第十九話 三度目の正直6
不意に、目の前を人が過ぎりました。
「リディアナちゃん……?」
「あ! アルフさん」
「え……!?」
アルフさんはわたしの顔をみるとぎょっとしたように目を開きました。
知り合いが廊下の端で泣いていたら驚きますよね。立場が逆で、アルフさんが泣いていたら、わたしも驚きますもの。
「どうしたの、ってきいてもいい……?」
「お気に、なさらず」
辛くて泣いているわけではなく決意の涙なのです。そう説明しようと思いましたが涙が邪魔をします。紳士なアルフさんは可哀想なくらい慌てています。
「えっと、と、取り敢えずハンカチ……って、持ってないし」
ぱたぱたとポケットを探り肩を落としました。探すということは普段はもっていらっしゃるんですね。そんなに焦らなくても分かっていますよ。
「本当に本当に大丈夫です……。辛くて泣いているわけでは、ないので」
フォローすべくそういうとアルフさんが近寄ってきました。
「ひゃ」
するりと大きい指が涙を拭います。イリアにはされましたが……。驚いてぱちぱちとまばたきをしてしました。
「アルフさん……?」
「ごめん。でもさ、泣いてるって事はやっぱり心のどこかが辛いんだと思う……だから、無理しないで」
アルフさんの台詞はすとんと心に落ちました。
わたしは……辛いのでしょうか? 陛下の助けになれなかったことが。―――あぁ、そうかもしれません。
「は、い……」
素直に頷くと、ぎこちない仕草でアルフさんがぽんぽん背中を撫でて下さいました。
泣くというのは良いことだと思います。心のドロドロが溶けていき、すっきりとしました。涙を拭ってアルフさんに笑いかけます。
「ありがとうございます。元気が出てきました!」
「う、うん。……その、また辛いことがあったら……えっと」
アルフさんがやや顔を赤くして言いどよみます。言いたいことは分かります。いつでも泣いてと言いたいのですね。言い方に迷っているのでしょう。泣けなんていうと、誤解されかねませんからね。
「はい。一度大泣きしてすっきりしますね! 本当にありがとうございます! この恩は必ず!」
拳を握って、宣言しました。なんだか小さいつぶやきが聞こえた気がしますが……気のせいですね。
アルフさんに丁寧に腰をおってもう一度お礼をいって、廊下を駆けました。
夕日に染まる廊下。歩きながらわたしの心にはひとつの決意がありました。
常々思っていたことですが、陛下はご自身をやや過小評価する気があります。
ですから、陛下に自信を持っていただくため、陛下の良いところをたくさんお伝えしましょう。
上げればきりがないくらい、良いところがある素敵な陛下なのですから。自信がつけば、きっと、エカチェリーナ様を略奪に行かれるはず!
わたしは陛下を全力で後押ししますからね!




