう!」
「お疲れ~!」
ちらほらと帰っていくクラスメイトたちを見送りながら、私はしゃがみ込んだ。
「はぁ……」
“終わり”という言葉をこんなに待ちわびたことはなかった。きっと19年の人生を振り返ってもこのときだけだろう。
「疲れた……」
私にとっては“ただの独り言”のつもりだった。実際周りには誰もいなかったし、滅多に人の通らない場所で休んでいたからだ。
「何でそんなこと言ってんだよ」
「えっ?」
声をかけてきたのは同じ小学校だった青と、青の友達の紅祁だった。
同じ小学校といっても青とは2、3回話しただけで、紅祁と話したことはなく、このとき初めて話しかけられた。
「お前今疲れたって言ったろ。そんなのみんな同じなんだよ!!」
私は頭が真っ白になった。なぜこんなに責められているのか、何故この男に言われなくてはいけないのか、理解できなかったのだ。
「ご、ごめん」
謝った私をチラッと横目で見て青と紅祁は去って行った。
そして次の日から私の我慢の日々が始まったのだった。
最初は避けられ、次に悪口、あらぬ噂まで流された私は徐々に孤立していった。
そして数日後、私が登校するとクラスメート達の視線が一気に集まってきた。
(……? 私なんかしたっけ?)
少し不審に思いながらも席に着いた私は、当時仲のよかった紫苑と小学校からの友達の葉月、夕紀、藍架で話していた。すると"友人ではない”クラスメートに囲まれた。
「ねぇ村雨さん?」
「――なに?」
話しかけてきたのは私の苦手な弥生、風璃、桃の3人。その口から発せられたのは予想だにしない言葉だった。
「聞いたよ~? 村雨さんって、霜月くんと付き合ってるんだって?」
「――は?」
(何言ってんのこいつ。付き合ってるって、馬鹿なの? ただの幼馴染だし……)
灯夜と私は幼稚園のときから遊ぶ仲で、中学生になっても仲が良かった。
私はこの時、灯夜に片思いをしていた。
(付き合えるなら付き合いたいよ……!)
最初に話し出したのは派手な容姿の弥生だった。
「違うけど、誰から聞いたの? そんなの」
「え~だって昨日青と紅祁からメール来たんだよぉ? 『村雨千草と霜月灯夜は付き合っている』って!」
次に話したのは3人の中で最も甘えん坊で、どちらかというとあまり言葉を発するタイプではない桃だった。
「青と紅祁……? あっ!」
(あいつら、こんなことまでするの? ありえない……)
「え! まさか本当に付き合ってるの!?」
「いやそうじゃなくて、それ嘘だから気にしないで?」
「――わかったぁ」
不満げな3人が離れた後、私は詳しいことを全て紫苑に話した。
「なにそれ、いくらなんでも八つ当たり過ぎない?」
「うーん、でも私が悪かったのかな。って気もするし」
「いや、どう考えてもあんた悪くないでしょ」
「そうかな、だといいけど」
そのとき、扉を開け入ってきた男子と目が合った。
(灯夜……)
「お! 来たぞ彼氏!」
気分の悪くなるような声は紅祁と青だった。クラスの人も面白がってひやかした。
「は? 何のこと?」
「とぼけんなよ灯夜~」
「お前、村雨さんと付き合ってんだろ?」
「――は?」
「「え?」」
「何情報それ」
私も聞いたことのないような声で言う灯夜は、まるで別人のようだった。
「そんな訳ないだろ。俺と付き合うなんて何の罰ゲームだよ」
灯夜はそう言って青たちの前を通り過ぎ、席に着いた。
「おいおい、それ普通逆だろ~? あいつと付き合うほうが罰ゲームだろ~?」
紅祁はチラチラと私を見ながら嘲笑した。
それから2年弱、私は訳もわからずただひたすらにからかわれ、避けられ、菌のような扱いを受けた。
そんな2年の間、冬夜は私のことをいつも心配してくれていた。
「今日は大丈夫だったか?」「怪我とかしてないか?」
毎日のように来るそんなメールが私はとても嬉しかった。学校で話すことはなくても、いつもすぐ近くに冬夜がいるという気持ちになれたのだ。
しかしそんな私の気持ちは、淡い恋心は、呆気なく裏切られることとなった。




